勇敢筆頭エンドラン【応募用】
警告色の進入禁止テープを張り巡らせた大通り。
周囲にはザワザワ落ち着かない野次馬達がズラリとひしめく。
そんな群衆の中をするりと走り抜ける少年がいた。
激しく息を切らし、まるで何かを追い抜いてきたかのように振り返る。
赤茶髪の彼が付けたゴーグルに映るのは、空すら隠すほどの巨大な機械の姿。
「でっけぇぇ! やっぱスゲェな、金持ちってのはよ!」
大きく仰け反り、それを見上げる。
まるで動く要塞だった。全容こそ見えないが、おそらくはゾウを模しているに違いない。
「おし! 気炎万丈、心決めたぜ!」
この心臓の高鳴りは、憧れからか、はたまた運動によるものか。
興奮した様子で跳ねる少年は、意を決した様子でテープを潜り抜けていく。
そして何を思ったのか、巨象の進行方向へ躍り出てしまう。
「おぉ~いデカブツ!! なぁ!! 俺を乗せてくれよ!! 聞こえてんだろ~!!」
「なんだあのガキ!? 踏み潰されちまうぞ!?」
「ランマルのバカがまた馬鹿やってやがる!?」
周りの大人たちは血の気の引いた表情で止めようと手を伸ばすが既に遅い。
彼は大通りのド真ん中で、呑気に大手を振っていたのだから。
『ゴゴゴゴ──キッ』
あわやランマル少年がアリのように踏み潰されようという寸前。
ゾウの足はピタと静止し、ゆっくりと足を戻して無人の路面へと着地させた。
「へへ、結構話が分かるじゃねぇか!! お、頭の下ンとこから何か降りてきてんな」
吊りカゴのようなものがスルスルと地に向かっていた。
そして何故か同じ速度で『ジャーンジャーン』というドラの音も近付いて来る。
「なんだこの音? あの中から聞こえて──」
カゴが着地を待つ前に扉が開く。
同時に、中から真っ赤な布がカメレオンの舌のように伸びて来た。
それは真っ直ぐ、獲物を捕えるようにランマルを襲う。
「おぉぉ!? ぐぇッ!?」
気が付いた時には倒れ伏せており、重厚な赤絨毯の重さを背に感じていた。
なんとか抜け出そうともがいていると、『コツコツ』と仕立ての良い靴の音が耳元に響く。
「まったく……どこの馬鹿だ! 我が【エレガンファント】の進路を妨害したのは……!!」
「ぐぉッ! ふ、踏んでる! 下! お前の下だっつの!」
「チッ、こんなところに隠れていたか。 よほど踏まれるのが好きらしいな」
「好きでやってるわけ無ぇだろ!?」
「フン、貴様の趣味など知らん。 おいバイバックス、ユルサンド!」
気位の高い青髪の少年が『パチン』と指が鳴らす。
すると彼の背の裏からヌっと二人の巨漢が現れた。
「ウッス! お呼びッスか、シシワカ様!」
「ふぃぃ、やっと追いついたド」
「この馬鹿を摘まみ出せ」
「ウス、このガキっスか!」
「せ、せっかくドラの音で警告してたのに、ドン臭いやつだド。 ドっこいしょ」
丸めた絨毯を抱える闘牛士風の筋肉男、そして中華鍋を抱えた力士風の贅肉男の二人がかりでランマルを担ぎ上げる。
まるで迷い込んだ野良犬でも放り出すような扱いだ。
それは困ると、ランマルが大声を上げて注意を引く。
「待て待て待て! そこの偉そうな奴! シシワカだったよな! 俺を雇ってくれよ!」
「雇う……?」
さっさと帰ろうとしていたシシワカと呼ばれた青髪の少年がピクリと反応する。
「あぁ! そのために命まで張ったんだぜ!!」
「貴様のせいで危うく人殺しになるところだったんだぞ、ふざけるんじゃない」
「ふざけて無ぇって! なぁ、頼む! 仕事が欲しいんだよ! これから地下遺跡に行くんだろ? なら大きいのに乗ってんだし人手が欲しくないか!?」
「チッ、勇気と無謀の違いも分からない馬鹿が──」
イライラを募らせる主人の横で、マイペースな太い男の方がハッとしたように厚ぼったい瞼を開く。
「おー? この変なゴーグル、オデ知ってるド。 若旦那、こいつ、孤児院のガキだド」
「ウス、あちこち仕事探しで叩き出されてる問題児ッスよ!」
「孤児院の……道理でな」
部下の発言で納得したのか、シシワカの眼は鋭く冷たいものに変わる。
刺すようなその視線に一瞬は臆するランマルだが、ここで退くわけにはいかずに喰ってかかった。
「な、なんだよ! 孤児院の出じゃ悪いってのか!」
「フン、論外だ。 無価値な人間は特にな。 その歳まで居座っているなど、おおかた械獣使いとしての才能が無いのだろう?」
「ぐッ!? そ、それは……」
才能が皆無なのも、それを理由に誰も雇おうとしないのも事実。
【械獣】と呼ばれる機械生命体に依存するこの世界において、それはあまりにも致命的。
だからこそ、内部に乗りこむ大型種の持ち主にならと一縷の望みを賭けていたのだ。
「ドゥフッ、図星だド」
「若様、こんなのと関わるのは時間の無駄ッス」
「そうだな──貴様覚えておけ、命を張ったと言っていたがな、無価値なモノをいくら賭けたところ迷惑なだけだ。 売り込むなら自分の『価値』くらい知っておくんだな。 おい、二度と馬鹿な真似をしないように『躾け』てやれ」
「ウス!」
「はいド!」
パチンと指が鳴り、巨漢二人がランマルを乱暴に放り出す。
「いでッ!? くそ、何すんだよ!!」
「ドゥフ、このユルサンドと」
「ウッス! バイバックスが」
「「サンドバックにしてやるド(ッス)」」
それからは酷いものだった。
蹴る殴るの連続で二人の間を飛び交い、少年はまるでズタ袋。
悲鳴を上げる余裕も無く、ドサリと地面に倒れ伏してしまった。
「ゲホッ……う、ぐ」
顔の腫れ上がったランマルから漏れる、消え入りそうな呻き声。
それを満足そうに聞き届け、巨漢二人は主の下へと帰っていく。
「ぢぐじょう……誰も俺のことなんか要らないってのかよ……」
世間から見捨てられ、身寄りもない自分が急に寂しくなり、情けなさで涙が溢れる。
孤独さで心が冷えていき、いつしかランマルの意識が暗くなっていった。
●
『助けて──』
ランマルの頭の中で響く。
反響する声はどんどん大きくなり、彼を暗闇から呼び戻した。
「ハッ!!」
ズキズキ痛む身体を飛び起こす。
周囲を見渡すが、あれだけ騒がしかった喧騒は既に消えており人影は無い。
「夢……? 痛てて、頭の打ちどころ悪かったか?」
『助けて──』
「いや、やっぱり聞こえる!! 誰だ、俺を呼んでるのか!?」
しかし返事は無い。路地は寂しくなるほどに静寂。
だがそんなこと関係無かった。
誰からも必要とされなかった人生において、初めて自分を求めてくれる声だったのだから。
「俺が必要なんだよな!? 待ってろ、俺だって役に立てる、無価値なんかじゃねぇ!!」
己へ言い聞かせるように叫ぶ。
『来て──』
「近いッ! 後ろか!?」
振り向いた先で『チャリン』という小さな金属音が響く。
だが声の主は見当たらない。
「い、いない……? つうか、なんだ、これ──」
代わりに落ちていたのは指輪のようなものが2つ。
ペアリングなのだろう、それも金色に輝き、明らかに高価な代物だ。
「おっかしぃな、さっき通った時は何も無かった気がすんだけど」
ひょいと拾い上げ、その内1つを青空へとかざす。
「へぇ~綺麗じゃん。 けど、なんなんだこの目盛り?」
太陽光を綺麗に反射する美しい金装飾に囲まれ、灰色の液晶が埋め込まれていた。
その目盛りが順に『ポポポ』と緑色に点灯していく。
「ん~、体温計か?」
眺めていると、不意に視界が揺らぐ。
いや目の前だけではない、世界の全てがグラグラ揺れていた。
「なな、なんだ──あ、やべッ!!」
慌てたせいか手元が狂い、ツルリと指輪が落下する。
それは何の偶然か、行先はランマルの口の中。
「ングッ……げぇ、の、飲み込んじまった……!?」
吐き出そうと試みるが、重さのせいか上がってこない。
「くそー、腹壊したらどうすんだよ!! 誰だこんな地震起こしたのは……って、そういやあのボンボンが街の地下遺跡を掘ってるからか。 でっけぇドリル付いてたもんなアレ──」
巨大な【械獣】を思い出していると、再びの地震。
さらに、足元からは嫌な音が伝わって来る。
「ま、まさか……!?」
そのまさかが起こり、『バゴン』と割れた地面に引きずり込まれていく。
次の瞬間には全身が冷たく濡れるのを感じた。
(ゴバッ!? これ、用水路か!?)
急いでゴーグルを掛けて水中を見渡す。
すると頭上からは瓦礫の山が次々沈み込んでいるのが判明。
うかうかしていれば生き埋め一直線。
必死に目を凝らすと、底のほうに横穴が続いていた。
(一か八かで怖気てる場合じゃねえ! 今こそ勇気だろ、俺!!)
一瞬の判断。
瓦礫で塞がれる前に、小さな暗闇へと飛び込んだ。
身体中が酸素を求め朦朧とする意識の中、ついに視界一杯の光が溢れた。
(よっしゃ、出れた──って、止まれ止まれ!!)
水流に乗って穴から吐き出された先。
目の前には大きなガラス管が待ち構えていた。
そのまま、彼の顔面が『ゴチン』と透明な壁へブチ当たってしまう。
(ぐぉッ!? あ……中に誰、か──い、る──)
意識がそこでプツンと途絶える。
●
『────♪』
微睡む頭に、小さく優しい鼻歌が届く。
それはとても心地良く、無性に胸を熱くさせた。
(子守唄……?)
霞む目を薄らと開ける。
視界の先には美しい女性の顔がこちらを覗き込んでいた。
(天使──)
その印象を抱いた瞬間、心がトキメキ、頬に色付き生気が宿る。
やがて心臓がバクバク脈打ち、血潮が全身を駆け巡っていった。
「ブハァッ!! い、生きてるのか、俺!?」
「驚いた……アンタ、死んでなかったんだ」
「へ? さっきの天使は……?」
「ハァ? 寝言は寝てる時に済ませといて」
目を覚ますと、やたらと不機嫌な少女に睨まれていた。
さきほどとは、もはや別人である。
「というか、いつまで乗ってんのよ」
少女が立ち上がると、ランマルの頭が床を叩く。
どうやら膝枕してくれていたらしい。
「あだッ!? もっと優しくやれって! 介抱してくれてたんじゃないのかよ!!」
「うっさいわね、好きで助けたわけじゃない。 【アタシ達】はそうするように決められてるだけ」
「なんだそりゃ……? あッ! その耳!!」
少女が神経質に髪を弄る仕草の際、人の耳があるべき部分が機械で覆われていることに気が付く。
「お前、エルフだったのか!! へー、まだ地上に出てないヤツがいたなんてなぁ」
「ハァ? なんなのエルフって……? アタシはI-Doll-3710、最高級娯楽人形よ──いえ、だった、か。 人間に必要とされなくなって保管されてたし……まるで道具みたいに」
「じゃぁハイエルフってことか?」
「だからエルフってなんなんよ! というか大昔!? いま何年!? あぁもう! 装置が壊さなければメモリーもちゃんと復元できたのにッ!! アンタのせいだからね、この未来原人!!」
少女は急に取り乱し、割れたガラスの管を指差す。
見覚えがある。それも、強烈に痛い記憶と共に。
「あ……悪りぃ、これは事故っていうか……」
「もぉ~! 衛星にも繋がらないし、どうしたらいいのよアタシ……」
どんどん少女の語気が小さくなっていき、顔を俯かせてしまう。
(そっか、ずっと眠ってたんなら、身寄りなんてないよな……)
孤独に震えて耐える姿。
そこに爪弾きにされてきた自分の姿を重ねてしまい、同情的になってしまう。
どうにか元気付けようとポケットをまさぐると、そこに丁度良い金属が。
「な、なぁ、お前! じゃなかった、あー名前……3710で、ミナトでいいか」
「……勝手に変な名前つけんな、未来原人」
「名前はお互い様だろうが! つか、俺は円堂蘭円! ランマルな! んでさミナト、ちょっと手を貸せよ」
「ちょっ──!?」
彼女の左手を取り、地上で拾ったペアリングの片割れを薬指に通す。
「おし、ピッタリだ。 一応、俺の命の恩人だしな。 やるよ、それ」
「ハ、ハァァァ!? アンタ、ここに付ける意味分かってんの!?」
「いや、知らねぇけどさ、ともかくこれで縁が出来たんだ。 もう他人じゃねぇだし、ツンケンすんなって、仲良くいこうぜ」
「あーもう!! コイツ、絶対分かって言ってないのが余計腹立つ──って、あら?」
怒りながらも満更じゃなさそうに指輪を見ていたミナトが、不思議そうな声を出す。
「ねぇこれ、何かと同期してるみたい。 接続先は……アンタの心臓? ペースメーカーでも付けてんの?」
「機械のことか? 俺、才能無ぇから何も着けて……あ、さっき飲み込んだ指輪……!!」
思い当たり、急いで肌着を捲って胸の辺りを目視。
すると自分の心臓付近で緑光がボンヤリと灯っているではないか。
妙に胸が熱くなる正体はコレだったらしい。
「げぇッ!? なんだこりゃぁツ!?」
「アタシだって知らないわよ。 ただ、何故かアンタのエンドルフィン量を計測してるみたい。 ほら、このゲージのとこ」
「エン……なんだそりゃ?」
「エンドルフィンね。 ドーパミンの効果を上げてくれて……って言っても未来原人には分からないか。 そうね、例えばいっぱい走ると苦しさが気持ち良くなってくるでしょ。 脳内麻酔というか、勇気が出て来るものって言えば分かる?」
「へー勇気か、それなら自信あるぜ! 街一番の勇敢筆頭といえば俺のことだからな!!」
「勇気というより、命知らずの馬鹿って感じだけど」
「ぐッ!! やっぱそう見えんのか、俺……?」
地上での一件を思い出し、苦い顔で肩を落とす。
「ふーん、図星なんだ?」
「うっせぇ! けど、エンなんとかを測るゲージか……なら、略して【エンゲージリング】ってとこか」
「婚約指輪!? あ、アンタやっぱり、わざとやってるでしょ!! もぉぉ!!」
顔を真っ赤にしたミナトがポカポカと叩いて来る。
「だから、さっきから何のことだよ! さっきといえば、そうだ! なぁ、ここに来る前に俺のこと呼んでたのってお前か?」
「ハァ? 保管されてたのに意識なんてあるわけないじゃない」
「そうか。 じゃぁ、誰の声だったんだ?」
自分を導いた謎の声。
答えの出ない自問自答をしていると、部屋が大きく揺れ出す。
「キャァ、なんなのよ!!」
「またあの地震だッ!? 伏せろ!!」
落下物からミナトを庇うように覆いかぶさると、奥の壁が崩落していくのが目に入る。
「やぁっと開いたド!」
「これで未踏エリアの調査ができるッス!」
「げぇ! あの変な喋り方は!?」
土埃を通って現れたのは、ランマルを散々痛めつけてくれた巨漢の二人組。
「なんスと!? あいつ、無価値の小僧じゃないッスか!?」
「あれぇ? なんでオデたちより先にいるんだド?」
「アンタの知り合い?」
「まぁ知ってはいるけどよぉ……」
「見るッス!! 小僧の腕の中にいる女、エルフじゃないッスか!?」
「あの耳、間違いないド! エルフなんてお宝だド! 若旦那からボーナス貰えるド!」
二人組が顔を見合わせニヤリと笑うと、嬉しそうに小躍りする。
「宝ってなんのこと……?」
「アイツらにとっちゃ、ミナトは貴重な財産なんだよ。 今じゃ造れない技術だからな」
「そっか……また、【アタシ達】は道具にされちゃうのね。 未来は何も変わってないんだ……」
悲しそうに、そして諦めたように少女の身体から力が抜けて口をつぐんでしまう。
道具扱いを望んでいないは明らかなのに、この子は受け入れようとしているのだ。
その物言わぬ表情に、救いを求める不思議な声を思い出す。
気持ちはあの時と同じ、立ち上がるべきは今だ。
「違う! お前は【ミナト】だ、道具じゃねぇ!!」
「え……?」
「諦めんな! なんとかしてやる!」
彼女の眼を見て激励すると、ランマルは威勢よく巨漢達の方へ向き直る。
「おい馬鹿面ども、勝手に盛り上がってんじゃねぇ! 俺の眼が黒いうちはすきにさせねぇぞ!!」
「フンス、どうやら躾けが足りてないようッス」
「ドゥフ、だったらこれでどうだド?」
太い方が中華鍋を鳴らすと、再び壁が『ドゴン』と割れる。
奥からは、なんと10m超の巨大な【械獣】が二体も姿を現した。
「伐採牛頭鬼、【アックスオックス】ッス!」
「粉砕馬頭鬼、【ドンキドンキー】だド!」
双斧を構え、鉄球を振り回す【械獣】たち、その鋭い瞳が小さな獲物をジッと睨む。
「アンタ死ぬ気!? あんなの無理よ!」
「無理なんて決めるな! 俺はやるぜ! 操ってるテイマーさえ黙らせりゃ、勝機はある!」
「なんでそこまで……」
「俺の取り柄は勇気しかねぇからな! それに助けたいって心に思っちまったんだ、勝てる見込みが1%でもあるなら行くしかねぇ!!」
無謀としかいえない少年が大声を上げて駆けだしていく。
「気炎万丈! うぉぉぉぉ!!」
「馬鹿はお前の方っス。 生身で勝てるわけ無いッスよ」
筋肉男が合図を送ると、双斧を構えた【械獣】の刃が迫る。
「こっちがお留守だぜ!!」
ランマルが走りながら瓦礫を蹴り上げた。
真っ直ぐに跳ぶ先は筋肉男の顔のド真中。
「護るッス!!」
斧の切先が大きく反れて、筋肉男の盾となるように地を割った。
これで相手の一手はまず潰せたことになる。
「おし、これで操ってる方からは見えねぇだろ! 隙ありだッ!!」
「す、隙だらけなのはそっちだド」
ランマルの視界が急に加速する。
「ぐぉッ──!?」
気が付いた時には身体が浮いており、遅れて全身の骨が割れるような痛みが奔った。
今度は自分が小石のように飛んでいたらしい。
「ゲホッ……な、なにが……」
目が霞む。
遠くで鉄球を振り回す【械獣】が見えた。
あれをモロに食らったのだろう。
「ちくしょぉ……俺は結局、無価値なままか……」
無力さに泣き言が漏れる。
そんな時、『チャリン』と小さな金属音が響く。
「この音、あの時の……!?」
視線を上げると、そこには全高2mの竜の石像。
まるで誰かを待つようにただジッと鎮座していた。
その台座が『グラ』と崩れ、ランマルの上に倒れて来る。
「ぐふぉ!? 今日は踏まれてばっかりだな!?」
退けようと手を伸ばすと、金属のヒンヤリした感触に気が付く。
石だったのではなく、白い埃が積もっていたらしい。
「もしかして、これって【械獣】か……!? なら頼む、動いてくれ! アイツを助けてぇんだ!!」
だが期待を裏切り、うんともすんとも言わない。
「くそ、テイマーじゃねぇから無理なのか……!!」
諦めかけた瞬間、竜の眼が光り、食らいつくように大きく口を開いた。
「ギャァ、喰われるッ──!?」
飲み込まれた瞬間、彼の視界にノイズが走り、世界が変貌する。
●
「無理なんて言わないじゃなかったの、だらしないわね。 アタシは諦めないことにした、だから来たわ」
聞き覚えのある声に眼を覚ます。
「ミナト!? なんでここに!? つか、なんだここ!?」
視界が晴れると、なぜか彼女を押し倒すような姿勢だった。
その背中には黒い板がベッドのように敷かれている。
周囲は不思議な異空間としか言えない雰囲気であり、理解が追い付かない。
「質問は後にして。 今、指輪の同期機能を遡ってアンタの意識に繋げてるの。 つまり、イメージの世界ってこと」
「お、おう……?」
「どうせ未来原人には動かせないんでしょ。 アタシが変換者になるから、どんな風に動かしたいかイメージを送って」
「え、あ、こ、こうか……?」
いつの間にか指を絡めて繋いでいた両手。
そこへ意識を集中させる。
●
視界が開くと、望遠レンズのようにクッキリと敵の姿が映る。
まるで自分の眼が機械になったよう。
もしやと手元を見下ろすと、そこには【人型鎧】となった竜を身に纏う自分の姿。
才能無しの自分には嘘のようだが、夢にまで見た現実だ。
「おぉ! 俺、【械獣】を着てるのか!? ぐぐ、でも動かねぇぞ……!?」
『ダメ、どんどんエネルギーが漏れてる。 この子、不良品なのかも』
ミナトの姿は見えないが、頭の中に声が届く。
「げぇ!? じゃぁ、俺とおんなじ無価値なんもんで、だから放置されてたってのか!?」
『元々そういう保管庫だもの、ここ──待って、なにこの歌?』
『────♪』
唐突に二人の会話を遮り、どこからともなく音楽が鳴り出す。
『伴奏合わせ用のイヤーモニターから出てるみたい』
曲調はやたらと熱血で胸が熱く滾っていく。
その衝動に突き動かされて拳を天に突出すと、全身から力が溢れ出した。
「うぉぉ、気炎万丈、燃えて来た!! なんだやっぱり動くんじゃねぇか、ミナト!!」
心臓の鼓動が加速し、血潮が流れるように【鎧】が赤熱し埃を焼く。
火が掻き消えるとそこには鮮やかに輝くヒーローが立っていた。
『ウソ……!? ただの特殊撮影用よ、なんでこんなエネルギーが!?』
「え、お前の力じゃないのか?」
『知らないわよ、アタシは神経の中継しかしてないもの! 待って、このエネルギーの源は……アンタの心臓の機械と、エンドルフィン? もしかして歌で感情が動いたから増えたってこと!?』
「おーそういや、さっき眼が覚めた時もミナトの歌で胸が熱くなってたな」
『だったらなに呑気にしてるのよ! 歌なんて一曲三分くらいしかないのよ、終わったらまたガス欠じゃないの! さっさとアタシの【身体】を!!』
「身体……?」
吹き飛ばされて来た方向を見ると、巨漢の二人組がぐったりしたミナトを担いでいるところだ。
「ウス、もしもし、若様! エルフを捕まえたッス!!」
「キズも無いド」
『ザザ──上出来だ。 こんな大掛かりなことをした甲斐はあったようだな』
通信機と会話する様子から、すぐにでも連れ去る算段らしい。
「待ちやがれテメェら!!」
「うぉッ!? なんスかコイツ!?」
「あれぇ無能のガキしかいなかったはずだド?」
「聞かれたからには答えてやるぜ! 俺はこの街一番の勇敢筆頭、エンドウ・ランマルだ!!」
『エンド……ラン……? おい、この声はなんだ? 他に誰かいるんじゃないだろうな?』
「わ、若様、今のは何でもないッス!」
「そうだド、こんなチッポケなの、潰しちゃえば何にも無くなるド!」
太い方が合図を出すと、【機獣】からあの巨大鉄球が再び飛んで来る。
「ミナト、武器とかねぇのか!」
『いきなり言われても、撮影用の火薬くらいしかないわよ!?』
「それで十分だ! いくぜぇ、『爆炎拳』!!」
鉄の拳に炎を纏わせると、自分よりも大きな鉄塊を『ドカン』と打ち返す。
打球はまるで野球ボールのように真っ直ぐ伸び、馬頭の【械獣】にヒット。
「ドゥお!? オデのドンキドンキーがッ!?」
自分の鉄球に潰され、壁に埋め込まれたまま反応が消えた。
「脚を止めてる暇は無ぇ、ヒットエンドランだ、次行くぜ!」
「こんな生身と変わらないサイズに何やってるッス! こうなったら若様にバレるまえに解体ッスよ!」
すかさず筋肉男が声を発し、牛頭の【械獣】が斧を掲げる。
両手の手斧を同時に投げ、交差する刃が鋭く光った。
「へッ、そんなナマクラ──俺が本当の斬れ味を魅せてやるぜ! 『延髄斬り』!!」
対するランマルが跳び上がると、身体の捻りを加えながら、足の裏の火薬を点火。
勢い付いた円を描くようなキックが双斧を『パリン』と叩き斬り、四つに割れた鉄くずが地に転がる。
「アックスオックスの斧がァ!? これは悪い夢ッスゥ!?」
「おい、これでもまだヤル気か?」
「「ヒィィィ!?」」
ランマルの怒りに満ちた眼光が巨漢の二人組を睨む。
すると大の男どもは震えあがって身を寄せ合っていた。
手放されたミナトの身体を優しく抱き上げると、そのままランマルは出口へと足を運ぶ。
その時、落ちていた通信機の声が呼び止めた。
『ザザ──【エンドラン】といったか、貴様、随分好き勝手やってくれたようだな』
「悪りぃな、コイツだけは渡せねぇんだ」
『……このツケは高く付くぞ、せいぜい覚えておくんだな』
「嫌だね」
『何ッ!?』
「人の命に値段なんか付けるようなヤツの言うことなんて、聞けねぇって言ってんだ。 コイツも、俺もな」
『貴様……!! この街でそんなことが許されると──』
「じゃぁな、こっちは時間が無ぇからよ」
通信機を踏みつけ砕くと、ミナトを抱え出口への道を辿る。
道中、彼女がようやくポツリと口を開いた。
『ふ~ん、アンタ少しはカッコイイとこあるじゃない』
「へへ、見直したか?」
『曲、終わるわよ』
「え、ちょ!?」
途端にエンゲージリングの目盛りが底を尽き、『プシュウ』と悲しい音を上げる。
そのまま眼の光を失い、ピタリと止まってしまった。
「ぐごご、動、けねぇ……」
『ハァ、やっぱただの未来原人か──』
愛想をつかす溜息が、ランマルの頭に響くのであった。
掲載されているイラストは私がskebにて依頼したものです。
各イラスト詳細はこちらにて↓
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