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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第八章『色彩と黒歴史──肆──』
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第98話「ヤリグサリ」

「三種の神器、見つからないね」


 木張りの廊下を歩きながら、(ふう)()は声を上げる。三種の神器、草薙剣(くさなぎのつるぎ)を回収したとの報告を受けた翌日、その残りを探すべく彼も動き出していた。

 場所は、北海道のとある小学校。その旧校舎だ。数年前、老朽化により別の土地に新たな校舎を建てたようだが、旧校舎の取り壊しに着手するまでには時間を要するらしく、人の出入りがない今でも形を保っていた。


「そこまで広い建物でもないし、何度巡回したところで、ないものはないと思うんだけどなあ」


 今回の作戦に参加しているのは、計五人。(やま)(もり)高校の自警団員とそれ以外との二手に分かれ、捜索に当たっている。校内は一通り巡回できたはずだが、見落としがある可能性を考慮し、経路を変更して何度も歩き回ることになっていた。


「……()()ちゃん?」


 独り言のつもりではなかったのだが、返事はない。そのことを疑問に思い、風太は隣を歩く彼女の名を呼んだ。


「え、っと……ごめん、なんだっけ?」


 どうやら、意図的に無視していたわけではないらしい。紫穂は誤魔化すような苦笑を浮かべながら風太へと視線を送った。


「いや、大したことじゃないからいいよ。それより、大丈夫? ここのところ、調子が悪そうだけど……」


「そう、かな……もしかしたら、寝不足なのかも。でも、任務にはちゃんと取り組むから心配しないで」


「……そっか」


 本人に大丈夫と返されてしまっては、それ以上踏み込むことはできない。形容し難い不安を覚えながらも、風太は言葉を飲み込んだ。

 紫穂の様子に異変が生じたのは、『神』の試練を突破して数日が経過してからのことだ。彼の知らないところで何かがあったらしく、彼女は暗い表情を見せることが増えていた。


「さて、なんだかんだで次がこのルートの最終確認地点、図書室だね」


 不自然なまでに声色を明るくして、風太は話題を切り替える。

 自身の助けは、必要とされていない。そう察した彼には、漂い始めた暗い雰囲気を空元気で吹き飛ばすことしかできなかった。


「うちの学校にあるのすら、ほとんど行ったことないなあ。紫穂ちゃんは?」


「試験勉強とかで、たまにかな」


「さすが成績優秀者って感じだねえ。僕も今度、使ってみようかな」


 風太は返事を待たず、小走りで扉へと近づく。丁寧にノックをしてから、木製のそれを引き開けた。


「しっつれいしまーす! って、誰もいるわけないけ、ど……」


 大股で数歩進んだ後、部屋全体を見回したことで風太はその足を止める。

 受付と思われる箇所に設置された椅子。そこに、いるはずのない先客が腰掛けていたためだ。

 肩まで伸びた金髪が特徴的な少女。小柄な風太よりも更に小さな体つきをしていることから、恐らくは小学生と思われる。

 読書中だったのか本を手に持ったその少女が、来訪者である彼へと視線を向けていた。その眼差しは、子供のものとは思えない程に冷たく感じられる。


「え……え?」


 何度瞬きをしてみても、少女の姿は消えない。見間違いではないようだが、風太の動揺はすぐには収まらなかった。


(あか)()君、どうしたの?」


「い、いや、あそこに女の子が……」


 遅れて入室した紫穂に、風太は前方の少女を指し示す。

 その姿を一目見れば、驚きが共有されるはずだ。だが、彼女は数秒程少女の方を見つめてから彼へと視線を戻し、その表情を訝しげなものへと変化させた。


「女の子って……どういうこと?」


「いや、そこに座ってるじゃん。金髪の女の子が」


「……私には、見えないよ」


 その言葉を聞き、風太は更に驚かされる。

 もしこれが心霊現象の類であれば、恐怖を抱かずにはいられない。ただ、魔法によって引き起こされているのならという思考に至ったことで、彼は急速に冷静さを取り戻した。


「ねえ、君は────」


 風太が視線を少女へと向け、一歩近づいたその瞬間。前方に魔法陣が展開され、その中心から錆びた槍のようなものが射出された。


(やばっ……!?)


 判断するまでもなく、魔法だ。

 咄嗟に紫穂を遠ざけるが自身の回避までは間に合わず、風太は目を細めて痛みに備える。ただ、いつまで経っても彼の肉体に傷がつくことはなかった。


(止まった……?)


 身を貫く寸前で、槍は停止している。

 恐らくは、発動者であろう少女自身による制御か。どうやら、威嚇のつもりだったらしい。


「赤城君……どうしたの? 急に」


 崩しかけた体勢を直しつつ、紫穂が尋ねてくる。少女の姿だけでなく、今も尚風太を貫かんとしている槍すら視認できていないようだ。

 金髪の少女は、幻覚を見せる魔法も使えると見て間違いない。その対象が二人のどちらになっているのかは不明だが、まずは彼女から話を聞かないことには始まらないだろうと彼は考えた。

 そして、そのためには。


「紫穂ちゃん。悪いんだけど、捜索隊のみんなを連れて撤退してもらえるかな」


「撤退って……どうして?」


「僕の視線の先に、女の子が立ってる。話を聞きたいんだけど、警戒されてるようだからね。席を外してほしいんだ。本当は、同性の方が適してるんだろうけど……」


 見えないのであれば、残ったところで仕方がない。捜索隊から少女の目撃情報が上がっていないことから、紫穂以外も彼女を認識することはできないと推測できる。

 撤退に関しては、相手からの信頼を勝ち得るためだ。十中八九、他に仲間がいることは知られている。それを遠ざけないことには、警戒を解くことなどできるはずもない。


「一人で、大丈夫なの?」


「任せてよ。女の子の扱いには慣れてるからさ」


 親指を立て、大袈裟に口角を上げる風太。そんな彼を数秒見つめた後、紫穂は頷いて図書室を後にした。


「正門で待機してる! 危険だと思ったら、すぐに戻ってきてね!」


「了解」


 声を上げながら去っていく紫穂の後ろ姿を見送る。それが小さくなり、やがて見えなくなったことを確認してから、風太は再び槍と対面した。


「驚かせてごめんね。乱暴するつもりはないんだ。話を聞かせてほしいだけなんだけど……いいかい?」


 数秒の沈黙が続いた後、槍と魔法陣が消滅する。それにより、少女の姿が再びよく見えるようになった。


「ありがとう」


 目元が隠れる長さの前髪を、これ程憎んだことはない。少女へ与える印象を少しでも軟化させるべく、風太はゆっくり、明るい声で話し始めた。


「まず、自己紹介をしなきゃね。僕は風太。赤城風太。こう見えて、高校生だったりするんだ」


 高校生らしからぬ背丈であることを、風太は自覚している。体格の近さが相手との心の距離を縮める要因になってくれればと思いながら、風太は人差し指で頬を掻いた。


「君の名前を、教えてくれるかな」


 少女の声は、未だに発されない。ただ、意思の疎通を拒んでいるわけではないらしく、彼女は本を机に置くと、上着のポケットから手帳のようなものとペンを取り出して何かを記し始めた。その後、ページを破り、丸めて風太へと投げつける。


(声を出せないってことか……)


 そうなるに至った経緯が気になりはしたものの、まだそこまで踏み込める段階ではないと判断し、風太は受け止めた紙を開いた。そして、そこに記された、少女の名前とおぼしき文字を確認する。親切に振り仮名まで書き添えられていたため、読み間違える心配はなさそうだった。


「『(かね)()さり』ちゃん、か……素敵な名前だね」


 妙に達筆なそれから、少女改め、さりへと視線を戻す。


「さりちゃん。君は、どうしてここにいたんだい?」


 その問いかけに対し、さりは首を横に振った。文字を記す素ぶりも見られない。

 わからないだけなら、そう伝えるはずだ。そうしないのは、答えられない、あるいは答えたくないと思っているためなのだろう。


「……まあ、答えたくないこともあるよね」


 無理に聞き出すことはできない。風太は微笑みながら呟いた後、話を先に進めるべく再び口を開いた。


「ちなみに僕は、お仕事で来たんだ。三種の神器、っていうものがなくなっちゃったらしくて、それを探しに」


 ポケットからスマホを取り出し、手帳型のケースで隠れた表面をさりへと向ける。たとえ自身にその気がなくとも、カメラの部分を露出させては相手の不安を煽りかねないと危惧したためだ。


「スマホを見てほしいんだけど、受け取ってくれる?」


 そんな気遣いが察せられたのか、さりは警戒するように目を細めながらも小さく頷いた。


「ありがとう……じゃあ、いくよ」


 風太はスマホの認証を解除してからゆっくりと屈み、さりの近くで静止するよう、持っていたそれを床に滑らせる。予想以上に摩擦が強かったが、相手からそう離れてはいない位置に到達させることができた。

 彼女は彼から視線を外さないようにしながらも床に手を伸ばし、拾い上げてから姿勢を正す。そして、恐る恐るといった様子でその画面を確認していた。


「そこに映ってるのに似たものを、見たことないかな。この場所にあるかもって話なんだけど……」


 風太のスマホに映し出されているのは、とある画像。三種の神器の模造品を、一枚に収めたものだ。

 さりの姿が自分以外の人間には認識できない点。彼女が伏せた、この場にいる理由。それらと神器が無関係だとは、彼にはどうしても思えなかった。

 それは、邪推ではなかったらしい。

 しばしの静寂の後、さりは自身の首元から、紐と、それに括りつけられた赤い装飾品のようなものを取り出した。


「正直に教えてくれて、ありがとう」


 風太が礼を述べたのは、さりの見せたそれが、自身の探している神器、『八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)』であったからに他ならない。彼女が持っている可能性を既に考えられていたため、過剰に驚くことはなかった。


「それ、僕に渡してくれないかな。それがなくなって、困ってる人がいるみたいなんだ」


 咎めるわけでも諭すわけでもなく、頼む。だが、さりの首はまたしても横に振られてしまった。


「理由を、聞いてもいい?」


 今度は、身振りすらなくなる。

 手掛かりがほとんどない状態で、さりの心情を察することは困難だ。だが、風太は既に自分なりの仮説を立てることができていた。


「これは、僕の勝手な予想だけど……君は、何か悩みを抱えていて、それを解決するために、その神器が必要だと思ってるんじゃないかな」


 神器の一つ。昨日回収された草薙剣は、直接奪われたわけではなく、ひとりでに転移していた可能性が高いとのことだ。更には、神器の力を望む者のもとに現れるのではという説も上がっている。

 それらが正しければ、さりもまた、無意識に神器の力を望んだ一人だとしてもおかしくはない。

 ただ、それでも神器は回収する必要がある。

 任務だから、というだけではない。その他に、彼女から神器を遠ざけた方がいいと思える理由が、風太の中には存在していた。


「もしそうなら……その力があっても、君の悩みは解決できないと思うよ」


 何故、と言いたげなさりの目を見つめてから、風太は続ける。


「今の君は、楽しそうに見えないから」


 図星だったのか、それとも単に驚いただけか。風太の言葉を受けて、さりは目を丸くしていた。


「声を聞けていないからとか、表情に乏しいからとか、そういうわけじゃなくて……君の雰囲気から、なんとなくそう思えたんだ」


 さりが纏う雰囲気は、悪く言えば辛気臭い。神器の力で望みを叶えられた人間のそれとは、似ても似つかないものだった。

 そして、現状維持で好転するとも思えない。ならば、取るべき行動は一つ。


「他人に明かすには辛い話かもしれない。でも、君が一歩、勇気を持って踏み出してくれるなら……僕は、君の助けになると誓うよ」


 だから、と続けながら、風太は意を決してさりに手を差し伸べる。


「神器は、元の持ち主に返してもらえないかな」


 今日会ったばかりの相手を信用するなど、互いに難しい話だろう。風太自身それは理解しているが、目の前の少女が深刻な悩みを抱えているかもしれないと思ってしまった以上、見て見ぬふりをすることはできなかった。

 もし断られたとしても、説得を試みるしかない。それ以外に、できることはないのだから。

 そんな覚悟が伝わったのか、さりは戸惑うような表情を浮かべながらも深く頷いた。


「ありがとう」


 首飾りを外そうとする彼女に、今日何度目かもわからない感謝を伝える。どうにか穏便に事を済ませられそうだと安堵した直後、風太はさりの様子がおかしくなったことに気づいた。


「……さりちゃん? 大丈夫?」


 どうやら、取り外しに苦戦しているらしい。さりがどれ程強く引っ張ろうとも、首飾りは微動だにしなかった。まるで、彼女の体に張り付いてしまったかのようだ。

 いや、それだけでなく、神器から赤い輝きが発生し────直後、風太の目の前に見覚えのある魔法陣が展開される。


「危なっ」


 そこから伸びた巨大な槍を、風太は間一髪で回避した。だが、それにより後方の壁が餌食となってしまう。

 その攻撃の威力は凄まじく、決して薄くはないはずの壁を容易に貫き、外への出入り口を作り出した。

 更に、穴の縁が腐食していく。どうやら錆びた槍に触れたことで生じている現象らしく、ゆっくりと崩壊が広がっていた。


「さりちゃん!?」


 即座に視線を戻し、さりの様子を確認する。

 彼女は頭を押さえ、ひどく苦しんでいるようだった。風太の声は聞こえているはずだが、反応する余裕はないらしく座ったまま視線を落としている。

 そんな彼女が、狙い澄ました先の一撃を放てるとは思えない。恐らくは、神器を取り外そうとしたことが引き金となっただけで、彼女の意思とは無関係な攻撃だったのだろう。


「……場所を変えよう」


 室内は、さりのものと思われる魔力で満ち満ちている。それでも魔法陣が展開されないのは、彼女が懸命に抑えているからということか。

 ただ、この状況がいつまで続くかは不明だ。そして、一度戦闘が始まってしまえば、その余波で建物を倒壊させることは避けられないだろう。

 互いに圧死などということになっては、目も当てられない。風太はひとまず、今し方開けられた穴から外へと脱出し、広い運動場で彼女と向かい合うことにするのだった。

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