表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第八章『色彩と黒歴史──肆──』
97/121

第97話「鏡」

「っらあ!」


 無防備な(ひろ)()の顔面に、容赦なく拳を叩き込む。

 手応えは、充分に感じられた。いや、充分すぎたと言うべきか。故に大和(やまと)は違和感を覚え、咄嗟に右腕を引き戻した。

 そして、今度は左腕を同様に繰り出す。だが、結果は同じ。彼は一旦飛び退いて距離を取り、状況の整理を試みることにした。

 相手は殴打による衝撃を受けることもなく、無傷のまま同じ位置に立っている。何も特別な動きを行っていないというのにもかかわらず、だ。


「攻撃の無効化……だけじゃなさそうだな」


「ご明察」


 自身の拳に視線を向けてから呟いた大和に対し、博美が口を開く。彼女に刻まれている紋様は、妙な輝きを帯びていた。


「私が受けるはずだった外力を、他者へと押しつける……それが、魔導具として目覚めたこの神器の権能さ」


 拳への反動がやけに大きく感じられたのはそのためかと、大和は内心で納得する。それからすぐに、相手を打ち負かすための策を練り始めた。

 物理的干渉ができないのであれば、投げ技も通用しないだろう。何かしらの武器越しに攻撃を加えれば権能の対象から自身を外すことができるかもしれないが、この場で調達することは難しい。

 地道に攻撃を続けて神器の限界を探る、というのが現状可能な動きだ。ただ、望んだ結果を得られなかった場合、攻略法は一つに絞られる。


「実を言うと、同化の際にこの神器についての情報が直接頭に流れ込んできていてね。実験などするまでもないのだが……私も研究者の端くれ。実際にこの眼であらゆる事象を観測しなければ気が済まないんだ。申し訳ないが、付き合ってもらえるかい」


 得意げになっているわけではないのか、博美の表情に変化はない。あくまで、大和の疑問を解消しているに過ぎないようだった。


「なんだって構わねえさ。思う存分暴れられるならなあっ!」


 今度は蹴りも交えながら、博美の全身に隈なく殴打を浴びせる。続ければ続ける程、痛めつけられるのは大和の肉体の方だったが、彼は構わず相手に猛攻を仕掛けていった。


「素晴らしい連撃だ。神器がなければ、私は今頃意識を失っていただろうね。ただ、一つ忠告させてもらうと……攻撃する箇所は、よく考えた方がいいと思うよ」


 大和の後ろ回し蹴りが博美の側頭部に命中した、その瞬間。彼の体は大きくぶれた。まるで、頭を強く殴られたかのように。

 彼は咄嗟に身を捻り、倒れることなく相手の方へと向き直る。再び説明が始まろうとしていることには気づいていたが、黙って聞くことはせずに攻撃を再開した。


「外力を押しつける部位の候補は、私との接触面だけではない。わかりやすく説明するならば……先程のように君が私の側頭部を蹴った場合、君の足か、君の側頭部、私はどちらか好きな方を対象に選択することができる、というわけだ」


「べらべらとよく喋るな」


「期待しているんだよ。私では気づき得ない神器の攻略法を、君ならば編み出せるかもしれないとね。そのための協力を惜しむ理由などないさ」


「ああそうかよ!」


 澄ました顔に、再び拳を打ち込む。その衝撃が大和の顔へと転送されるも、彼がそれを歪めることはなかった。


「ところで、彼女とは戦わせてもらえないのかい?」


 博美が視線を動かす。どうやら、大和の言いつけを守って戦闘に参加していないつかさのことを気にしているらしい。


「なんだ、俺だけじゃ不満か?」


「……そうだね。可能なら、数的不利の状況下でのデータも記録しておきたいところだ。それに、彼女にしか使えない魔法もあるだろうからね」


「悪いが、水を差されるのは好きじゃねえんだ。そこまで奴と戦いてえなら、俺を倒してからにするこったな」


「ふむ……今、君を倒してしまうのはもったいないが……彼女から得られる情報もまた捨て難い……」


 なら、と続けた後、博美が初めて動いた。


「こうすればいいか」


 繰り出していた大和の拳に、彼女のそれがぶつけられる。鈍い音が響く程の痛みに襲われるも、彼は退くことなくその双眸を相手に向けていた。


「積極的になってきたじゃねえか」


「おや、これは予想外だ。神器の権能によって、私から生じる力は単純計算で二倍となっているはずだが……」


「倍程度で俺を負かせるかよ」


 博美の肉体は、それなりに引き締まっているらしい。しなやかに伸びた肢体から、そう感じられる。

 だが、多少鍛えている程度で大和の筋力量を凌駕することはできない。彼の攻撃が届かないことはあっても、相手の攻撃に彼が押し負けることはあり得なかった。


「なるほど。君の魔法は肉体強化か。それなら、ここまでの動きにも納得がいく……故に尚更、君以外とも戦いたくなってしまった」


 どうやら、攻勢に転じたのはつかさと交戦するためらしい。大和に仕掛けつつも、博美は彼女への接近を試みているようだった。


八咫鏡(やたのかがみ)が魔法による干渉を受けた場合、無効化するが反射はしない。その権能についても試したいことが多いのだが……君の戦い方では、観測が難しいのでね。少し、本気を出させてもらうとするよ」


 その言葉の直後、紋様が一際強い輝きを放ちながら、博美の首元から頬にまで伸びていく。

 新たな『何か』の前兆に他ならないだろう。そう判断した大和は、右腕で殴りかかりながらも相手の動きに注視する。


(なっ……!?)


 大和は相手に右腕を振るおうとしていたはすだ。直前まで、確かに彼の右腕は相手に向かって進んでいた。

 だが、気づけばいつの間にか、左腕で相手を攻撃しようとしている。更には、相手にばかり意識を向けていたことで現状の把握が遅れ、結果、腹部に強烈な反撃を受けることになってしまった。


「やるじゃねえか……よおっ!」


 即座に体勢を立て直し、反撃に移る。だが、またしても体の向きが変化し、大和の拳は空を切った。そして、想像と現実の差異に気を取られている間に、博美の蹴りが脇腹へと直撃する。


「対象の左右反転。これが、八咫鏡が持つ最後の権能」


 説明を受けずとも、大和はそれに気がついていた。外力の押しつけと異なり、変化が明らかな事象だったため、それが二回も発生すれば推測は容易と言える。

 対応もまた、同様に。

 反転されるかもしれないと、常に意識すること。それだけで、余計な被撃を抑えることができた。未だ逆境に立たされているものの、彼はそれを意に介さず果敢に攻め続ける。


「おや、これ程早く立て直すとは……だが、後手に回っての対応ばかりでなく、そろそろ私を負傷させてみてほしいものだね」


「心配すんな。神器なんて大層な名前してるが、所詮は魔導具……魔力が尽きればがらくた同然だろ。そこまで持ってきゃいいだけの話だ」


 神器の権能そのものを打破する手段は、確立できそうにない。つかさと協力すれば可能性が僅かにでも生まれるかもしれないが、大和はそれを良しとしていなかった。

 他者の力を借りて勝利するぐらいなら、死を選ぶ。そう断言できる程、彼は自らの戦いに並ならぬ拘りを持っていた。


「確かにそのとおりだ。だが、戦闘が始まってから私の……いや、神器自体が有していた魔力の量に大して変化がないことは、君とて理解しているはずでは?」


「ああ、そうだな。だが確かに減ってる。なら、最後に立ってるのはこの俺だ」


「……非合理的だね。だが、嫌いじゃない。むしろ可愛げすら感じられるよ」


 博美の口角が、僅かに上がる。


「君と、私で。より良い実験へと至ろうじゃないか」


「いいねえ、昂ってきたぜ……やっぱ戦いってのは、こうでねえとなあっ!」


 相手の表情の変化を受け、大和は満面の笑みを浮かべた。そして、軽傷とは言い難い肉体を酷使して博美に打撃を浴びせていく。


「神器ありきとは言え、女でここまで戦えたのはお前が初めてだ……本当、最高だぜ、お前!」


 蓄積される疲労も痛みも、今の大和にとっては快楽でしかない。それが、彼を更なる高みへ誘おうとしていた。

 先に尽きるは、命か魔力か。その答えを自らの力で掴み取るべく、彼は握りしめた拳を振るう。

 まだ終局には程遠いと思われていた。だが、それは唐突に訪れることとなる。


「うおっ!?」


 相手との間に眩い光が落下したと思った直後、大和の体は後方へと吹き飛ばされた。自慢の体幹によってどうにか倒れずに済んだものの、即座に動き出しはしない。

 視線の先に、つかさの姿が見えていたためだ。どうやら、光も衝撃も、彼女が乱入したことで発生したものらしい。


「おい、手ぇ出すんじゃ────」


 指示に背いた彼女を咎めるために近づこうとしたことで、大和はようやく異変に気づく。


(体が、動かねえだと……?)


 声は出せるが、その他の動きが封じられていた。どれだけ力を込めても、前進はおろか後退すらできない。


「おや、戦ってくれる気になったのかい?」


 そんな大和とは異なり、ゆっくりとつかさの方へ接近していく博美。動きを封じているのは彼女か、あるいは。


「……な、いで」


 あまりに小さな、つかさの声。位置がさほど離れていないはずの博美にすら聞き取れていないらしく、彼女は首を傾げていた。


「私から、大和さんを取らないで!」


 今度は部屋全体に響き渡る程の大声が、つかさの口から発される。直後、彼女の拳が博美の腹部へと打ち込まれた。

 それが発生させる衝撃も痛みも、つかさ自身へと跳ね返されるはずだ。だが、大和の目には、相手が顔を歪めているように映っていた。


(攻撃が効いてるだと……まさか、もうコピーを終えたってのか?)


 模倣に必要な手順を踏まえれば、神器への対策を講じられてもおかしくはない。だが、所要時間があまりに短く思え、大和は自らの憶測を疑った。


「私が先に好きだったんだもん。私の方がずっとずっと好きだもん」


 そんな彼を他所に、つかさは博美の頭を掴んで床に引き寄せ、持ち上げた自身の膝へと衝突させる。

 外力を押しつけられていては、到底不可能な所業だ。仕組みこそ不明だが、彼女は神器への対策を編み出すことに成功しているようだった。


「ぽっと出のあなたなんかに……大和さんは、渡さないんだから」


 蹴り上げた博美の顔面に、つかさはすぐさま拳を叩き込む。その細腕からは想像もつかない程の力で、相手を壁まで吹き飛ばしてみせた。


(……終わっちまったか)


 博美が起き上がる様子はない。どうやら、つかさの攻撃によって気絶させられてしまったらしい。


(こっちは、動けるようになったみてえだな)


 なんの偶然か、博美が気絶するとともに大和の体に自由が戻る。ただ、言動からして、彼女自身の魔法や神器の権能によって動きを封じられていたようには思えなかった。

 可能性が高いのは、やはり────いや、そんなことはもうどうでもいい。大和はつかさへと近づき、彼女の肩を掴んだ。


「おい」


「大和さん! やったよ、私……」


 嬉しそうな表情で振り向いた彼女の顔に、大和は容赦なく拳をめり込ませる。博美同様に、つかさも壁へとその身を強く打ちつけていた。


「手ぇ出したら殺すっつったよなあ! ああっ!?」


 再び開いた距離を、大和はゆっくりと詰めていく。だが、それだけで彼の怒りが収まることはなかった。


「てめえのせいで不完全燃焼だ……おら、とっとと立って付き合え。ちょうどいいから今手合わせしてやる」


 苛立ちを隠そうともせずに告げるが、いつまで経っても返事はない。不審に思い、大和は屈んでつかさの顔を覗き込んだ。


「今の一撃で伸びやがったのか。情けねえ」


 さすがに、意識のない相手をいたぶる趣味はない。大和は傍らに唾を吐き捨ててから、視線をもう一人の方へと戻した。

 いつの間にか、博美の近くに円盤のような物体が転がっている。恐らくは、神器、八咫鏡だろう。持ち主の気絶により、同化が解除されたということか。同化によって刻まれていたと思われる紋様も、彼女の肉体からは消えていた。


「……こっちも使えそうにねえな」


 黒色のそれを叩いたり、床に打ちつけてみたりするが、大した反応は見られない。苛立ちは募るばかりだったが、大和はそれに当たることなく、拾い上げて当初の目的を果たすことにした。


「まあいい。この分は、あいつにぶつけさせてもらうとするか」


 癇癪を起こして好機を不意にする程、大和の思考は短絡的ではない。もののついでにつかさを担ぎ上げると、彼は不敵な笑みを浮かべながら部屋を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ