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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第八章『色彩と黒歴史──肆──』
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第96話「研究」

 これまでの活動実績が認められたためか、神器回収という重要な任務は(やま)(もり)高校の自警団を中心として進められていた。

 だが、同校の人員不足は未だ改善されていない。それ故に、身内から信頼されているとはお世辞にも言い難いはずの(おう)()大和(やまと)ですら駆り出されるのは、自明の理だった。


「……ここか」


 (らい)()たちが草薙剣(くさなぎのつるぎ)を回収した翌日。大和は沖縄県のとある廃病院を訪れていた。

 彼は人の下について大人しくしていられるような性分ではないが、利害が一致しているとなれば話は別だ。

 目的は二つ。一つは、神器回収の任務を達成して()()(あおい)との真剣勝負という報酬を得ること。

 そして、もう一つは。


「本当にこんな所に、三種の神器なんてあるのかなあ……」


 灰色の髪が特徴的な少女、(はい)(もと)つかさは大和に密着しながらそう呟いた。彼女もまた、(あい)(れい)大学附属高校の自警団員代表として、今回の合同作戦に参加している。

 他にも三人の少年少女がこの場に立っているが、彼らは県内の自警団員であり、二人と顔を合わせたのは昨日が初めてだ。


「行きゃわかんだろ……それより、やれ」


「うん」


 他の三人が数歩前へと進んだあたりで、大和は顎をしゃくる。事前に話をつけていたためか、たったそれだけの指示でつかさに意図が伝わったようだった。

 彼女が腕を伸ばした直後、その先を歩いていた三人は千鳥足になり、数秒程経過したところで頭から転倒する。痛みから叫び声を上げてもおかしくないだろうが、そんな様子を見せることなく、彼らは揃って沈黙していた。


「……随分と色々な魔法が使えるようになったな」


 大和は倒れた三人の前方へと回り込み、屈む。うち一人の髪を掴んで持ち上げ、覗き込むようにして意識の有無を確認した。

 完全に気絶している。何度か頬を叩いてみるが、意識が戻る気配は感じられない。


「えへへ、すごいでしょ? 大和さんのために、頑張ったんだ」


 立ち上がると、満面の笑みを浮かべたつかさが目に入った。褒めてくれと言わんばかりの輝きが、その紫色の瞳に宿っている。

 三人を気絶させたのは彼女の魔法だ。模倣して覚えた他者の魔法のうち、今回の結果が得られるようなものを使ったのだろう。

 多種多様な魔法を行使できるよう、模倣する対象を大和が積極的に仕入れていたが、彼女も自分から意欲的に取り組んでいたため、既に彼も彼女の現状を把握しきれていない。


「おもしれえ。近々、久しぶりに戦ってみるとするか」


「わかった。楽しみにしてるね」


 物騒な発言を聞いても、つかさは表情を歪めるどころか喜んでいるようだった。

 彼女は特別、暴力や争い事を好んでいるわけではないはずだ。だが、大和との戦いやそのための備えなどには乗り気だった。

 彼は、その理由を知っている。だからこそ、彼女を都合良く扱うことができていた。


「そろそろ行くぞ」


「うん……でも、この人たちはどうするの?」


「ほっとけ。それより、本当に魔導具の力もコピーできるんだろうな」


「うーん、(えい)(さい)自警団の人が持ってる変なやつは無理だったけど……物によりけりって感じだから、実際に試してみないことにはなんとも……」


 今回の作戦における、大和の二つ目の目的。それは、魔導具として目覚めたであろう三種の神器を所有している人物と交戦し、その脅威を自ら体感しつつ、彼女に模倣させることだった。


「可能性がゼロじゃなきゃ充分だ」


 魔法のなかでも模倣できないものがある時点で、大して期待はしていない。

 (ふじ)(さき)クロの『闇』。火野蒼の『青い炎』。大和が確認できている限りでは、この二つが全く再現できていなかった。

 理由こそ不明だが、つかさの魔法にはなんらかの制限があるのだろう。魔導具に対してのそれは、更に厳しくなるらしい。

 駄目で元々。多少劣化したとしても模倣自体ができれば充分だと考えながら、大和は廃病院の入り口に近づいた。


「なるほどな……」


 両開き型の自動ドア。当然だが、反応はしない。大和は迷わず足を突き出し、自身の行く手を遮るガラス製のそれを粉砕した。


「や、大和さん!?」


 慌てた様子で、つかさが近づいてくる。上手く声が出せないらしい口を忙しなく動かしながら、大和と、見るも無残な状態になった入り口と、未だ気絶している三人へと何度も視線を向けていた。

 そんな彼女を他所に、彼は廃病院へと足を踏み入れる。自身の勘に従い、建物内を徘徊しようとした、その瞬間────天井に設置されているスピーカーから、アナウンスが聞こえてきた。


『当院をご利用の皆様方に、ご連絡致します』


 女性のものと思われる声。突入と同時に流されたのは、偶然ではないだろう。


『診察を希望される場合は、受付ではなく、直接、第二診察室までお越しください』


 来訪者を感知した後に自動で流す音声にしては、内容がやけに具体的だ。魔法か文明の利器で大和の姿を捕捉した何者かが、意図的に発信したものと考えるべきだろう。

 そして、その者の正体と目的は、恐らく。


「向こうも乗り気ってわけか……いいぜ。お望みどおり向かってやるよ」


 突き当たりの壁に掲示された見取り図によれば、第二診察室は一階にあるようだった。現在地から、数分とかからない位置だ。

 逃げるつもりが相手にないのなら、特別急ぐ必要もない。まだ見ぬ強敵との至高の激闘を想像し、先走って速まる鼓動を鎮めるように、大和は一歩一歩、床を踏み締めて件の場所を目指した。


「や、大和さん、待って!」


 駆け足で追いついてきたつかさに左腕を掴まれるが、即座に振り解く。戦闘直前に生ずる独特の高揚感に浸る時間を邪魔されたことで、大和は鋭い目つきを彼女に向けた。


「なんだ」


「どう考えても罠だよ……! 一回、作戦を練った方が……」


「罠があろうと関係ねえ。正面からねじ伏せるまでだ」


 大和の歩みは止まらない。彼にとって、苦戦させられる程の罠はむしろ好都合だった。

 ただ、そんな彼の返答を受けても尚、つかさは納得がいっていないらしい。彼女は隣を歩きつつも、その口を閉じようとはしていなかった。


「やっぱり、他の自警団員さんも一緒の方が良かったんじゃ……」


「冗談だろ。あいつらの実力、うちの隠れ目程度しかねえぞ。見ただけでわかる」


 大和が指しているのは、彼も所属する自警団のうちの一人、目を隠す程に長い前髪が特徴的な青年、(あか)()(ふう)()だ。

 初対面の頃と比べれば成長はしているようだが、大和から見ればその変化は微々たるものだった。そんな人物と同程度の実力しか持ち得ない者が何人加勢したところで、勝敗を左右するとは思えない。


「でも……」


「うるせえな……ほら、着いたぞ」


 とある扉の前で、二人は立ち止まる。提げられた札には、『第二診察室』の文字が記されていた。


「お前は見て盗むことに専念しろ。手ぇ出したら殺す。いいな」


「は、はい」


 返事の直後、大和は入り口のときと同様に扉を蹴破る。爆発のような音につかさが体を震わせていたが、構わず先へと進んだ。


「よう、邪魔するぜ」


 診察室という割には広い空間。物が一切ないそこに、一人の女性が立っていた。二、三日は洗っていないであろう長髪と黄ばんだ白衣が特徴的だ。


「これはまた元気な患者さんだ……扉の弁償費用は保険適用外だが、大丈夫かい?」


 先程のアナウンスと同じ、低めの声がその口から発される。どうやら、二人を招いたのは彼女で間違いないらしい。


「細けえこと気にしてんなよ。払おうにも、今は手持ちがなくてな。どうしてもってんなら、体で払わせてもらうぜ」


「なるほど、それは好都合だ……改めて、私、『(やく)()(ひろ)()』の研究所へようこそ。歓迎するよ」


「研究所?」


 亀裂と変形が目立つ扉の付近に立ちながら、つかさが首を傾げる。彼女は大和の指示に逆らうことなく、相手から距離を取っているようだった。


「ああ。ここは元々、私が勤めていた病院でね。色々な不幸が重なって畳むことになったんだが……当時の設備が綺麗な状態で保存されているから、それを転用して今は魔力の研究所として稼働させているんだよ。もちろん許可は得ている。表向きは、ただの廃病院だがね」


「つまり……歓迎ってのは、俺たちを実験台にでもしたいってところか」


「平たく言えば、そうなるね……都合が悪かったかい?」


「いいや、願ったり叶ったりだ」


 大和はそう返し、不敵な笑みを浮かべる。博美と名乗った相手が行おうとしている実験の内容を、既に察していたためだ。


「三種の神器とやら、お前が持ってるんだろ?」


「やはり、ここへ来たのはそれを探して、か……君の予想、当たらずといえども遠からずだ」


 博美は自身の胸に手を当てて、続けた。


「三種の神器。その一つは今、私の肉体と同化している。信じ難いだろうが……こうすればわかるだろう」


 白衣を脱ぎ捨て、その下に纏っていた衣服の袖も捲る。そこまでしてようやく露わになった彼女の素肌には、黒い紋様が浮かび上がっていた。

 いや、何よりも特筆すべきは、魔力反応の変化だろう。先程までは人並み程度にしか感じられなかったそれが、今の一瞬で増大していた。そこから推測される魔力量は、大和がこれまでに戦ってきた相手のなかでも群を抜いている。


「なんの前触れもなく現れたかと思えば、私の意思に関係なく結びついてしまってね。何をどうしても取り出すことができなくて、困っていたんだ」


 そんな博美の姿を見ても怖気づくことなく、大和は鼻で笑ってから再びその口を開いた。


「言い訳がましく語ってるが……取り出せたところで、返すつもりなんざねえだろ?」


「当然さ。研究が終わるまではね」


 悪びれる様子もなく告げる博美。彼女から視線を外すことなく、大和は全身を軽く解してから臨戦態勢に入った。


「さあ、始めようぜ。いい加減長話にもうんざりしてきたところだ」


「では、お望みどおりに」


 そう呟きつつも、博美は構えることなく棒立ちのまま大和を見つめている。この状態でも充分反応できるということなのか、あるいは、反応する必要がないのか。


「真実が鏡によって虚偽となるなら、虚偽もまた、鏡によって真実となるだろう。鏡の前で、真実は君に虚偽の牙を剥き、虚偽は無という名の真実へと変換される。果たして君は、真実と虚偽に翻弄されず、三種の神器が一つ、『八咫鏡(やたのかがみ)』を攻略することができるかな」


 博美の中にあるのは、油断ではなく自信。そう理解しているが故に、大和は相手の態度に苛立ちを覚えることなく全力で向かっていくのだった。

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