第94話「剣:色彩」
九月。濃密な夏季休業が明け、学生の本分を全うする日々が再開したわけだが、尚も魔力関連の騒動は収まることなく、自警団としての活動規模も収縮するどころか余計に肥大化していて、帰還してからそう日が経っていないセレスティーナすら駆り出される程だった。
雷貴は現在、そんな彼女と共に、千葉県の人里離れた山奥へと足を運んでいる。
「まさか、平日の日中まで自警団の活動させられることになるとは思ってなかったな」
今日は木曜日。本来であれば教室で眠気と格闘しているはずだが、公欠扱いで出動を命じられていた。それだけ、緊急性の高い任務らしい。
「……授業よりは、いい」
軽い足取りで、セレスが言葉を返す。
マフィアとの交渉が上手くいったことで、彼女にかけられていた連続殺人の疑いは払拭されていた。また、マフィア撲滅に協力することと引き換えに、クロを襲撃した件についての追及も先延ばしにできている。
故に、彼女は再び鋭才学園へと通えるようになっていたのだが、以前のような特別扱いをしてはもらえなかったらしい。普通の生徒と同じように、一つのクラスに属して本来のカリキュラムを受ける形に落ち着いたようだった。
「授業は嫌いか?」
「退屈で、眠くなる。寝たら怒られるし……好きじゃない。ちゃんと聞いてても、内容がよくわからない」
「……そういえば、今の状態になる前のセレスって、どんな暮らしだったんだ?」
体を拝借することになる以前の彼女とは、どのような人物だったのか。それ次第では、彼女が授業についていけないのも仕方がないと言える。およそ明るいものだろうとは思えなかったが、それでも雷貴は聞いておきたかった。
「家がなくて、親もいなくて。その日を生き延びるのに手段を選んでられなかった、そんな暮らし」
簡潔な説明からでも、彼女が壮絶な人生を歩んできたことが窺える。当の本人がなんでもないことのように語っているのは、それが彼女にとっての日常だったためなのだろう。
そんな彼女にいきなり高校生活を送るよう手配したところで、継続は困難だ。彼女自身、来日までにある程度の準備は行ったはずだが、現状、それが役立っているようには思えない。
もう少し、手厚い支援を行わなくては。彼女を連れ戻した張本人であるため、雷貴は彼女の苦労に対して責任を感じていた。
「で、でも、誰かを傷つけたり、殺したりはしてない……ちょっと、食べ物を盗んだりしたぐらいで……」
セレスが、珍しく慌てた様子で付け加える。雷貴にとっての命の価値観を、理解し始めたということか。
喜ばしく思うと同時に、彼は自らに対してある疑問を抱いていた。
他者を傷つけなければ、殺めなければ、自身の命すら危ういという状況でそれを実行することは、悪なのか。
正当防衛とは、また違う話だ。
きっと、悪ではないのだろう。他者を尊んだことで自身が命を落とすという悲劇を、美徳だとは思えない。だからと言って、他者を蹴落としての生存が善や正義であると主張することも憚られた。
すぐに答えを出せそうにないが、目を背けるわけにもいかない。いずれ自分なりのそれに辿り着くべく、雷貴は考え続けることを決めた。
「わかってるって。教えてくれて、ありがとな」
安心させるべく、雷貴は笑みを浮かべる。対するセレスの表情はお馴染みのフードに隠されて拝むことができないが、発される雰囲気が少し和らいだように感じられた。
「……それにしても、本当に、ここにあるのかな。その、『三種の神器』」
生い茂る木々や草花を見回しながら、セレスが呟く。目にする機会などあるはずもない日本の国宝を探すべく、二人は遥々この地を訪れていた。
朋世曰く、それらを厳重に保管していた場所から、強大な魔力反応が感じられたらしい。その理由を確かめるべく魔力の専門機関が足を踏み入れた瞬間、神器は光に包まれて消えてしまったとのことだ。
魔法で奪われたか、あるいは魔導具として目覚めて自律的に転移する効果が付与されたか。いずれにせよ、新たな騒動の種となることは間違いないため、早急に手が打たれたのだろう。
幸いなことに、微弱ながらも同質の魔力を感知することができたらしい。そのうちの一つに、二人がこうして派遣されている。
「この辺りのどこかにあるのは間違いないらしいけど、いくらなんでも広すぎるよな……まあ、クロさんとか他の自警団の人とかもいることだし、なんとかなるだろ」
今回の作戦に参加しているのは、二人だけではない。山盛高校に属するクロと、現地の自警団員二人、計五人で活動している。
現地の自警団員は反対車線側に存在する森林を。クロは雷貴たちと同じ箇所を別方向から、それぞれ捜索に当たっていた。
「案外、他の人たちがもう見つけ────」
刹那、雷貴は言葉を途切れさせる。
今の今まで何も感じられていなかったというのに、突如として凄まじい魔力反応が発生したためだ。
更に驚くべきは、その方向。
「クロさんが向かった方……急ぐぞ、セレス!」
「うん」
クロのものとは違う、異質な魔力反応。つまり、彼の身に危険が迫っている可能性が高いということだ。
雷貴は緑色の雷を纏って走り出す。移動速度が格段に上昇しているはずの彼と、セレスも難なく並走してみせた。
相変わらず驚異的な身体能力だが、感心している場合ではない。今は一刻も早く、仲間のもとへ向かわなくては。
「────あれか」
別行動を開始してからそう時間が経過していなかったためか、すぐにクロの姿を捕捉することができた。
どうやら戦闘中のようだ。魔力反応は極端に弱まっていて、それに伴って動きも鈍っているように感じられる。
そんな彼に猛攻を仕掛け続ける、一人の老人。その手には、一般に想像される西洋剣や日本刀とはまた異なった形状の、白い剣が握られていた。
受け取った資料に添付されていた写真を予め確認していたことで、雷貴は確信する。
それが、今回捜索している三種の神器、『草薙剣』であると。
「セレス、援護を……」
雷貴が指示を出そうとした時には、既にセレスは動いていた。
その手から投擲された大鎌が、回転するとともに空を切りながら老人へと飛来する。不意の一撃だったはずだが、それは神器によって防がれ、破壊されてしまった。
ただ、新たな隙を作ることはできた。クロが老人から距離を取ることに成功したため、今なら彼を巻き込まずに魔法を使える。その絶好の機会を逃すことなく、雷貴は自身の魔導具を引き抜いた。
「『轟雷紫電』」
直後、魔導具から伸びた紫色の雷が老人を襲う。防ぐことができなかったようで、相手は叫び声を上げていた。
「クロさん、大丈夫!?」
相手が怯んでいる隙に雷貴はクロのもとへと近づき、容態を確認する。外傷は少なかったが、その割にひどく疲弊しているように感じられた。
「どうして、ここが?」
「嫌な魔力を感じたから、急いで来たんだ」
いくらクロが高い実力を有していると言えど、単独行動は危険だったか。雷貴は今更ながらに後悔しつつ、相手の方へと視線を戻した。
「今のは、驚いたわい……」
雷が消滅した後、老人はのそりのそりと近づいてくる。黒煙の上がるそれに向かって、セレスがいるであろう位置から再び大鎌が飛来した────が、簡単に神器で受け止められ、またしても破壊されてしまった。
(……神器の力か?)
細長い、痩せぎすの体。とても、武器を満足に振るえるだけの筋肉量があるようには思えない。まして、セレスの大鎌を力業で破壊することなど不可能なはずだ。
考えられるとすればやはり、相手の魔法か、あるいは魔導具として目覚めた神器の力か。なんにせよ、普段以上に警戒して戦闘へと臨む必要がありそうだった。
「ふん。来るとわかっていれば、恐るるに足らんな」
「……今のは、ほんの挨拶」
木の枝を足場にしながら、セレスも二人と合流する。
これで、三対一。形勢は確かに変化しているはずなのだが、しかし老人は陽気に笑い声を上げてみせた。
「今日は本当についとるのう。まさか女もいるとは」
舌舐めずりの後、老人の爛々とした瞳が三人に向けられる。
「今夜は楽しめそうじゃ」
「下衆かよ」
「下衆だね」
「きも」
ほぼ満場一致の意見。それらに顔を歪めることもなく、老人は神器を構え直して三人へと迫った。




