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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第七章『色彩と黒歴史──参──』
93/121

第93話「占い」

(今日も大変だったなあ……)


 夏季休業も折り返し地点を迎えるという頃。()()()()()は一人、夕焼けに照らされる街中を歩いていた。ただ、私用の外出ではない。

 つい先程まで、自警団活動の一環として見回りを行っていたのだ。それ以外にも、騒動の鎮圧や魔導具の捜索など、様々な任務を朝からこなしている。

 そのような忙しない日々がここしばらくの間続いているために紫穂の疲労は蓄積される一方なのだが、鈍り始めた彼女の思考でも、悲惨な現状へと陥った二つの理由を明確にすることができた。

 一つ目は、『神』の死。

 それ以前も騒動の件数は決して少なくなかったが、得体の知れない存在に観測されているという事実が人々を抑圧していた側面もあったのだろう。試練を終えてからというもの、世界全体の治安が悪化しているようだった。

 二つ目は、同自警団に所属している(ふじ)(さき)クロの不在だ。

 先日の試練で『神』にすら勝利したその実力に見合うだけの仕事量を、彼は多少の不満を漏らしながらも今まで片付けていた。そんな彼だが、急遽、長い休息を取ることが決まってしまったのだ。

 クロに負担をかけすぎていた自覚があったため、彼を休ませることには紫穂も賛成していた。ただ、お構いなしと言わんばかりに仕事は舞い込んでくる。故に、彼がいない分の穴埋めをするべく、こうして方々へと駆り出されているというわけだ。


(クロ君……)


 帰路を辿りながら、彼に想いを馳せる。試練の後、隠されていた事実が彼の口から語られたことで、今のような時間は増えていた。


(別の世界、か)


 人も、街も、全てが魔力によって構成された、『偽りの世界』。そこで、クロと、偽物の紫穂が会っていたらしい。

 世界に魔力が誕生してから、彼女はある夢を見ることが増えていた。中学生時代の夢だ。大して親しくなかったはずのクロと笑い合っている、不思議な夢。

 ただの夢とは思っていなかったが、二つの世界が混ざり合ったことで記憶が混濁していた、という考えはよぎりもしなかった。


(……やっぱり、全部は思い出せないな)


 真実を明かされたというのに、未だ記憶は戻らない。少しずつ鮮明になってはいるが、このままただ待つだけでは途方もない時間がかかることだろう。

 紡いだはずの想い出を忘れているというのは、なんとも申し訳なく思える。一日でも早く取り戻すべく、何かいい方法はないかと考えながら歩みを進めていると────ふと、あるものが目に入った。


「占い師……?」


 路傍に臨時で設営されたであろう、紫色のテントのような建物。そこに立てかけられた段ボールには、『占い師の館』と記されていた。

 料金は一回五百円。

 学生の財布事情からすれば決して安くはない金額だが、疲れていたからか、紫穂は誘われるようにして怪しげな雰囲気が漂うその場所へと足を運んだ。


「占い師『モモ』の館へようこそ、可愛いお嬢ちゃん」


 その奥に座っていたのは、狐の面を被った人物。高い声音からして、女性と思われる。照明の淡い輝きによって映し出される彼女の姿が不気味に感じられ、紫穂は進むのを一瞬躊躇った。


「まあ、とりあえず掛けてよ」


「は、はい……」


 モモと名乗った占い師に手招きされたことで、机を挟んで彼女と向かい合う形で椅子に腰掛ける。


「まずは、名前を教えてもらってもいいかな」


 モモはそう言って、机の上に白紙とペンを置いた。

 口頭で済ませないあたり、名前の画数等も占いに利用するのかもしれない。さすがに悪用されることはないだろうと思いながら、紫穂は正直に記入して相手へと手渡した。


「紫穂ちゃん、か……うん、素敵な名前。今日は、いったいどんなことを占ってほしい? 金運に恋愛運、その他人間関係のいざこざなんかもまるっと全部お任せあれ、って感じだけど」


 表情が見えないからか、モモは大袈裟な身振り手振りを交えながら尋ねてくる。その動作により、鮮やかな桃色の髪がふわりと揺れた。


「……どうしても、思い出せないことがあって」


 クロから聞いた話を明かすことはできない。そのため、紫穂は余計なことを口走らないように注意して言葉を選んでいく。


「私も、周りの誰もそれを覚えてないけど、確かにあった出来事で……とても、大切な想い出のはずなんです。何か、思い出すきっかけのようなものを掴めればと期待して来ました」


 相手の面に向けていた視線は、いつの間にか机の端まで下がっていた。紫穂はすぐさまそれを引き上げ、誤魔化すように微笑む。


「……変ですよね、こんなお願い」


「ううん、そんなことないよ」


 モモが首を横に振って、そう答えた。


「人生という道に迷い、行き詰まった人たちに寄り添うのが、占い師の務めだからね。どんな理由で来ようと、蔑ろになんてしないよ」


 耳当たりのいい言葉。相手の気遣いから生まれたものだとわかってはいたが、紫穂の心は僅かに軽くなった。


「さて、早速始めようか」


 モモは紙とペンを片付け、一枚の布を机の上に広げる。そして、衣服の内ポケットから取り出した数十枚の紙束を混ぜ始めた。


「それは……タロットですか?」


「そ。裏向きのまま七枚選んで、この枠の上に順番に置いていって。上下を変えても大丈夫だよ」


 布の横に山札が置かれ、すぐに崩される。布には紙と同じ大きさの枠が描かれていて、一から七までの番号が割り振られていた。

 言われたとおりに、紫穂は七枚のカードを選び、その上へと並べる。


「じゃあ、裏返していこうか」


 一枚目。紫穂から見て一番上のカードが、モモの手によって捲られた。


「……なんですか? これ」


 そう尋ねたのは、紫穂がタロットの知識を有していなかったためではない。

 捲られたカードが、真っ白だったためだ。紛失した際の予備が紛れ込んだか、あるいはただの印刷ミスか。どちらかだろうと思ったが、彼女のそんな予想はすぐに外れることとなる。


「アタシが作った、オリジナルのタロットだよ。このカードは『閃光』だね。ちなみに逆位置」


 ほら、と続けながら、モモがカードを持ち上げて紫穂の方へと近づけた。


「よく見ると、文字が書いてあるでしょ? 紫穂ちゃんの方から見てそれが逆さまだと、逆位置になるの」


 目を凝らして見てみると、カードの中央に、『flash』の文字が逆向きで記されているのがわかる。色味が薄いために、すぐに気づけなかったようだった。


「逆、ってことは……あまり良くない意味になるんですかね」


「そうとも限らないけど、まあ大体はそんな感じかな」


 モモ独自のものとは言え、本来使われる一般的なタロットとそう変わりないらしい。ならば何故、わざわざそのような手間暇をかけたのか紫穂は尋ねようとしたが、占いの結果を早く知るために後回しにした。


「一枚ずつ解説していこうか。ここで表してるのは、紫穂ちゃんの過去について。それで出たのが、この『閃光』なわけだけど……このカードの逆位置が持つのは、『見えない』とか『隠れている』って意味」


 強すぎる光では何かを照らし出すことはできず、逆にその輝きで呑み込んでしまう、ということを示しているのだろう。逆位置らしい意味合いだと納得しながら、紫穂は続きを待つ。


「さっき言ってた、思い出せないことがある、ってのと重なるねえ……はてさて、紫穂ちゃんの過去が隠されている原因は、いったいどこにあることやら」


 その呟きを聞いて紫穂はクロの顔を思い浮かべたが、すぐにかぶりを振った。

 彼はあの日、望みどおりに教えてくれたではないか。思い出せないのは自らの落ち度であり、彼を責めるなどもってのほかだ。

 そんな思考のもと、紫穂は己を戒めるかのように力強く拳を握りしめた。


「そしたら、次に移ろうか」


 捲られた右下のカード。そこに描かれていたのは、逆位置の観覧車だった。

 そう気づいた直後、心臓の鼓動が強くなる。一瞬のことだったが、気のせいではないと思える程はっきりと感じられた。


「どうかした?」


「い、いえ、大丈夫です……続けてください」


 積み重なった疲労により、体が不調を訴えたのだろう。それが偶然、カードを捲った瞬間に発生しただけだと、紫穂はそう思うことにした。


「なら、そうするね……二枚目で表してるのは、紫穂ちゃんの現在、今の状況について。それで出たのが、『観覧車』の逆位置。これは、悪い循環が起こってることを示してるんだけど……紫穂ちゃんの場合は、考えても答えが出ないことを、延々と考え続けてるってところかな」


 それもまた、的中している。強いて違う点を上げるとするならば、それだけで記憶を取り戻せることはないと決めつけながら思考を巡らせているわけではない、ということぐらいか。特別指摘する必要があるとも思えず、黙っておくことにしたが。


「次に、三枚目」


 左下のカードが捲られる。

 描かれていたのは、横三列に並んだ子供たちの姿。それを確認した直後、紫穂は先程と同じ現象に襲われた。

 ただ、こうなるかもしれないと予想して身構えていたため、何もなかったかのように振る舞いながら相手の説明を待つ。


「これが表してるのは、紫穂ちゃんの未来。出たカードは『聖歌隊』の正位置だね。調和を示してるから、抱えてる問題は現状維持でもいずれ解決すると思うけど……それじゃ、駄目なんだよね?」


 モモの言葉に、紫穂は小さく頷いた。

 時が経つのを待つだけでは、駄目なのだ。それでは、あまりにも遅すぎる。足踏みしている間に、クロは更に遠くまで進んでいってしまうかもしれない。

 彼の隣に立つために。彼の孤独を埋めるために。彼から真実を聞くばかりでなく、自分の記憶を自分で取り戻さなくては。


「任せてよ。占い師の名に懸けて、ちゃんと導いてみせるからさ」


 モモが腕を伸ばして、一番下のカードを捲る。そこに描かれていた『サッカーボール』の絵柄と対面した瞬間、紫穂の身に変化が起こった。


(何? これ……)


 唐突に、頭痛が発生したのだ。

 確かに睡眠不足のせいで頭が重く感じられてはいたが、それとは明らかに別物だった。耐えられない程ではないが、相手の話に耳を傾ける余裕はない。


「これは悩みへの対応策ってところかな。正位置だから、多方面に動いてみると道が開けるかもね。とにかく、固定観念に囚われないことが大事だよ」


 紫穂の様子がおかしいと、気づいているはずだ。だが、モモは一切の反応を見せずに解説を続けている。休憩も挟まず、左上のカードへと手を伸ばした。


「五枚目は……お、『蠍』の逆位置」


 それが、更なる刺激となる。頭痛が激しさを増したことで、紫穂の意識は遠くなっていった。

 代わりに、声が、映像が、脳内に流れていく。

 回る観覧車。歌う少年少女。形状を変え、まるで生物になったかのように暴れ狂うサッカーボール。そして、人を遥かに超える大きさの、蠍。


「恋愛の占いだと、ここには想い人の気持ちが表れるんだけど……今回の場合は、悩みに深く関わってる人、になるかな。毒になることを恐れて、紫穂ちゃんに近づかないようにしてる……って感じ?」


 声自体は聞こえるが、言葉として認識できない。溢れ出す情報に翻弄され、紫穂は頭を押さえて机に伏せた。


「紫穂ちゃん、大丈夫? 六枚目いくよ?」


 返事をする余裕など、あるわけがない。一目見てわかるはずだが、モモは間を置かずに右上のカードを捲った。心配するような言葉も、あくまで形だけのようだ。


「『狐』の逆位置」


 そしてまた、新たな情報が流れ込む。先程の蠍と同じ、本来のそれとはかけ離れた大きさの狐。


「これは紫穂ちゃん自身の状況を表したカード。嘘をついてる、もしくはそうかもしれないと思ってることで罪悪感を抱いてるんだね」


 頭痛が続くなかでも、その声はやけにはっきりと聞き取れた。耳元で囁かれているかのようだったが、モモは前方に座ったままだ。


「それは、どういう……」


 この状況がおかしいと、紫穂も気づいている。だが、彼女はそれについてではなく、あくまで告げられた言葉に対して尋ねた。


「本当は、思い出したくないんでしょ?」


 そんなはずはない。記憶を取り戻すために、この場を訪れたのだから。そう返したかったが、上手く声を発することができなかった。

 頭痛のせいではない。相手の言葉は間違っていないかもしれないと、そう思ってしまったためだ。


「でも、いいんだよ。それで」


 なんとか顔を上げた紫穂は、最後のカード、中央に位置するそれと相対した。

 最初のものと対になるような、真っ黒なカード。それを見た瞬間、痛みは最高潮へと達する。

 彼女はたまらず、叫び声を上げた。


「『暗闇』の正位置。悪いことのように思えても、そうじゃない可能性が高いから、善悪の基準を今一度見つめ直すが吉……ってのが結論ね」


 脳内が、埋め尽くされていく。頭が破裂するかのような、初めての感覚に襲われていた。そんな状態でも、モモの声ははっきりと聞き取れている。


「これで占いは終わりだけど……最後の最後に、アタシ個人からのアドバイス」


 徐に紫穂の頭を撫でてから、モモは続けた。


「無理は禁物だよ。紫穂ちゃんが願えば、アタシはいつだって力になってあげるからね」


 そう告げられた直後、視界が一瞬にして切り替わる。

 いつの間にか、紫穂は往来で蹲っていた。椅子も、机も、カードも、テントのような建物も、モモの姿さえも、どこにも見当たらない。

 夢でも見ていたかのような、そんな気分だ。だが、そうではないという確信が、彼女にはあった。


「思い、出した……」


 絶え間なく流れ込んでいた音と映像は、かつての記憶だったらしい。どうやら、モモの占いが刺激で呼び起こされたようだった。断片的だったそれらが結びついたためか、頭痛も治まっている。


「でも……」


 念願が叶ったというのに、紫穂の表情は晴れない。ゆっくりと立ち上がった彼女は、胸に手を当てて俯いた。


(この私は、本当に『私』なのかな……)


 今得た記憶は、クロの言う『偽りの世界』に存在した自身の記憶で間違いない。ただ、そこから読み取れる『過去』の自分と、積み上げてきた『今』の自分との差異が大きかった。

 別人なのではないかと、疑う程に。


(そっか、こういうことだったんだ)


 記憶の混濁による、自己の喪失。クロが真実をひた隠しにしてきたのは、こうなることが予測できていたためかと納得する。そして同時に、彼の努力を無駄にしてしまったことへの申し訳なさが感じられた。


(……何やってるんだろう、私)


 一瞬。ほんの一瞬だが、紫穂は後悔してしまう。そんな思考を振り払うかのように彼女は歩き出し、足早にその場を後にするのだった。

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