第92話「模索:色彩」
その言葉に、三人とも理解が追いつかなかったのだろう。誰一人、相槌すら返していなかった。
「ボクは、『セレスティーナ=モルテ=エッフィーメロ』の体を、借りてるだけ」
「……今のお前は魂だけが『セレス』の中に入ってる状態で、本当のお前の体は別の場所にある、ってことか?」
クロが一番早く情報の処理を終えたらしく、彼なりの見解を口に出す。こと魔力方面においては、この場で最も頭が切れるようだ。
「そう、だけど……ボクの体は、もうない。あったとしても、多分もう使えない」
「もしかして……貴方は、一度死んでるの?」
「わからない。魔力が世界に広がって、何日か経った後……死んだと、思ったんだけど……気づいたら、この体に入り込んでた」
鋭才学園を訪れる頃には、既に今のセレスだったらしい。
それが、魔法によるものなのか。
自ら、無意識的に行ったのか。あるいは本物の『セレス』が望んだことか。それとも、第三者の介入があったのか。
今の彼女にわからないのなら、答えは出せない。
「元の体、見つからなくて……本物の『セレス』に、話を聞こうと思ったけど……この体から、それらしき魂は感じられないし……というか、そもそも、面識もなかったし……何が起きてるのか知るには、『セレス』になりきるしか、なかった」
だから、と続けながら、セレスが雷貴の方へと顔を向ける。
「今のボクは、誰も殺してないけど……『セレス』がどうかは、わからない。元々、マフィアの一員だったみたい、だから」
そう言って、セレスは胸のあたりで拳を強く握りしめた。
「でも、どれだけ、罪を背負ってても、ボクの……ううん。ボクと『セレス』の謎が解けるまで、ボクは、消えるわけにはいかない」
「まあ、本物の『セレス』についても後で考えるとして……とりあえず、話を先に進めよう。今のセレスがマフィアでの活動を始めたのが比較的最近なら、クロさん以外に危害を加えてなくてもおかしくないだろうし」
「え、ええ。そうですね……話を逸らしてごめんなさい。セレス、他に何か知ってることや隠してることはないかしら?」
聞けば聞く程、衝撃の事実が明らかになっていく。千歳と共に面食らいながらも、雷貴は話を先へ進めようとしていた。
「もうない」
「え?」
「これで終わり」
「そ、そう……」
拍子抜けしたような声を漏らしたが、千歳はすぐに表情を引き締める。
「想定していたより、事態は深刻だったみたいね……」
問題が明らかになっただけで、解決策が浮かんだわけではない。むしろ、ここからが本題とも言える。
「死亡者たちの推定出身国がばらけているのは、イタリアマフィア関連の騒動だと気づかれにくくするため。しかも、彼ら彼女ら全員分の情報を抹消する程の徹底ぶり」
「……本当に危険だったんだな」
「だから何度も言ったじゃないですか!」
「ははっ、悪い悪い」
けらけらと笑う雷貴。
危険を承知でセレスの捜索に乗り出していたが、まさか彼女とマフィアに繋がりがあるとは思いもしなかった。ここまで話が壮大になってしまえば、笑うしかない。
「さて、どうするか。セレスを警察に突き出したところで、諸々の問題が解決する可能性は低いよな」
「そうね。最悪の場合、この件に関わった人間が全員消されてしまう恐れだってあるわけだし……」
頭を悩ませた様子で、クロと千歳が話し合う。
警察をはじめとする捜査機関に裏切り者が存在するかもしれない以上、下手に動くことはできない。かと言って何もしなければ、少なくともセレスは再びその命を狙われることになるだろう。
次に危険なのが、雷貴。クロと違ってそれらしい変装をしていなかったためだ。
この件に関わる全ての人間に、命の危険が迫らなくなるような、最善手。それになり得る妙案を、雷貴は一つ思いついた。
「セレス、マフィアの上層部と連絡を取る方法ってあるか?」
「うん……でも、どうして?」
「今回の件でこれ以上の犠牲者が出ないよう、直接交渉するのはどうかなって」
「……具体的に、その内容は?」
相手はこれまで、実力行使と徹底的な隠蔽工作を行っている。そう簡単に退く気はないだろう。故に、雷貴の案で解決できたら苦労はしない。
だが、千歳は即座に却下することなく彼の考えを聞き出した。
「こっちが譲歩するのは二つ。まずは、今回の件を公にしないこと。マフィアの存在や活動を明るみにしないって誓えば、セレス以外の関係者が狙われることはなくなるだろ」
「隠蔽する手段があるんだから、乗ってこないんじゃないか?」
「手間暇を考えれば、乗ってくると思うよ。隠蔽工作だって、ただじゃないだろうし」
「一理ありますね……もう一つは?」
「口封じとしてセレスが始末されないために……日本国内の魔力に関するデータ、それも、かなり希少性の高いものを、横流しする。相手の目的が魔力の研究を独自に進めることだとしたら、喉から手が出る程欲しいものなんじゃないか?」
「セレスの安全も保障してくれる程に、ってわけですか……でも、そんなことしたら、私たち晴れて犯罪者の仲間入りですよ」
仮に、相手の目的が想定どおりのものだったとして、それに手を貸すということは、日本への反逆行為を働くことと同義だ。今まで誤魔化してきた軽犯罪とは比較にならない。自己保身のためであっても、更に危険を冒すのは好ましくないだろう。
「当然、渡すのは偽の情報だよ。イタリアマフィアを潰す────その下準備をするための、な。それに協力するっていう大義名分があれば、クロさんを襲った件への追及も、しばらくは保留にしてもらえるだろ。連続殺人に関しては冤罪だし……どの程度まで痛めつけてたのかはわからないけど、正当防衛の範疇になるはずだ」
「だとしても、私たちだけじゃ難しいでしょうね……藤咲クロ」
「んぇ?」
自分に話が回ってくるなど思いもしていなかったらしく、クロは奇妙な声を漏らしながら千歳の方に顔を向けた。
「『山高』自警団の顧問に協力をお願いできないかしら。国内外に偽装工作ができそうなのは、あの人ぐらいしか思い当たらないわ」
「ああ、確かに」
雷貴も、微笑みながら頷く。試練に挑戦した事実を未だに隠し通している火野蒼ならば、適任に思えた。
ただ、三人分の視線が注がれたクロはそれらを躱すように左右を泳ぎ見ている。
「……何か、都合が悪いことでもあるのかしら?」
「いや、そんなことねえよ。ちょっと待っててくれ」
慌てた様子で背を向けたクロは、ポケットからスマホを取り出し、件の人物へと電話をかけた。夜も遅いが、すぐに応答があったらしく、姿の見えない相手との会話を始める。
数分程経過してから、彼は手に持っていたそれをセレスに差し出した。
「火野先生が、代わってくれだって」
セレスは恐る恐るといった様子でそれを受け取ると、フードの中に潜り込ませて耳に当てる。初めは辿々しい日本語で話していたが、蒼が気を利かせたのか途中からイタリア語で話し始めた。
その内容がわかるのかは不明だが、クロは彼女に視線を向け続けている。
「駄目そうだったの?」
「いや、聞いてる感じ、動いてくれるみたいだ」
千歳からクロへの問いかけに、雷貴が答えた。
「え、雷貴、イタリア語わかるのか?」
「少しだけ、ね。勉強したんだ」
「すげえな……」
まだ話すことはできないが、ある程度の聞き取りならばできる。セレスがどのように話を進めているのかも、雷貴は大まかに把握できていた。
「それで、どうして頓珍漢な表情をしていたわけ?」
「……いや、なんでもない」
言葉を濁すクロ。彼も彼で、何かと秘密が多い。ただ、今回は特に深刻な事情があるようには思えなかったため、雷貴は追及しないことにした。
「はい」
「ああ、ありがとな」
そうこうしているうちに、二人の話が終わったらしい。セレスから差し出されたスマホを受け取ると、クロは再び耳に当てた。そして、二言三言話してから通話を終える。
「方が付いたらまた連絡するから、それまでは大人しくしてろってさ」
「これで一件落着、ってことでいいのかな」
「とりあえずは、そうだな」
関係各所への根回しが完了したとして、実際の交渉が上手くいくかはわからない。だが、それは今気にしても仕方のないことだ。
自分たちにできることは、全てした。あとは、上からの指示を待つしかない。
「藤咲クロ」
「ん?」
クロに近づく千歳。
先程のことを掘り返すようであれば止めようと雷貴は考えたが、次の彼女の行動は全く予想していないものだった。
「今回は、ありがとうございました」
そう言って、千歳が土下座をする。普段の彼女のクロへの態度からは、とても考えられないような言動だ。
「貴方のおかげで、二人を救うことができそうです。本当に、感謝しています。同時に、これまでの数々のご無礼を、ここに詫びます。大変、申し訳ありませんでした」
「い、いや、いいって。顔上げてくれよ」
千歳がここまでしているという事実が、クロの調子を崩しているらしい。彼は照れもせず、得意げになることもなく、ただただ動揺していた。
「俺からも、ありがとう」
「ありがとう、ございます」
「二人まで……」
助けを求めるように視線を向けるクロに対し、雷貴と、次いでセレスも頭を下げる。
彼が千歳の頼みを聞いていなければ、二人は今頃この場にはいなかった。命の恩人と称しても過言ではない。
「本当にいいから、顔上げてくれって。今回協力したのは、俺にも他に目的があったからだし」
「目的?」
「交換条件。そうだろ? 七五三」
顔を上げて尋ねた雷貴の視線を躱して、クロが千歳の方を向く。
彼女は姿勢を戻してから頷くと、少し離れた所にあった鞄から四つ折りの紙を取り出し、その端を両手で掴んで丁寧に差し出した。
「こちらを」
「今更敬語なんて使うなって。タメ口のが慣れてるからさ」
片手で受け取ると、クロはすぐにその紙を開いて確認する。
何が記されているのか気になったものの、勝手に覗き見ることは憚られ、雷貴は二人から説明されるのを待つことにした。
「住所だけじゃないんだな」
「いきなり家に押しかけてどうするのよ。外出時に、偶然を装って接触するのがベストでしょ。お互いにとってね」
「……調子、戻ってきたじゃねえか」
多少毒がある方が馴染み深いらしい。クロは微笑しながら紙を折り直し、スマホケースの中へと忍ばせた。
「え、どういうこと?」
「悪い、これ以上は言えない。とにかく、気にしなくていいから」
千歳に視線を向けるが、彼女もまた、情報を明かそうとはしない。そんな状態では、クロの目的を推測することは困難だ。
除け者にされているようにも感じられたが、二人の関係が良好になったことの表れかと思えば、悪い気はしなかった。
ここは潔く引き下がるとしよう────そう思った直後、誰かの腹の音が鳴り響く。それは一際長く、空間に残留した。
「……お腹、減った」
どうやら、セレスのものだったらしい。彼女は視線を落としながら、自身の腹部をさすっている。
「自由な奴……」
「セレスらしくていいよ」
「何か頼みましょうか」
「でも、ここ高いだろ?」
「貴方は気にしなくていいわよ。今回の功労者なわけだし」
「……んじゃ、お言葉に甘えますかね」
意図せずして、場の雰囲気を和ませることができた。雷貴はセレスに内心で感謝しつつ、食事のために場を整える。
「そういえばクロさん。結局、あの光ってなんだったの?」
その質問により、クロの体が大きく揺れた。秘密について尋ねられたときの反応であると、確信できる程に。
「あれは、その……闇属性の魔法の応用っていうか……ほら、闇をこう、いい感じにして、光っぽく見せたっていうか……」
懸命にそれらしい返答をするクロだが、目を回し、しどろもどろになっているため、誰がどう見ても嘘を言っているようにしか思えない。
「……そっか」
雷貴がそう返すと、他の二人も追及することなくその話を切り上げた。
秘密を打ち明けてもらえないことへの寂しさは、当然ある。だが、セレスのときとは異なり、急を要する事態には思えなかったため、無理に聞き出そうとはしなかった。
いずれ、彼の秘密も抱えられるぐらいに強くならなければ。雷貴はそんなことを考えながら、料理が運ばれてくるのを待つのだった。




