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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第七章『色彩と黒歴史──参──』
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第91話「吐露:色彩」

 いつぞやの高級料亭、その一間。七五三(しめ)()(とせ)の前には、三匹の生ける屍が転がっていた。他でもない、(らい)()と、セレスティーナと、クロだ。

 クロの尽力により、命からがら全員が廃工場から脱出することに成功していた。その後、彼の協力者に連絡を取ってここまで送迎してもらったというわけだ。

 既に止血は済んでいるが、治癒の魔法が使われたわけではないため、三人は揃いも揃って畳に伏している。


「……それで、いったい何があったの?」


 屍に近づき、屈む千歳。

 それに気づいたらしいクロは、目線の高さを合わせるためかむくりと体を起こし、畳の上で胡座をかいた。

 彼に続いて、他の二人も同様に動く。千歳からの頼みで彼が動いていたことは道中で説明されていたため、話の腰を折ることはなかった。


「襲われたんだよ。外国人たちに」


「……セレスも?」


「ああ」


「やっぱり……」


 納得したかのように、千歳が呟く。セレスが何者かに命を狙われている可能性に、早い段階で気づいていたためだろう。


「そいつらの目的は聞けた?」


「……いや、俺が殺────」


「自爆された」


 クロの言葉が、セレスのそれによってかき消される。それが不審に感じられたのか、彼は訝しむような表情を彼女に向けた。


「いや、あれは俺が……」


「お前程度に倒せる相手じゃない。あれは自爆」


 頑なにクロの言葉を遮るセレス。彼女がここまで自らの意見をはっきりと主張するのも珍しい。


「俺の位置からはよく見えなかったけど……そうなの? クロさん」


「そう」


 クロへの問いかけに、何故かセレスが反応する。まるで、何か隠しておきたい事実があるかのように。


「……セレスが言うんなら、そうなのかもな」


「そっか……」


 ため息混じりに、雷貴は呟く。仲間の手を汚させずに済んだことは喜ぶべきなのかもしれないが、かと言って満面の笑みを浮かべることなどできなかった。

 人の命が失われたことに、変わりはないのだから。

 その憂いが、表情に出ていたのだろう。いつの間にか、心配するような視線が三つ、彼に突き刺さっていた。


「ああ、いや、ごめん。なんでもないよ。続けて」


「なんでもないことないだろ。言ってみろって」


 取り繕うために口角を上げたが、やはり上手く笑えていなかったらしい。しばし逡巡した後、追及から逃れることはできないと判断したことで雷貴は再び口を開いた。


「……さっき戦った相手。明らかに俺たちを殺しに来てた。ほぼ間違いなく、悪人だろうってわかる。だけど、そんな奴にも、大切に想ってくれる人間が……大切に想い合える相手が、いたんじゃないかって思うんだ」


 あるいは、そうなれる可能性が少なからずあったのではないかと、そう考えずにはいられない。


「雷貴……」


「確かに、俺たちが直接手にかけたわけじゃないかもしれない……だけど、俺たちが」


 かぶりを振ってから、雷貴は続ける。


「俺がもっと強ければ、自爆なんてさせないで生け捕りにすることもできたはずなんだ」


 全ての命は、平等に尊いもの。

 綺麗事だとも、甘い考えだとも自覚している。それでもやはり、改めることはできない。


「仕方のないことだって、わかってる。わかってるつもりなんだけど、ね……」


「雷貴」


 力なく笑う雷貴の肩が、クロによって掴まれる。目が合ったかと思うと、その口は再び開かれた。


「お前は、間違ってない」


「え……」


「人が死ぬことを許容する必要なんてない。割り切る必要なんてない。お前は、そのままでいいんだ」


 情けをかけるな。全てを救おうと思うな。そう説き伏せられるとばかり思っていたために、雷貴はすぐに言葉を返せずにいた。


「それと、もう一つ」


 顔の前で人差し指を立ててから、クロは続ける。


「今回の件を気にするなとは言わない。ただ、罪悪感に押し潰されないでほしいんだ。今、雷貴の中にある感情を糧にして、強くなってほしい」


 たった一つ、歳が違うだけ。それでも、言葉を紡ぐクロからは妙に大人びた雰囲気が感じられている。いつか見た頼りない印象の彼は、どこにも存在しなかった。


「これから先、一つでも多くの命を救えるように」


 そんなクロに肯定されたことで、雷貴は自信を取り戻す。未だ気分は晴れないが、負の感情に支配されるようなことはなくなった。


「話を戻すわよ」


 沈黙を破った千歳に、視線が集中する。

 まだ、事態は解決していない。そうわかっているからか、雷貴以外の二人も表情を引き締め直した。


「廃工場の爆発は、交戦相手が自爆したことによって引き起こされたもの、と考えていいのかしら」


「……さすが、情報が早いな」


 感心したように言葉を返すクロ。

 交戦後、彼らに襲いかかったのは落下を始めた金属だけではなかった。廃工場には、未処理の危険物が放置されたままになっていたらしく、それらが刺激されたことで辺り一帯が爆発を起こしたのだ。幸い、彼の魔法によって三人は事なきを得たが。


「正直、規模が規模だから気が気じゃなかったけど……とりあえず、貴方たちは無事そうで安心したわ」


「……ただ、目的を聞き出せなかったのは痛いな。現場に戻ったところで、手掛かりは木っ端微塵だろうし」


「問題ないわ。ここに一人、有益な情報を持ってそうな子がいるもの」


 千歳はセレスに近づいて片膝をつくと、彼女の胸ぐらを掴んで強引にその身を引き寄せた。かつて、共に時を過ごしていた仲間に対しての扱いとは思い難い。


「セレス、教えてちょうだい。これまで貴方が殺してきた外国人は、いったい何者だったの?」


「……殺してない。襲われたから、反撃しただけ」


「なら質問を変えるわ。何故、貴方は外国人たちに命を狙われていたの?」


 鋭い視線に、冷たい声色。

 今にも殴りかかるのではないか、と危惧した雷貴は、いつでも止められるように身構えた。クロも、千歳の激昂に備えているように見受けられる。


「お願い、答えて」


「嫌だ」


 即答。

 この状況で、セレスははっきりと自らの意思を主張した。沈黙するでも、嘘をつくでも、誤魔化すでもなく、拒否したのだ。

 廃工場にて、揺らいだ様子を見せていた、あの彼女が。


「大人しく捕まる。だから、もうこれ以上深入りしないで」


 セレスの言葉は、逃亡を続けてきた人物のそれとは思えない。だが、どこか覚悟を決めたように聞こえる。それが嘘であるとも、雷貴には思えなかった。


「二人を、巻き込みたくない」


「馬鹿言わないで!」


 食い気味に、千歳が声を荒げる。


「とっくに巻き込まれてるのよ! (みどり)()先輩も、(ふじ)(さき)クロも!」


 凄まじい剣幕だった。

 制止する準備をしていたはずの二人が尻込みしてしまい、一言も挟めぬ程に。


「もう、貴方一人の身で解決できるような問題じゃないのよ……」


 かと思えば、今度は声が細くなっていく。


「私たちのことを想ってくれるなら、協力して」


 俯く千歳の瞳から一粒の雫が落ち、畳へと吸い込まれていった。


「お願い」


 畳を叩く音が、しばし続く。次に口を開ける者など、一人しかいない。


「ボクは……」


 セレスなりに、何か決意できたのだろう。彼女は自身の胸ぐらから千歳の手を引き離すと、その場に座り直して再び口を開いた。


「ボクは、イタリアのマフィア……その、末端」


 予想だにしない回答。

 だが、この状況で冗談を言うとは思えない。雷貴は余計な口を挟まず、続きが語られるのを待つことにした。


「日本にいる強い魔導士……自警団員とかを、殺していく。それが、ボクに与えられた、役目」


「どうして、そんな命令が……」


 雷貴の問いかけに、セレスは首を横に振る。


「わからない……けど、死体は回収するつもりだったらしい。なるべく、綺麗な状態で殺せって、言われた」


「……秘密裏に魔力の研究を進めようとしていた、ってところかしらね」


 死体からの魔力採取。死体そのものを利用した実験────雷貴の頭ですぐに思いついたのは、そのくらいだった。

 なんにせよ、碌でもないことを企んでいるのは間違いないだろう。


「でも、ボク、失敗して……」


「失敗?」


 復唱して尋ねたクロの方を、セレスが物言いたげな目で見つめている。フードの被り方が浅くなっていたおかげで、雷貴には彼女の表情がよくわかった。


「……俺のせい?」


 こくり、とセレスは頷く。どうやら、学園祭での襲撃をクロが退けた件についてらしい。


「っていうかセレス。なんであの日、クロさんを襲ったんだ?」


「正体、ばれたかと思った。変なこと言ってたから」


「なんて言ったの? クロさん」


「……『お前は何者だ?』って聞いたんだ」


「どうしてまたそんな変な質問を……」


「し、仕方ないだろ。魔力が変な感じしたんだから。『神』の身内かと思ったんだよ」


 雷貴がそのように感じたことはない。だが、常人以上に魔力の扱いに長けているクロならば、僅かな差異に違和感を覚えてもおかしくはないかと彼は納得した。


「魔力……じゃあ、正体には、気づいてなかった……?」


「少なくとも、マフィアの一員だなんてことは微塵も思ってなかったよ」


 再び、セレスからクロへ同じ目が向けられる。労力を返せ、と言わんばかりの眼差しだ。


「やめろその目」


 罪悪感を覚えているようには見えなかったが、不快に感じないわけでもないらしく、クロはセレスにそう言い放った。


「話を脱線させないで……それで?」


「そこから、仲間……元仲間に、襲われるようになった」


「仲間っていうのは、例の外国人たち?」


 セレスの頷きを確認し、千歳は大した反応も見せずに話を進めようとする。ただ、その瞳は未だに潤んでいた。


「貴方は殺してないって言ったけど……なら、彼らは何故死んでいるの?」


「わからない……けど、多分、組織の口封じ」


「なるほど。諸々の情報操作も、マフィアの工作によるものってわけね」


「……そんな組織に狙われて、よく無事だったな」


 そう声に出したのはクロだが、雷貴の頭にも同じ疑問が浮かんでいる。

 数十人の人員を躊躇なく切り捨て、関連する情報を完全に隠蔽するなど、並大抵の組織に成せることではないはずだ。

 そのような相手に本気で狙われれば、いかにセレスが強いと言えど逃げ延びることは難しいだろう。


「ボクは、まだ、消えるわけにはいかないから」


 妙な言い回しなのは、言語の壁によるものか。

 他に理由があるかもしれないとも考えたが、雷貴はとある懸念を先に払拭することにした。


「セレス。一つ聞いてもいいか?」


 視線が向けられた直後、返事を待たずに続ける。次に雷貴が発した声は、普段よりもやや低いものだった。


「マフィアとしての活動で、どれだけ殺してきた」


「殺してない。一人も」


「誰も傷つけてないか?」


「……襲ってきたマフィアの奴らと、そいつ以外には、誰も」


 セレスからクロへと、視線が送られる。先程とは違って、気まずそうな表情を浮かべていた。

 恐らく、嘘をついてはいないだろう。確かめることなどできないが、雷貴は今までに見てきた彼女の人間性を信じることにした。


「そういう事情なら、咎める気はないよ。少なくとも、俺はな」


 でも、と雷貴は続ける。


「クロさんには、謝っておくんだ。誤解を招くようなこと言ったとはいえ、あの件でクロさんは完全に被害者だからな」


「……ごめん、なさい」


 先程までの態度はどこへやら。やけに素直に、随分しおらしい様子で、セレスは謝罪を述べた。

 クロにも色々と言いたいことや思うところがあるはずだが、そんな彼女を目の当たりにしてか、彼は小言の一つすら告げずに冷静さを保っている。


「いいって。それより続きを……」


「ちょっと待って」


 今度は千歳が話を遮った。


「セレス。貴方、マフィアに入ったのはつい最近なの?」


「え?」


「いえ、犯罪組織に籍を置いてて、誰も傷つけず、誰も殺さず……なんてできるのかと思って」


「それは……」


 セレスの目が、左右に泳ぎ始める。明らかに何か隠している様子だ。


「セレス、隠さないで全部教えて」


 千歳にずいと顔を近づけられると、その分セレスも後退する────つもりだったようだが、途中で壁にぶつかった。

 それから、諦めたようにため息を吐いて、その重い口を開く。


「……ボクは、『セレス』じゃない」

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