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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第七章『色彩と黒歴史──参──』
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第89話「雷神紫電」

「これは……」


 セレスが、訝しげな表情を浮かべる。その視線は一瞬、(らい)()の魔導具へと向けられていた。

 恐らくは、雷の集合体が大鎌という物体を受け止められていることに、違和感を覚えているのだろう。彼自身、これを初めて見たときは同じことを考えたため、相手の驚きがすぐに察せられた。ただ、共感の言葉を告げることはない。


(重っ……)


 セレスとの純粋な腕力勝負に、雷貴は負けていた。雷の出力を上げることで辛うじて拮抗できているが、大鎌を押し返すまでには至らない。


(力じゃ勝てない、なら……!)


 互いに得物を引き戻した瞬間、雷貴はその身に緑色の輝きを纏う。魔法によって神経伝達の速度を上昇させ、相手よりも速く動こうと考えていた。

 だが。


(これも駄目か)


 セレスの俊敏性が、異様に高い。雷貴は魔法を使ってようやく、彼女と互角の速度で立ち回ることができているようだった。

 ならばと、何度か打ち合いを続ける最中、相手の大鎌に雷を伝わせてみる。だが、その程度では彼女を麻痺させることはできず、状況は一向に変化しなかった。


「なんでどいつもこいつも雷が効かないんだよ……!」


「この間、いっぱいくらった」


「……そうだったな!」


 セレスの攻撃を受け流しつつ、雷貴は飛び退く。距離を詰めようとしてくる相手に対して、冷静に魔導具の照準を合わせた。


「『(ごう)(らい)()(でん)』」


 凄まじい威力の雷が魔導具から放出され、セレスに直撃する。雷貴はその瞬間を確かに見ていたが、動きを止めることはなかった。

 それだけで終わるはずがないと、わかっていたためだ。彼は周囲に転がるいくつかの鉄パイプへと雷を放ち、磁力を発生させて引き寄せる。そしてそれらを、遠慮なく相手へと投げつけた。


「……弱い」


 そんな呟きの後、セレスは雷による負傷などないかのような速度で大鎌を振るい、迫るいくつもの鉄パイプを次々に切断していく。その後、空中に漂ったままのそれらを自身の前方へと弾き飛ばし、雷貴への反撃に利用した。


「うおおおおっ!?」


 予想外の出来事に驚きの声を上げながら、雷貴は周囲に雷を駆け巡らせる。咄嗟の反応だったが、発生した磁力による軌道修正が成功したことでどうにか負傷せずに済んだ。

 ただ、危機が去ったわけではない。セレスに距離を詰められ、分の悪い剣戟を再開させられてしまった。


(今可能な最大出力じゃ、動きを一瞬止められるだけ。搦め手も、俺が考えられる程度じゃ通用しない)


 大鎌を捌きながら、雷貴は思考を巡らせる。

 体力、魔力共に相手の底が知れない。今は互角に戦えているが、このままでは先に自分が限界を迎えてしまうだろうと気づいていた。


(……やるしかないか)


 全神経を集中させる。魔導具から放出している雷を少量、自身へと回帰させて体内に取り込んだ。

 直後、雷貴は相手の前方から姿を消す。


「くっ……」


 紫色に輝く軌跡から、雷貴が後方へと回り込んだことに気づいたのだろう。セレスは振り返って大鎌を構えようとしていたが、既に遅かった。


「『轟雷紫電』」


 雷が、再びセレスの体を包み込む。それによって生じた隙を突き、雷貴は一瞬で距離を詰め直した。

 その拳が、相手の腹部を捉える。手心を加えたつもりなどなかったが、彼女には数歩後ずさっただけでその衝撃を受けきられてしまった。

 そして、返しの一撃であろう水平斬りが迫る。その動作が完了した時、雷貴は既にそこにはいなかった。


「がっ……」


 セレスの頭上へと跳んでいた雷貴が、踵を振り抜いて彼女の後頭部を蹴り飛ばす。その勢いを利用して体の前後を反転させると、追撃で雷を放出した。

 その後、身を翻して着地するがすぐに動き出すことはできず、膝をついてしまう。


(やっぱ、厳しいな……)


 魔導具から発生した雷を取り込むことで、雷貴はより素早い動きが可能となっていた。だが、普通に扱おうとするだけで凄まじい負荷がかかるそれを体内に宿す代償もまた、小さくはない。

 視覚が過剰に鋭敏化されていることで焦点を合わせづらく、気を抜くと視界不良に陥ってしまう。鼓動の加速は留まるところを知らず、また、それに倣うかのように過呼吸が引き起こされていた。限界を超えた速度での収縮により、全身の筋肉が早くも悲鳴を上げている。いつ動けなくなっても、おかしくはない。


(でも、このままいけば……!)


 体勢を立て直したらしく、尚も突進して接近を試みている様子のセレス。再びその背後を取るべく、雷貴は閃光を纏ったまま駆け出した。

 確かに、後方へと回り込んだはずだ。だが、気づけば彼は彼女と向かい合う形で立っていた。


「なっ……!?」


 大鎌が、すぐそこにまで迫っている。

 回避は間に合わない。雷貴は仕方なく雷の刀身で受け止めて何度か打ち合った後、セレスの攻撃を受け流して僅かな隙を作り出した。

 そしてもう一度、相手の後方へ回り込もうとする。だが、またしても彼女の背中を拝むことはできなかった。再び、相手の間合いへと引きずり込まれる。


「動きが単調。それじゃ、どれだけ速くても意味ない」


 どうやら、事前に動きを予測することで対応しているらしい。そんな芸当が可能な理由はセレスの戦闘経験にあるのか、それとも、単に雷貴の思考が読みやすいだけなのか。


「雷貴、甘いよ」


 甲高い音を響かせながらも、セレスがはっきりと告げてくる。


「さっきの攻撃、ボクを斬るべきだった。それは、雷貴もわかってたはず」


 その言葉の後、()(でん)の輝きに照らされて見えた桜色の瞳。二つのそれは、軽蔑するかのように雷貴を見つめていた。


「手加減でも、してるつもり?」


 そんなつもりは毛頭ない。ただ、セレスを過度に傷つける恐れのある選択を取りたくなかっただけだ。

 心情が伝わっているのか否か。声からも、僅かに見えた表情からも、彼女の不機嫌さが露骨に感じられる。だが、雷貴は怒りも悲しみもしなかった。

 その代わりに、微笑む。


「……何がおかしいの」


「いや……日本語、上手くなったなと思ってさ」


 セレスの話し方は、以前より聞き取りやすくなっていた。逃亡中に他人と落ち着いて会話をする余裕などないように思えるため、恐らくは一人で上達したのだろうと推測できる。


「口より、手、動かしなよ」


「お前もな」


 なんでもないように軽口を叩く雷貴だが、その実、彼は追い詰められていた。

 突破口を開けるかと思われた紫電での高速移動は、対応されてしまっている。また、肉体への負荷が許容範囲を超え始めていて、動きが鈍りだしていた。

 早くも、限界が近づいているのだ。セレスの言うとおり、口よりも手を動かし、同時に思考も巡らせなければ、勝利は掴めそうもなかった。


(一旦、放出するしかないか……)


 制御しきれない雷が己を蝕んでいるのなら、その分を外へ、かつ可能な限り遠くまで放出すればいい。そう考えた瞬間、雷貴は実行に移した。

 そのためだろうか。空間全体へと行き渡る程の雷が発生し、消滅することなく不規則な流動を始めた。


「やべっ!?」


 まるで、雷の海だ。一切の逃げ場がなく、自傷する状況が続いてしまうこととなった。一度この魔導具に通した魔力を再び込めることはできないため、自然に消滅するのを待つしかない。


「面倒なこと、しないでよ……!」


 怒りを露わにするセレスの動きもまた、僅かにだが鈍っている。相手にもそれなりに通じているのは、不幸中の幸いだろう。

 なら、諦めるにはまだ早い。雷貴は今一度、刀を強く握りしめ、視界の中央に相手の姿を捉えた。


「やなこった!」


 セレスに接近し、辛うじて維持している刀身を振り抜く。当然の如く大鎌に受け止められるが、構わず攻め続けた。

 死角に回り込もうとしたところで、読まれる可能性が高い。それならば、手数重視で戦った方がいいと判断したのだ。


(負けられ……ないんだよ!)


 紫色に照らされた世界を、二つの影が縦横無尽に駆け回る。雷の轟音に匹敵する程の叫びを上げながら、両者一歩も引かぬ戦いを続けていた。


「ぐっ……!?」


 先に動きを止めたのは、セレスだ。長く続いている電撃による肉体の麻痺を、誤魔化せなくなったらしい。

 その隙が一瞬のものであることを理解しているが故に、雷貴は迷わず彼女の懐へ潜り込もうとした。


(もらった!)


 あと一歩。一歩踏み込んで殴打を浴びせれば、勝てる。

 そのはずだった。

 だが、紫の世界は唐突に終焉を迎える。魔導具の刀身も、雷貴が宿していたそれも、同時に消滅してしまった。


「あ、れ……?」


 地面を蹴り出す力さえもが、霧散する。今までの激しい動きが嘘のように、雷貴の体はゆっくりと地面に引き寄せられていった。


(まだ、だ……)


 立ち上がろうとした雷貴。だが、上げた顔の前に大鎌の刃が突きつけられたことで、その動きを止めた。


「よく、わからないけど……ボクの、勝ちだね」


「そう、みたいだな」


 恐らくは、魔導具が限界を迎えたのだろう。一定時間内に増幅できる魔力量を超えてしまった、といったところか。敗北した事実や志半ばで倒れることへの悔しさを感じながらも、雷貴は不思議と冷静に状況を整理できていた。


「……殺さないのか?」


 いつまで経っても、雷貴の肉体はどこも切断されない。その理由がわかっていたため、彼は恐怖することなく、穏やかな笑みをセレスに向けた。

 そこから、しばらく沈黙が続く。目の前の大鎌は小刻みに揺れていたが、彼を傷つけることはないまま────やがて、消滅した。

 そして、彼女は膝から崩れ落ちる。


「でき、ないよ」


 消え入るような声で。だが確かに、セレスはそう言った。フードの奥に、儚い煌めきを蓄えながら。


「それが、答えだ」


 最早、セレスから戦意は感じられない。身を起こした雷貴は魔導具を鞘に納めると、ゆっくりと距離を詰めて彼女の肩に優しく手を置いた。


「話してくれるか。セレスのこと」


「……ボクは」


 ようやく、重い口が開く。隠されてきた真実がセレスから語られようとしていた、その時だった。


「駄目じゃないか、セレス」


 セレスの後方遠く。そこにある通路から、声が聞こえてきた。続けて、同じ方向から足音が近づいてくる。


「機密を漏らす恐れがある者と、詮索する者は、例外なく殺す……お前も含めてな」


 暗闇から姿を現したのは、長髪の男性。なんの偶然か、彼もまた、日本人ではなさそうな風貌だった。

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