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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第七章『色彩と黒歴史──参──』
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第87話「待つだけの時間」

 何かが小気味良く叩かれるような連続した音によって、(らい)()の意識は暗闇の底から引き戻されていく。ぼやけた視界が治るのを待ってから、彼はゆっくりと上体を起こした。

 どうやら、保健室にあるソファの上で寝そべっていたらしい。柔らかい素材で出来ているが睡眠に適した場所とは言い難く、全身が妙に痛んだ。


「おや。思っていたより早く目覚めましたね」


 (あおい)の声が聞こえたことで、視線をそちらへと向ける。彼は教室の隅に設置されたデスクの上にタブレット端末を置き、何やら作業をしているようだった。


「俺、いったい……」


 浮遊城の攻略が完了し、続く『神』との戦いに向けて話し合っていたところまでは覚えている。ただ、目覚めたばかりだからか、意識を失う直前の記憶が曖昧だった。


「疲労状態で魔力を急速に失ったことで、気絶していたのですよ」


「魔力を失った、って……」


 向かいのソファで未だ横になったままの(ふう)()を見ながら復唱して、雷貴はようやく思い出す。

 一人で『神』と戦うと言い出したクロを止めるべきか悩んでいる最中、蒼が取った行動によって意識を失ったのだと。


「お二人の魔力を、(ふじ)(さき)さんに分け与えました。理由は二つ。勝利の可能性を少しでも上昇させるためと、お二人が勝手な行動を取れないようにするためです」


 蒼が悪びれもせず種を明かす。たった一度だけ目を合わせた後、彼は視線を手元に戻して作業を続けていた。

 ただ、雷貴はそんな相手に対して腹を立てることなく、次の質問をぶつけることにする。


「クロさんは……どうなりましたか」


「現在、『神』と交戦中と思われます。相手からの反応がないので、まだ決着は付いていないでしょう」


「そう、ですか……」


 呑気に寝ている間に大切な仲間の命を奪われてしまう、などという間抜けな事態は免れたらしい。だが、安心することはできなかった。いつその報せが届いても、おかしくないのだから。


「……怒ってはいないのですか?」


 そう尋ねてきた蒼の手が止まる。作業を終えたわけではないのか、彼の視線は変わらず同じ方へと向けられていた。


「止めることも、背中を押すこともできなかった俺に、そんな資格ありませんよ」


 選択することを恐れ、ただ迷っていただけ。非難されるべきはむしろ自分の方だと、雷貴は考えていた。


「……一つ、聞いてもいいですか?」


「私に答えられる範囲であれば」


 返事とともに、打鍵が再開される。

 作業の邪魔になってしまわないか心配になったが、今更気にしたところで仕方がないと思い直し、雷貴は続きを口に出した。


「クロさんは、何かを隠してる……いや、抱えてると思うんです。俺には想像もつかないような、何かを」


 魔力が世界に誕生してからクロに抱いていた違和感は、彼と接する度に強くなっている。

 異様なまでに巧みな、魔力の扱い。言いがかりの可能性が高いとは言え、()(とせ)に目をつけられるような経歴。そして、失うことへの恐怖と、かつて負ったであろう、心の傷。

 それらは全て、彼が抱えている『何か』に原因があるのではないかと、思えてならない。


「その何かを、()()先生は知ってるんじゃないですか?」


「……何故、そう思うのですか?」


 打鍵を続ける蒼だが、返答までには僅かに間を開けていた。思いもよらぬ発言に面食らったか、あるいは、真実へ踏み込まれそうになって動揺したか。


「頼れる大人が相手なら、クロさんも相談してるんじゃないかと思って」


「残念ながら、貴方が知り得る以上のことは何も知りませんよ。秘密の話をするような間柄でもありませんしね。何せ、彼に信頼していただけるようになったのも、比較的最近のことですので」


「……なるほど」


 やはり、クロ本人から直接聞くしかなさそうだ。少なくとも、これ以上追及したところで蒼の答えが変わることはないだろうと判断し、雷貴は早々に話を切り上げる。


「ところで、先生は今、何を?」


「裏工作です。魔法を使わずに行えることも多いので」


「へえ……」


 大して話は広がらず、そこからしばらくの間、打鍵音だけが保健室に響いていた。

 沈黙に気まずさを感じるぐらいなら、クロのもとへ向かいたい。そう思っても、魔力が大して回復していない以上、彼の足を引っ張るだけであるため、雷貴はこの場に留まって彼の勝利と無事を祈ることしかできなかった。


『────神から、全人類に告げる』


 なんの予兆もなく、脳内に声が発生する。いつ何が起こってもいいように身構えていたため、雷貴は驚くことなくそれに意識を傾けた。


『たった今、私は日本のとある魔導士に敗北を喫した』


 クロの勝利を聞き、雷貴は目を見開く。ただ、未だ姿が見えないことから悪い想像をしてしまい、素直に喜べなかった。


『約束どおり、犠牲者は出さないことを約束しよう……だが、儀式を執り行わなければならない現状に変わりはない』


 故に、と『神』の言葉が続けられる。


『私自身が、贄となることにした』


「なっ……!?」


 思わず、雷貴は声を漏らした。

 魔力の枯渇を解決するための犠牲など、一人として出してはならない。たとえ、それがつい先程まで戦っていた相手であっても。

 彼は抗議したい気持ちでいっぱいだったが、どれだけ念じても相手からの反応は感じられず、無駄に終わる。


『私の肉体を、魂を、魔力へと変換し、世界へ還元する。この老体一つでも、時間稼ぎ程度にはなるだろう……だが忘れるな。このままでは、そう遠くない将来に必ず、魔の時代は終焉を迎える』


(……ん?)


 試練を乗り越えられたからと言って、自らが犠牲になる必要はない。そこまで考えてようやく、雷貴はある疑問を抱いた。

 魔力の枯渇とは、そこまでしても尚解決できない問題なのか。そもそも、魔力を与える前に予期できなかったのか。考えれば考える程に謎は増えていき、消えることなく彼の脳内に蓄積されていく。


『魔力は世界に混乱を招いた。だが同時に、人々の生活を豊かにもした』


 続く『神』の言葉。雷貴の思考が伝わっているのかどうか定かではないが、彼の抱いた疑問が解消されることはなさそうだった。


『それを失う恐怖に目覚めたとき、世界は破滅へと進んでいく』


 魔力が誕生してから、一年足らず。たったそれだけの期間で、人類の可能性は飛躍的に上昇していた。百年も経過すれば、生活に欠かせない存在となっていてもおかしくはない。

 そんなときに魔力が枯渇してしまえば、今以上の混乱に陥ることだろう。破滅という表現も頷ける。


『それでも足掻かんとする諸君らの奮闘、陰ながら見守ることにしよう』


 いつか来るその日は自らの死後である可能性が高いが、それでも目を背けるわけにはいかない。

 魔力を枯渇させないための方法を考えるか、あるいは魔力が枯渇しても問題なく活動できるような社会を作るか。いずれにせよ、尽力しなければならないと雷貴は考えていた。

 それが、『神』に抗った自分たちの責務なのだ、と。


「……終わったようですね」


 確認するように、蒼が呟く。

 先程の言葉を最後に、『神』の言葉は聞こえなくなっていた。恐らくは、宣言どおりに魔力と化したのだろう。もっとも、その真偽を確認する術も、実感もないが────そんなことを考えた雷貴の隣で、眩い輝きが発生する。

 細めた目を再び開いたとき、そこには黒髪の青年の姿があった。


「クロさん!」


 直立できずに倒れかかったその体を、雷貴が即座に立ち上がって抱き止める。気絶しているだけらしいとわかって一安心した彼は、クロに生じていたある変化に気づいた。


「傷がない……しかも、服まで直ってる」


「恐らくは、『神』が気を利かせたのでしょう。本当は、他の皆さんのことも治していただきたいところですが……藤咲さんが無事に帰還できただけでも、良しとしましょうか」


 蒼の言葉に頷いてから、自身が腰掛けていたソファにクロをゆっくりと下ろす。激戦を終えたばかりとは思えない程に安らかな顔をして眠る彼に苦笑しつつ、雷貴は視線を戻した。


「この後は、どうしますか?」


「まずは皆さんの治療が先決ですね。ただ、試練が終了したこのタイミングで病院に向かうと勘繰られる恐れがあるので、()()先生……(えい)(さい)自警団の顧問に声をかけ、彼女の魔法で治癒していただくことにします」


 蒼一人では簡易的な処置しか施せない。そうわかっていても全てが終わるまで(とも)()を呼び寄せなかったのは、必要最小限の人数で動き、試みが勘づかれるのを防ごうとしていたためか。


「それが済み次第、私と宇治先生で分担して、皆さんを各家庭まで送り届けます。意識を取り戻して自力で帰れるようになったとしても、道中で何があるかわかりませんので」


「わかりました」


 試練自体は終わった。今更、『神』が干渉してくるとも思えない。ただ、ここで予期せぬ事態に襲われでもすれば今までの苦労が水の泡となりかねないため、雷貴は素直に従うことにした。


「ひとまず、これにて作戦終了です。お疲れ様でした」


 蒼による、締めの挨拶。

 今、それを聞ける状態にあるのは、本人を除けば雷貴しかいない。同時に共有できないためか、苦境を乗り越えられたことによる嬉しさや喜びもあまり感じられないまま、彼は仲間たちの目覚めを待つのだった。

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