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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第七章『色彩と黒歴史──参──』
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第85話「命の削り合い」

 どこぞの洞窟のようにも思える城内において、(おう)()大和(やまと)は苦戦していた。


「っらああ!」


 彼の拳が、相手の顎を捉える。

 常人であれば、間違いなく気絶するはずの威力。だが、この浮遊城の精鋭は尚も意識を保ち続け、大和の左頬に返しの一撃を叩き込んだ。


「ぐっ……!?」


 強烈な痛みが、大和を襲う。倒れこそせずにその二本の足で立ち続けることができているが、彼は全身傷だらけでいつ限界を迎えてもおかしくはなかった。


「そろそろ諦めてくだサーイ!」


 そんな彼とは対照的に、無傷で笑みを浮かべる相手。

 名を、ニック=リン=エバートという。

 独特な発音で話しかけてくるその男はなかなかに恵まれた体格をしており、二メートル足らずの背丈がある大和ですら見上げさせられる程だった。そこに蓄えられた筋肉から繰り出される打撃は確かに脅威となり得るが、大和は何も純粋な力負けをしているわけではない。


「どれだけ続けても、結果は同じデース! ユーではミーの『再生魔法』に敵いマセン!」


 再生魔法。その名のとおり、どのような負傷でも立ち所に再生する魔法だ。その恩恵で、相手の体には傷一つついていない。また、疲労すら解消できるらしく、戦闘が始まってからかなりの時間が経過しているというのに、相手の息は上がっていなかった。

 実戦の経験がさほどないのか、ニックの立ち回りには無駄が多い。そのため、序盤は大和が体格差をものともせず圧倒していた。だが、どれ程攻撃を続けても相手の再生速度を上回れず、次第に戦闘慣れしてきた相手の反撃を受ける機会が増えてしまい、今に至るというわけだ。


「……ごちゃごちゃうるせえなあっ!」


 大和は姿勢を低くし、ニックに向かって突進する。そこから振り抜いた腕は躱されてしまい、更には回し蹴りを浴びせられそうになったが────それは、彼が思い描いていたとおりの展開だった。


「読みやすいんだよ」


 素早く体勢を戻して踏ん張り、蹴りを受け止める。衝撃に襲われながらもしっかりと掴んだ相手の足を振り回すと、咆哮するとともに放り投げた。


「諦めてくださいじゃなくて、見逃してくださいの間違いだろ?」


 体を何度も地に打ちつけながら転がっていくニックに対し、大和は跳躍して一気に距離を詰める。身を起こしつつあった相手の背後に回り、蹴り上げて宙へと舞わせた。


「てめえの魔法の弱点はとっくに見抜いてんだよ、陽気マッチョ」


 直後に、拳を振り抜く。

 ニックはどうにか防御の構えを取ったようだが、空中で衝撃を受け流すことなどできるはずもなく、先程までとは真逆の方向へと吹き飛んでいった。


「どんだけ厄介でも、所詮は魔法だ。使うには魔力が必要になる」


 なら、と続ける大和は、尚もニックへと迫っていく。彼も決して軽傷ではないが、その速度は一切低下しない。攻撃もまた、一つ一つ全力で放っていた。


「このままてめえをボコしまくって、魔力をすっからかんにしちまえばいいってわけだ!」


 ようやく着地して体勢を立て直したらしい相手の拳と、大和のそれがぶつかり合う。

 鈍い音が響き渡った後、先に腕を引き戻したのはニックの方だった。恐らくは、想像以上の痛みが走ったことによる咄嗟の反応だろう。

 それを隙と見た大和は、更に攻勢を強めていく。二人の拳は幾度となく衝突を繰り返したが、僅かに彼が優位に立ち回っていた。

 そのはずだ。


「そのとおりデース……」


 突然、ニックが手を開き、迫っていた大和の両腕をそれぞれ掴む。そこから体を引き寄せると、彼の腹部に容赦ない蹴りを繰り出した。


「がはっ……!」


 蹴りと同時に手を放されたため、大和の体は大きく後方へと下がる。唾液混じりの血を吐いたが、それでも彼は膝をつくことすらせず、依然としてその視界の中に相手の姿を収めていた。


「デスが、それがわかったところで、ユーには不可能デース!」


 今度はニックの方から、攻撃が仕掛けられる。

 自身の顔面が狙われているにもかかわらず、大和は防御の構えを取らずにただ棒立ちで待機していた。


「そうかよ」


 ぎりぎりまで拳を引きつけてからの、頭突き。当然彼も痛みに襲われるが、奇襲としては十二分に機能したらしく、相手の腕を弾くことに成功する。


「なら試してみるとするかあっ!」


 懐に潜り込み、一撃。直後に屈み、跳躍の勢いを利用してニックの顎を抉るように殴りつけた。


「おらあっ!」


 空中に浮いてすぐ身を捻り、回し蹴りを脇腹に浴びせる。力を込めづらい体勢とは思えない程の威力で、ニックを蹴り飛ばした。

 着地の後、すかさず距離を詰める。同じく着地したらしい相手が体勢を立て直す前に、両腕で殴打を繰り返した。


「どうした? 余裕がなさそうだぜ!」


 ニックは反応こそしているが、その動きは僅かに鈍っている。負傷せず、疲労すら感じない彼にはあり得ないはずの反応だ。それが示す事実は、ただ一つ。


「思い出してきたかよ……命がすり減る感覚を!」


 大和が顔面に拳を叩き込んだことで、ニックの鼻から血が滴り落ちた。それは止まる気配を見せることなく、床に向かって延々と流れ続けている。

 魔力が、尽きかけているのだろう。


「……先に倒れるのは、ミーではなくユー、デース!」


 苦し紛れに放ったであろうニックの拳が、大和の頬に直撃する。攻撃面には魔法の恩恵が一切ないはずだが、そうとは思えない程に重く感じられた。


「……やるじゃねえか!」


 それでも、大和は止まらない。相手とは違い、彼の魔法に治癒や回復、再生といった効果はないが、まるで無傷かのように全力で戦い続けている。

 自らの出血と、相手の返り血。互いに赤く染められていくが、二人は対照的な表情を浮かべていた。


「そうだ、もっと食らいつけ……! こんなところで、終わってくれるなよ!」


 心底楽しそうに笑う大和。

 それを見て、驚くように、恐れるように目を見開くニック。彼は、自分が負ける可能性など万に一つもないと考えていたのだろう。

 再生魔法があれば、どのような魔法も耐えられる。鍛え上げたその身以外に決め手がないとしても、持久戦に持ち込んでしまえば勝つのは自分だと、そう思い込んでいたのかもしれない。

 大抵の相手は、その予想を超えることなく倒れ伏すはずだ。だが、大和はそうではなかった。


「なんなんデスか……ユーは……!」


 疲労も、負傷も、枷にはならない。意識ある限り、全身全霊で戦い続ける。自らの命が危険に晒される逆境すら楽しみ、その身一つで乗り越えようとしてしまう大和に勝利できる人間の方こそ、限られていたのだ。


「神様とやらはそんなことすら教えてくれなかったのか?」


 鼻で笑う大和に対し、ニックが激昂することはなかった。直接選ばれた精鋭とは言え、『神』をさほど信仰していないのか、それともその余裕すらなかっただけか。彼はただひたすらに迫る拳を凌いでいた。


「仕方ねえな、知らねえなら教えてやるよ」


 頭部を狙った、大和の一撃。交差する相手の両腕によってそれを受け止められながらも、彼はその口角を下げることなく続けた。


「黄田大和……てめえを倒した男の名前だあっ!」


 防御を試みたらしい相手に、正面から殴り勝つ。大和が拳を振り抜くと、ニックの体は勢い良く吹き飛び、遥か遠くの壁にまで到達した。


「よく覚えておけよ。てめえには用ができたからな。近いうち、また迎えに行く」


 休む暇など与えないとばかりに、大和は距離を詰める。だが、すぐにその必要はなかったと気づいた。


「……もう聞いてねえか」


 壁にめり込んだニックは白目を剥き、口から泡を吹いて気絶している。本当に魔力を使い切ったらしく、しばし待ってみてもその意識が戻ることはなかった。


「精鋭と言ってもこんなもんか。随分とあっけなかったな」


 苦戦したのは、あくまで再生魔法に対してだ。そこに利用価値を見出してこそいるが、勝利してしまった今、ニック本人への興味はほとんど失っていた。


「さて、次はいよいよ『神』か。あまり期待できねえが、楽しませてもらいてえもん、だ、な……?」


 歩き出そうとした大和だが、すぐさまその場に倒れ込んでしまう。視界がぼやけ、つられるかのように思考も乱れていった。

 彼もまた、限界を迎えていたのだ。いや、超えていたと言うべきだろう。常人であればいつ気絶してもおかしくない状態で、彼は今の今まで全力を出し続けていた。その代償は、決して小さくない。

 閉じた瞼越しに光を感じながらも、それに対して感想を抱くことすらできないまま、彼は意識を手放す羽目になるのだった。

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