第84話「金剛」
時は、相手の魔法によって紫穂と分断された直後にまで遡る────つかさは現在、黄金の迷宮が誕生したことで狭くなった空間にて、姫乃と向かい合っていた。
「大口叩いておいて、一対一に持ち込むんですね」
強気な笑みを浮かべて挑発的に告げるつかさだが、逆境に立たされたことを理解していたため、密かに焦りを覚えている。
相手が作り出した盾によって、紫穂はかなり遠くまで運ばれてしまったらしい。彼女の魔力反応からも、それが感じられる。
敵と相対している今、捜索に乗り出すことなどできるはずもないため、合流するには彼女がこの場に辿り着くのを待つしかない。それまでに要する決して短くない時間を、一人で稼がなければならないということだ。
「それだけ、貴方を危険視しているのですよ」
「私を……?」
姫乃の言葉に、さほど興味を引かれてはいない。精神的余裕がないのだから、当然だ。ただ、相手が立ち止まって話し始めていたため、上手く意識を逸らせば戦わずして時間を稼ぐことができると考えていた。
「貴方の魔法、『模倣』とでも言いましょうか。他者の魔法を実際に見て覚えてしまえば、どのような属性だろうと扱えるようになる……恐らくは、私の魔法でさえも」
岩、風、氷。ここまでで早くも三つの属性を披露している。そんな状態で誤魔化したところで無意味だろうと判断し、つかさは特に否定せず相手の言葉を待った。
「未だに使っていないのは、解析を終えていないからということなのでしょうけど……あまり余裕綽々と構えてはいられません。同じ魔法を相手取るのは、私とて勘弁願いたいですもの」
姫乃の魔法を模倣することができれば、勝機はある。つかさ自身、そんな期待を抱いて戦闘直後から実行に移そうとしていたのだが、その努力は未だ実を結んでいない。
戦闘自体に意識を向けすぎて、魔法の解析にまで頭が回らないのだ。
模倣は、一目見ただけで可能になるとは限らない。対象とする人物の動作や魔力の流れ、実際に引き起こされる現象を正確に記憶する必要があるのだ。そのうえで、自らの魔力をどう変化させれば同じ結果が得られるかを思考する必要があるため、なかなか骨の折れる作業だった。少なくとも、実力差が大きい相手の攻撃を凌ぎながら片手間に行える芸当ではない。
「というわけで、再開いたしますわよ!」
(やっぱり駄目か……!)
距離を詰めてきた相手に対し、つかさも仕方なく迎撃の構えを取りつつ、どのような魔法であれば黄金の鎧を纏った相手に通用するか必死に考える。
火属性の魔法では、熱が鎧の内部へ到達するまでに時間がかかるかもしれない。水属性の魔法は、この状況では有効に活用できないだろう。風属性の魔法も、回避ぐらいにしか使えそうにない。岩属性で太刀打ちできないことは、早々に確認済みだ。
他にも、山盛高校に属する黄田大和の協力のもと様々な魔法を模倣していたが、そのどれもが練度不足で、今は役立ちそうもなかった。
短い時間で考えに考え、ようやく、彼女は答えを導き出す。
「魔法で作った金なら……」
相手の斬撃を飛び退いて躱した後、つかさは正面に腕を伸ばした。その掌に、青白い閃光を宿しながら。
「電気がよく通るんじゃない?」
放出した雷が、相手を包み込む。
魔法を無効化するような機能が備わっているわけではないようで、この日初めて姫乃の苦しむような声が上がった。
相手と渡り合う術を見つけられたように思えたが、あることが気がかりで、つかさの意識はそちらへと引っ張られる。
(威力が、弱すぎる……?)
相手を襲った雷の威力が、想定していたよりも低かったのだ。まるで、減衰されてしまったかのようだった。
そんな攻撃では、相手を負傷させることはできないだろう。それを証明するかの如く、姫乃は雷に包まれたまま駆け出して距離を詰めてきた。
二人を分断したときのように、素早く。
(速っ────)
それはまさに一瞬で、回避しなければとつかさが思う頃には、その右側頭部は鈍い痛みに襲われていた。
「う、あっ……!」
壁へと激突した後、膝をつく。
どうやら、剣の柄で殴られたようだった。もし今の一撃が刃から繰り出されていたら、つかさはその短すぎる生涯を終えることになっていただろう。
「どう、して……」
流暢に話すことも、立ち上がることもままならない。壁に体を預けながら、つかさは視線だけを相手に向けていた。
「私の鎧が電気を通しやすいのは事実ですが……それは周囲に存在する他の黄金とて同じこと。電気が一箇所に留まりづらい空間だったが故に、雷の威力も弱まってしまったというわけですわ」
ああ、と思い出したかのような声を上げてから、姫乃は続ける。
「刃を振るわなかったのは、回避されることがないと判断したためです。力加減を誤り、気絶させることができませんでしたが……いくら試練とは言え、人を手にかけたくはありませんので、ご容赦を」
「……そう、ですか」
話を聞いている間に、どうにか立ち上がることができるまでに回復したつかさ。息を切らしながらも、力強い眼差しを相手に向けた。
「およしなさい。貴方は充分に頑張りましたわ。もう諦めて、楽になりなさい」
「充分に頑張った、って……ははっ。冗談でしょ」
思わず笑ってしまったが、それは相手を侮辱したわけではなく、自嘲としての意味合いが強い。
自分はまだ、頑張れてなどいない。心の底から、つかさはそう思えていた。
「まだ、できることがあるのに……諦めてなんかいられませんよ」
万策尽きたわけではない。今はただ、読みが外れて手痛い反撃を受けただけだ。多少、体を動かしづらいが、まだ戦える。
つかさはゆっくりと腕を伸ばし、その掌の先に、相手と同じ黄金の剣を形成した。
「解析を終えた……いえ、半端な状態で強引に出力したようですわね。魔力の流れが、ひどく歪でしてよ?」
「……これで、充分ですから」
姫乃の言うとおり、完璧に模倣できたわけではない。見てくれが整っているだけで、相手のそれと打ち合いになればすぐに破壊されてしまうだろう。ただ、自身が今扱えるなかでは間違いなく最高硬度を誇っていたため、つかさは実際に使いながら精度を上げていくことに決めた。
「いいでしょう。ならば一思いに……」
今からとどめを刺すかのような言葉が、突如として発生した轟音によってかき消される。
音が聞こえてきたのは、紫穂が運ばれた方向だ。
まさか、彼女に何かあったのか。そう思った瞬間、同じ方向からまたしても同じ音が聞こえてきた。ただ、先程よりも音源が近づいているように感じられる。
(まさか……)
次に浮かんだ予想は、一転して自身に都合のいいものだった。そんな彼女の期待に応えるようにして、三回目の轟音が鳴り響く。
それは、黄金の壁を貫く音だったらしい。
先程つかさが打ちつけられたものとは、反対側の壁。姫乃よりやや奥に位置するそこに作られた穴から、一人の少女が姿を現した。
「氷見谷さん!」
「ごめんね、待たせて」
想像以上に早い帰還。数分程度しか経っていないはずだが、紫穂の雰囲気は一変していて、放つ冷気に意識を引きずられているかのようだった。
つかさへ微笑みを向けた後、紫穂は彼女と挟み込むような位置に立って相手へと視線を送る。
「ここからが、勝負ですよ」
握っていた氷の形状を槍から剣へと変化させ、構え直した。倒すべき敵を見つめる紫穂の表情は、既に先程の冷たいそれへと戻っている。
「……なるほど。この局面で、二人して黄金への対抗手段を手に入れた、ということですわね」
姫乃はそう呟いた後、短い笑い声を上げた。
「素晴らしい! これが、人間に秘められた可能性……! 私、感激してしまいましたわ。叶うなら、進化し続けるであろう貴方がたをもっと見ていたいとさえ思います」
ですが、と彼女は続ける。
「このあたりで幕引きとさせていただきますわ。これ以上長引かせてしまえば、精鋭としての沽券に関わりますもの」
剣を構え直した姫乃の魔力が、より一層膨れ上がっていった。
二対一の状況に戻せたものの、優位に立てたとは言い難い。先手を打たれれば、一気に押し切られてしまうだろう。互いにそう考えたためか、つかさと紫穂は合図もせず同時に相手へと接近した。
「まずは……」
姫乃が紫穂の方へと進み、彼女の攻撃を受け止める。
どちらの剣も破壊されていないあたり、二つは同程度の硬さを有しているのだろうか。紫穂が得たらしい対抗手段の詳細を知らないつかさは、そう推測しつつ相手の背後から斬りかかる。
「ふっ」
腕力勝負は、相手に軍配が上がったらしい。黄金の剣が振り抜かれ、紫穂はその勢いで吹き飛ばされてしまう。
自由になった姫乃はすかさず振り向き、その刃をつかさが握るそれへと打ち込んだ。一人に集中する時間が生まれたためか、先程とは異なり何度も攻撃を続けている。
(まずい……!)
速度には対応できていた。ただ、未完成の模倣ではやはり本物に劣ってしまうようで、つかさの剣には早くも亀裂が走っている。
魔力を込めて修復しようとするが、間に合わない。彼女の握る黄金は、目の前で粉々に砕け散ってしまった。
ただ、予想できない事態ではなかったため、取り乱しはしない。間一髪、迫る攻撃を回避することに成功した。次の攻撃には対処しきれないだろうが、問題ない。
「はああああっ!」
既に紫穂が距離を詰め直していたためだ。彼女は大きく跳躍し、姫乃の頭上高くから氷の剣を振り下ろす。
そんな彼女と今度こそ同時に攻撃を仕掛けるべく、つかさは素早く剣を形成し直し、再び相手に斬りかかった。
「良い連携です。が……」
姫乃は身を捻り、紫穂の攻撃を剣で、つかさの攻撃を手で受け止める。即座に右手の剣を振り抜いてまたしても紫穂の身を弾き飛ばした後、彼女目掛け、左手に掴んでいた剣ごとつかさを放り投げた。
「『氷壁』!」
空中を漂う二人の間に、氷の壁が形成される。どうやら、紫穂が魔法で空気を凍結させたらしい。
彼女の意図を理解したつかさは一瞬で身を翻し、それを足場にして跳躍した。回転切りの要領で姫乃に攻撃を仕掛けつつ、その勢いを推進力へと変化させて再び相手の背後に戻る。
「『氷弾』!」
つかさが相手に向き直った時には、紫穂から氷の弾丸が放たれていた。氷の壁を自ら砕いて攻撃に転用したようだ。そんな奇襲も容易に防がれてしまったが、二人はめげずに攻め続ける。
(よし、いける……!)
剣戟の最中、つかさは相手の握るそれが刃こぼれしていることに気づいた。魔力を込め直せば再生できるはずだが、二人の猛攻を凌いでいるがために、そちらへと気を回せないのだろう。
剣が破壊されることによって生じるであろう僅かな隙を突けば、きっと。そう信じながら、彼女は自身のそれを振るった。
黄金と、氷の粒子。時折流れる、二人の鮮血。目まぐるしく動き続ける三人の攻防によって発生する風圧が、それらを舞い上がらせる。
痛みすら忘れて攻撃に専念していたつかさの意識を引き戻したのは、なんの前触れもなく発生した甲高い音だった。
「なっ……!?」
姫乃以外の二人が、揃って声を上げる。彼女のそれではなく、紫穂が握っていた氷の剣が砕け散ってしまったためだ。
「魔力切れ、ですわね」
左手に握った剣を引き戻す姫乃。代わりに右の拳を強く握りしめ、紫穂の腹部へと容赦なく叩き込んだ。
「が、あっ……!」
大きく吹き飛ばされることこそなかったが、紫穂は数歩後ずさりしてからその場に倒れ込んでしまった。
立ち上がる気配は、感じられない。
「紫穂さん!」
「まずは一人。そして……」
間を開けずに、姫乃がつかさへと迫る。握る剣は、傷一つない状態へと戻ってしまっていた。
「くっ……!」
繰り出される攻撃を、つかさは次々と受け止めていく。ただ、疲弊している彼女にはそれが精一杯で、反撃に出る余裕などあるはずもなかった。
練度不足により、彼女の剣がひび割れていく。魔力自体は残っているが、それを込める時間がない。
まさに絶体絶命。このまま同じことを続けたところで、勝機を見出せそうもないことは明白だ。
(どうしたら……)
思考を巡らせようとするつかさだが、頭が上手く回らない。
彼女の体は、既に限界を迎えている。黄金の剣を持ち上げているだけでやっとの状態だった。次に倒れてしまえば、しばらくは起き上がれないだろう。
(せめて、肉体強化が一緒に使えれば……)
つかさは、模倣した魔法の併用ができない。そのため、ここまで肉体強化の魔法を使わず、素の膂力で剣を持ち続けていた。想い人譲りの気合いと根性で誤魔化していたが、それもここまでのようだ。
自らの可能性を広げるべく、もっと鍛錬に励むべきだったか────そんなことを考えて、ふと気づいた。まだ、試していないことがあると。
(そうだ……これがあるんだった……)
それは、今の今まで選択肢にすら上がっていなかった魔法だった。恐らくは、それで相手と渡り合えるはずがないと、無意識のうちに思っていたのだろう。
だが、今となってはそれしか勝ち筋がないとさえ思える。故に、つかさは迷うことなく剣を消滅させた。
「何を……」
兜に隠れて見えないが、姫乃は訝しむような表情を浮かべていることだろう。ただ、つかさが諦めたわけではないと見抜いていたのか、斬撃を止めようとはしなかった。
(私……頑張るよ)
迫る黄金の刃。つかさは臆することなく、それを右手で受け止めた。
「なっ……!?」
姫乃から、驚くような声が上がる。当然だ。彼女と違って、つかさは鎧を纏っているわけではないのだから。
刃に直接触れるその小さな手から、真っ赤な血が滴り落ちていく。ただ、それは斬り裂かれることなくしっかりと剣を握りしめていた。
「およしなさい! 気でも触れましたの!?」
加虐趣味があるわけではないらしく、姫乃は動揺した様子で剣を引き抜こうとする。
だが、つかさがそれをさせない。微動だにしない彼女は、より強く刃を握りしめた。出血の量が増えても、お構いなしだ。
「私が信じなきゃ駄目だよね。私のことなんだから。『あなた』のことなんだから」
誰に聞かせるつもりもなく、つかさは呟く。直後、彼女が握っていた黄金の剣が粉々に砕け散った。
「愛の力、見せてあげる」
微笑みながら、つかさは一瞬で距離を詰める。血だらけで力など入らないはずの拳を、それでも固く握りしめ、相手が纏う鎧を殴りつけた。
「肉体強化の魔法……その程度では、届きませんわよ!」
つかさの左頬に、黄金の拳がめり込む。だが、彼女は一歩も後ずさりせず、その虚ろな瞳を相手に向けた。
「嘘……」
たったそれだけで萎縮したのか、姫乃は自ら腕を引き戻す。そんな彼女の腹部に、つかさによる二発目が叩き込まれた。
「ずっと、近くで見てきたんだ」
鈍い音が鳴る。研ぎ澄まされた感覚が、骨の異常を察知した。激痛が走るが、つかさの口角は下がらない。
相手が気圧されている間に、何度も何度も両の拳を打ち続け、自らの体を痛めつけていく。
「何よりも上手く使えるし、何にも負けない」
言葉と同時に放った、一撃。それが、黄金の鎧に亀裂を生じさせた。つかさは同じ箇所を続けて攻撃しようとするが、相手に躱されたことで空振りに終わる。そして、その狂気的な笑みを浮かべた顔面がまたしても殴りつけられた。
「貴方の覚悟、確かに受け取りましたわ」
更に、腹部へと重い一撃が入れられる。つかさの意識を奪うまでには至らなかったが、彼女を吐血させる程度の威力は有していた。
「そのうえで、私が勝たせていただきます」
三回目の攻撃が、迫る。相手のそれに、つかさは拳を突き出して応戦した。
黄金に広がる亀裂。それ以上の速度で傷ついているはずの、つかさの体。だが、彼女は苦悶の表情を浮かべることなく、幸せそうに拳を振り抜いた。そして、相手が体勢を崩したところに、本命の一撃をお見舞いする。
反撃を受けようと、自傷することになろうと、構わない。彼女は『彼』の魔法を使って戦い続ける。
愛の証明。ただそれだけのために。最早、試練のことなど頭から抜け落ちている。死闘を繰り広げている相手の姿すら、その紫の瞳には映っていなかった。
「『金剛拳』」
魔力を纏わせた渾身の一撃が、相手の腹部を捉える。
直後に亀裂が広がり、鎧の一部を破損させることに成功した。そのまま、露わになった姫乃の肉体に拳を到達させる。
躊躇せず振り抜いたことで相手の体は凄まじい速度で吹き飛び、迷宮を構成する壁へと激突して静止した。
「はあっ、はあっ……」
息を切らしながら、つかさはゆっくりと進む。途中で紫穂の横を通り過ぎたが、彼女に視線を向けることすらせず、姫乃のもとへと足を動かした。
「勝っ、た……?」
そう判断できたのは、鎧が消滅していたことで姫乃の気絶を確認できたためだ。
攻撃によって砕けたのか、それとも、発動者が意識を失うと同時に消滅する類の魔法なのか。迷宮の壁も次第に床へと吸い込まれていることから、恐らくは後者だろうと推測する。
なんにせよ、無事、勝利することができたようだった。
「やったよ、大和さ、ん……」
喜びを噛み締めようとした矢先、つかさの視界は黒く染まる。平衡感覚を失った彼女は、尚も続いている激痛から逃れるかのように、その暗闇へと意識を委ねるのだった。




