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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第七章『色彩と黒歴史──参──』
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第82話「縛り」

「どうしてお前が、ここに……」


「……話は、あと」


 振り向きもせずに、セレスティーナはそう返した。

 あまりの動揺で思わず口に出してしまったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。それを思い出した(らい)()は追及を後回しにし、ドリーの方へと視線を戻す。


「セレス……? ああ、あの連続殺人犯ですか」


 ドリーがセレスのことを思い出すまでに、若干の間が開いた。どうやら、セレスの介入もまた、見通せてはいなかったらしい。


「貴方のような悪辣な存在が、何故この地に足を踏み入れたのか理解しかねますが……私に刃を向けた以上、容赦は────」


 セレスが駆け出したことで、ドリーの言葉は途切れる。肉体強化の魔法を使っているのではないかという程の速さで、開いていたはずの距離が一気に詰められた。


「セレス、そいつは……!」


 故に、雷貴の言葉も間に合わない。

 セレスが振るおうとしていた大鎌は一瞬にして消滅し、程なくしてドリーの手中で再び出現した。


「消えなさい」


 どれだけセレスの肉体が強靭と言っても、斬撃を受け止められはしないだろう。彼女を助けるべく雷貴も駆け出すが、体を満足に動かせず、間に合いそうもない。ドリーのすぐ近くに彼女が立っていて巻き込む恐れがあったために、雷を放出することもできなかった。


「セレス!」


 ようやく会えたというのに、すぐさま永遠の別れとなってしまうのか。縁起でもないそんな思考は、無事、杞憂に終わることとなる。


「がはっ……!?」


 苦しむような声を上げたのは、ドリーだった。セレスが加速して懐に潜り込んだことで、大鎌より先に拳が到達したのだ。


「鎌がなくても、問題ない」


 吹き飛ばしたドリーを追いかけながら、セレスがそう呟く。大鎌がない分、その動きは先程以上に俊敏なものとなっていた。


(よし、俺、も……!?)


 それなりに時間が経過したことで、再び動けるようになった雷貴。セレスの援護をするべく走り出したが、その速度は瞬間的に低下した。

 理由は明白。

 雷が、消失してしまったためだ。


「奪える魔力は一つだけ。貴方たちはそう推測していたでしょうし、事実、先程まではそうでした」


 ですが、とドリーは続ける。


「挑戦者が一人増えたことで、課せられていた縛りが緩くなったようです……このように」


 ドリーが突き出した、両の掌。右からは紫色、左からは緑色の雷が放出され、それらによってセレスの身は包み込まれた。


(奪える魔力の数が、増えた!?)


 セレスの参加により、奪える魔力の数が二つ、あるいはそれ以上に増えたらしい。今、雷貴は相手と戦うための手段を完全に失ってしまっていた。


「ぐ……あ、ああっ!」


 二種類の雷に苦しめられながらも、セレスは再び距離を詰めて肉弾戦へと持ち込む。大鎌を出現させる素ぶりが見られないのは、奪われたままだからか、それとも、戻ってきてはいるがまたしてもそうなる可能性を考慮しているということなのか。

 純粋な攻防の速度だけ見れば、両者は互角だ。だが、雷への耐性がないであろうセレスは攻撃を受ける度、電撃によって動きを鈍らされていた。


(俺も、行かないと……!)


 魔法が封じられていても、体は動く。相手の意識を少しでも自身の方へ向けられればと思い、雷貴は右側から回り込むようにして走り出した。


「……貴方はそこで跪いていなさい!」


 狙いどおり、ドリーから雷が放出される。躱すことも魔導具の起動に利用することもできないため、甘んじて受けるしかない。耐え難い痛みが、雷貴の全身に駆け巡った。


「や、な、こっ……たあ!」


 一瞬足を止めさせられたが、雷貴は閃光に包まれたまま再び走り出し、激しい攻防を繰り広げる二人への接近を試みる。

 普段のように、帯電したそれらの制御を奪うこともできない。魔力に関連する全ての行動を、彼は封じられていた。

 それでも、諦めることはない。

 視界の端に、ドリーを出し抜けるような一手が存在することに気づいたためだ。ただ、それを気取られぬよう、彼は力強い眼差しを相手に向けていた。


「木偶の坊の分際でうろちょろと……目障りなんですよ!」


 またしても、雷が放出される。二人が絶え間なく動き続けているために、雷貴はなかなか距離を詰めることができていなかったが、彼の踏ん張りは決して無駄ではなかった。

 少しずつ、セレスの攻撃がドリーの身を捉えるようになっていたのだ。二人に意識を向けながら『()(でん)』由来の苛烈な魔力を完全に制御することは、さすがに難しいらしい。


(あと、少し……)


 何度も意識を失いそうになりながらも、雷貴は懸命に足を動かす。その甲斐あってか、あと数歩で腕が届くであろう距離にまで達していた。

 大した攻撃はできずとも、相手を拘束することができれば、あるいは。僅かな期待のもと、彼は手を伸ばす。


「不信心者共が……調子に乗るな」


 直後、ドリーの全身から雷が放出された。瞬間的かつ広範囲に発生したそれを躱すことはできず、雷貴とセレスは輝きの中へと閉じ込められる。

 耐えて動こうにも、麻痺させられた体は言うことを聞かない。二人に許されていたのは、叫び声を上げることだけだった。

 数秒程で、その魔法は終了する。だが、その頃には二人の体は限界を迎えていて、一歩踏み出すこともできずにその場に倒れ込んでしまった。


「今度こそ、勝負あり、ですね……ぐあっ!?」


 勝ち誇るかのように呟くドリーだったが、気が抜けたためか苦しみ始める。

 彼女も決して無傷ではない。雷貴、セレスとの連戦で蓄積した疲労に、負傷。そこに、使用者自身にすら牙を剥く紫電の制御も合わさっていたのだから、いかに精鋭と言えど余裕はなかっただろう。


「正直、ここまでできるとは思いませんでした……ですが、所詮は凡人。『神』に選ばれし私には、届きません」


「……それは、どうかな」


 倒れたまま、雷貴は言葉を返す。立ち上がることすらできないものの、その瞳を相手へと向け、闘志が消えていないことを伝えた。

 セレスもまた意識を失ってはいなかったようで、麻痺の残存によって震える体をなんとか動かそうとしている。


「往生際の悪い……まあ、いいでしょう」


 そんな二人を見下したまま、ドリーは掌をそれぞれに向けた。雷貴には緑色の、セレスには紫色の雷を放出しようとしているらしい。


「そんなに死にたければ、私の手であの世へと送って差し上げます」


 どこまでも冷徹な眼差し。迷いが感じられないドリーの瞳は、確かに二人へと向けられていて、どんな些細な動きも見逃してはもらえないのだろうと感じられた。

 だが、視界に映らない存在に対しては、どうか。


「なっ……!?」


 ドリーが驚くような声を上げたのは、後ろから体を掴まれたためだろう。雷貴もセレスも未だ床に伏しているため、彼女を拘束することが可能な人物は、他に一人しかいない。


「お、待、た、せ」


 茶目っ気たっぷりにそう告げる、赤髪の青年。試練開始直後に気絶させられていたはずの(あか)()(ふう)()が、ドリーを抱きしめるように捕らえていた。


「貴方、いつから……!」


「さあ? いつからだろうね」


 いつかは不明だが、風太は意識を取り戻していたらしい。それに気づいた雷貴は、彼がドリーの隙を突けるよう、相手の注意を引き続けていたのだった。


「……ふふっ。私を拘束したところで、貴方に決定打はないのでは?」


 風太の弱さを思い出したらしいドリーは、急激に冷静さを取り戻す。掌に集中させていた輝きを全身へと分散させると、一気に放出して風太への攻撃を開始した。


「じゃあ、試して、みようか……!」


 そんな言葉の後、風太の体が炎に包まれる。火属性の魔法なのだろうが、この場の誰も、それを使うことはできないはずだ。可能性があるとすればドリーだが、彼女は苦しんでいるため発動者だとは思い難い。

 であればやはり、彼によるものということか。


「な、何故……異なる属性の魔法を……!」


「まあ、ちょっと、とある伝手でね……それより、話してる余裕あるの?」


 再び、ドリーが叫び声を上げる。炎の勢い自体に変化はないように見えるが、一段とその熱が上昇しているようだった。


「わ、私の体に……気安く触れるなあっ!」


 拘束から逃れようとしたらしいドリーが、より多量の雷を風太に浴びせる。それにより、彼もまた苦しむような声を上げていたが、それでも炎が収まる気配はない。


「猿の性欲、舐めてもらっちゃ困るよ」


「は、離しなさい! 離せえっ! この、能なしの下等生物風情が!」


「つれないなあ……女体を抱きしめられる機会なんて、そうそうないんだ。存分に愉しませてよ」


 炎と雷が、混ざり合う。

 幾多もの輝きに照らされながら、雷貴とセレスは風太の熱い抱擁を見守った。彼の魔法が相手に奪われて消えてしまった場合、戻ってくるであろういずれかの魔法を、即座に繰り出すことができるように。

 永遠のようにも感じられる時間。だが、必ず終わりは訪れる。やがて、二つの魔法が同時に消滅し、黒焦げになった男女の姿が瞳に映し出された。

 一方が倒れ、もう一方が笑みを浮かべる。

 最後に、立っていたのは。


「……ちょっと、興奮しすぎちゃった、かな」


 この場で最も弱いと思われていたはずの、風太だった。冗談かどうかわかりづらいことを言いながら、彼は鼻血を拭き取っている。

 性的な興奮によるものか、それとも、強引に魔法を行使したことが原因か。彼ならば前者でもおかしくないかと思い、雷貴も微笑んだ。


「立てる?」


「なん、とか……」


 風太の手を借り、雷貴は立ち上がる。不思議なことに、一度起きてしまえば疲労や倦怠感といったものが和らぐようで、ゆっくりであれば一人でも問題なく歩くことができた。


「セレス、ほら」


 風太にそうされたように、雷貴もセレスへと手を伸ばす。

 彼女は中途半端に腕を動かしながら戸惑うようにしていたが、彼に掴まれると抵抗することなく立ち上がった。ただ、すぐにその手を振り払い、この場で倒れているもう一人へと近づいていく。


「まだ、生きてる」


 そう呟いた後、セレスは大鎌を出現させた。掲げたそれを今にも振り下ろそうとしていたが、雷貴に肩を掴まれたことでその動きを止める。


「殺すなよ、セレス」


「どうして?」


「人を殺すのは、悪いことだ」


 それに、と雷貴は続けた。


「お前に、人を殺してほしくなんかない」


 その言葉の後、しばしの沈黙が流れる。張り詰めるような空気は、セレスが大鎌を消滅させたことで解消された。


「甘いよ。雷貴は」


 そう返したセレスの姿が光に包まれ、大鎌と同様に消滅する。恐らくは、転移魔法によるものだろう。勝利条件を満たしたために、自動で発動されたものと考えられる。


「……この人、どうなるのかな」


 ドリーを一瞥してから、風太が尋ねてきた。

 セレスがとどめを刺そうとしていたあたり、命の危機にあるというわけではないのだろう。ただ、気絶している人間を放置することは雷貴も気が引けた。


「とりあえず、連れて帰ってみます……? あっ」


 ドリーの体もまた、光に包まれて消滅してしまう。間に合わなかったかと雷貴は自分を責めそうになったが、帰還するための転移魔法がどのような原理で発動されているのか不明な以上、共に戻ることは初めから不可能だったのかもしれないと思い直した。


「消えちゃったね……お、次は僕たちの番みたいだ」


 二人同時に、光の中に包まれる。直後、言葉を交わす暇もなく輝きが増していき、視界を白く染められた。


「────お疲れ様です。赤城さん、(みどり)()さん」


 遠くなりかけた意識を、そんな声によって引き戻される。輝きが収まったことで瞼を開いたときには、先程までとは全く別の景色が広がっていた。


「その様子ですと、無事に浮遊城を攻略できたようですね」


 (やま)(もり)高校の理科準備室。浮遊城へ転移する直前に集まっていた場所だ。転移直前には閉まっていたはずの窓が開かれていて、その近くに立つ(あおい)が淡々と事実確認をしてくる。


「はい。苦戦しましたけど、なんとか……()()先生も、もう勝ったんですか?」


「ええ。幸運なことに、相性が良かったようで」


 風太からの質問に、窓を閉めながら答えた蒼。多くを語ろうとしないのは、その必要がないためか。


「い、いや、それより!」


 肝心なことを明らかにできていなかったと思い出し、雷貴は蒼へと近づいていく。本人に聞きたいところだが、彼女はこの場にいなかったため、事情を知っていそうな彼に聞くしかなかった。


「俺たちのとこに、セレス……セレスティーナが来たんですけど、何か知ってますか?」


「ええ。私が試練を突破して帰還したのとほぼ同時に、彼女がここを訪れましてね。どこからか今回の作戦を聞きつけたらしく、参加させてくれないかと頼まれたのですよ」


「そうだったんですね……ありがとうございます。おかげで助かりました」


 セレスの途中参加を咎める気はない。彼女がいなければ、ドリーを倒すことはできなかったのだから。むしろ感謝したい程だ。可能なら、彼女にも直接礼を伝えたいところだった。


「本来であれば、身柄を拘束するべきだったのでしょうが……試練の突破に免じて、今回は何も見なかったことにします。お二人も、今回彼女が参加したことに関しては、どうかご内密に」


「わかりました。ところで、セレスはどこに行ったかわかりますか?」


「行き先を教えていただくことはできませんでした。今し方出ていったばかりなので、まだ近くにはいると思いますが……」


 そう返した蒼の視線が、窓へと向けられる。もしかしたら、換気目的で開けていたわけではないのかもしれない。


「そう、ですか……」


「追わなくていいの?」


 風太からの問いかけに、雷貴は小さく頷く。

 もう一度セレスに会って礼を告げた後、これまでのことを彼女の口から聞きたいと思っていた。ただ、今は他にやるべきことがある。


「みんなの帰りを、待たないとね」


 まだ、仲間が戦っている最中だ。それなのに、浮遊城の攻略が済んだからと言って一人抜け出すわけにはいかない。

 裏にはまだ、『神』が控えている。作戦は始まったばかりなのだ。いつ何が起こっても対応できるよう、この場に留まらなければ。

 心配させないよう笑みを浮かべながら、雷貴は静かに拳を握りしめるのだった。

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