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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第七章『色彩と黒歴史──参──』
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第81話「奪いし者」

 (とも)()から話を聞いた翌日、(らい)()(やま)(もり)高校へと赴き、同校の魔法学指導教員かつ作戦の立案者である()()(あおい)による転移魔法で、浮遊城の内部に到着した。


「ここが、浮遊城……」


 全体を見回しながら、雷貴は呟く。

 天井、壁、床。古めかしい絵や文字などが全面に描かれていて、なんとも気味の悪い空間だった。


「何か意味があるのかな」


 そう尋ねてきたのは、山盛高校の自警団員、(あか)()(ふう)()だ。

 今回の作戦に参加しているのは、七人。決して余裕があるとは言えないのだが、この浮遊城の攻略は二人がかりで行うこととなった。


「さあ……もしかしたら、授業で習ったことあるかもしれませんね。覚えてないけど」


 雷貴はそう返しながら、腰帯に差した魔導具を握る。付近に二人以外の存在がいないとは言え、油断できなかった。

 いつ、敵が現れてもおかしくないのだから。


「貴方たちですか。神に仇なす愚かな罪人とは」


 女性の声が聞こえたことで、二人は同時に振り向く。

 視線の先。誰もいなかったはずのそこには、声の主であろう一人の女性が立っていた。


「……精鋭登場ってわけか」


 誰に聞かせるわけでもなく呟きながら、雷貴は引き攣った笑みを浮かべる。

 この空間に、扉らしきものはない。自分たちと同様に転移魔法を使用したのだろうと推測できるが、それらしき反応は一切感じられなかった。

 簡単に背後を取ってくるような存在が相手ともなれば、緊張せざるを得ない。


(よこ)(びき)グウェンドリーヌ、と申します。姓でも名でも……略名の『ドリー』でも、好きにお呼びください」


 ドリーと名乗った女性は口調こそ丁寧だが表情が険しく、来訪者を歓迎していない様子だった。


「ご丁寧にどうも。俺は────」


「ああ、必要ありません。既に存じ上げておりますので……(みどり)()雷貴さんと赤城風太さん、でしょう?」


 思いもよらぬ申告を聞き、雷貴は肩を震わせる。自己紹介を遮られたこともあり、言葉に詰まってしまった。

 そんな彼の代わりと言わんばかりに、風太が一歩前に出る。


「もしかして、僕たちが来ること知ってました?」


「当然です。我らが『神』は全知全能。未来を見通す程度、造作もありません」


 情報が漏れたわけではなく、最初から全て見透かされていたということらしい。魔法によるものかどうかは不明だが、いずれにせよ、『神』を出し抜くことは難しいようだった。


「ならどうして、ここに来る前に対処しなかったんです?」


 生まれた当然の疑問を解消するべく、雷貴は口を開く。

 裏で政府に根回しをしたというのが真実なら、『神』は初めから試練に挑ませるつもりなどなかったはずだ。それなのに何故、この作戦を先んじて潰そうとしなかったのか。


「愚問ですね。『神』に抗おうなどと考えられる程に脳味噌の足りていない貴方たちでは、そんなことすらわからないのですか?」


 わからないから尋ねているのだろう。そう返したくなる程度には雷貴は苛立ちを覚えていたが、話の腰を折らぬよう黙って耳を傾け続けた。


「仕方がありませんね。慈悲を授けると思って、一つ教えて差し上げることにしましょうか」


 直後、ドリーの魔力反応が急激に高まる。

 強者のそれとしてふさわしい程の質と、量。少なくとも、雷貴がこれまでに戦ってきた敵のなかでは頂点に君臨していた。


「その必要が、ないからですよ」


 敗北の二文字が、脳裏をよぎる。戦う前から諦める程弱気になってはいないものの、恐怖を全く抱かずに向かっていける程強靭な心を持っているわけでもなかったらしく、雷貴は立ち竦んでしまった。


「なるほどね……」


 張り詰めた空気が、風太のわざとらしい頷きによって破られる。


「いやー、ありがとうございます。おかげでよくわかりましたよ……貴方の性格の悪さがね」


「ふ、風太さん?」


「……ほう」


 鋭い視線が、風太に向けられた。

 後方に立つ雷貴は、彼の表情を確認することができない。ただ、物怖じなどしていないと、その背中から告げられているように思えた。


「お礼に、僕からも一つ。脳味噌の足りない僕は、手加減の仕方もわからないんで……うっかり死んじゃわないよう、気をつけてくださいね」


「……面白いことを仰りますね。ならば、それが冗談ではないこと、この場で証明していただくとしましょうか」


 初めて、ドリーの口角が上がる。整った顔立ちのはずだが、どこか美しく思えなかったのは性格の刺々しさが随所から感じられていたためだろう。


「試練を始めます。どこからでも、かかってきなさい」


「じゃあ、そうさせてもらいますよ!」


 風太は駆け出し、ドリーの右方へと回り込むように移動を始めた。腕を伸ばすと、その掌から魔法の風を相手に向けて放つ。


「……私、舐められているのでしょうか」


 その風には殺傷能力がないらしく、ドリーのもとに到達しても彼女の衣服を揺らすだけだった。

 未熟さを自覚している風太なら、この結果は予想できていたはずだ。なら何故、無駄にも思える攻撃を仕掛けたのか。

 その答えに至ったことで、雷貴もようやく動き出す。


(今のうちに、仕留める!)


 常軌を逸した体質でもない限り、自身の雷が直撃すれば相手を負傷させられるだろう。そう考え、雷貴は掌に魔力を集中させようとした。

 だが。


(……魔法が、使えない!?)


 どれだけ念じても、魔法を発動できない。それどころか、体内に存在するはずの魔力を感じ取ることすらできなくなっていた。


「おや、もしや魔法が使えなくなってしまったのですか?」


 十中八九、ドリーの仕業だろう。ただ、彼女は素知らぬ顔で雷貴にそう問いかけてくる。


「時に、一つお尋ねしたいのですが……貴方が今使おうとしたのは、このような魔法ではないでしょうか」


 そう言って、ドリーは風太へと腕を伸ばした。直後、その掌から緑色の雷が放出される。


「うわああっ!?」


「風太さん!」


 回避も防御も間に合わず、風太は電撃に襲われた。彼の苦しむ姿を見てか、ドリーから短い笑い声が上がる。


「風太さん、大丈夫!?」


 倒れた風太に呼びかけるが、返事はない。

 気を失っただけか、あるいは。最悪の事態を想像したことで、雷貴は僅かに集中を乱してしまった。


「次は貴方です」


 生じた隙を、相手が見逃すはずもない。再び雷が放出され、先の風太と同様に雷貴も緑色の輝きに包まれた。

 耐性があるとは言え、痛みを全く感じないわけではない。普段自在に操っているはずのそれに容赦なく苦しめられ、彼は叫び声を上げた。


「が、あっ……!」


 膝をつく雷貴。息を切らしながらも意識は鮮明だったため、現状を把握するべく高速で思考を巡らせる。


(俺の魔法を、コピーした……? いや、違う)


 ドリーの魔法には、相手のそれを封じるという効果もあるはずだ。その点を考慮すれば、よりふさわしい形容の仕方がある。


「魔力と魔法を奪う魔法、か……?」


「おや。存外、理解が早いのですね。猿は猿なりに知恵を働かせる術がある、ということでしょうか」


 息を吐くように罵りながらも、ドリーは雷貴の推測を肯定した。余裕のある笑みを浮かべているのは、種が明かされても問題なく勝利できるという自信があるためか。


「どこからでもかかってこい、なんて言っておきながら、予め俺の魔力を奪っておいたとか……」


 雷貴はゆっくりと立ち上がり、腰帯に差した刀の柄へと手をかけた。


「あんた、マジで性格悪いんだ、ねっ!」


 言い終わると同時に、駆け出す。魔法が使えないため人並み程度の速さでしかないが、臆することなく相手へと向かっていった。


「なんとでもいいなさい」


 当然、ドリーの掌から雷が放出される。それを躱すことなどできるはずもないが、雷貴はやけになったわけではなく、ある可能性に賭けて突進していた。

 魔導具『()(でん)』────引き抜いたそれで、緑色の閃光を受け止める。空白の刃から僅かに火花が噴き出したことで、抱いていた期待が確実な希望になったと理解した。

 直後、紫色の雷が雷貴の手元から出現する。


「『(ごう)(らい)()(でん)』!」


 詠唱するとともに、雷貴は魔導具を振り下ろした。

 先に放出されていた輝きすらも呑み込み、周囲をそれ一色で照らし出す程の、眩い光。不意の一撃だったのか、ドリーは対処が遅れたらしく呻き声を上げていた。


「未来を見通せるんじゃなかったのかよ!」


 雷貴は今までの鬱憤を晴らすかのように、したり顔で言い放つ。ただ、そんな余裕が生まれたのもほんの一瞬だった。

 苦しんでいたはずのドリーが不敵に微笑んだことで、彼の背筋に冷たいものが走る。直後、紫色の輝きが一瞬にして消滅し、魔導具は再びがらくたへと戻ってしまった。


「先程も言ったでしょう……その必要がない、と」


 またしても、ドリーが腕を伸ばす。ただ、次にその掌から放出された雷の色は、緑ではなく紫だった。


(まずい……!)


 そう思ったところで、間に合わない。雷貴はなす術なく、相手の雷に包まれた。

 先程とは比べ物にならない苦痛。意識を失いかけるがどうにか堪え、現状を打破する方法がないか必死に考える。

 その姿勢が、功を奏したのだろう。彼は自身に起こったある変化を察知したことで、この窮地を潜り抜けるための手段が生まれていると気づいた。


「……ああああっ!」


 雷貴は緑色の雷を全身から放出し、まとわりついていた相手の魔法を相殺する。決して軽傷とは言えないが、どうにか気絶するまでに脱出することができた。


「さすがに、気づきますか」


 雷貴の体内に、魔力が戻っていたのだ。故に、封じられていた魔法を使うことができた。

 恐らく、ドリーは一種類の魔力かそれに相当するものしか奪えないのだろう。紫電から発生する魔力を奪ったことで、雷貴自身の魔力が本人に返還された、というわけだ。


「ですが、既にそこまで疲弊していては、勝機など……」


 ドリーの言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 魔導具を鞘に戻した雷貴の拳が、彼女の眼前に迫っていたためだ。その攻撃は当たらなかったが、一度で終わるはずもなく、雷を纏った肉体から次々と殴打が繰り出される。


「『(らい)(じん)』」


 出し惜しみなどしていられない。雷貴は反動すら顧みずに魔法を行使し、常に最高速度を維持していた。

 ただ、それでも足りないらしい。初めこそ圧倒できていたものの、すぐに順応されてしまった。恐らくは、ドリーも同じ魔法を行使しているのだろう。

 同じ速度で動かれるだけなら、気力勝負と割り切ることもできる。だが、両者の間には一つ、決定的な差があった。


「出力はこちらの方が上……果たしていつまで凌げるのか、見ものですね」


 相手の体からほとばしる雷が、雷貴を蝕む。

 繰り広げている肉弾戦による負傷自体は、互いに同程度だ。ただ、纏う雷の殺傷性でドリーに軍配が上がっているため、このまま続ければ彼が先に倒れることは誰の目から見ても明らかだった。


(なんとか、しない、とっ……!?)


 そんな焦りが、集中を乱す。その乱れは、魔力の制御に大きく影響を及ぼした。僅かにだが、肉体の許容量以上の雷を流してしまったことで雷貴は激痛に襲われる。


「この程度で雷の神などと笑わせる……己の分を弁えられぬその罪、その命をもって償ってもらうとしましょう」


 迫る、ドリーの拳。それがとどめの一撃になることはないはずだが、きっかけになるであろうことは想像に難くない。


「くそっ……!」


 雷貴は苦し紛れに雷を放つ。だが、相手のそれに阻まれてしまい、次の手を打つ時間すら稼ぐことはできなかった。


「終わりです」


(こんなところで、負けるわけには……!)


 風太は未だ気絶したまま。援護を当てにすることもできない。

 万事休すかと思われたその時────ドリーは飛び退いて雷貴から距離を取った。直後、先程まで彼女が立っていた位置に、『何か』が突き刺さる。

 どうやら、右方から飛来したものらしい。あまりに突然の出来事だったため、雷貴は目の前のそれが大鎌であると認識するまでに数秒程の時間を要した。


「……乱入者、というわけですか」


 ドリーの言葉に、足音だけが返される。いつの間にかこの場に現れていたその主は大鎌が突き刺さった位置まで移動すると、自らの背丈以上に大きなそれを軽々と持ち上げてから、相手の方へと向き直った。

 黒いパーカーに隠されたその姿を、雷貴は知っている。

 数えられる程度にしか、見たことはない。それでも、彼の心には深く刻み込まれている。


「セレス……!」


 立て続けに騒ぎを起こしたことで、絶賛逃亡中のはずの少女。雷貴が会いたいと願っていた、セレスティーナ=モルテ=エッフィーメロその者だった。

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