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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第六章『色彩と黒歴史──弐──』
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第77話「噂をすれば」

(今のところ異常はない、か……)


 迎えた週末。予定どおり、(らい)()は県内のビル街へと赴き、自身の担当区域を歩き回っていた。

 既に二十分近くが経過しているにもかかわらず、これといった騒ぎは起こっていない。人が多いためか時折小競り合いが発生していたものの、介入する程の事態に発展することはなかった。


(まあ、出番がないに越したことはないよな……俺も、『こいつ』も)


 内心で呟きながら、雷貴は肩に提げた棒状の袋へと視線を向ける。

 本来は剣道の竹刀を収納するためのものだが、今その中に入っているのは、先日受け取った魔導具だ。鞘があるとは言え、刀を腰に下げて歩くわけにもいかないだろうと判断し、緊急時以外はこうして忍ばせておくことに決めていた。ちなみに、かつて()(とせ)を尾行した際に拝借したものと同じだ。


(まあ、そういうわけにもいかないんだろうけど……)


 得てして、悪い予感というのは当たるものだろう。そんなことを考えた瞬間、着信音が鳴り響いた。雷貴はズボンの左ポケットからスマホを取り出し、それが(とも)()からのものであると確認する。


「……はい、(みどり)()です」


『雷貴君、大変!』


「どうしました?」


『他の二人から、窃盗犯を捕まえたって連絡があったんやけど、途中で電話が切れてしもたんよ。しかも、誰かに襲われたみたいに』


「……なるほど」


 短く返す雷貴。驚きがないわけではなかったが、一刻を争う事態である可能性を考慮し、冷静に対応できるよう心がけた結果だった。


「とりあえず、二人の担当区域に向かってみます」


『頼むわ。でも、雷貴君も無理はせんようにな』


「はい、気をつけます」


 電話を切り、ポケットへとスマホを戻す。

 無力化したと思われた窃盗犯から手痛い反撃を受けたか、または、話に上がっていた第三勢力による襲撃を受けたかのどちらかだろう。なんにせよ、仲間が窮地に立たされていることは間違いなかった。


「……急がなきゃな」


 呟きつつ、全身を流動する魔力へと意識を向ける。量を増やし、速度を上昇させると、肉体から自然と雷がほとばしった。

 刹那、雲一つない青空の下で、緑色の閃光が疾走を始める。轟く雷鳴は苛烈な印象をもたらすが、すれ違う人々に危害を与えることはなかった。


(足、攣りそう……)


 雷貴は肉体強化の魔法を使えるわけではない。今こうして高速移動が可能になっているのも、神経伝達を加速することによって足の回転率を上昇させているためだ。筋肉にかかる負荷が増えたことで、彼の体は早くも悲鳴を上げていた。


(二人とも、そう遠くない位置にいるといいんだけど……ん?)


 凄まじい速度で後方へと流れていく景色。そのなかでも目を引く存在が突如として現れたことで、雷貴はそこへ意識を向けた。


(何か、落ちてきた────)


 そう理解できた直後、雷貴の周囲に発生している雷の音をかき消す程の轟音が鳴り響く。

 彼の進行方向上に、『何か』が落下したためだ。

 それを判別できる距離へと達するのにそう時間はかからなかったが、至近距離で立ち止まるまで彼は状況を理解することができなかった。

 仕方がないだろう。人間が落下してくる光景を見ることになるなど、想像できるはずもないのだから。


(なんだ、こいつ……)


 飛び降りたであろう建物と、目の前で立ち上がった人物へと交互に視線を向ける。

 五階は優に超える高さからの落下。まず生きていられるはずがないが、見た限りではほとんど無傷のようだった。


「よう、元気がいいな」


 雷貴のそれよりも遥かに低い声音が聞こえる。目出し帽に隠されて顔が拝めないが、男性で間違いないらしい。


(あれ、この声どこかで……)


「俺とも遊んでくれやあっ!」


 考える暇もなく、相手の拳が迫る。素早い一撃だったが、雷貴は雷を纏ったままだったため紙一重で躱すことができた。


(拒否権はないってか……!)


 速度は自身が上のはず。そう考えた雷貴は一気に勝負を決めようとしたが、その時が訪れることはなかった。


(速っ……!?)


 高速状態にある雷貴の動きに、相手は平然と対応している。むしろ、相手の方が彼を上回る速度を有しているようで、彼は間一髪での回避を続けるしかできなかった。

 恐らくは、肉体強化の魔法が使えるのだろう。そう考えれば、先の無傷での落下も納得がいった。


「どうしたよ。そんなもんか? 自警団員ってのは!」


「……じゃあこんなのはどうだ!」


 雷貴は全身から雷を放出し、その流動に相手を巻き込む。

 肉体強化の魔法が使われていることを踏まえ、普段以上の威力を出した。これで勝負はついただろう。

 そんな思考が、油断を生んだ。


「効かねえなあ!」


(なっ!?)


 相手は一瞬の硬直も見せることなく、直前まで取っていた動きを継続する。そしてその拳を、驚愕する雷貴の腹部へ容赦なく叩き込んだ。


「がはっ……!」


 服の上からでもわかる程に鍛え上げられた肉体から繰り出される、重い一撃。来た道を引き返すかのように、雷貴の体は後方へと吹き飛ばされた。

 あまりの痛みに、思考が鈍らされる。そんな状態でも、相手には待ってもらえないようだった。

 男は一気に跳躍し、彼との距離を詰める。眼前に着地すると、またしてもその拳を振るおうとしていた。


「ま、だ、だ!」


 雷貴は相手に向けて雷を放出し、その勢いを利用する形で再び距離を取る。今度こそはという期待も込めての行動だったが、やはり相手に効いている様子はなかった。


(……使うしか、ない!)


 迷っている暇はない。相手の目的は未だ不明だが、こんな所で油を売っている場合ではないのだ。

 雷貴は肩に提げていた袋から、刀を取り出す。袋と鞘を乱雑に放り捨て、刃のない柄を握りしめた。


「……なんだ?」


「なんだろうね!」


 尚も接近してくる相手に対し、雷貴も向かっていく。懐へと潜り込むと、柄の先端を地面に向け、遠慮なく魔力を流し込んだ。


「『(ごう)(らい)()(でん)』!」


 詠唱と同時に、紫色の雷が出現する。地面に向けて放たれたはずのそれは、急激に軌道を修正し、相対する二人を包み込んだ。


(なかなか、きっついな……)


 雷への耐性が意味をなしていないと思える程の威力。全身が焼けるように熱く、痛む。こうなることはわかっていたが、相手に躱されて全く別の位置に着弾することを恐れ、仕方なく自爆の形を取った。


「ぐ、おおっ……!」


 体を張った甲斐あってか、相手の動きは止まっている。顔こそ見えないが、確かに苦しんでいるようだった。

 このまま、押し切る。その思考に油断はなく、今扱える最大出力を雷貴は絶えず発生させ続けていた。

 だが。


「……っらああああ!」


 紫に輝く世界で、男が動く。

 雷の放出に意識を向けているなか、至近距離から繰り出されたその拳を躱すことは、できなかった。


「ぐああっ!?」


 雷貴の鼻頭に、金属のように固い拳がめり込む。彼の体はまたしても後方へと吹き飛ばされ、何度か地に打ちつけられてからようやく静止した。


(あと、もう少し、だったのに……)


 嘆くことすらできない程に、咳き込む。

 集中が途切れたためか、あれ程までに自己の存在を主張していた雷は、一瞬にして消滅してしまった。


「……お前、いいじゃねえか」


 息切れこそしているが、相手は今も自らの足でその場に立っている。継戦の余裕は充分にありそうだった。

 とどめの一撃を甘んじて受けるしかないか。雷貴はそう覚悟したが、いつまで経ってもその意識が失われることはなかった。


「またやり合おうぜ」


 男はそう残し、ゆっくりとした足取りで建物同士の隙間へと消えていく。

 その背中に雷貴は声をかけようとするが、再び咳き込んでしまい、ただ見つめることしかできない。ようやく動けるまでに回復したときには、既に男の姿はどこにも見受けられなくなっていた。


「くそっ!」


 不甲斐なさから、建物の壁を叩く。その拳から伝わる痛みが気にならない程、先の雷と相手の攻撃によるそれは尾を引いていた。


「……とりあえず、連絡、か」


 雷貴はスマホを取り出し、朋世に電話をかける。電撃に晒されていたことでなんらかの不具合が発生していないか心配だったが、問題なく繋がった。


『雷貴君、どうしたん? 大丈夫?』


「はい、なんとか……えっと、二人を探してる最中に、変な奴に襲われて……戦ったんですけど、逃げられちゃいました」


『変な奴……特徴はわかる?』


「目出し帽を被った、やたらガタイのいい男です。肉体強化の魔法を使えると思われます」


『なるほど……』


 情報を整理するかのような間が開く。雷貴は建物の壁に背を預け、続く朋世の言葉を待った。


『実はちょうど今、二人から連絡があってな。多分、雷貴君が戦ったのと、二人が襲われたのは同一人物やと思うわ。窃盗犯を連れ去ったらしいから、前に言った人たちが現れたと見て、間違いないやろね』


「そう、ですか……二人の状況は?」


『怪我はしてるけど、とりあえずは無事みたいよ』


「そっか、良かった……このあとはどうします? 覆面男を探しますか?」


 雷貴は胸を撫で下ろしながら僅かに表情を緩ませたが、すぐにそれを引き締め直して朋世に指示を仰ぐ。


『いんや、動けるようなら二人と合流して、一旦学校に戻ってくれる? 万全の状態でないのに下手に深追いするのは危険やからね。話を聞くに、仲間がいるみたいやし……捜索は、うちの方から他の自警団にお願いしておくわ』


「……わかりました。よろしくお願いします」


 不服ではあったが、自身にこれ以上戦う余裕がないことはわかりきっていたため、素直に従った。返事の後すぐに通話を切り、ポケットへとスマホを戻す。

 ため息をこぼしながら見上げた空には雲一つなく、辟易する程に青が広がっていた。

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