第76話「復帰」
「ご迷惑をおかけして、すみませんでした」
最近、頭を下げることが増えたと思いながら、床を見つめる雷貴。魔導具の件で頭を冷やせたこともあり、週明けの今日、鋭才学園の家庭科準備室に足を運んでいた。
「気にせんでええよ。どんな人だって、休息は必要やし……うん、前と比べて顔つきも良くなったみたいで、うちも安心したわ」
微笑みながら、朋世が数度頷く。頭を上げたことでそれが確認できた雷貴も、同じように笑みを浮かべた。
「休んでた分、今まで以上に頑張ります」
「気負いすぎんようになぁ……さて、じゃあ早速、依頼について説明するとしよか」
席に座ったまま、朋世が長机の中央へと腕を伸ばす。そこから数枚の紙を掴み取り、雷貴へと手渡した。
「取り急ぎやらないかんのが、これ」
どうやら、依頼内容について書かれたものらしい。見出しには、『窃盗犯確保の依頼』という文字があった。
「ここ最近、周辺でひったくりが相次いどるんよ。幸い、容疑者には目星がついとるんやけど、いかんせん逃げ足が速くてなぁ。そのうえ潜伏まで上手いときたもんやから、最初の犯行から二週間近く経ってもうたわ」
朋世による大まかな説明を聞きつつ、資料を流し見する。日程以外、さほど重要なことが書かれているようには思えなかったものの、容疑者についての情報────使える魔法が記されているあたりで、雷貴は目を止めた。
「『獣変化』?」
聞いたことのない魔法だ。もっとも、そうでないものの方が少ないのだが。
「他の動物に姿を変えられる魔法のこと。獣、とは書いとるけど……鳥にも虫にも、多分、魚とかにも変化できるはず」
「なるほど……」
人間以上の身体能力を持つ動物は、決して少なくない。適宜それらに変化すれば、逃亡も容易なはずだ。二週間も捜査網に掛かっていない理由はそのためだろうと、雷貴は一人納得した。
「今回も、他の自警団との合同作戦でなぁ。鋭才からは、雷貴君含め三人で向かってもらうことにしたわ」
「三人って……俺と、千歳と……あと一人は誰なんです?」
握り拳の指を順に立てながら、尋ねる。逃亡中のセレスを頭数に入れているはずがないため、朋世が自ら動くのかと考えたが、直後、前提すらも覆されることとなった。
「ああ、千歳はんはちゃうで。別の依頼に当たってもらうつもりやから」
「じゃあ、いったい誰が……」
「新入団員がいるから、その子らに手伝ってもらうつもり」
「新入団員? ようやく希望者が現れたんですか?」
「内申点とか出席日数と引き換えに、ようやくなぁ。それでも、三年二人、二年一人しか集まらんかったわ」
(二年生も入ったのか……)
自警団の活動を休んでいたとは言え、通学は続けていたため情報が入ってきてもおかしくないはずだが、それらしき話は耳にしていない。よほど関わりの薄い相手なのだろうかと、雷貴は顔もわからない新入団員に想いを馳せる。
「あ、も、もちろん雷貴君の内申点にも、ちゃあんと色をつけるつもりやから、安心してな!」
「ああ、どうも……」
難しい顔にでもなっていたのか、朋世から慌てた様子でそう告げられる。特別、何かを得るために活動しているつもりはなかったのだが、わざわざ訂正する必要もないかと思い、雷貴は話を流した。
「作戦の決行は今週末やから、顔合わせはそれまでに済ませればいいとして……話を戻すと、雷貴君には他の二人と離れて行動してもらうことになると思うわ。本当は一緒にしたいところなんやけど……魔法の相性上、そうもいかんくてね」
「俺は平気ですけど……その二人、活動の経験はどれくらいあるんですか?」
「一、二回だけやわ。それなりに戦えるとは思うけど、やっぱり心配やね……それでも、他に頼れる当てがないんよ」
「……祈るしかない、ですね」
魔法学指導教員の眼鏡に適うならば、最低限の実力は持ち合わせているのだろう。だが、それなりに規模が大きい作戦に参加するには、経験が不足している。二人の心配はもっともだった。
「堪忍なぁ、不甲斐ない先生で」
「いや、宇治先生が謝ることじゃないですよ」
眉を八の字にする朋世を、責める気にはなれない。
元を辿れば、悪事を働く者が悪いのだ。魔力の存在や『神』の放任具合、後手に回りがちな政府の対応などが避難されることもあるが、少なくとも、雷貴の考えが行き着く先は一つだった。
「二手に分かれるって言っても、やることは変わらないですよね?」
「せやで。街中に現れるであろう犯人を捜索し、発見でき次第、拘束。接触したら交戦は避けられんと思うけど、周辺への影響をなるべく抑えられるよう心がけてな。もちろん、自分たちの怪我にも気をつけること。いい?」
「はい」
「よし、じゃあ一つ目の話おしまい!」
話題の切り替えを示すかのように、朋世が手を叩く。軽快なその音とは裏腹に、彼女の表情は引き締まっているように見えた。
「二つ目は、一つ目に関わることなんやけど……どうも、自警団の活動を妨害する人たちがいるらしいんよ」
「妨害?」
「具体的には、自警団が確保した……もしくは、確保しようとしていた容疑者を、無理やり連れ去る人たちがいるみたい。ただ不思議なことに、連れ去られた容疑者はみぃんな、数日もしないうちに警察へ身柄が引き渡されてるんだとか」
「……愉快犯、ってことなんですかね」
「わからんなぁ。ただ、それらしき人物に襲われた自警団員もいるって話やから、気ぃつけてな」
相手の目的には見当もつかないが、協力関係を結べないことは確からしい。情報が少ない第三勢力の出現を聞き、雷貴は気を引き締めた。
「三つ目は……これ!」
座ったまま後ろを向き、その先にあった棚の引き戸を開く朋世。食器や裁縫道具、資料等を収納するためのそこには似つかわしくないものを、彼女は引っ張り出した。
鞘に収められた、一本の刀。初めて目にする物のように思えたが、雷貴はその柄に見覚えがあると気づいた。
つい先日、祖母の家から発見された、魔導具だ。
「非常勤の魔法学指導教員、武笠先生から預かってね。回収前の所有者と血縁関係にある雷貴君が、責任持って研究に協力するなら返却してもいいって話なんやけど……」
「協力っていうのは……」
「記録を取って報告書にまとめること。それが条件みたい」
「それだけでいいなら、まあ……」
元は祖母が所有していた物だ。どのような形であれ、手元に戻ってくるのであればそれに越したことはない。特に怪しい話にも思えなかったため、雷貴は了承した。
「ほい、じゃあこれ返すわ。ああ、鞘の方は持ち運びのために作った特注品みたいやけど、一緒に持ってていいらしいで」
「へえ」
雷貴は返事をしつつ、受け取った刀の柄を引き抜く。やはり、刃だけは存在しないままだった。
収めるというよりは、装着すると言った方が正しいか。磁力によって引き寄せ合うことで、さも普通の刀であるかのように見せているらしい。
「記録は、普通のノートなりなんなりにまとめてくれといたらええから」
「わかりました」
頷いた後、雷貴は刀を元の状態に戻す。立てかけると倒れてしまう恐れがあったため、そのまま掴んでおくことにした。
「わかっとるとは思うけど、その魔導具は出力が凄いらしいから、扱いには注意してな」
「はい。気をつけます」
自分だけが苦しむことになるのならいいが、他人を巻き込むわけにはいかない。実戦で運用する前に、練習する必要がありそうだった。
「その代わり、ってわけでもないんやけど……その魔導具を介さない普通の魔法は、自警団での活動のうちなら、これまで程神経質にならんでもええよ」
「いいんですか?」
「今の雷貴君なら、ちゃんと加減できるやろ。だからこそ、武笠先生もさっきの魔導具を託したんやろうし」
それに、と朋世は続ける。
「経験と知識を積み重ねてきてるのは、奴さんも同じみたいやからね」
「……わかりました」
自身の扱う魔法が、危険な部類に入ることに代わりはない。だが、それを使わずに大切なものを守りきれるとは思えなかったため、雷貴は首を縦に振った。
「とりあえず、うちから話さなきゃいけないことはこのくらいやけど……何か、聞きたいこととかある?」
「いや、大丈夫です」
「そう? じゃあ、今日こなしてもらう依頼の説明に移るとしよか。週末のやつ程大変じゃないから、心配せんでもええよ」
「わかりました。よろしくお願いします」
簡単な依頼だとしても、久しぶりの活動である以上油断は禁物だ。週末に控えている合同作戦の前に負傷しないよう気をつけなければと思いながら、雷貴は朋世の説明に耳を傾けるのだった。




