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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第六章『色彩と黒歴史──弐──』
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第75話「焦燥」

 結論から言えば、祖母は無事だった。彼女から話を聞くに、(あつし)の言葉に嘘偽りはなかったらしい。いきなりピッキングを行う彼の思考回路は理解に苦しむが、ともかく、居間で普段どおりにくつろいでいた祖母の姿を見て、(らい)()は胸を撫で下ろしていた。


「────さて、始めるぞ」


 安心したのも束の間、雷貴は敦に連れられ、砂利が敷き詰められたがら空きの駐車場にて、彼と向かい合うようにして立っている。その手には、件の刀の柄が再び握られていた。

 つい先程この店の地下倉庫で見つけたそれが、違法魔導具であるか否か。その審査を、模擬戦という形で執り行うためだ。

 違法魔導具の調査はクロが引き受けていた業務だったのだが、この場にいる三人のうち、雷貴にしかあの柄を起動させることができないらしく、現在に至る。

 敦曰く、他二人の魔力は魔導具の中に溜めておくことしかできないとのことだ。


「まずは、魔導具に魔力を込めてみろ。少量でいい」


「わかりました」


 信用ができないわけではないのだが、未だ好感を抱けてはいない。頷く雷貴の表情は、いつもより少しばかり険しいものになっていた。


「……おおっ!?」


 指示どおり、少量の魔力を流しただけのはずだ。だが、実際にそれを行った雷貴自身ですらも驚く程に激しい勢いで、柄から雷が姿を現した。

 周辺を紫に照らす閃光。

 刀身の代わりに雷が放出されているようだが、枝分かれと接合を繰り返しているせいで、その形状は本来のそれとはあまりにもかけ離れている。歪な球形、とでも言うべきだろうか。少なくとも、刀とは呼べない。


「なるほど。さしずめ、魔力を増幅させる魔導具といったところか」


「こ、これ、どうすれば……」


「そうだな……雷を集め、刀身のようにしてみろ。雷属性の魔力を扱うお前なら、制御できるはずだ」


「……やってみます」


 簡単なことのように言ってくれる、と思いながらも、敦の前で弱音を吐くことに妙な悔しさを覚え、心の中だけに留めた。


(魔力の流れに、集中すれば……)


 他者の扱う雷を纏ったり、そこから更に奪ったりすることができたのだ。魔導具から溢れ出すそれを制御することも、決して不可能ではないだろう。

 目の前の男への形容し難い嫌悪感も、大切な仲間を止められなかった己の不甲斐なさも、今だけは忘れ、周囲に漂う魔力の流れへと意識を向ける。


(……来い)


 心の声に応じるかのように、柄は放電範囲を徐々に狭めていき、辛うじて刀身と呼べる状態にまで留められた。

 ただ、依然として遊びが多い。全神経を集中させても、どれだけ強く念じても、一定以上の変化を与えることはできなかった。

 それ程、扱いが難しい魔導具ということか。あるいは、雷貴の実力不足か。


「それで充分だろう。では、模擬戦に移るとしようか」


 戦闘に支障なしと判断したらしい敦が、魔法によって刀を出現させ、その手に握る。

 彼の言葉に、深い意味はないのだろう。ただ、思い出さないようにしていた自身の未熟さを実感させられた瞬間だったため、雷貴は素直にそれを受け取ることができなかった。


(ふじ)(さき)! 戦闘開始の合図を頼む!」


 張り上げられた、敦の声。

 ベンチに座るクロは、突然呼びかけられたためか困惑した様子を見せたが、やがてゆっくりと右手を上げた。


「よーい……始めっ!」


 その腕が振り下ろされた瞬間、雷貴は駆け出す。距離を詰めてから、その手に握った雷の刀身を左から右へと振るった。


(なっ……)


 雷に質量などないはずだ。だが、どういう原理なのか、敦が握る刀は紫色の輝きを受け止め、更には押し返していた。

 驚きこそしたものの、雷貴は怯むことなく、続けて反対側から斬り込む。


「ふむ。荒々しいが、安定はしているようだな。魔力の供給はどうなっている?」


「本当に、少しずつ、続けてます、よっ!」


 一太刀打ち込むごとに言葉を区切る雷貴。一切の手加減をしていないが、敦の顔色一つ変えることすらできないこの状況に、彼の苛立ちはより募っていった。


(くそっ、なんで……俺は、もっと、強くならないといけないのに……)


 そこまで考えて、ふと違和感を覚える。ただ、次に敦から話しかけられるまでに、その理由へと辿り着くことはできなかった。


「よし。刀身にしてもらったばかりで悪いが、今度は雷としてそれを放出してみろ。その後すぐに、また形を戻してくれ。多少崩れていても構わない」


「……了解」


 余裕がないために表情を歪めつつも、雷貴は飛び退いて距離を取る。握った柄の先を相手に向けると、刀身の形状を崩壊させ、紫色の雷を一気に放出した。

 全力ではないものの、雷貴が自身の魔力で一度に放出できる雷と同等の威力を、それは有している。決して正面から受けるべき攻撃ではないはずだが、敦は一歩も退かずそれに向けて何度も刀を振るった。


(まさか……)


 直後、雷貴の予想は見事に的中することとなる。

 敦に迫っていたはずの雷が、怒涛の斬撃を受けたことで弾けるように消滅したのだ。


(なんでもありだな、もう!)


 雷貴は刀身を再構築し、相手との距離を詰め直す。そして、先程とは異なる細長いそれで刺突攻撃を何度も繰り出した。だが、間髪入れずに放ったその連撃さえも、敦には難なく防がれてしまう。


「……緑間。大丈夫か?」


「何が、ですか?」


「体に異変がないかという意味だ」


「大丈夫、です!」


 雷貴は返事をしつつ、刺突から斬撃へと切り替えた。動きが多少鈍くはなっているが、疲労から来たものだろうと推測している。

 変化と言えば、制御しきれずに漏れ出した雷が、柄を伝って体の周囲を駆け巡っていることぐらいだ。ただ、耐性があるため大した影響はないと考えていた。


「そうか。なら、あとは自由に戦ってみてくれ。大方の情報は取れたはずだが、意外な発見があるかもしれないからな」


「了、解っ!」


 攻撃を受け止められた瞬間、雷貴は魔力の供給量を増加させる。相手の刀身に雷を伝わせようと試みたのだ。

 狙いどおり、紫色の閃光はより一層輝きと勢いを増し、接する刀へと流れ込む。だが、肝心の敦に届くことはなかった。まるで、刀によって雷を消滅させられているかのようだ。


「くっ……」


 焦りにより疲労が促進されているのか、雷貴の動きは更に鈍化していく。対照的に、彼の帯びる雷は激しさを増していた。

 雷貴の瞳に映る世界は、全てが紫色の光に照らし出されている。瞼を閉じ、暗闇へと逃げ込んでしまいたくなる程に、眩い。

 だが、諦めるわけにはいかなかった。


(こんなんじゃ、駄目だ。俺は……!)


 脳裏に思い描くは、大鎌を握る少女の姿。赤く染められていくその映像をかき消すかのように、雷貴は刀を振るい続ける。

 その姿勢が、災いしたのだろう。


「がっ、ああああ!?」


 突如、雷貴の全身に激痛が走る。

 攻撃を受けたわけではない。敦にとっても予想外のことだったらしく、彼は目を見開いていた。


「雷貴!」


「来るな!」


 膝をついて苦しむ雷貴のもとにクロが駆けつけようとするが、敦の言葉によってその足を止める。


「でも……!」


「俺に任せろ」


 敦は雷貴にゆっくり近づくと、魔導具から伸びた雷に、自身が握る刀をそっと触れさせた。

 雷は糸のように引っかかり、そのまま彼の刀に釣られて動いていく。


「ふんっ」


 敷き詰められた砂利。その奥深くにあるであろう土に、敦は刀を突き刺した。

 その瞬間、雷が凄まじい勢いで流動を始め、刀を中継して地面へと吸い込まれていく。

 やがて雷は完全に消滅し、それと同時に雷貴を襲っていた激痛も解消された。


「雷貴!」


 制止はない。

 クロが今度こそ雷貴に駆け寄り、容態を確認するかのように彼もまた膝をつく。


「大丈夫か!?」


「う、うん……なんとか」


「いったい何が……」


「わからない。急に、魔力の制御が利かなくなって……」


「魔導具による影響なのは、間違いない」


 言いながら、敦が刀を引き抜いて消滅させた。二人のもとへと近づくと、雷貴の目線に合わせるかのように身を低くする。


「その魔導具は、雷属性の魔力を増幅させる類のものだろう。お前が留めておける魔力の許容量を超過した結果が、先のあれだ」


「俺の、力不足が、原因……」


「それもあるだろうが、単に、魔導具の効用が過剰なのだろう。魔力の消費はどのくらいだ?」


「そういえば、ほとんど使ってないです」


「やはりな……」


 雷貴の手から離れた魔導具を手に取ると、敦は立ち上がった。


「これは然るべき機関にて預からせてもらう。構わないな」


「はい……」


 審査には通らなかった、ということだろう。雷貴自身、この有様では仕方のないことだと思えている。


「後は俺の方でやっておく。藤咲は緑間を介抱してやれ。何かあれば連絡するように」


「わかりました」


「あ、あの!」


「……なんだ?」


 雷貴は敦の背を呼び止めた。クロの手を借りることもせず、自らの力だけで立ち上がり、相手の目を真っ直ぐ見つめる。


「さっきは、失礼な態度を取ってすみませんでした」


 そう言って、雷貴は頭を下げた。

 敦への態度が悪くなっていたのは、不信感にかこつけて、自身の実力不足によって募っていた苛立ちまで、彼によって生じたものだと無意識に思い込もうとしていたためだ。痛みによって思考が明瞭になり、それに気づくことができた。


「……別に気にしていない」


「それと!」


 下げた頭を勢い良く引き戻してから、雷貴は続ける。


「助けてくれて、ありがとうございました」


「礼を言われるようなことなどしていない。こちらこそ、危険な目に遭わせてしまって、すまなかったな」


 振り向かぬまま、去っていく敦。その背中に、雷貴は再び頭を下げた。


「本当に、もう大丈夫か?」


 立ち上がったクロが、頭の後ろで腕を組んで尋ねてくる。彼を心配させないよう、雷貴は柔らかな笑みを浮かべた。


「まだちょっと体が怠いけど、それくらいだよ」


「そっか、なら良かった」


「クロさん、この後はどうするの? 俺、介抱してもらう程体調悪くはないし、帰っちゃっても大丈夫だけど」


「いや、もうしばらくここにいるよ。良かったら、店番手伝わせてくれないか? 今回、何もできなかったからさ」


「……じゃあ、お願いしようかな」


 恐らくは、体調を気遣っての申し出なのだろう。クロを頼ることに申し訳なさも感じたが、こうなったときの彼が引き下がらないことをよく知っていたため、雷貴は素直に甘えることにした。


「任された」


 胸を叩くクロ。そんな、頼れる先輩兼後輩の存在に感謝しながら、雷貴は彼と共に砂利道の上を歩くのだった。

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