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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第六章『色彩と黒歴史──弐──』
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第74話「疑惑」

 (やま)(もり)高校の学園祭から、早一ヶ月。セレスは逃亡を続けているらしく、未だ尻尾を掴めない状況が続いていた。交換留学生という肩書きが災いしてか、絶えず騒動が続くなかでも、世間は集中して彼女を非難している。

 そんな彼女が所属していた(えい)(さい)自警団にもまた、矛先は向けられていた。治安維持組織の内部から犯罪者が現れたとなれば、無理もないだろう。

 それらの意見は、一定期間の活動自粛を発表することで次第に数を減らしていった。顧問故に責任を問われていた(とも)()が退任へと追い込まれずに済んだのだから、悪くない結果と言える。人手不足を解消するために、自粛期間が二週間程で済んだのは、喜ぶべきか嘆くべきか。

 なんにせよ、(らい)()の心は晴れなかった。個人的にセレスを捜索することを止められているため、当然だ。そんな状態で依頼をこなせるはずもなく、失敗が続いて強制的に休ませられることに。

 今まで忙しかった分、手が空くとどうにも落ち着いていられず、気を紛らわせるべくアルバイトに励もうとしたが、沈んだ気分が表情に表れていたのか、店長によってシフトを大幅に減らされてしまった。

 気遣いからの行動だとは理解できる。今は下手に動かず、心身を休めておくべきなのだろうとも。

 それでも休日を無為に過ごすことはできず、彼は祖母の家まで赴き、彼女が営む店の手伝いを行っていた。


「……こんなもんかな」


 棚、机、土間。様々な場所に陳列された雑多な商品を眺めながら、雷貴は呟く。

 ここは、骨董品店だ。曽祖父の時代から始まっているらしく、建物の細部や並ぶ品々から歴史が感じられる。幼い頃からよく出入りしていたこともあり、この雰囲気が彼にはとても心地良いものに思えていた。

 とは言え、好みの別れる店であることも理解している。少なくとも、若者がこぞって来るような場所ではないだろう。

 近くに観光地があるわけでもなく、交通の便も悪いため、余計に人は寄り付かない。ここを訪れるのは大抵、周辺に住む固定客か、物好きな迷い人の二択だ。

 故に、今、入り口から近づいている足音も、そのどちらかによるものだろうと考えていた。


「失礼しまーす」


 予想に反して、若い声が聞こえてくる。更に驚くべきは、それが、聞き覚えのあるものだったことだ。


「いらっしゃいませー」


 雷貴は声の方へと振り返り、答え合わせをする。もっとも、バイト先で何度も聞いているものだったため、間違えるはずもなかったが。


「ら、雷貴……?」


「あれ、クロさん。珍しいね、こんな所に」


 来訪者は、(ふじ)(さき)クロだった。彼の方は雷貴の存在が意外だったらしく、目を丸くしている。


「なんで雷貴がここに?」


「ここ、俺のばあちゃんの店で。週末、たまにこうして手伝ってるんですよ」


「そうだったのか……」


 納得した様子のクロ。そんな彼に対し、商品の一つを手入れしながら雷貴も同じことを尋ねようとしたが、後方から戸の開く音が聞こえたことで言葉を飲み込んだ。


「雷貴、お客さんかい?」


 奥の部屋で一息ついていたはずの祖母が、姿を見せる。それなりに離れた位置からでも来客を察知できるその能力は、魔法などとは無関係のものだ。


「あ、ばあちゃん……うん。それも、知り合いの。紹介するよ。バイト先の後輩の、クロさん」


「藤咲クロです。雷貴君には、いつもお世話になってます」


 手短に挨拶を済ませ、クロが頭を下げる。他人と積極的に関わることは苦手なようだが、礼儀知らずなわけではないのだ。それが伝わったのか、祖母も機嫌良さげに笑みを浮かべている。


「ほうかいほうかい。それなら、お茶でも入れようかねぇ」


「いえ、お構いなく」


「遠慮せんで、ゆっくりしていきな」


「あっ、ちょ……」


 返事を聞かずに、祖母はまた戸の向こうへと消えていく。

 呆気に取られた様子のクロを見て、雷貴は嘆息混じりに微笑した。


「すみません。ばあちゃん、人の話聞かないことあるから……」


「……みたいだな」


 眉を八の字にして、クロも笑う。どうやら、気分を害されてはいないらしい。そのことに安堵しつつ、雷貴は再び口を開いた。


「クロさんと会うのも、随分と久しぶりな気がするなあ」


「ああ、学園祭以来だから……一ヶ月ぶりとかか?」


 クロのシフトもかなり減っているためか、ここしばらくの間、二人がバイト先で顔を合わせない日々が続いている。連絡を取ろうと思えば取れたはずだが、そうできなかったのは雷貴に余裕がなかったためだろう。


「その後、そっちはどうだ?」


「連帯責任とかで、一時期活動自粛させられてたけど……二週間くらい前から、突然再開したよ。人手が足りないみたいでさ」


「どんな集まりでも、『上』ってのは勝手なもんだよな」


 躊躇なく毒づくあたり、クロも相当迷惑をかけられているらしい。親近感を覚えたことで、雷貴は僅かに頬を緩めた。

 だがそれは一瞬で、すぐに暗い表情へと変化してしまう。


「……それにしても、未だに信じられないよ。あいつが、あんなことするなんて」


「セレスティーナのことか?」


 雷貴の表情が変化する様子を見逃さなかったということなのだろう。クロからは、すぐにその名前が上がった。


「ちょっと子供っぽいところがあるけど、悪い奴じゃないはずなんだ。少なくとも、俺の目には、そう見えてたんだけど……」


 その言葉を聞いて、クロが自身の顎に手を当てる。

 セレスに対する印象は、雷貴が抱くそれとは全く異なるだろう。彼女に襲われた被害者なのだから、無理もない。


「ああ、ごめん。クロさんを疑ってるわけじゃないんだけど……」


「わかってるって。気にすんなよ」


 思うところがあってもおかしくないはずだが、クロはあっけらかんとした様子でそう返した。

 その優しさに、感謝と申し訳なさの二つを覚えながらも、それらを悟られまいと雷貴も表情を繕う。


「そういえば、クロさんはどうしてここに?」


「ああ、えっと……」


「わかった、自警団絡みでしょ」


「そそそ、そんなことないぞ……?」


 クロが遠路遥々こんな地域まで足を運ぶ理由は、それ以外に考えられない。そんな予想が的中していたらしく、彼は目を逸らしながら、口笛を吹こうとしていた。もっとも、その口からはただ息が漏れるのみで、音色など奏でられてはいないが。


「隠さなくていいよ。それで、今回はどんな依頼なの?」


 下手という言葉すらお世辞になってしまう程の口笛が、止まる。数秒程経過してようやく観念したらしく、クロはその重い口を開いた。


「『()(ほう)()(どう)()』って知ってるか?」


「うん。噂程度には」


 魔導具。魔力が普及したことで、実験的に作られた物だ。どんな人間でも、魔力を込めるだけで同じ恩恵を得られるという画期的な道具で、既にいくつかは市場に流通している。

 それらは厳しい審査を受けたうえで販売されているのだが、何者かの手によって認可の下りていない魔導具が出回ってしまったらしい。


「それの調査だ。売ってそうな場所を片っ端から当たってほしいんだと」


「なるほどね……」


 そのうちの一つが、ここということだ。

 鋭才自警団にも同様の依頼は届いていたが、指定された調査場所の一覧にこの店はなかった。恐らくは、身内を疑わせずに済むようにとの配慮があったのだろうと推測できる。

 ただ、疑惑の目が向けられていると知ってしまったからには、自身の手で潔白を証明したいと雷貴は考えた。

 そのために、知るべきことが一つ。


「魔導具って、どうやって判断するの?」


 雷貴が違法魔導具の調査に赴いたことはない。故に、現時点で有している情報は少なく、見分け方がわからなかった。


「ああ、えっと……魔力が込められてるからすぐにわかるって、()()先生は言ってたけど……そういえば、魔導具に詳しい魔法学の教員が後で合流してくれるとも言ってたな」


「……そういうことなら、多分ここにはないかな」


 雷貴は奥へと進み、戸を開く。


「ばあちゃん! ちょっと地下倉庫行ってくるから、店番お願い!」


 先程戻ったはずの祖母の姿が見えないが、返事はあった。更に奥の台所にでもいるのだろう。

 雷貴はそっと戸を閉じると、クロの方へと振り向く。


「じゃ、行こうか」


「行くって……地下倉庫、とやらにか?」


「魔導具、調査するんでしょ?」


 言うだけ言って、雷貴は部屋の隅まで歩いていき、そこにあった扉の先へと進んだ。


「階段室……?」


「普通、お客さんを入れることはないんだけど、今日は特別」


 そう言って、人差し指を自身の唇に当てる雷貴。困惑するクロを他所に、地下へと続く階段をゆっくりと下りていった。


「地下室がある民家なんて、珍しいな」


「そうだね。俺も最初見たときはびっくりしたよ」


「雷貴は、よく地下倉庫に出入りしてるのか?」


「そんなでもないよ。この店に来るのが月一とかだから……半年にいっぺん、とかかな。たまに整理を手伝ってるんだ」


「へえ」


 やがて、階段を下りきった二人。彼らを出迎えたのは、古めかしい装飾が施された大きな扉だった。


「えーっと……これか」


 雷貴はポケットから鍵を取り出し、薄明かりの中、差し込んで解錠する。そして、両開き型のそれを、やや力みながらゆっくりと引いた。


「ここが、うちの地下倉庫」


「おお……」


 一階の販売スペースよりも、広大な面積。

 そこは、西洋の鎧や、日本武将が愛用していたであろう立派な兜など、先程の場所には並べられないような品の数々で溢れかえっている。


「今でも色々、仕入れてはしまい込んでるみたいだから、あるとしたらここだと思うよ」


「なるほどな……でも、いいのか? 俺に協力して。身内を疑うことになるんだぞ?」


「ばあちゃんを信じてるから、潔白を証明したいんだよ」


「……そっか」


 その言葉に納得したらしく、クロは優しく微笑んだ後に物色を開始した。彼の後ろ姿を視界から外し、雷貴も捜索に取り掛かる。


「これ、全部売り物なんだよな?」


「うん。紹介で来た人くらいにしか売ってないから、全然在庫が捌けないけど」


「……いくらぐらいするんだ?」


「物によるけど……大体、うん十万とかはするんじゃないかな」


「うん、十、万……!?」


 一学生では払えない額を耳にしたためか、クロが言葉を失った。彼が自由時間を全てアルバイトに割いたとしても、学生の間にその額を稼ぐことはできないだろう。万が一にも破損させて弁償する事態となったら、ということを考えれば、彼の反応も当然のものと言えた。


「そんなに気にしなくても大丈夫だよ。買い手がほとんどいないから、あってもなくても変わんないようなもんだし」


「それとこれとは話が別だっつうの……」


(……ん?)


 年季が入った棚の上。ふと視線を向けたそこに、ある物を見つけたことで、雷貴はクロの言葉を聞き流す。

 刀の柄だ。折れてしまったのか、何故か刃の部分が丸々なくなっている。このような状態では買い手などまともに見つからないはずだが、祖母は何を思ってこれを仕入れたのだろうか。そんなことを考えながらも、彼はそれを手に取った。


(なんだろう、この感じ)


 胸がざわつく。あまり馴染みのない感覚だが、不快ではない。それは間違いなく、今握っている刀の柄からもたらされていた。


(魔導具、なのか……?)


 確かめる術を知らないが、魔力を流してみれば何かわかるだろうか。そう思い至った瞬間、雷貴は深く考えることなくそれを行動に移した。

 それが、まずかった。

 刀の柄。本来刃が存在するはずのそこから、紫色の輝きがほとばしる。直後に感じた痺れるような痛みから、それが雷であると理解できた。

 雷属性の魔力を宿すために耐性があるのか、電撃が流れようと彼にとってはそこまでの脅威ではない。ただ、彼の肩に手を置いていたらしいもう一人は違った。


「あばばばばばば!?」


「ク、クロさん! 大丈夫!?」


 魔力の供給を中断すると、輝きも収縮して柄の奥へと戻っていく。直後、倒れかけたクロを雷貴はすかさず抱き寄せた。

 意識はある。耐性がなければ気絶していてもおかしくない威力のはずだが、今の雷貴にそれを気にしていられる程の余裕はない。


「い、今のは、いったい……」


「ご、ごめんなさい。なんか、この柄が気になって……少し魔力を流し込んでみたら、こんなことに……」


「魔力を……?」


 頭を押さえながら、クロが呟く。顔こそ険しいが、彼が雷貴を責め立てるようなことはなかった。


「魔導具、ってことか……?」


 魔力に反応したということは、十中八九そうなのだろう。だが、気になることが、一つ。


「……でもこれ、ずっと昔から、ここにあったやつだよ」


 少なくとも、雷貴が物心ついたときには既にこの倉庫に存在していた。つい最近製造されたばかりの魔導具などでは、ないはずなのだ。


「なら、確認してみるとしようか」


 突如、知らない声が聞こえる。

 扉の方を向くと、男が一人、そこに立っていると確認できた。


「雷貴。鍵は?」


「かけたはずだけど……」


「ふっ。俺にかかれば、ピッキングなど造作もないこと」


「……お前、ばあちゃんはどうした!」


 どうやら、正当な手段で入ってきたわけではないらしい。祖母が危険な目に遭ったと思った雷貴は、声を荒げて相手の方を強く睨みつけた。


「……どうしたも何も、普通に通してもらった」


「嘘つけ!」


「先客について尋ねたら、地下にいると教えてもらってな。そうしてここまで来たはいいが、鍵が閉まってたんで、少しばかり腕前を披露させてもらったまでだ」


「信じられるか……!」


「いや、待て」


 相手に向かって飛び出そうとした雷貴だが、クロの腕によって阻まれたことで動きを止める。


「あんた、名前は……?」


「『()(かさ)(あつし)』」


「……火野先生が言ってたのは、あんたか」


「よく見たら、お前……あいつの生徒か」


「クロさん。いったい、どういうこと?」


 通じ合っているような二人。雷貴だけが、未だ状況を理解できていない。彼は戸惑いながらクロに説明を求めた。


「さっき言った、魔導具に詳しい教員。この人がそうだ」


「本当に……?」


「ああ。顔も名前も、間違いない。だから多分、雷貴のおばあさんも無事だよ」


「さっきからそう言っているだろう。そんなに心配なら、確かめてくるといい」


「……ばあちゃん」


「おっと」


 駆け出し、横を通り過ぎようとした雷貴の腕が、敦に掴まれる。


「その柄は置いていけ。詳しく見たい」


「……どうぞ」


 雷貴が握っていた、件の柄。それをもう一方の手で引き抜かせたことで、彼は敦から解放される。小言の一つでも漏らしたいところだったが、身内の安否確認を優先し、彼はその場を後にした。

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