第72話「失踪」
「来い!」
掌を相手に向け、その先に魔力を集中させる。
顕現した輝きの色は、黒。球状になったその光と、音々から感じられる魔力反応に、雷貴は意識を分散させた。
そして、それらを繋げるかのように、細い閃光が現れる。雷貴が腕を引き戻すと、相手の体から勢い良く雷が発生し、彼へと流入した。
「ぐっ、おおおお!?」
思いの外、体への負荷が強い。多量の雷を、短時間でその身に取り込んだためだろう。危うく自滅してしまうところだったが、すんでのところで耐える。
賭けに勝っただけで、決着はまだだ。気を取り直して、雷貴は相手へと意識を戻す。
予期していなかった事態らしく、音々も目を見開いていた。動揺からか、動きが止まっている。
(今しかない!)
雷貴は両足に魔力を集中させ、放出した。その勢いで、彼の体は前方へ向かって急加速する。
奪った雷を利用して戦う手もあっただろう。だが、疲弊している今、自身よりも魔力の扱いに慣れているらしい音々を相手取れる自信はない。
そんな状態でも勝利する方法が、一つだけあった。
「なっ……」
雷貴にしがみつかれたことで、音々が驚きの声を漏らす。だが、彼が抵抗することはなかった。
いや、正確には、間に合わなかったと言うべきだろう。雷貴が突進してから一秒とかからず、体育館の壁────結界の外、場外へと到達してしまったのだから。
「んぐえっ!?」
間の抜けた声を漏らしたのは、雷貴だ。結界から出る寸前、相手を庇うように身を捻ったため、壁に背中を強打してしまった。
肺が驚いているのか、呼吸が上手くできない。辛うじて保っている意識が薄れそうになるなか、彼の耳にアナウンスが流れ込む。
『一回戦第三試合。勝者、奏音々』
「……え?」
予想外の言葉を聞いたことで、雷貴の意識は一瞬で鮮明になった。
聞き間違いだろうか。それを確かめるように、すぐ近くにあった音々の顔へと視線を向ける。
「……先に結界からはみ出したのが、お前だったんだろ」
「ええ……? 追いやったのは俺だし、実質、俺の勝ちみたいなもんでしょ?」
「気持ちはわからないでもないが、上の判断だしな……」
二階の、放送室があるあたりに視線を向ける二人。それだけで抗議が届くはずはなく、一度下された勝敗が変わることもなかった。
これ以上文句を連ねても意味がないと考え、雷貴はため息を吐くことで気持ちを切り替える。
「まあいいや。正攻法では勝てそうになかったわけだし。真っ当に強い奴が勝ち残った方が、来賓への受けもいいだろ」
「……俺は、お前も充分強いと思うがな」
彼から離れて自らの足で立ち上がった音々が、そう告げた。雷貴が体を張ったためか、その身に大した負傷は見受けられない。
「気ぃ遣ってくれてる?」
「本音だ。さっきの戦法、完全に意表を突かれていた。あのまま戦闘が続いていれば、もしかしたら……」
「いや、それは買い被りすぎだよ」
若干俯き気味になった音々に対し、言葉を被せる。
確かに、可能性がなかったわけではないだろう。だが、戦闘続行の選択を雷貴はしなかった。最後の最後で消極的な行動を取った結果が、この敗北なのだ。多少の不満こそ覚えたものの、その事実は認めなければならないと理解していた。
「いい勝負だった。ありがとう」
「……ああ。機会があれば、またやろう」
差し出した雷貴の手が、掴まれる。直後、両者の健闘を讃えるかのように観覧席から拍手が送られた。
(さて、そろそろ戻んないと)
手を放し、体育館袖へと向かう。もう一方が待機位置らしい音々とは、別れることになった。
そろそろ、セレスも戻ってきただろうか。そう考えながらドアに手を掛けた瞬間、再びアナウンスが聞こえてきた。
『一回戦も残すところあと一試合となりましたが、ここでしばしの休憩とさせていただきます』
(……休憩?)
複数回の戦闘が想定されているこの催しにおいて、休憩時間は確かに必要だ。だが、この進行状況で挟むのはあまりに不自然だと感じられた。
疑問を抱きつつ、雷貴はドアを開ける。その先には誰一人としておらず、静寂が漂っていた。
(風太さんまでいない……セレスを探しに行ったのか?)
手っ取り早く情報を得るなら、進行役に尋ねるべきだろう。そう思い、雷貴は二階へと駆け上がった。
「失礼します」
手早く三回ノックをし、返事がされる前にドアを開ける。
視線の先。放送機材に囲まれた椅子にて、一人の青年が腰掛けていた。
「火野先生、セレスは?」
「ノックまでしたのなら、返事を待ってほしかったのですが……まあいいでしょう。支障はありませんし」
呆れ気味にそう答える彼の名は、火野蒼。パーマのかかった青髪と、白目との区別ができる程度には色彩の異なる白い瞳が特徴的だ。山盛高校の魔法学指導教員である彼は、この催しの進行役を務めていた。
「それで、セレスは? まだ見つからないんですか?」
「……見つからないだけなら、良かったのですがね」
まるで、事態はより深刻であるかのような言い回し。まさか、彼女の身に何かあったのかと雷貴は身構えた。
「今し方、藤咲さんから連絡があり……エッフィーメロさんから、襲撃されたと」
「……は?」
耳を疑う。
セレスの性格を考えれば、いつどこで他者の命を奪おうとしていたとしても、おかしくはないだろう。ただ、よりにもよってその相手がクロだという点が、妙に引っかかった。
二極化した善悪の価値観────そんな彼女の逆鱗に、彼が触れるとは思い難かったのだ。
だが、状況次第ではやはりあり得ないことでもないのかもしれない。考えが二転三転する程度には、雷貴は動揺していた。
「じょ、冗談ですよね?」
「少なくとも、私は冗談など言っていませんよ。それと、藤咲さんが嘘を吐いている可能性もないでしょう。この目で事実確認をしたわけではないので、断言はできませんが……」
「な、何かの間違いとか……」
「今はなんとも。ただ、このままではトーナメントの続行は難しい、ということは確かです。せめて、逃亡したらしいエッフィーメロさんを見つけ出し、拘束しなければ」
身内が騒ぎを起こしたというのに、呑気に学園祭を続けることなどできない、ということだろう。即座に中止の発表をしなかったのは、来賓の混乱を抑えるためか。
「俺、セレスを探してきます」
「なりません」
部屋を飛び出そうとした雷貴だったが、蒼の声によってそれを制止されてしまった。無視するわけにもいかず、彼は渋々振り返る。
「ど、どうしてですか!」
「有事の際、この体育館に集まった来賓の方々を守るための戦力が必要です。今は山盛高校の自警団員が出払ってしまっているため、貴方にまでここを離れられては困るのですよ」
そもそも、自警団員を総動員するのが間違っていたのではないか。そんな言葉が思い浮かんだが、口に出すのは躊躇われた。言ったところで状況が好転するわけではないと、わかっていたためだ。
また、自分は責任を追及できる立場にはいないと気づいたため、というのも理由としては大きい。
セレスと行動を共にしていれば、こうはならなかったかもしれない────そんな後悔が、彼の胸中に生まれていた。
「わかり、ました」
自らの手でセレスを探し出し、彼女から直接話を聞きたい気持ちはある。だが、事がどう動くかわからない以上、この場にいる多くの人々を蔑ろにしてまで私情を優先することは憚られた。
「心中、お察しします」
視線を床に落として拳を握りしめる雷貴に対し、淡々とした無機質な声がかけられる。冷たい印象を相手に抱いてしまうのは、心がざわついているためだろうと自覚していた。
「緑間さんは他の参加者と合流して、待機していてください。何か異変があれば、すぐ報告するように」
「……はい」
食い下がることなく、雷貴は頷く。不服ではあるが、与えられた指示が妥当なものであると理解できていたため、誰かの手によって事態が進展するのをただ待つことしかできなかった。




