第68話「合同で」
鋭才自警団は、発足に必要な人員を確保できていた。だが、裏を返せば、必要最低限のそれしかいないということだ。
始業式から二週間近くが経過している今でも、入団希望者は現れていない。朋世が目をつけていた相手にも、ことごとく断られていたようだ。
三人。頻繁に追加される依頼を片付けるには、些か心許ない。そのため、内容によっては他の自警団へ協力を持ちかける必要があった。
この日も、とある事件の犯人を捜索するべく、山盛高校────クロが所属する高校の自警団と、合同で活動を行っている。だが、雷貴と共に動いているのは、件の人物ではなかった。
「いやー、改めてよろしくね。雷貴君、セレスティーナちゃん」
昼下がりの街中。雷貴の隣を歩きながら、一人の青年がそう微笑んだ。
名を、赤城風太という。目を隠す程に伸ばされた赤い髪と、男にしては小柄な体格が特徴的だ。クロの同級生らしく、彼とそれなりに親交を深めているらしい。
「よろしくお願いします、風太さん」
雷貴もまた、挨拶を返す。初対面だが、緊張はなかった。風太の人となりを、バイト先にて何度も耳にしたことがあったためだ。
「いつも、お母様にはお世話になってます」
「いいよいいよ、そんな固くならなくて!」
体の前で両手を交差させる風太。何を隠そう、彼は雷貴が勤めるファミレスを経営する店長の一人息子だ。
息子への不満や愚痴、という形で、よく彼女から話を聞いていた。その場には、共通の知人であるクロが同席していたことも少なくない。雷貴もクロも、苦笑を浮かべるばかりだったが。
「……もしかして、嫌われちゃった?」
風太が耳打ちをする。
彼が話しているのは、前方を歩くセレスについてだろう。彼女は彼に挨拶を返すことなく、ただただ歩を進めていた。
「緊張してるんだと思います。あまり、気を悪くしないであげてもらえますか」
「全然平気だよ。女の子から袖にされるのなんて、日常茶飯事だからね!」
得意げに親指が立てられる。風太の言葉が事実であればあまりに浮かばれないため、こちらを安心させるための冗談だろうと思いながら雷貴は礼を告げた。
「……こっち」
そんな二人を他所に、セレスが早歩きを始める。ぼそりと声に出したあたり、単独行動を取ろうとしているわけではないらしい。
迷いなく進む彼女の背中を、二人も追いかける。数分程経過して辿り着いたのは、とある裏路地だった。千歳を尾行したときのことが思い出される造りだが、全く違う場所だ。
日中だというのに薄暗いそこを、彼女は臆する様子も見せずに突き進む。
いったい、どうしたというのか。尋ねようとした雷貴だったが、次第に声のようなものが聞こえてきたことでその疑問を飲み込んだ。
初めは聞き間違いと思われたそれも、奥へ向かうにつれて明瞭になっていく。数は三つ。甲高いものが一つと、低いものが二つ。何やら揉めている様子だった。
いくつかの角を曲がった後、その正体が判明する。
「……何してるんですか? こんな所で」
視線の先には、あまり見かけない制服を着た、二人の男子学生の姿があった。雷貴の声に振り返った彼らは、これでもかと眉を寄せている。
そして、もう一人。そんな彼らの間をするりと抜けて、少女が現れた。十に達しているかもわからない、年端のいかない少女だ。
「あっ、待て!」
青年の制止などお構いなしに、少女がセレスの背後へと隠れる。
二人組は当然追いかけようとしたが、フードの下に潜んだ鋭い眼光にでも気づいたのか、すぐにその足を止めた。
「で、何してるんですか?」
再び尋ねながら、雷貴はセレスと相手の間に割って入る。既に、彼女から殺気に近い何かが漏れ出していたためだ。
「そ、そのガキがあくどい商売をしてやがったから、注意してただけだ!」
「そうだそうだ!」
苦し紛れに思える答弁。雷貴は振り返り、セレスの背後から覗く少女へと視線を向ける。
「そうなの?」
「ち、違うよ!」
声を震わせながらも、少女は明確に否定した。
「アタシは、占いをしてただけ!」
「何が占いをしてただけだ! 魔法を使った小銭稼ぎじゃねえか!」
「うっ……」
その点に関しては事実らしく、少女は反論できないでいる。
魔法学の履修や緊急時以外で、許可を得ていない者が魔力を行使することは禁じられている。彼女が気まずそうにしているのは、それを破ってしまったためだろう。
「で、でも、あなたたちが怒ってるのは、占いの結果に対してでしょ! 魔法がどうとかなんてさっきまで気にしてなかったじゃない!」
「うるせえぞガキ! 黙ってろ!」
「ひっ……」
思ったより肝が据わっていたが、やはり子供。青年の怒鳴り声により、完全に萎縮してしまった。
「あまり、怒らないであげてもらえますか」
「……そもそも、お前らなんなんだよ。他人のいざこざに首突っ込みやがって」
「俺たちは、自警団です」
雷貴はポケットから団員証を取り出し、相手に見せてから続ける。
「本当は、とある事件について調べていたんですけど……魔力を違法行使した可能性があるなら、それも調べなきゃいけませんね」
「えっ……」
少女が声を漏らしたが、雷貴は振り向いてウインクをした後、再び二人組に視線を戻した。
「というわけなので、ここは俺たちに任せてもらえませんか?」
「ふざけんなよ。横槍入れやがって」
「そうだそうだ! 舐めてっと、お前らまとめて痛い目に……」
「活動の妨害をするのであれば、あなたたちも取り締まる対象になりますけど、大丈夫ですか?」
食い気味に告げる雷貴。青年たちが怯んだのは、彼の後ろに立つセレスの殺気を感じたためだろう。
「……お、覚えてろよ!」
三流悪党のような台詞を吐きながら、青年たちが去っていく。その姿が見えなくなり、足音も聞こえなくなってから、雷貴は屈んで少女へと目線の高さを合わせた。
「大丈夫?」
「あ、あの、アタシ……」
彼女もまた、怯えた様子だ。依然としてセレスから離れようとしないあたり、青年に向けられた殺気を感じ取ったわけではないらしい。
「心配しなくても、魔法を使った件については怒らないよ」
「……本当?」
上目遣いでそう返す少女。彼女の緊張を和らげられるよう、雷貴は自身の表情と声色を最大限明るくする。
「うん。誰かを傷つけたり、困らせたりしようとしたわけじゃないだろ?」
その問いかけに、少女は強く頷いた。
「なら、怒らないよ。子供なんて、やんちゃしてなんぼだろうし」
雷貴が笑うと、少女もまた、年相応のあどけない笑顔になる。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「どういたしまして。でも、あまり危ないことはしないようにね」
「うん!」
セレスの隣に立った少女は、既に雷貴への警戒を解いていたようだった。緊張や不安といったものも感じられない。
「……良かったね」
セレスが言葉少なに、少女の頭を撫でる。不要になったためか、殺気は微塵も感じられなくなっていた。
雷貴は二人の光景を微笑ましく思う反面、不安も覚えさせられる。
もし、相手が大人しく引き下がっていなかったら。もし、相手が少女に手を上げていたら。もし、彼女一人でこの現場に遭遇していたら。
訪れることのなかった、されど、すぐ近くに存在する未来に対し、思案せずにはいられない。
「そうだ! お礼に、ただで占ってあげる!」
「……いいの?」
セレスがそう尋ねたのは、少女ではなく雷貴に対してだった。恐らくは、魔力の違法行使について懸念があるのだろう。
「まあ、今更だし。ここだけの秘密ってことで」
人差し指を口元に当てながら、雷貴は笑みを浮かべる。褒められた行為でないことは理解しているが、幼い子供相手に厳しく接することは躊躇われた。
「じゃあまず、紫の髪のお兄ちゃんから! 何を占ってほしい?」
「俺? 俺かあ……うーん」
腕を組んで唸ってみるが、なかなか思い浮かばない。
そもそも、雷貴は占いにあまり縁がなかった。それこそ、目の前に立つ少女程度の年齢時、とあるテレビ番組内の数分にも満たないそれに釘付けになっていたぐらいだ。年月が経った今は大して執着がなく、好んでそういったものに触れることもなかった。
「ちょっと思いつかないから、後でいいかな」
「じゃあ、先にお姉ちゃんね!」
ほとんど声を出していないはずだが、セレスの性別がわかったらしい。身長差から、彼女の顔が覗き込めたのかもしれない。
「金運」
「オッケー、任せて」
即答に怯むことなく返事をすると、少女は瞼を閉じ、自身の頭に両手の人差し指を当てて唸り始めた。心なしか、彼女の体が輝きを帯びているようにも見える。
「……出ました!」
数秒程経過してからの、開眼。同時に、淡い輝きも消滅する。
「お金そのものに縁はないみたい。でも、生活に困ることもないみたいだよ!」
「自給自足……?」
「じきゅー……? うーん、詳しくはわからないな。アタシにも、未来がなんとなく見えるだけだから」
どうやら、少女は魔法によって未来を見ているらしい。あまりに直接的な占いに、雷貴は驚かされた。
「じゃあ次は、赤い髪のお兄ちゃん!」
「……僕、何もしてないけどいいのかな」
空気と化していた風太が、声を出す。顔の半分近くが髪で隠れているために表情を読み取りづらいが、その声は遠慮がちに感じられた。
「いいのいいの、ついでだし!」
「それはそれで心に来るなあ……まあでも、せっかくだしお願いしようかな」
「うんうん! それで、何を占えばいい?」
「じゃあ、恋愛運で」
「了解!」
先程と同様に、少女が魔法を発動する。またしても数秒で、彼女の輝きは収まった。
「出ました!」
決め台詞なのだろうか。子供らしいと言えば子供らしいが。そんなことを考えながら、雷貴は風太の結果を待つ。
「……んふふ」
「え、な、何? なんで笑ってるの?」
「駄目だね。短くても向こう十年は女の人とは縁がないね」
「『とは』って何!?」
含みのある言い方に、風太は動揺を隠せない様子だった。そんな彼に、少女の微笑が向けられている。
「さて。最後、今度こそ紫の髪のお兄ちゃんの番だよ」
「ああ、えっと、そうだな……」
二人の結果に気を取られ、何を占ってもらうか全く考えていなかった。金運や恋愛運が無難なのだろうが、二人と被っても面白みに欠ける。これ以上待たせるのは申し訳ないため辞退しようかと考えたところで、名案が浮かんだ。
「じゃあ、学業成就、するかどうかみたいな……なんか、そんな感じので一つ、お願いできるかな」
「了解!」
本日三回目の魔法。魔力不足に陥らないか心配だったが、使い慣れているのか、疲労の色は窺えなかった。
「……出ました!」
雷貴はいつの間にか、その言葉を期待している自分がいることに気づく。もしかしたら、彼女は将来、有名な占い師になるかもしれない。そんなことを考えながら、続く言葉を待った。
「大きな問題はなさそう。でも、色々と苦労することもあるみたい」
「そっか。ありがとう」
「ううん。こっちこそ、助けてくれてありがとう!」
「ああ。でも、これからは気をつけるんだぞ?」
「うん!」
自分にも、こんな時期があったのだろうか。素直に頷く少女を見て、雷貴も顔を綻ばせた。
「じゃあ、とりあえずここから出て……家の近くまで送るよ。さっきの奴らが戻ってこないとも限らないし」
「いいの? ありがとう! じゃあ、行こ! お姉ちゃん!」
「ま、待って……」
セレスの手を掴み、少女が駆けていく。同性ということもあってか、この短時間で随分と彼女に懐いたようだ。
助けを求めるように振り向くセレス。残りの二人は顔を見合わせて笑ってから、彼女の後を追うのだった。




