第62話「クロの秘密」
鋭才自警団を設立してから、およそ二週間。活動を通じて、魔力に対しての理解も深まってきた。
体内に流動する魔力を消費することで、既存の物理法則を超越した現象を引き起こすことができるらしい。便宜上、雷貴たちはその現象を魔法と呼ぶことにしている。
また、個々人によって、魔力および魔法の性質は多少異なるのだと確認できた。例えば、雷貴は緑色の雷を放出することができるが、千歳のように本物同然の縄を作り出すことはできない。その逆も、同様に。
そしてこれはここ数日で判明したことだが、神経を研ぎ澄ませれば、自身だけでなく他者の魔力も感知することができるようだった。日頃から意識していれば、奇襲を防いだり、追跡にいち早く気づけたりする、というわけだ。
自警団として活動する以上、少なからず恨みを買うこともあるだろう。そんな懸念のもと、雷貴は可能な限り、周囲一帯の魔力反応に意識を向け続けることにしていた。
アルバイトを終えた直後で疲労が蓄積されていても、それを怠ることはしない。
「今日も忙しかったな……」
ため息混じりに呟く雷貴は、現在、紫色の自転車に跨がって坂道をひたすらに下っていた。ペダルを漕がずとも家へと近づくこの時間が、永遠に続けばいい────いや、それではいつまで経っても帰れないかと、心の中でツッコミを入れる。先程まで談笑しながら風を受けていたためか、妙に寂しく感じられた。
「……ぶっちゃけ、クロさんなら心配いらないよなあ」
夜の静寂に耐えられず、独りごつ。
つい先程まで雷貴と共にいたのは、歳上の後輩、藤咲クロだ。何かと物騒だからと心配する店長の言いつけにより、帰宅する方面が同じである彼と家路を辿ることになったのだった。
(多分、クロさんも魔法が使えるんだろうし)
本人から、そのように明言されたことはない。だが、かつてクロから告げられた言葉には、確かな自信が宿っていた。今までの彼からは、想像もつかない程に。
彼の中で何か変化があったとすれば、魔力関係以外にない。雷貴はそう確信していた。だからこそ、あの日、彼に頼ることを決めたのだ。もっとも、彼の手を煩わせることなく例の件は解決してしまったが。
(にしても、なんか引っかかるんだよな……)
今、雷貴の関心は依然としてクロにある。
魔法を使えるようになって自信を得た割に、普段の彼からはまるで覇気を感じられなかった。むしろ、難しい表情をすることや暗い雰囲気になることが前よりも増えている。
何かあったのか、気になって尋ねてみてもはぐらかされるばかり。店長や他の従業員相手でも、聞き出せてはいないらしい。
まだ、心を完全に開いてもらえてはいないということか、あるいは。
「……ん?」
違和感を覚えたことで、雷貴は自転車を停止させる。
やや遠方だが、魔力反応の高まりを感じられたのだ。恐らくは、何者かが魔法を行使したのだろう。
「鋭才自警団、出動ってわけか」
日本国内においては、無闇に魔法を発動しないようにとの注意喚起がなされている。混乱を恐れてか、それとも魔力を知覚できている者が少ないだけなのかはわからないが、そんな国の方針に従う者がほとんどだ。もちろん、悪質な事件の首謀者や実行犯を除いての話だが。
故に、魔法が発動された場合は何かしらの騒ぎが発生している、または発生したと見てほぼ間違いなかった。
「……ってか、クロさんが帰ってる方向じゃん!」
クロが巻き込まれていても、おかしくはない。
彼は魔法を使うことが可能で、高い戦闘能力を有しているのだろうと予想している雷貴ではあるが、いざその相手が危機に陥っているかもしれないと考えると、慌てずにはいられなかった。
「……直で行った方が早い!」
自転車を置き、自らの足で駆け出す。最短距離であろう細道を通るには、そうするしかなかったのだ。
大きな足音を連続で反響させながら、人が通ることを想定されているのかすらわからない程に整備がなされていない道をひた走る。
やがて見えてきたのは、二つの人影。目を凝らすと、向かい合った人物が今にもぶつかり合おうとしていると理解できた。
状況は把握できていないが、とにかく止めなければ。そう思いながら更に接近したことで、前方に立つ二人が自身の知り合いであることに気づく。
尚更、止める必要があった。
「────ちょっと待ったああああ!」
向かい合っていたうちの一人である青年の後方に、雷貴は飛び出す。それから天を指差し、その腕を振り下ろした。
直後、同時に動き出そうとした二人の間に、緑の閃光が落下する。
雷貴の魔法だ。焦りを覚えながらも、あくまで牽制に留められるよう制御したため、その餌食となる者はいなかった。
「誰だ!」
突然の乱入者に警戒したのか、青年が即座に振り返る。直後に見開いたその目には、赤い輝きが宿っていた。
そんな彼を落ち着けるかのように、雷貴は微笑む。
「さっきぶりだね、クロさん」
「雷貴……?」
やはりと言うべきか、二人のうちの一方はクロだった。驚いたような表情をしているのは、先程別れたばかりの顔が再び現れたためだろう。今の一瞬で、緑色の雷が雷貴による魔法であることに気づいたため、という可能性もある。
そして、もう一方は。
「緑間先輩! どうして……」
下に縁がついている眼鏡と茶色のボブカットが印象的な、小柄な少女。たった二人しかいない鋭才自警団の一員、七五三千歳だった。彼女もまた、雷貴の乱入に驚きを隠せない様子だ。
「……お前ら、知り合いなのか?」
クロは前後に立つ二人の顔を交互に見て、最終的に雷貴へと尋ねた。
「はい。学園の後輩で」
「後輩……こいつ、中学生かよ……」
雷貴の返答を受け、クロは呆れるような声を漏らす。いったい、二人の間に何があったのだろうか。
「先輩、気をつけてください! そいつは危険です!」
「だから誤解だっつってんだろ!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
未だ興奮の収まらない二人。雷貴はその間に立って引き離した後、千歳の方へと顔を向けた。何故このような状況になっているのか、既に察しがついていたためだ。
「あれだろ? どうせまた、千歳が大した証拠もなしに言いがかりつけてたんだろ?」
「違いますよ! ちょっと証拠不足なのは否めませんけど……今回は間違いないんです!」
「少しは自重しろって。今まで何回も同じこと言って、色んな人に迷惑かけてきたじゃんか」
「それは……」
言い淀む千歳。彼女の暴走は、今回が初めてではない。
この二週間近くで、鋭才自警団は数えきれない程の騒動を解決するとともに、『神』の調査も並行して進めていた。常に正しい存在であると思われていた千歳も、蓄積する疲労のせいかここ最近は判断力が低下していたらしく、あらぬ疑いをかけることが増えていたのだ。
ただ、彼女を必要以上に責めることはしない。彼女が悪意をもって行動したわけではないと、雷貴も理解しているからだ。
加えて、クロが本当に危険である可能性も、ないわけではない。故に、雷貴が行うべきは、説得。
「それに、クロさんは悪い人じゃないよ。俺が保障する」
「雷貴……」
「クロさんにそんな度胸あるわけないって」
「おい」
クロから素早いツッコミが入れられるが、雷貴は笑って流す。このまま穏やかな空気に持っていけないかと期待したが、千歳はまだ納得いっていないらしく、眉根を寄せていた。
「でも、そいつは魔力を使えるんですよ! さっき、私の『縄』を切ったのを見ました!」
「そう珍しいことでもないだろ。俺たちみたいな自警団の一員は大体使えるんだし」
「それは、そうですけど……」
今日はやけに千歳が食い下がる。その理由が雷貴は気になったが、直後にクロから声をかけられたことでそれを霧散させた。
「なあ、その自警団、ってなんなんだ?」
「ああ、えっと……最近、魔力絡みの事件や事故が相次いでるでしょ? それを解決するための、有志団体ってところかな」
「……公的なもんじゃあないってことか?」
「まあ、そうなるね。ニュースを見るに、政府も魔力特化の組織を準備してるみたいだけど……いつ動き出すのかわからないから、俺たちみたいに魔力をある程度使えるようになった人間たちで、なんとかしないと」
事件や事故が増え続けているのは、ひとえに政府の対応が遅いからだ。
情報収集や法整備に、人員の確保。魔力などという未知の力を受け入れるともなれば、必要になる手続きは多いのだろう。
だが、ただそれを待っているわけにもいかない。そう考えた人々のうち、魔力の扱いを独学で身につけた者たちを集めた組織が、自警団というわけだ。
「そうだ! クロさんも魔力が使えるなら、俺たちの自警団に入らない?」
手を叩いてから、雷貴はそんな提案をする。魔法という単語を出さなかったのは、鋭才自警団だけで通用する仮称でしかないからだ。
「ちょっと先輩……!」
「いいだろ? まだ二人しかいないんだし」
「でも、こいつは別の高校です! 私たちは、『鋭才学園の自警団』なんですよ!」
「そんなん仮称で名乗ってるだけだろ……元々、公的な組織でもないんだし、他校の生徒が入ったって問題ないって。活動範囲を広げられるって考えれば、悪くない話だろ?」
「正式な認可が下りていないからこそ、規則は必要です! 来たるべき時に備えて、少人数である今のうちから規則を用意し、それを徹底するべきです!」
正しく在ろうとする彼女の姿勢を、雷貴は素直に素晴らしいと思っている。それはそれとして、クロへの当たりをもう少し優しくしてもらえないものだろうかとも考えていた。
「入るかどうかは置いといて……連絡くれれば、力を貸すよ」
「本当に?」
「ああ。役に立てるかは、わからないけどな」
「助かるよ! ありがとう、クロさん!」
雷貴はその緑色の瞳を輝かせ、クロの手を握ってぶんぶんと振る。
人手が足りなくて、困っていたのだ。魔法を使える者に手伝ってもらえるのなら、現状の忙しさも多少は和らぐだろう。そう思うと、喜ばずにはいられなかった。
雷貴の笑顔を受けてか、クロも頬を緩める。ただ、やはり残りの一人は不満げな表情を隠しもしなかった。
「……私は、認めてませんから」
「あっ、千歳……」
去っていく千歳を追いかけようとするが、雷貴は一旦立ち止まって振り返る。
「今日は後輩が迷惑かけてすみませんでした。それじゃ、また」
「ああ、またな」
雷貴はクロに一礼してから、再び千歳の方へ向かって走っていった。
「千歳!」
俯くようにして歩く千歳の横に並び、雷貴も歩幅を合わせる。一人になりたい気分というわけではないらしく、彼女が距離を取ることはなかった。
「やけにクロさんに突っかかってたけど、どうしたんだ?」
「……不自然なんですよ。藤咲クロの過去は」
「変?」
せめて敬称はつけるべきだと思ったが、それ以上に気になる話があったため、ひとまず追及しないでおくことにする。
「あとで資料をお渡ししますけど……過去の藤咲クロを知るはずの人たちの記憶から、その存在が抹消されているんです」
「抹消って……? 口裏合わせてるとか、そういうことか?」
「いえ、そうではなく。本当に、あの男と関わったことがあるはずの全員の記憶が、何者かによって改竄されているようで……」
現実離れした内容だが、信じざるを得ない。魔法を使えば、不可能ではないだろう。
問題は、誰が、なんのためにそのようなことをしたのか、だ。容疑者として真っ先に名前が挙がるのはクロだろうが、雷貴には彼を疑うことはできない。ただ、少し考えただけでは自身の望む答えには辿り着けそうもなかった。
「藤咲クロについて調査を進めれば、いずれ、『神』に行き着くかもしれない。そう考えたんです」
「……あながち、間違いでもないのかもな」
「なら!」
「でも」
雷貴は足を止め、千歳の方へと視線を向ける。
「クロさんは悪人じゃない。これだけは、断言できる」
いつになく真剣な表情を浮かべる雷貴。立ち止まった千歳は彼を見て何を思ったか、それ以上何も言うことなく彼の双眸にただ視線を送り続けていた。
「もう暗くて危ないから、駅まで送っていくよ」
「……はい」
気まずい沈黙を破り、再び歩き出す。だが、雷貴は何か思い出したかのような声を上げると、またしてもその足を止めた。
「自転車忘れてた……」
間の抜けた呟き。それを聞いてか、千歳の頬はようやく緩んだ。そんな彼女を見て、雷貴もまた笑みを浮かべる。
「ごめん、先に回収しなきゃ。電車間に合うかな……」
「大丈夫そうですよ」
「じゃあ、悪いけど一緒に来てもらえるか?」
「ええ、もちろん」
張り詰めた空気は、夜風に流されて消えてしまったらしい。月光に照らされたアスファルトの上を、二人は並んで歩くのだった。




