第61話「雷と縄」
「しっつれいしまーす」
緊迫した空気などお構いなしに、おどけるような挨拶をしてから歩を進める雷貴。彼の気配を察知していた者はいなかったらしく、この場にいる彼以外の全員が目を見開いている。
「誰だ」
「聞きたいのはこっちなんだけど……まあいいや」
集まる視線をものともせず、雷貴は緑のウィッグと黒縁の伊達眼鏡を外して地面に置いた。
「俺は、この子の先輩だ」
「み、緑間先輩! どうして……!」
「心配だから、来ちゃった」
千歳の方を見て、微笑む。それから、すぐに表情を引き締めて相手の一人へと向き直った。
「で、あんたらは? こんな所に女子中学生一人呼びつけて、何がしたいわけ?」
「……まあ、もう隠す必要もねえか」
千歳をここまで連れてきた青年が、口角を吊り上げる。
「俺はな、可愛い可愛い後輩に頼まれて、その眼鏡女をちょいと懲らしめようとしてんだよ」
「後輩?」
「ああ。お前がどこまで聞いてんのかは知んねえが……俺は鋭才学園の卒業生でな。今の在校生にも何人か知り合いがいんだよ」
どうやら、素性自体は誤魔化していなかったようだ。事実確認こそできないが、わざわざ嘘をつく理由も考えづらい。
故に、尋ねるべきは。
「どうして、この子を」
「知らねえとは言わせねえぞ? 随分有名らしいじゃねえか。大小に関わらず悪事を見過ごせない、頭の固い優等生ちゃんだってよ」
ある程度、予想はしていた。だが、理由の割にはあまりに計画的な犯行だったため、さすがの雷貴も驚かされる。
「つまり、情報を持ってるってのも嘘ってわけ?」
「もちろん、そいつを誘き出すための出任せに決まってんじゃねえか。俺個人は別に恨みがあるわけじゃねえが……母校にいる後輩の期待には応えてやりたくなんのがOBってもんだ。お前も、先輩なら少しは気持ちがわかんだろ?」
「いや全然」
臆することなく、雷貴は即答した。
相手は六人。大学生、あるいは社会人か。このような悪事に加担している以上、まともな立場の人間ではなさそうだ。喧嘩慣れしているのか、ほぼ全員が逞しい体つきで威圧感が凄まじい。
それでも、後輩の前で頼りない姿を晒すわけにはいかなかった。
「……今の俺は機嫌がいいからよ、全部忘れて家でねんねするってんなら、お前だけは見逃してやってもいいぜ?」
「遠慮しとくよ。っていうか、もう警察呼んでるから、あんたらこそ逃げた方がいいんじゃないの?」
追い討ちをかけるかのような、雷貴の挑発。青年は青筋を立てていたが、依然としてその笑みが消えることはなかった。
「どうせ来ねえよ、警察なんざ」
その反応を受け、雷貴は片眉を動かす。青年の言葉どおりになる可能性が決して低くないことに、薄々気がついていたためだ。
「表沙汰になってねえだけで、この辺りでも騒動は頻発してる。その処理に追われて、ポリ公は人手不足の真っ只中だ。通報したところで、来るのは一時間以上後だろうぜ」
つまり、と続けながら、青年は右腕を大きく引いた。
「それまでにてめえらぶちのめせば、問題ねえんだよ!」
相手の動きに合わせ、雷貴は竹刀を引き抜こうとする。
反応できない距離ではない。繰り出される拳を、刀身で受け止められるはずだ。そう考えていたが、相手の腕が青白い輝きを帯びたことで、ようやく自身の過ちに気づく。
そして、後悔する間もなく、放たれた輝きによって全身を包まれた。
「うわっ!?」
「緑間先輩!」
それなりに大きく出されたであろう千歳の声すらかき消されそうになる程の破裂音が、雷貴の周囲で連続して鳴り響く。
眩い輝きと、痺れるような痛み。
それが、電気────雷であると理解するのに、そう時間はかからなかった。
「魔力ってのはいいもんだよなあ。こんな芸当までできるようになんだからよお!」
(これが、魔力……)
勝利を確信したかのように笑う青年の前で、雷貴は思考を巡らせる。
(……ん?)
いや、そうするまでもなく違和感を覚えていた。
微弱なものでない限り、人間の体に電気が流れれば、普通は意識を保っていられない。最悪、命を落とすことになるはずだ。
だが、雷貴はそうなってはいない。今受けている攻撃が静電気程度であるならば納得できるが、青年の反応からして、そうは思い難い。
いったい、何が起こっているのか。考えているうちに、彼はもう一つの奇妙な感覚に襲われた。
(これは……)
体内で、熱が流動している。
それは、体表を駆け巡る雷に呼応するかのように激しさを増し、雷貴の全身に充満していった。
それによる痛みも、不快感もない。むしろ心地良く、思考は明瞭になり、心には万能感が芽生え始めていた。
(……今なら、できるかもしれない)
雷貴は右手で拳銃の形を作り、その人差し指を青年の方へと突き出す。駆け巡る熱の流れに集中し、それらが指先へと向かうよう強く念じた。
「……おい。お前、なんでまだ意識がある」
「ばんっ」
ようやく違和感を覚えたらしい相手に向け、発砲するような動作を行う。
直後、雷貴が帯びていた輝きは緑色へと変化し、彼の指先から青年の方へ真っ直ぐに伸びていった。
「ぐああああっ!?」
より強い輝きが、青年を襲う。
轟音に負けない程の悲鳴が上がったが、そう長くは続かず、その体は力なく倒れて地に伏した。
「緑間、先輩……?」
「……できちゃった」
困惑するように名を呼んだ千歳に対し、雷貴は苦笑いを浮かべながらそう返す。
まさか、本当に成功するとは思っていなかったのだ。更に言えば、相手を一撃で鎮圧できる程の威力になるとも思っていなかった。
青年が起き上がる気配はない。脈があるか確認したいところだが、まだ事態は収束していないため、残る相手へと視線を移した。
「魔力、俺も使えるようになったみたいなんだけど……まだやる?」
全員が、首を横に振る。どうやら、先程の雷に対抗できるような人物は、このなかにいないらしい。
雷貴はそのことに安堵しながらも、うつ伏せになった青年のもとへ近づき、しゃがみ込んだ。
「……良かった。生きてはいるみたいだ」
微弱だが、息はある。
ただ、容態が急変しないとも限らない。一刻も早く、病院に連れていく必要があるだろう。そう考え、雷貴はスマホを取り出した。
「千歳、俺の方で救急車呼んどくよ」
「ええ、お願いします。私はその間に拘束を終わらせますので」
「うん……うん?」
日常生活ではあまり聞かない言葉を受け、雷貴は返事を繰り返す。ただ、確認している暇はないと理解していたため、手を止めずに目的の番号へと電話をかけた。
救急車の要請をしながら、千歳の方を注視する。そんな彼の瞳が捉えたのは、彼女の掌から紐のような物体が伸びる瞬間だった。
(んなっ……!?)
驚きが口から漏れないよう、なんとか堪える。手短に通話を終えてから、雷貴は千歳のもとへと近づいた。
「これでよし、っと……あとは、警察の到着を待つだけですね」
「ああ……それにしても、千歳も魔力が使えたんだな」
紐ではなく、縄と呼んだ方が正しいだろう。それが、残っていた男たちを縛り上げていた。
「ええ。調査を進めているうちに、偶然使えるようになって」
「自衛手段ってのは、このことか……それなら、一人で動こうとしてたのにも納得がいくよ」
少なくとも、雷貴の周辺で魔力を自在に扱える者は千歳の他にいない。全人類に与えられたものとは言え、他より早く知覚できたのであれば、何かと優位に立ち回れるだろう。
「でも、少し増長していたかもしれません。先程の攻撃は、緑間先輩がいなければどうしようもありませんでした。未知の力に対して、もっと警戒するべきでしたね」
視線を落とす千歳。
行動の理由に納得はできても、許容することはできない。一人で危険に飛び込んだ彼女を雷貴は叱ろうとしていたのだが、先んじてそんな様子を見せられてしまえば、強くは出られないというものだ。
「今日は助けていただき、ありがとうございました」
「いや、気にするなよ。無事で良かった」
「それから!」
「おおっとどうした?」
なんと言葉を続けようか悩んでいた矢先、千歳の視線が向けられる。雷貴は驚かされつつも、彼女の声に耳を傾けることにした。
「図々しいのを承知で、お願いがありまして……私と一緒に、『鋭才自警団』を設立してくれませんか?」
「自警団……? ああ、あれか」
聞き馴染みのない単語だったが、千歳の口から説明される前に、どうにか記憶の底から引っ張り出すことに成功する。
最近頻発している魔力絡みと思われる事故や事件を解決するために、各地で設立されている有志団体の通称だ。正式な認可が下りているわけではないため、行き過ぎた活動の結果、逆に捕らえられてしまった組織もあったかと思い出す。
「鋭才学園の近辺には、まだ自警団が発足していません。幸か不幸か、明らかになっている騒動は多くありませんが……誰かがやらなければ、被害は瞬く間に大きくなるでしょう」
伝播する混乱が、世界を終焉に導きかねない程に。千歳の懸念は、もっともだった。
「騒動を未然に防ぐこと。発生した騒動を即座に解決すること。そして、それらを通して背後にいるであろう『神』へと接触し、世界の混乱を収束させること。これが、今、私のやるべきことだと考えています」
ですが、と千歳は続ける。彼女の声が僅かに震え、瞳は揺れた。
「私一人では困難だと、今日改めて思い知りました。どうか、力を貸してはいただけないでしょうか」
再び、千歳が頭を下げる。
彼女でなければ背負えない役目、というわけではないだろう。彼女自身、理解しているはずだ。
それでも、彼女は決意を固めてみせた。それが、どれ程難しいことか。
「水臭いな、千歳。顔上げろよ」
自分よりもよほど強く、優しく、正しい。どちらが先輩なのかわかったものではないと内心で自嘲しながら、雷貴は千歳に声をかけた。
「俺の方こそ、よろしく頼む」
姿勢を戻した千歳に微笑みを向けてから、雷貴は腕を伸ばす。元気な返事の後、彼の手は強く握られた。




