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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第五章『色彩と黒歴史──壱──』
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第60話「お節介ストーキング」

 大丈夫と答えるときは、そのほとんどが、そうではないときだ。十数年で身につけた処世術が、そう告げている。故に、昼に会った()(とせ)を放置しておくことは憚られた。

 その日の放課後。(らい)()は駅前の広場にあるベンチに座り、件のファストフード店へ視線を送っていた。

 千歳が店内に入っていくのは確認済みだ。それなりの距離があるために中の様子は見えないが、十分近くが経過していることから、話に上がっていた人物と既に接触していると思われる。

 情報とやらの提供が、その場で終われば構わない。ただ、もし場所を移すようなことがあれば────


(……出てきた)


 自動ドアの奥から、千歳と、長身の青年が揃って姿を現す。二人はそのまま、駅の構内に繋がる階段へと向かっていった。


(電車はまずい!)


 発車時刻ぎりぎりの電車に乗られたのでは、追跡が困難になってしまう。雷貴は慌てて駆け出し、二人の後を追った。

 千歳は電車通学であるため、もしかしたら、ただ帰路に就いただけなのかもしれない。改札口を通り抜けながらそんな考えが頭をよぎったが、二人が進んだのは彼女の帰宅方面とは反対方向に進む電車のホームだった。


(いったいどこに行くつもりだ……?)


 二人に続き、停車中のそれに乗り込む。

 同じ車両にいるというのに、千歳が雷貴の存在に気づく素ぶりはない。


(……変装しておいて、正解だったな)


 千歳にも接触相手にも勘づかれないよう、雷貴は変装をしていたのだ。放課後になり次第すぐに尾行を始める必要があったため、周辺の店で買うことも、ましてや自宅から引っ張り出すこともできなかったが、演劇部に所属する同級生から衣装を拝借することで、時間の浪費を最小限に抑えることができた。

 緑色のウィッグ。黒縁の伊達眼鏡。妙に年季の入った革ジャケットと、ジーンズ。少なくとも、下校途中の生徒とは思い難い装いだ。


(持つべきものは友、ってことか)


 尾行を始めるにあたって準備したことは、これだけではない。護身用に、竹刀を一本、学校の剣道場から持ち出していた。当然だが、剥き出しで持ち運ぶわけにはいかないため、しっかりと専用のケースに納めてある。これもまた、昔の伝手で拝借できたものだ。

 そして更に、万全を期すべく、とある人物にも連絡を送っていた。あくまで、自分が失敗してしまったときの備えとして、だが。


(……一応、楽しそうに話してはいるな)


 ちらりと、二人の方へ視線を向ける。

 今のところは、良好な関係を築いているようだった。このまま何事もなく、千歳の目的が果たされてくれればいいが────そんなことを考えているうちに、再び事態は動き出す。

 乗車駅から二つ先の駅で、二人が降車した。尾行に気づかれないよう、見失わない程度に距離を取りながら雷貴も後を追う。

 改札口を抜けた二人は、どこに立ち寄ることもなく構外へと歩を進めていった。そして、数分もせずに辿り着いたのは。


(バス!?)


 二人が乗り込むのは確認していたが、雷貴は足を止める。

 もし相手が本当に良からぬことを企んでいるのだとしたら、追跡者に対して敏感になっていてもおかしくはない。同じ電車に乗っていた人物が同じバスにも乗っているとわかれば、警戒心は強まるだろう。

 考えすぎかもしれない。だが、ここまで来て撒かれるわけにはいかなかった。彼は仕方なく、別の手段で二人を追いかけることにする。

 幸い、目当てのものはすぐ近くで待機していた。彼は一目散に駆け、その車両のドアを開く。


「すみません、あのバスを追ってください!」


 タクシーに乗り込むと同時に、バスが走り出した。

 事情を説明している暇はない。雷貴の表情を見てそれが理解できたのか、最初は目を見開いていた運転手も、すぐに前方へと向き直って車を発進させた。

 ぴたりとバスの後ろにつき、要望どおりに追跡が開始される。赤信号で分断されないか不安だったが、日頃の行いが良かったということなのか、それが現実になることはなかった。

 それから十分程。とあるバス停にて、二人が降車する姿が見えた。バスの発進に合わせてタクシーが動き出そうとするが、雷貴は咄嗟に声をかけて制止する。


「ここまでで大丈夫です! 支払いは電子決済で!」


 未だ状況を飲み込めていない様子の運転手に申し訳なさを覚えつつも、雷貴は支払いを済ませてタクシーから飛び出した。

 尚も移動を続ける二人。雷貴は自らの足で尾行を再開することにした。

 大通りを道なりに歩いた後、面した商店街へと曲がってまたしばらく直進する。そこから、さほど人通りの多くない道へ逸れたかと思うと、今度は細い路地へと進ませられた。


(いよいよ怪しくなってきたな……)


 ただ話をするだけで、わざわざこのような場所に向かう必要はない。第三者に聞かれる心配がないように、という懸念がある可能性は考えられなくもないが、それなら他に手段がいくらでもあるはずだ。

 やはり、相手の目的は別にあるのだろう。雷貴は今一度、気を引き締めて進むことにする。


(進みづらいな……)


 やけに入り組んでいて、角から次の角までの距離が短い。故に、二人を視界に入れながら進むのは困難だった。仕方なく、目での確認は最小限に抑え、音と気配を頼りに進んでいく。もちろん、物音を立てぬよう慎重に。

 それから、一分も経たずに足を止めさせられる。身を潜めて、先の様子を窺った。


(誰か、いる……?)


 進行方向上に、二人以外の気配を察知したのだ。聞こえてきた青年との会話の内容からして、どうやら顔見知りらしい。二人はそのまま進んでいったが、『三人目』はその場所で待機を続けているようだった。


(見張り、ってことなのかな)


 そうだとすれば、姿を見られるわけにはいかない。だが、遠回りしたところで二人のもとに辿り着ける保障はないため、どうしてもこの道を通らなければならなかった。

 見張りなどではなく、ただの知り合いであってくれ。そう願いながら、雷貴は角を曲がった。


「おい」


 正面に立っていた、赤いバツ印の描かれたマスクが特徴的な男から、声をかけられる。あまりに高圧的な態度によって心臓が跳ねたが、雷貴は自然な笑みを浮かべられるよう努めた。


「な、なんでしょう」


「こっから先になんの用だ」


「いや、用という用はないんですけど……」


「ならとっとと帰りな!」


「わ、わかりました……」


 雷貴は言われたとおりに引き返す。だが、そのまま従うはずもない。すぐさま男の方へと戻って顔を近づけた。


「なんだよ!」


「帰ろうにも、道に迷ってしまって」


「スマホで調べりゃどうとでもなんだろ!」


「それが、充電がなくなってしまって……」


「知るかそんなん!」


 苛立ちを隠そうともしない男。

 だが、雷貴も退けない。相手の肩を掴むと、更に顔を近づけた。


「お願いします! この辺りには昨日越して来たばかりで、土地勘が全くないんです! どうか、どうか……!」


 我ながら仰々しいと思いながらも、説得を続ける。演技が得意というわけでもないため、涙など出るはずもないが、悲しい出来事を思い出してそれらしい雰囲気を出せるようにした。

 そんな試みが成功したのか、男は後頭部を掻いてから大きなため息を吐く。


「わーったよ。ただし、通りに出るまでだぞ」


「ありがとうございます!」


 深々と頭を下げる雷貴には目もくれず、男は歩き出した。振り返ることもなく、大股で進んでいく。

 それでいい。

 千歳たちは既に遠くへ離れてしまったらしく、周辺に二人以外の気配はない。多少の物音がしたところで、誰の耳にも届かないだろう。

 今が、好機だ。

 雷貴は迷わず相手の首に腕を回した。


「がっ……!?」


 一気に男の首を絞め、一切の抵抗を許さずに意識を奪い取る。相手が完全に沈黙したことを確認してから、その体をそっと地面に下ろした。


(……よし、大丈夫だな)


 雷貴は武術の達人というわけではない。成功する自信も、やりすぎない保障もなかったが、なんとか気絶程度に済ませられたようだった。


(さて、行くか)


 気を取り直して、奥へと進む。見張りらしき存在は先の男だけらしく、大した障害もなく二人の近くまで戻ることができた。


(何してるんだ……?)


 二人が辿り着いたのは、少しばかり開けた場所。と言っても、高い建造物に囲まれているため、多少の圧迫感は残っている。

 そこには、二人以外にも数人の男がいるようだった。何か話しているが、雷貴の位置からはよく聞き取れない。ただ、険悪な雰囲気が広がっていることは確かだった。


(……そろそろいいか)


 良からぬ企みに千歳が巻き込まれたのは、ほぼ間違いないだろう。雷貴は一旦離れてからスマホを取り出し、とある番号に電話をかける。


「あ、警察ですか? えっと、男数人が暴れていて……はい、はい。場所は────はい。至急お願いします。では」


 用件を手短に済ませ、通話を終えた。できるだけ声を絞ったため、千歳たちには聞こえていないはずだ。

 相手はまだ動きを見せていないが、自身の言ったとおりになるだろうという確信が雷貴にはあった。もしそうならなかったら頭を地につけて謝り倒すしかないが、万が一のことを考えれば、こう動くしかない。


(さて、行くとしますか)


 いつまでも、後輩を一人にさせておくわけにはいかないだろう。雷貴は深呼吸してから、一触即発の空気で充満するその場所へと足を踏み入れた。

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