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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第五章『色彩と黒歴史──壱──』
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第57話「より良き世界のために」

 県内随一の進学校、(えい)(さい)(がく)(えん)。そこが、(らい)()の通う高校の名だった。


「おはよーっす」


 一年一組の表札が掛けられた教室に滑り込む。時計を見ると、始業時刻まであと数分といったところだった。どうにか、遅刻せずに済んだようだ。

 髪も、未だ健在である。恐らくは、母親のそれも無事だろう。


「よっ、今日は遅かったな」


 自席に着いた彼のもとへ、一人の青年が近づいてきた。

 名を、(さか)(がみ)(しゅう)()という。スポーツ推薦を受けられる程に身体能力が高く、一年生でありながら校内全体に名を届かせている人物だ。

 自身に友人が多いのも、彼と交流があることに起因するのだろうと雷貴は考えている。


「おはよう、蹴斗。出る直前にちょっとばたついてさ」


「あー、まあこんなことがあれば、そりゃなあ」


 自らの頭を指差す蹴斗。彼の髪もまた、金色に変化している。体格の良さも相まって、一般に想像される不良生徒の風貌そのものとなっていた。


「……メッセージ見て予想はしてたけど、すごい光景だね」


 辺りをぐるりと見回してから、雷貴はそう返す。

 級友たちの頭髪によって、教室内はかつてない程に彩られていた。流行に敏感な若者が多く集まる都会の街中でも、なかなか見られなかった光景だ。

 もっとも、今は人口に関係なく異変が生じているのだろうが。


「学級崩壊でも起こってんじゃねえかって感じだよな。黒髪とか黒眼のままの奴の方が少ないまであるぞ」


 髪か瞳、どちらかしか変化していないという者もちらほらと見受けられた。雷貴の母親や、目の前に立つ蹴斗がそうだ。


「何か、規則性があるのかな」


 教室へと辿り着くまでに通りすがった生徒の瞳までは確認できていないが、一致する髪色は見つけられていた。

 生活習慣か、あるいは遺伝子によるものか。口に出す程度には気になったが、ここで話し合っても解答を得られないであろうことは、雷貴も理解している。ようは、ただの世間話だ。


「さあな……まあ、難しいことはわかんねえけど、せっかくの機会だから楽しませてもらいたいよな」


「……髪、染め直せって言われそうだよね」


 そう言って、雷貴は苦笑する。

 染髪禁止を掲げる教師陣らの気持ちは、わからないでもない。勉学を疎かにさせないために、気の緩みとなりそうな要因は一つでも潰しておきたいのだろう、と。

 ただ、それを受け入れられるかどうかは、また別の問題だ。これを機に校則を見直してもらえないものかと、彼は切に願った。


「自分らでやったわけじゃねえんだから、勘弁してほしいよな。それに、見ろよ、あれ」


 蹴斗が顎をしゃくる。

 その先にいたのは、数人で集まっている坊主頭の生徒たちだった。彼らもまた、例に漏れず髪色が変化している。


「あそこまで短いと、染め直すのも一苦労だろ。薬剤が頭皮についたら荒れるって聞いたことあるぜ?」


「うわあ……」


 そうなったときに訪れるであろう痒みと痛みを想像すると、背筋に冷たいものが走った。幸いなことに、雷貴は髪が特別短いわけではないため、心配無用なのだが。


「かと言って、どんだけ短く刈ったとしても色は目立つだろうし……いっそ全剃りした方が楽なんだろうな」


「スキンヘッドねえ……蹴斗もやってみれば? 似合うかもよ?」


「嬉しくねえよ」


「まあまあ。剃刀はないけど……ほら、バリカンならあるし」


 雷貴は鞄をまさぐり、件の物を見せつける。

 朝、母親がどこからか引っ張り出してきたものだ。凶行を止められたはいいものの、家に置いたままでは一人で暴走しかねないと思い、こうして持参したのだった。


「なんでそんなもん持ってきてんだよ……おっと、そろそろ戻るかな」


 そんな返事をする蹴斗の視線につられ、雷貴も時計を見る。

 チャイムが鳴るまで、あと一分を切っていた。自らの席へと戻っていく級友の背中を目で追いながら、彼は手に持ったそれを再び鞄の奥底へとしまい込む。

 代わりに筆記用具と教科書類を取り出し、授業の準備を始めようとした、その瞬間。彼は突如として頭痛に襲われた。


(な、なん、だ、これ……!?)


 たまらず、机に伏す。

 耳鳴りにも似た音が、頭の中で騒いでいた。それが反響する度に、痛みは増幅していく。

 瞼ははっきりと開いているはずだが、視界がぼやけていた。それでも意識はいやに鮮明で、痛みからの逃亡を許してはもらえない。

 今までに経験したことのない、なんとも不思議な現象。それは雷貴以外の身にも起こっているようで、教室中から呻き声が聞こえていた。


『────全人類に告ぐ』


 耳鳴りに重なるようにして、そんな声が響く。外から拾った音ではなく、確かに雷貴の脳内で発生したものだった。信じ難い現象だが、実際に自分の身に起こっている以上、勘違いでないことは明白だ。


『私が、神だ』


 壮年、あるいは中年の男性とおぼしき声が、再び響く。はっきりと聞こえたが、尚も痛みが続いているせいで、意識しないと情報を取りこぼしてしまいそうだった。


『私からの贈り物は、喜んでもらえただろうか』


(贈り、物……?)


 説明が途中だからか、それとも、言葉の裏を読める程の余裕が雷貴になかったためか、それが何を指しているのかという答えに辿り着けない。


『既に勘づいている者もいるだろうが……』


 皮肉か事実か。前者としか思えないような言葉を挟んでから、『神』は続ける。


『諸君らには、これまでにない特異な力を与えた。あえて名付けるとすれば……魔力、といったところか』


 魔力。創作物の中で出てくるような単語だ。

 その方面に詳しいわけではないが、雷貴にも多少は知識がある。その魔力とやらがあれば、魔法という不思議な現象を引き起こせるといったような────過去にも、今にも存在せず、そして未来永劫現れることはないであろう『設定』だ。

 妄想から生まれた言葉に過ぎない。そのはずだ。ただ、『神』の言葉を聞いても、彼が鼻で笑うことはなかった。

 痛みに苦しめられていたためではない。

 今、既に、現実離れした事態が立て続けに発生しているためだ。


『容姿の変化は、それに付随するものだ。病でも外的要因でもない』


 痛みに慣れてきたのか、雷貴の脳内にもようやく思考する余裕が生まれた。

 魔力などという未知の存在が唐突に宿れば、変化の一つや二つ起こってもおかしくはない。それを得た実感こそなかったが、『神』の言葉は事実なのだろうと納得する。


『魔力を与えた理由は、一つ。より良き世界を作るため』


 例えば、魔力とやらが再生可能なエネルギーであるのなら。環境を汚染せず、多種多様な使い方をすることができるのなら。少しぐらいは、いい方向に世界が進むだろう。

 真偽はともかく、そのように事が運んでほしいものだと、痛みに襲われながらも雷貴は願った。


『古き世界は終わりを迎え、今ここに、新たな世界が築き上げられる』


 徐々に、声が細く、小さくなっていく。まるで、電波の悪い場所で通話しているときのような感覚だった。


『一人一人に、可能性は与えられた。自らの頭で考え、自らの心に忠実になり、自ら動け。より良き世界を、築くために』


 視界も鮮明になっていったことで、この現象がじきに終わるのだと察せられる。一言一句忘れないよう、雷貴は気を緩めることなく声に意識を向け続けた。


『諸君らの選択を、陰ながら見守っている』


 その言葉の直後、痛みが瞬間的に増幅される。こめかみあたりを、太い針で一突きされたような感覚だ。咄嗟に手で押さえるが、流血はしていないようだった。


(……終わった、か)


 脳内に、もう声は響いていない。『神』からの交信は終わったのだろう。他の生徒たちもそれに気づいたらしく、教室内に少しずつ喧騒が戻っていった。


(魔力に、より良き世界……)


 驚きや困惑といった感情を共有する級友たちの傍ら、雷貴は一人で思考を巡らせ続ける。


(家を出る前に調べた事件って、もしかして……)


 自身の定義する魔力と、『神』の語ったそれが一致しているのだとすれば。今日未明から相次いでいる奇妙な事件の数々は、魔力が原因で引き起こされたものだと推測できる。

 どうやら、魔力が与えられたからと言って、手放しに喜んでいいわけではないらしい。そう気づいた雷貴は思わず眉をひそめた。


(……俺に、何か、できることはないのかな)


 ふと、窓の外に視線を向ける。太陽に照らし出される世界が、今の雷貴には少しばかり眩しく感じられた。

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