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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第四章『ハクと黒歴史──肆──』
54/121

第54話「虹:光」

「二人目、カ」


「……クロ」


 クロの変化に気づいたハクと冥王が、一瞬、戦いの手を止める。だが、すぐに視線を戻して激しい応酬を再開した。


(頼んだよ)


 先程までは両翼から逃れるように動いていたが、仲間の身に起こった変化を受け、あえて両翼へと向かっていく。

 自身が両翼を引きつけることで無防備となっている冥王本体に、攻撃を仕掛ける方法が生まれたためだ。


「……行くぜ」


 虹色の輝きを身に纏ったクロが、冥王の背後を取った。直後、形成した闇の剣を振り抜き、相手の本体を斬り裂く。

 最初にハクが放った大技程ではないが、それ以降のどんな攻撃よりも、深い傷を負わせていた。心なしか、再生も遅れているように見える。


「うおおおおっ!」


 容赦なく続く、クロの攻撃。剣を振るう度に相手の傷口は広がり、まるで抉られたかのようになっていく。


(このままなら、行ける……!)


 希望が見えてきた。勝利は目前だと信じつつ、ハクは油断せずに両翼を引きつけ続ける。


「……フフフ」


 冥王が、笑った。危機的状況下であるにもかかわらず、笑ったのだ。

 瞬間、ハクの背筋が凍る。不気味な笑いに反応してか、それとも、その後の動きを無意識に察知してか。


「ヤルデハナイカ。ナラバ、コンナノハドウダ?」


 翼が一対増える。新たに発生したそれらが、クロに襲いかかった。

 彼は初撃を躱し、続く攻撃は斬撃を放って相殺する。だが、翼の再生速度は凄まじく、反撃に移る暇を与えてはもらえなかった。


(まずいな……)


 翼の処理を続けつつ、クロの方へも意識を向けながら、ハクは思考を巡らせる。

 一方的に押されることはないが、両翼を相手取りながら冥王へ攻撃することまではできない。先程のように、どちらかが翼を引きつける必要があるが、翼を三つ以上同時に捌ききることは難しいだろう。自分とクロのどちらでも、それは変わらないと彼は思った。

 虹の力も、どこまで持続するか不明だ。現状維持をするだけでは、先に限界を迎えることになる可能性が高い。だが、それ以外に打てる手がなかった。


(もう少しなのに……!)


 魔力を消耗させられていく。焦ることで、更に体力を無駄に消耗させられ、ハクは攻撃を続けながらも追い詰められていった。

 そんなとき。


「……マタカ」


 炎と、矢。虹色に輝くそれらが、二対の翼の片割れとぶつかり、相殺した。

 それらの出所を確認する前に、ハクは動き出す。誰によるものなのか、見当がついていたためだ。残った翼を躱し、冥王に接近する。

 同じ動きを、クロも行っていた。

 拳と剣。双方向から放たれる虹が、相手を捉えた。

 再び迫る翼を躱しながら、尚も拳を打ち込み続けるハクの視界の端に、二人の少年少女が映る。他でもない、フランとフィーマだ。二人もまた、虹色の輝きをその身に宿している。


「フラン、フィーマ!」


「待たせてごめん!」


「援護は任せなさい!」


 翼の動きを二人が牽制することで、ハクとクロは冥王への接近が可能となっていた。


「……避けろ!」


 突如、クロが発した言葉。

 それが自身へ向けられたものだと気づいたハクは、咄嗟に攻撃から回避へと行動を切り替えた。クロもまた、同様の行動を取っている。

 二人の判断は正しかったと言えるだろう。冥王の本体から、闇が槍のようになって生えてきたのだから。

 その数は二本。それぞれ、ハクとクロを狙っているようだった。

 速い攻撃だが、範囲はそこまで広くない。事前に身構えていた二人にとって、回避することは難しくなかった。飛行するハクの真横を、闇が通過していく。

 だが。


「何っ!?」


 木の枝から新たな枝が生えるように、槍から別の槍が飛び出してきた。ハクは視界の端でそれを捉えていたため、咄嗟に身を翻して回避する。少しでも反応が遅れれば、今頃は貫かれていただろう。


「くっ……」


 三本目の槍は現れなかったが、その代わりと言わんばかりに、またしても翼がハクに迫った。態勢を整えるべく、彼は一旦距離を取る。

 クロも大事はなかったようだが、冥王本体が攻撃に絡んできたことで、明らかに攻めあぐねていた。

 希望の芽が出てきても、冥王はそれを嘲笑うかのように踏みにじっていく。

 底が知れない。

 それでも、負けられないのだ。


(……クロ?)


 先に動いたのは、クロだった。

 彼は強引に、冥王の方へと進んでいく。そうはさせまいと、本体や翼から攻撃が飛んでくるが、構わず走り続けていた。

 幾多もの攻撃が体を掠め、赤く染めていく。それでも彼は冥王に接近し、反撃を始めた。

 依然として相手の猛攻が止む気配はないが、彼は攻撃に専念している。防御と回避を最低限に抑え、ある程度の負傷は甘んじて受けているようだった。

 そうでもしなければ、勝てないからだろう。


「……はああああっ!」


 クロの覚悟を受け、ハクも同様の動きを行って冥王へ猛攻を仕掛ける。

 さすがに、一箇所に留まり続けることはできない。二人は攻撃を重視しながらも、適宜移動して無駄な被撃を避けていた。


「面白イ」


 冥王の声。


「面白イゾ、人間。コノ戦イヲ経テ、我ハ更ナル高ミヘト上ルコトガデキルダロウ」


 ハクは嫌な予感がしていた。だが、彼にはただ攻撃を続けることしかできない。そのまま、続く言葉を待った。


「我ヲ、ヨリ一層、楽シマセテミセヨ!」


 また翼が増えるのだろうか。ハクはそう思ったが、事態はそれよりも悪い方向へと進む。

 床、壁、天井、空中。ありとあらゆる場所に魔法陣が展開された。

 槍、球体、風、炎。漆黒に染められたそれらが、各魔法陣から伸びてくる。

 大小様々という表現は正しいが、冥王が展開したなかで最小の魔法陣でも、彼らの身長と同程度の径があった。そこから放たれる魔法など、どれ一つとして受けるわけにはいかない。


「くっ……!」


 大型の魔法を躱していく。だが、そのままでは先程と同じ勢いで攻撃を続けることは不可能だ。帳尻を合わせるように、比較的弱い攻撃を受けなければならない。それにより、ハクとクロの負傷と消耗が加速していった。


「ソウダ。限界ヲ超エタ力ヲ、示セ!」


 一瞬、ハクとクロへの攻撃が緩む。二人は当然、その隙を狙って渾身の一撃を放ったが、直後に響いた二度の轟音を耳にして、ようやく気がついた。


「二人とも!」


 ハクが呼びかける。

 音がしたのは、フランとフィーマがいる方だった。遠距離から援護を行っていた二人に、冥王は狙いを絞ったのだ。


「ハク!」


「くっ……!」


 クロから声をかけられ、ハクは意識を引き戻す。二人のことは心配だが、それに気を取られて冥王に敗北を喫しては目も当てられない。極端に低下した二人の魔力反応を感じながらも、彼は己の戦いに集中した。


(どうすれば……)


 二人が落とされたのは、かなりの痛手だ。翼の片割れが戻ってくるだけでなく、その他の魔法も、残った二人に照準を合わせてきている。両翼を同時に処理することだけで手一杯だったところに、各種の魔法まで加わるとなっては、もうどうしようもない。

 攻撃に転じようものなら、即座に袋叩きにされてしまうだろう。そう考えたハクは、ひたすら防御と回避を行うしかなかった。

 ただ、クロはそうではなかったらしい。冥王のもとへ向かって一直線に駆け出していた。数種類の魔法によって一瞬で包囲されても、その足は止まらない。

 最後の悪足掻き。自分はどうなってもいい。そんな覚悟が、彼から感じられた。


「クロ!」


 無謀とも言える行動に気づいたハクが声を上げるが、彼の位置からはどうすることもできない。

 自分の目の前で、仲間が命を落としてしまう────そう思った瞬間、どこからか、炎が飛来した。


(なんだ……?)


 虹色の炎。それが、クロを包囲していた魔法の数々を瞬く間に焼き尽くした。それだけに留まらず、まるで彼の体を守護するかのように、その周囲を漂い始める。


「フィーマ……?」


 フィーマは既に倒れ伏していた。だが、彼以外にこの炎を放てる人間はこの場にいない。最後の力を振り絞ってくれた、ということだろう。

 更に。


「これは……」


 飛行を続けるハクのもとへ、彩り豊かな無数の花弁が吹かれてきた。それらは虹色に輝きながら、彼の周囲を流動する。


「……フラン、か」


 ハクは直感でそうわかった。フィーマがクロに想いを託したように、彼女もまた、自身に願いを乗せてくれたのだろう、と。


「任せて」


 仲間が守ってくれる。そう信じ、ハクも冥王との距離を詰めるべく飛び出した。当然、相手の闇に行く手を阻まれるが、花々によって守護されていることで、一切の影響を受けずに自身の間合いへと辿り着く。

 そして、久方ぶりにも感じられる一撃を叩き込んだ。たった一回では終わらせず、何度も移動を繰り返し、様々な角度から拳を打ち込み続ける。


「はああああっ!」


 時折見えるクロの姿。その周囲で、虹色に輝く炎が荒ぶっていた。闇が迫る度、それらは燃え盛って彼を守護している。

 頼れる仲間の存在を誇りに思いながら、ハクは攻撃を続けた。


(……君の想いも、届いてるよ)


 クロの動きが、手に取るようにわかる。どんな魔法を放つか。次にどこへ動くか。躱すのか、炎に防がせるのか。見なくとも、聞かずとも、感じられる。

 そして、クロもまた、自らの動きをわかってくれているだろうという確信が、ハクの中に芽生えていた。

 二人は一心同体になったかのように、息の合った立ち回りを見せる。そしてそれは、確実に冥王を追い詰めていた。本体に亀裂が入っていき、そこが赤く滲んでいく。


「我ヲ、高ミヘ!」


 冥王の本体に、更に口と瞳が増えた。

 その瞬間、ハクは闇の中に包まれる。圧迫感はない。翼に握られたときとは異なり、身動きを封じられたわけではなかった。


「弾けろ!」


 少し範囲が広いが、所詮は魔法だ。破壊してしまえば強引に脱出できるだろう。そう考えたハクは、自身を包囲する闇に向けて全身から魔力を放出した。


「何……?」


 だが、虹は吸い込まれるようにして消滅してしまう。

 そこから、闇による反撃が始まった。

 空間の色合いと攻撃が同化しているために視界はやや不明瞭だが、魔力反応を辿れば回避は難しくない。花弁では防ぎきれないと判断し、彼は迫りくる闇を次々と躱していたが、同時にあることを危惧していた。


(魔力切れになったら、まずいな……)


 少しずつだが、彼の動きは鈍くなっている。高速移動を可能にする魔法を維持するための魔力が、尽きかけているということだ。

 そしてそれは、クロも同じだろう。ハクは闇に包まれる直前、クロの周囲にも同様の闇が発生しているのを見ていた。今も、自身と全く同じ状況で消耗させられているに違いない。そう考えた。


(より強力な魔法で、破るしかないか……?)


 他に方法は思い浮かばない。不可視の攻撃を躱し続けると同時に、ハクは魔力を高めていく。この空間から確実に脱出するべく、時間をかけて。

 花弁がかなりの数を散らし、いよいよ動き出さなければと思ったその瞬間、事態は変化する。


(あれは……?)


 ある一点に亀裂が入り、そこから光が漏れ始めていた。

 外部から干渉を受けているのだろう。そして、それをしているのは、恐らく────確証はないが、そこに向けて魔力を集中的に放出すれば、消耗を最低限に抑えられるはずだ。そう判断し、ハクは掌の照準を合わせた。


「集まれ!」


 虹色の輝きを放出する。亀裂は瞬く間に広がり、やがて黒き世界を瓦解させた。


(……ん?)


 崩れゆく闇の中から、ハクのもとへ『何か』が飛来する。不思議と攻撃には感じられず、彼はそれを掴み取った。


(なるほど)


 黒色の剣。そこから、魔力が流れ込んできた。

 元の使い手は、床に伏してしまっている。周囲を漂っていたはずの炎も、彼自身が宿していた輝きも、完全に消滅していた。

 そうなるとわかったうえで、彼は託してくれたのだ。ならば、それに応えなければ。

 ハクは剣を持ち直し、冥王へと視線を向ける。


「絶対に、勝つ」


「来イ! 英雄ノナリ損ナイヨ!」


「はああああっ!」


 ハクが、自らの足で駆けていく。周囲で舞う花弁は、一つ、また一つと散っていき、やがて全て消滅してしまった。

 それでも、彼が止まることはない。傷ついて血を流しながらも、力強い走りで冥王の正面へと辿り着いた。


「グッ……!?」


 刹那、冥王の動きが止まる。

 クロだ。彼は相手の方へ腕を伸ばし、その拳を強く握りしめていた。詳細は不明だが、彼が意図して引き起こした現象であることは間違いないだろう。

 そうして生まれた好機を、無駄にするわけにはいかない。


「終わりだ!」


 身動きの取れない相手に、ハクは全力の一撃を放つ。虹色の斬撃が冥王を一刀両断にし、その煌めきで残骸を溶かしていった。


「ア、ア、アアアア……!」


 声とともに、冥王の全てが消滅していく。

 敵を討ち滅ぼしても尚、その衝撃は収まらなかった。何もないはずの空間に亀裂が入り、急激に広がっていく。次第に景色が破片のように落ちていったことで、歪な穴が出来上がった。


「……まだ、だよね」


 呟くハク。その手からは、既に剣は消えていた。


「虹よ! 我が光と一つとなりて、世に蔓延る瘴気を祓え!」


 左腕を天に掲げ、その掌から虹の輝きを放つ。光は彼を中心に広がっていき、やがて全てを包み込んだ。

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