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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第四章『ハクと黒歴史──肆──』
53/121

第53話「冥王:光」

「『(こん)(せい)(しゅ)()』!」


 三人に向け、フランが矢を放つ。彼女の魔法により、彼らの身体能力が一時的に上昇した。

 先陣を切って飛び出したのは、フィーマ。両手に握られた二つの短剣は刃こぼれしかかっているが、構わず炎の刀身を形成した。


「『(ごう)(えん)()()()』!」


 そのまま、両の刃で斬りかかる。フィーマの攻撃は確かに命中した。だが、傷は浅い。それだけに留まらず、再生を始めているようだ。

 生半可な攻撃は通用しない。そう判断したハクは、残り少ない魔力を杖に集中させる。


「『理想は光り輝いて、悪を滅する希望とならん』」


 詠唱を始めるが、三次元魔法陣の構築は行わない。魔力不足で、光の分身を作り出す余裕がなかったためだ。


「『夢すら現に引き寄せて、聖なる力に全てを溶かせ』」


 詠唱を続けるなか、接近戦を得意とするクロとフィーマが二人がかりで攻撃を続けているが、球体の耐久力と再生力を上回ることはできていなかった。

 やはり、これしかない。そう思いながら、ハクは勢い良く杖を振り翳す。


「『エクレールジュディッジオ』!」


 詠唱が終わる直前、球体の上下に大規模な魔法陣が展開されたことで、クロとフィーマも魔法の発動に気づいたらしい。巻き込まれないよう、二人は攻撃を中断して即座に飛び退いた。

 直後、魔法陣から大量の光が放出され、瞬く間に球体を包み込む。その威力に、空間が大きく揺れた。


(これなら……)


 倒せはせずとも、重傷を負わせることができたはず。後はそこを詰めれば勝利できると、ハクはそう期待していた。

 だが、煙が晴れた先に佇む球体を見て、絶句する。

 予想どおり、魔法を受けて球体は半壊していた。だが、何事もなかったかのように再生を始めたのだ。しかも、先程までよりもずっと速く。


「くそっ……!」


 誰よりも先にクロが距離を詰めようとしたが、その足は途中で止まった。

 球体の両端に、人間の手のような形をした闇が現れたためだろう。それはその場に浮遊を続け、手というよりは翼のような羽ばたきを見せている。

 警戒しながらも再び進もうとしたようだが、またしても、彼の歩みは止まってしまった。


(これ、は……)


 ハクもまた、身動きを取ることができないでいる。いや、他の二人までもが、同じ状態に陥っているようだった。

 何故か。

 目の前に浮遊するそれが、突如殺気を放ったためだ。

 同様のものを感じたことが、ないわけではない。だが、今まで感じたそれらを遥かに凌駕する程、強く、恐ろしい殺気が球体から発生し、空間全体を支配している。それによってハクの全身は震え、冷や汗が流れ出た。


「騒々シイゾ、人間」


 四人以外の声。それが聞こえた瞬間、眼前の敵が放つ威圧感は更に増した。

 冥王が、覚醒してしまったのだ。


「ぐっ……ああああっ!」


 勝てない。

 逃げろ。

 このままでは、死ぬ。

 そのような恐怖は、ハクだけでなくクロの中にも芽生えていたはずだ。だが、彼はそれらをかき消すかのように大声を上げながら、冥王の方に向かって飛び出した。


「我ヲ前ニシテ尚立チ向カウソノ精神力ハ賞賛ニ値スル。ダガ」


 向かって左側の翼がクロの正面へと転移し、すかさず彼の身を捕らえる。直後、それが爆発したことで、内部にいたクロの叫び声が響き渡った。


「弱イ。弱スギル」


「クロ!」


 発生した黒煙の中からクロを助け出そうと、ハクは純白の輝きを纏って駆け出したが、彼と同様に行く手を翼で阻まれる。


「くっ……」


 捕らえられないよう、咄嗟に方向転換をして回避するが、新たな進路にまたしても翼が出現した。ハクは空中を飛び回りながら、どうにか翼の追跡から逃れ続ける。


(クロの救出はできないか……なら)


 未だ黒煙に包み隠されている仲間の無事を願いながら、ハクは杖に魔力を込めた。攻撃に転じるためだ。

 ただ、先程のような大規模な魔法はもう使えない。故に、有効範囲が決して広いとは言えない攻撃で確実に負傷させるべく、冥王との距離を詰めにいく。

 幸い、その時はすぐに訪れた。


「『スラッシング=レイ』!」


 冥王の頭上すれすれを通過する瞬間、ハクは杖を振るって光の斬撃を放つ。その攻撃は、阻まれることなく命中した。

 だが、大した傷を負わせることはできていない。

 それだけでなく。


「なっ……」


 僅かに気が緩んでしまったためか、高速移動の魔法が解除される。飛行速度は緩やかに低下し、今にも重力に従った落下が始まろうとしていたそのとき、ハクの視界は黒く染まった。

 直後、全身を焼き焦がすような熱と痛みに襲われる。先程のクロと同様に、翼の爆発を受けたのだ。彼は受け身も取れずに床へ体を打ちつける。空中での爆発だったため、黒煙に閉じ込められることがなかったのは幸いか。


「ぐはっ……」


「ソノ魔力。ヨモヤトハ思ッタガ、所詮ハ借リ物カ」


 借り物。

 恐らくは、英雄の魔力を宿していることに気づいたのだろう。かの者と相対した冥王であれば、判別は容易か────いや、考えている暇はない。

 戦わなければ。そう思いハクは立ち上がろうとしたが、そんな彼よりも速く冥王に向かっていく者がいた。


「く、そ、がああああっ!」


 フィーマだ。二人のときと同様に翼が迫るが、彼は足から炎を噴射することで飛行し、回避した。


「『(ごう)(えん)(ほう)』!」


 短剣を納めることで自由になった両の掌から、炎を放出する。だが、それはもう一方の翼に阻まれ、冥王の本体と思われる球体には届かなかった。


「何故タダノ子供ガ、コノ地ニ足ヲ踏ミ入レテイル」


 そう言い放った冥王が、盾として用いている翼を回転させる。手の形を視認できなくなる程、高速に。


「舐めんな。こちとら王族だあっ!」


「タダノ、王族カ」


 尚も加速しながら、回転を続ける翼。そこから竜巻のようなものが発生し、炎を押し返していく。


「がああああっ!?」


 その竜巻は炎ごとフィーマを吹き飛ばし、壁へと叩きつけた。


「『大樹よ。荒ぶる魂を形取って顕現し、自然の脅威を討ち滅ぼせ』!」


 フランの詠唱。どうやら、他の三人が戦っている間に、彼女もまた準備をしていたようだ。少し離れた位置で、冥王に向けて弓を構えている。


「『(じゅ)(じゃ)(らん)()』!」


 フランが放った矢は、うねりながらその径を増していった。先端が蛇の口のような形となり、冥王に牙を剥く。


「最早何モ言ウマイ」


 冥王もまた、自身の翼を獣の頭のような形に変化させ、フランの魔法にぶつけた。

 獣と蛇。その争いは一秒と続かなかった。

 獣が蛇の頭を噛み砕き、そのまま食らい尽くす。そして今度は、矢を放ったフランに狙いを定めて飛行した。


「フラン!」


 ハクとクロの声が、重なる。既に黒煙は晴れていて、クロの位置からもフランに危機が迫っていると確認できたようだ。

 ただ、まだ身動きは取れないらしい。いや、動けたとして、彼では彼女の救出に間に合わないだろう。

 自分が、やらなければ。ハクは魔力を振り絞り、再び純白の輝きを纏って飛び出す。獣の牙がフランに迫る直前、彼女の身を抱き寄せて即座に高度を上げた。

 獣を形取った翼は追尾することなく、勢いそのまま壁へと衝突して消滅する。


「はあっ、はあっ……」


「あ、ありがとう」


 なんとか、フランの救出に成功した。

 だが、安心したのも束の間。


「上だ!」


 先に気づいたらしいクロが声を上げたが、遅かった。二人の頭上に現れた翼から、大量の闇が降り注ぐ。壁の展開も間に合わず、二人は揃って床へと叩きつけられた。


「が……あっ……!」


 何度感じたかもわからない血の味が、口内に広がる。脳内で音が反響していて、外部からの音が上手く聞き取れない。

 視界もぼやけていて、すぐ近くに倒れているフランらしき少女がどうなっているのかすら、判別することは難しかった。


「フラ、ン……」


 這って近づき、彼女の肩を揺するが、反応はない。どうやら、先の一撃を受けて気絶してしまったようだった。


(まだだ……まだ、倒れるわけには……)


 視線の先、冥王がいると思われる方向から、魔力の動きが感じられる。恐らくは、クロが戦っているのだろう。

 意識があるのなら、早く立ち上がって加勢しなくては。そう思うが、体に上手く力が入らない。


(くそっ……なんで……)


 視覚も、聴覚も、次第に正常な状態へと戻ってきた。だが、全身に走る激痛と、連戦によって蓄積していた疲労が重なり、彼の肉体は鉛のように重くなっている。


(せめて、魔法を……)


 高速移動の魔法がなければ、話にならない。そう思い神経を集中させるが、魔法を発動することはできなかった。

 魔力が、圧倒的に不足しているのだ。練り直そうにも、すぐには補えない。意識を保っている間に、あと一発分の攻撃ができればいい方だろう。消耗の激しい魔法は、封じられたも同然だった。


「ぐ、ぐああああっ!?」


 クロの叫び声。直後、彼を押さえつけていた翼が爆発したことで、彼の姿は再び黒煙に隠された。

 弱まった彼の魔力反応が、遠のいていく。恐らく、もう一方の翼によって冥王の後方へと飛ばされたのだろう。

 彼自身による動きは、感じられない。生きてはいるはずだが、彼がいつ戦えなくなってもおかしくはなかった。


「我ノ前ニ立ツノガコノヨウナ者タチダトハ、今ノ世界ヲ滅ボスノハ容易ソウダナ」


 嘲るように呟く冥王。それに言葉を返す者はいなかった。

 フランも、フィーマも、既に沈黙している。どうやら、クロは意識を保っているようだが、彼もまた満足に動くことはできないらしく、横たわっていた。

 絶望的状況。

 だが、いや、だからこそ、自分がやらなければ。その一心で、ハクはなんとか立ち上がる。


「……お前は」


 冥王を睨みつけながら、ハクは続けた。


「お前の目的は、今も昔も変わりないのか」


「当然ダ」


「何故……何故、世界を滅ぼそうとする」


 先の即答からして、この問いかけに意味がないことはわかりきっている。それでも、聞かずにはいられなかった。


「己ノ限界ヲ、知リタイト思ッタコトハナイカ? 我ハ、ソノ欲望ニ忠実ニ従ッタマデダ」


 吐き出されたのは、想定内とも言える返答。

 冥王は、どうしようもない現実に絶望したわけでもなければ、世界を牛耳ろうとしたわけでもない。自らの実力を量るための物差しとして、世界を利用した。ただそれだけのことなのだ。


「……それだけで」


 目の前にいるのは、敵であり、悪であり、滅ぼすべき存在である。そう再認識できたことで、ハクの胸中で怒りが増幅した。


「それだけで、人々を殺めるというのか!」


 感情と共に、魔力も昂る。ハクは杖を構えると、その先端から冥王に向けて光の槍を放った。

 容易に防ぐことができるはずだ。だが、冥王はそれをしなかった。放たれた光の槍が、相手の眼球の中心に直撃する。それにより、金属が削れるような音が空間に響き渡った。


「貫けええええ!」


 その手に握った杖を経由して、ハクは魔力を込め続ける。旅の道中で杖自体に蓄え続けてきた魔力も全て使い、一点に集中させた。

 光の槍は威力を落とさずに持続するが、冥王の身を貫くには至らない。

 やがて、亀裂の入るような音がした。だが、冥王は依然無傷のままだ。

 そして、盛大に砕け散るような音。

 壊れたのは、ハクの杖だった。発動者から注がれる魔力の量に、耐えきれなかったのだろう。


「……! うああああっ!」


 それでも、ハクは自身の掌から直接魔力を注ぎ、光の槍を持続させた。だが、徐々にその威力は落ちていく。杖が失われたからではない。彼の魔力が、底をつきかけているのだ。

 そしてとうとう、魔法は消滅してしまった。


「ソレガ、貴様ノ限界ダ」


 両翼によって、ハクは閉じ込められる。直後、内部で膨大な量の闇が流動し始めた。

 刺傷。裂傷。凍傷。火傷。同時に感じることはないはずの痛みでさえも、一斉に彼へと襲いかかる。叫べば叫ぶ程、もがけばもがく程に、それらは強まっていった。


「が、はっ……」


 意識を失う寸前で魔法が中断され、ハクはその場に倒れ込む。その衝撃で上書きされない程に、先の一撃による痛みは強かった。


「モウ終ワリトハ。楽シミ甲斐ガナイナ」


 吐き捨てるように言った冥王のもとに、魔力が集まっていく。恐らく、次で四人をまとめて葬るつもりなのだろう。


(早く……立た、ないと……)


 床の冷たさが、心地良い。このまま眠ってしまえたらどれ程楽だろうかという考えが、上手く回らない頭によぎる。

 だが、彼がそうすることはない。

 目を見開き、歯を食いしばり、唸り、拳を握りしめて、彼は再び立ち上がった。


「……まだだ」


 全身が赤く染まり、震えている。息も絶え絶えで、立っているのがやっとだ。この状況を覆せる程、魔力が残っているわけでもない。

 彼我の実力差は明白だった。このまま続けたところで、勝機などあるはずもないだろう。

 それでも、彼は折れない。


「何故、ソウマデシテ抗ウ」


 答えなど、決まりきっている。

 少し。ほんの少しだけ表情を緩ませながら、ハクは口を開いた。


「この世界が、好きだからだ」


 命の果てを目前にしたことで、大仰な理由は既に消え失せている。

 師と巡り会えたこの世界が。空の心を満たし、彩ってくれたこの世界が。仲間と共に歩み、想い出を重ねてきたこの世界が、ハクは心の底から好きだったのだ。

 そんな世界を、滅ぼされるわけにはいかない。ここに居場所を求めてはならないと、わかっていても。


「だから僕は、この世界を滅ぼそうとするお前を、倒さなくちゃならない」


 再び険しい顔に戻り、力強い目で冥王を見つめる。


「諦めるわけには、いかないんだ!」


 その瞬間、ハクを起点にして、強い光が発生した。水、黄、赤、緑、茶の五色によって彩られた、鮮やかな輝き。

 魔力だ。五つの属性の魔力が、同時に発生している。だが、それは彼の仕業によるものではない。彼自身、突然の出来事に困惑していた。

 どうやら魔力は、彼の左手にある指輪から発生しているようだ。そこから、螺旋を描くように周囲を駆け巡り、混ざり合いながら彼に浸透していった。

 それによってか、見る見るうちに傷が癒えていく。全快とはいかないが、体力、魔力共に再び戦える程度にまで回復した。


(これは、もしかして……)


 何故、指輪から魔力が流れ込んだのか、明確な答えを出すことはできない。だが、かつて何度か耳にしたある言葉を思い出したことで、なんとなく理由がわかった気がした。

 恐らく、結界に運用されている魔力に認められたのだろう。指輪を介して。だからこそ、これ程までに膨大な魔力を授かることができた。


(……やろうか)


 虹色の輝きに包まれたハク。一瞬にして、その姿は消えた。

 否。冥王の正面へと移動したのだ。普段と同じ要領で魔法を使っただけだが、指輪によってその効力が強くなっているらしく、今までにない程、俊敏な動きを可能としていた。

 ただ、両者の間には翼が現れている。攻撃を予期したであろう冥王が、咄嗟に右の翼を移動させて盾にしたのだ。

 ハクは構わず、掌底を繰り出した。そこから放たれた光が翼を貫き、減衰する様子を見せぬまま本体に直撃する。


「ムッ……!」


 冥王の体が吹き飛ばされた。

 そう。今まで、冥王の位置は全くと言っていい程に変化がなかった。それが、ようやく動いたのだ。


「まだだ!」


 ハクは翼の残骸を飛び越えるように跳躍し、弧を描いてから落下を始める。その先には、先程の攻撃で吹き飛んでいる最中の冥王が。


「くらえ」


 回転することで勢いを増してから、相手に踵落としを繰り出したが、それもまた、もう一方の翼で防がれる。今度はなかなか破壊することができなかった。先程は冥王が油断していたということだろうか。

 手を焼いている間に、先程破壊した翼が復活してハクに襲いかかる。それを感知した彼は、身を捻って翼の方に右腕を伸ばすと、その掌から虹の光を放出した。


「くっ……」


 少し経過してからハクは攻撃を止め、回り込むようにして冥王の後方へと飛び込む。

 直後、踵を受け止めていた翼から、闇が放出された。彼はそれを寸前で感知したが故、攻撃を中断して回避に移行したのだ。


「はああああっ!」


 再び相手への接近を試みるが、翼が代わる代わるそれを妨害していく。彼の立ち回りをなぞるようにして、虹が浮かんでは消えていった。

 翼はハクを捕らえられないが、彼もまた、冥王に有効打を浴びせられない。分身を作り出して相手の翼を抑えたとしても、それらの制御に気を回していては自身の立ち回りが疎かになりかねないため、自分の身一つで戦うしかなかった。

 現状は拮抗しているようにも見えるが、冥王本体がこのままずっと動きを見せないとも限らないだろう。

 指輪から流れる魔力も、無限ではないはずだ。先に限界が来るのは、ハクの方かもしれない。

 それでも、彼が焦ることはなかった。

 仲間のことを、信じていたためだ。


(……待っていたよ)


 視線の先。再び立ち上がったクロの左手親指にはめられた指輪は、ハクのそれと同様に、五色の輝きを放ち始めていた。

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