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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第四章『ハクと黒歴史──肆──』
50/121

第50話「熱」

「『ネリネ』!」


「『(えん)(えん)(わか)ち』」


 エンの魔法に備え、フランは前方に矢を放った。その輝きは相手へ届く前に空中で静止し、紫色の花へと変化する。

 防御用の魔法。ハクの指示を受けて展開したものだ。だが、その必要はなかったとすぐにわかった。


「ハク!」


 エンから放出された白煙が、ハクだけを狙っていたからだ。直前に光の壁を展開していたようだが、彼の姿はたちまちのうちに包み隠されてしまった。


「『()(べん)(れん)(しゃ)』!」


 注意を逸らすべく、フランは盾の裏から矢を放つ。だが、それは掌で簡単に受け止められ、大した傷を負わせることもできずに消滅した。


「あ、貴方一人なら、私でも充分倒せます……」


 未だ怯えているようだが、エンの頬は僅かに緩んでいる。フランの実力が、他と比べて劣っていると思っているのだろう。

 彼女自身そう気づいても腹を立てることがなかったのは、何も自覚していたからというわけではない。相手の物言いに、違和感を覚えたためだ。

 まるで、もうハクを相手する必要がないかのような言葉。彼が既に倒されてしまったとは思い難かったが────煙が晴れた先の光景を目の当たりにし、彼女は驚愕した。


「ハクが、いない……!?」


 つい先程まで臨戦態勢を取っていたはずのハクの姿が、どこにも見えない。魔力反応も、一切感じられなくなってしまった。


「ハクをどこにやったの!」


 フランは距離を取りつつも、エンに向けて弓を構える。先の一撃を防がれたことにより、自身が有する攻撃手段の大半は通用しないと理解していたが、それを気取られるわけにはいかなかった。


「こ、ここであって、ここではない場所……べ、別の位相……け、煙で充満させたそこに、隔離させてもらいました……」


「……その魔法は、あなたを倒せば元に戻るの?」


「ほ、他に方法がないわけではありませんが……あ、貴方に取れる手段だと、それだけですね……ま、まあ、到底不可能だと思んぎゃあっ!?」


 エンの眉間を狙って、フランは再び矢を放つ。不意を突けたようだが、その攻撃もまた、傷を負わせる前に消滅した。


「は、話の途中に何するんですか!?」


「余計なこと口走ったのはそっちでしょ」


「い、言いましたね!? ど、同年代の女の子を痛めつけるのは、些か抵抗がありましたが……そ、そちらがそのつもりなら、私も容赦できません……」


 エンが右手を体の正面で構え、その指を二本立てる。そんな彼女の動きに注視しつつ、フランは距離を取った。


「め、冥王様復活のために……その命、頂戴します……!」


 高まる魔力反応。尚も体を震わせているエンだが、戦意は充分のようだった。接近戦を得意としているのか、フランのもとへと一目散に駆け出す。

 ただ、いつまで経っても、開いた距離を詰めることができていない。彼女の動きが、僅かに鈍化していたためだ。


「あ、あれ……?」


(……少しは、効いてるってことか)


 二回目の矢に、フランはとある魔法を込めていた。

 速度低下の魔法。援護とは対極に位置する、相手を弱体化させるための魔法の一つだ。詠唱を省略したこともあってか想定より効果が薄かったが、彼女は気にせず次の魔法を準備する。


「大樹よ。荒ぶる魂を形取って顕現し、自然の────」


 詠唱を完了することは、叶わなかった。

 遥か遠くにいたはずのエンが、急激に距離を詰めてフランの眼前へと現れたためだ。

 振るわれる拳をすんでのところで回避した後、魔力の矢を放つ。相手に命中こそしたものの、狙っていた魔法を発動させることも、負傷させることもできなかった。


「お、思いの外、器用なんですね……で、ですが、その程度では、恐るるに足りません……!」


「いや結構怯えてない!?」


 指摘しながらも、続くエンの攻撃を躱してていく。

 速度低下の魔法はまだ効力を及ぼしているはずだが、相手の動きはそれをものともしない程に俊敏なものだった。人間が本来可能とする動作の速度を、優に超えているだろう。


(そういえば、闇属性の魔法は肉体強化みたいなことができるって、この間クロが言ってたっけ……)


 反応からして、()()(せい)(りょう)は皆、本来の属性の他に闇属性の魔力も宿していると見て間違いない。常人を超えた動きは、その魔法を行使することで可能にしているのだろう。


(なんとかして距離を取らないと……)


 時折、矢を放って相手の隙を作ろうとするが、ほとんどは躱されてしまい、運良く直撃しても一瞬すら怯ませることはできなかった。やはりと言うべきか、苦し紛れの攻撃では突破口を開けそうもない。

 残る手段は、一つ。


(転移魔法を使いたいけど……魔力の流れが不安定だな……)


 お師匠様から託されたものではない、自前の転移魔法。それを応用すれば、相手から距離を取り、魔法の準備をするための猶予を作り出せる。ただ、魔力の流れを正確に把握しなければ想定外の位置に転移してしまうため、発動には慎重にならざるを得なかった。

 一度、狙いが明らかになれば、エンもその対策を考えるだろう。そうなったとき、次に同じ手段を取れる可能性は極めて低くなる。故に、失敗は許されない。


「ど、どうしたんですか……? ま、まさか、もう打つ手なしなんですか……? そ、それなら早く諦めてください……た、戦いは、好きじゃない、ので!」


 加速していく、エンの動き。近接戦闘を不得手とするフランでは躱しきれず、相手の左足から繰り出された回し蹴りを、右腕の前腕部で受け止めようとした。


「ぐうっ!?」


 予想以上の威力により、フランは左方へと吹き飛ばされる。体勢を崩しこそしなかったが、彼女は二つの感覚に襲われていた。

 一つは当然、痛み。そして、もう一つは。


(熱っ……!)


 熱だ。

 エンの蹴りを受け止めた箇所に視線を向けると、火傷痕のように赤くなっているのが確認できた。


「ま、まだです……!」


 再び、相手に距離を詰められる。その瞬間、周囲の温度が一気に上昇するのをフランは肌で感じ取った。

 どうやら、エンの肉体そのものが凄まじい熱気を纏っているらしい。恐らくは、火属性の魔法によるものだろう。彼女に向けて放った矢の減衰が著しかったのは、その熱で溶かされてしまったためと推測できる。


(まだ不安だけど、やるしかない……!)


 これ以上エンの周囲に留まり続けることは、得策ではない。転移魔法を発動するべく、フランは全神経を集中させる。

 相手の攻撃が空振りに終わり、次の一手が迫ろうとした────今が、好機だ。


「『ミヤコワスレ』!」


 詠唱の後、白い光がフランの体を包み込む。エンの拳がその輝きを捉える頃には、フランは転移を終えていた。

 現在地を即座に察知されるが、移動速度からして、相手に再び距離を詰められるまで数秒程の猶予がある。

 それを、無駄にするわけにはいかない。


「『(じゅ)(じゃ)(らん)()』!」


 緑色に輝く矢を、近くの壁に放つ。直後、着弾点に展開された魔法陣から、蛇を模した樹木のようなものが顕現した。

 フランはそれに飛び乗り、素早く高度を上げる。間一髪だったが、どうにか相手の間合いから逃れることができた。


(相手は火属性の魔法も使ってるはず。それなら……)


 安堵している暇はない。思考を巡らせたフランは、指輪を中継してから魔力の矢を弓につがえた。

 灯す輝きは、水色。


「『乱れ咲き』」


 弦から手を放すと、無数の矢が雨のように降り注いだ。水属性に変換されたそれらの攻撃は、確かに相手の弱点を突けていたはずだ。

 だが、エンは特別苦しむ様子を見せてはいなかった。怯みすらせずに、掌の照準を空中にいるフランへと合わせている。


「え、『(えん)(ねつ)()』!」


 何かが放出されたようには見えない。それでもフランは警戒を緩めず、樹木の蛇に手を翳した。


「『ネリネ』」


 蛇の周囲に展開された魔法陣が、紫色の花へと変化する。直後、それらは発火して焼き尽くされた。

 恐らくは、纏う熱気を飛ばされたのだろう。魔法を発動していなければ、今頃は蛇本体と自身が同じ末路を迎えていたかもしれないと思い、フランは肝を冷やす。


「ひ……卑怯、ですよ……! わ、私、飛べ、飛べないの、に……!」


「人聞きの悪い……」


 悪事を働いている者らしからぬ発言をするエン。フランには、彼女の呼吸が荒くなっているように思えた。

 再び矢を放ってみるが、命中しても大した反応はない。どうやら、攻撃以外の何かに集中を乱されているらしい。


「こ、これでも……く、くくくらってください!」


 エンが大地を掴むと、掌の熱によって一部分だけが溶岩のように変化する。その塊が、彼女から次々と空中へ投擲された。軌道からして、重力による落下を挟んで直撃させるつもりのようだ。


「えええ、『炎熱波』!」


 更に、再び熱気が放出される。不可視の攻撃だが、詠唱と構えからして間違いないだろう。直接フランに向かう軌道であるため、先の攻撃と合わせて複数の方向から狙っているのだとわかる。


「もう一度……『ネリネ』!」


 先程の要領で充分防げるはずだ。そう考えて魔法を発動したが、熱気は花を焼き尽くすだけでなく、フランと蛇にまで襲いかかった。


「あ、っつ……!?」


 溶岩は蛇に回避させればいい。つい先程まで浮かんでいたその考えが、仇になった。

 集中を乱されたことで、続く攻撃への対応が遅れ、降り注ぐ溶岩に蛇の本体を貫かれてしまう。即座に魔力を込め直して修復したため蛇が消滅することはなかったが、余計に消耗させられる結果となった。


(どうしよう……)


 狙撃を再開してエンの動きを牽制しながら、フランは作戦を練り直す。相手の疲労が見えていたため、距離を取ったまま持久戦に持ち込めればと考えていたが、それはむしろ悪手であると実感させられた。

 相手から放出される熱気が、より高温になっていたためだ。恐らくは、時間経過によるものだろう。いたずらに戦闘を長引かせれば、蛇諸共、一撃で焼き尽くされかねない。

 とは言え、自身の攻撃が有効打となっていない以上、即座に決着を付けることも難しかった。


「こ、ここからでもかか、感じますよ……ま、魔力の限界が、ち、近いんですよね……い、今ならまだ、楽に殺して、差し上げますよ……」


「う、うるさいなあ! 怯えるか煽るかどっちかにしてよ!」


「ひゃあっ!?」


「大体、そっちだって苦しそうにしてるくせ、に……?」


 言いながら、フランは違和感を覚える。

 エンの様子が、明らかに不自然だったためだ。彼女は、ただ疲労が蓄積されただけとは思えない程に呼吸が荒く、苦しそうにしていた。

 ようやく攻撃が通用するようになったのかとも思ったが、矢を受けた際の反応に変化はない。つまり、彼女の身に生じている異常には、別の要因があるということ。

 他に、考えられるとすれば────幸い、それを導き出すのにそう時間はかからなかった。


(……やってみるしか、ない!)


 フランは蛇の高度を下げ、エン目掛けて突進させる。

 読みが当たっているか、事前に確認したい気持ちもあった。だが、魔力にも時間にも余裕はない。故に、一か八か、次の一撃に全てを懸けるしかなかった。


「ど、どんな攻撃だろうと、む、無意味です……! ぜ、全部、燃やしてあ、あげます……!」


 確かに、相性の悪い木属性では、どれ程大規模な魔法だったとしても一瞬で灰と化してしまうだろう。

 また、水属性に変換したところで、傷を負わせられるとも思い難い。少なくとも、一撃で勝負を決めることはできないはずだ。

 そうわかっていたからこそ、フランは指輪越しに蛇へと魔力を込め直した。それにより、樹木の蛇がその色を変化させる。

 炎を連想させるような、赤へと。


「なっ……!?」


「『(えん)(じゅ)(じゃ)(らん)()』!」


 フランは詠唱しながら飛び降り、受け身を取って着地する。痛みに襲われながらも意識を保つことができていたが、まだ気を緩めることはできなかった。

 蛇が相手の熱気に激突したことで、衝撃が発生する。彼女は立ち上がることすらままならず、風圧で飛ばされないよう膝をついて堪え続けるしかなかった。


「……終わ、った?」


 空間全体を震撼させる程の衝撃。それが収まったことで、フランはゆっくりと立ち上がる。

 まだ、決着は付いていないかもしれない。そう懸念していたはずだが、舞い上がっていた土煙の中から黒い影が接近していると気づいた時には、強烈な圧迫感と熱が彼女の首を襲っていた。


「ま、まさか、私の弱点に、きき気づくなんて……お、驚きです……」


 ひどく枯れた声が聞こえる。フランは視線をやや下げたことで、自身の首をエンによって掴まれ、持ち上げられているのだと理解した。


「しょ、正直、貴方のことを、甘く見てい、いました……」


 エンの体は全身が黒く焼け焦げていて、最早彼女だと識別することが困難な状態にまで達している。

 自らが行使する魔法にすら苦しめられる程、彼女の熱に対する耐性は低い。そんなフランの予想は的中していたらしい。火属性に変化させた蛇の魔法で追い討ちをかけたことで、相手をここまで追い詰めることができていた。

 だが、あと一歩、届かない。魔力を惜しみなく使ったというのに、相手を打ち倒すことはできなかった。


「きき、きっと、すぐにでも、あ、貴方を殺めるべき、なんでしょう……」


 ですが、と続けるエンの口角が、僅かに上がる。


「わ、私が、これだけく、苦しめられているのに……あ、貴方だけ、一思いに逝く、なんて……ふ、不公平だと、思いませんか……?」


 首を絞める力が、強くなった。それとともに、伝わる熱もより一層高まっていく。

 この状況から脱するべく、フランはエンの腕を掴んで引き剥がそうとするが、そこすら熱を放っていてまともに触れることができなかった。


「じ、自分の、無力さに、無謀さに……そ、そして、世界の、不条理に……ぜ、絶望しながら、ゆっくり、ゆるやかに、し、死んでください……!」


 遠のく意識。ゆっくりと、それでも確実に、命の蝋燭は溶かされていた。

 自身の足掻きでどうにかなるとは思えないような状況で、フランの脳裏に浮かんだのは、かつて仲間から告げられた言葉。


『死ぬ気でやれなんて言うつもりはない』


 命の灯火が消えようとしている今、その言葉の意味を、フランはようやく理解できた気がした。

 死力とは、そう易々と引き出していいものではない。

 ここで挫けたら、全てが終わる。自身の命までもが、散ってしまう。そんな場面が訪れたとき、迫りくる最悪の未来を回避するために振り絞るものなのだと。

 薄れゆく意識のなか、彼女は腕を伸ばし、掌の先に魔力を集中させた。そこから赤く輝く矢を出現させ、エンの左眼を貫く。


「ま、まだ、抗いますか……!」


 一瞬、首を絞める力が弱まったものの、エンの腕を振り解ける程の余力はフランには残されていなかった。


「そ、それもまた、いいでしょう……じ、自分の努力が、無駄になる様を……そ、その眼に焼き付けたいと、言うのなら……!」


 もう、フランに打つ手は残されていない。それでも彼女が希望を捨てなかったのは、エンの背後に、眩い閃光が出現したためだった。


「無駄じゃないさ」


 光の中から、声が聞こえる。

 それにエンが気づいた頃には、フランを掴むその腕は両断されていた。続けて杖を一振りされたことで、相手の体は右方へと吹き飛んでいく。


「互いの諦めない心が、こうして再び僕らを引き寄せた」


 フランは尻餅をついて咳き込みながらも、近づくその声に視線を向けた。


「だから、無駄じゃない……そうだろう? フラン」


 辛く苦しい戦場であっても、安らぎを与えてくれる微笑み。頼れる仲間の一人であるハクの姿が、そこにはあった。

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