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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第一章『ハクと黒歴史──壱──』
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第5話「助けを求めるのは」

「おかしいな……ここでもない……」


 往来にて立ち止まり、口元に手を当てて呟く少年。夜が明けた後に意識を取り戻した彼は、早々にレマイオの家を発ってとある方向へと歩を進めていた。

 夢で助けを求めてきた何者かがいるであろう場所だ。何故か、おおよその位置を彼は把握することができていた。

 先日学んだばかりの魔力か、はたまた別の何かか。自分のことながら明確に理解できていないものの、彼はそれを頼りに行動している。

 そうして辿り着いたのは、水の国、マクア。その名のとおり、『水』が人々の生活に深く根付いているらしい。広く張り巡らされた水路の上には、いくつもの小舟が漂っていた。


「前の国でもなさそうだったから、結界の外にいるってことなのかな……」


 少年は現在、結界の有効範囲ぎりぎりの地域に足を運んでいる。目指す方向は、結界の外。同じ大陸にある別の国を訪れたときに感じた反応と照らし合わせれば、目的地は結界の外にあると見て間違いないだろう。


「……明日にした方がいい、か」


 日中ならば、結界の外に出ることは制限されない。ただ、日没までに戻ってくることができなければ、次の夜明けまで結界内に立ち入ることはできなくなる。

 そんなときのための救済措置が設けられてはいるようだが、冥王の瘴気が人間にも悪影響を及ぼす恐れがある以上、夜に結界の外にいる時間はなるべく短くした方がいい。

 今は午後。もう少しで陽射しが橙に染まり始める頃合いだ。目的地までの正確な距離がわからないため、出発は日の出の直後にするべきだろう。そう判断し、少年は踵を返して逆方向へと歩き出した。


(情報収集でもしよう)


 この世界に関する大抵の情報を、少年は既に入手している。

 昨晩、レマイオから施された魔法によって、短時間のうちに膨大な量の情報を脳に詰め込まれていたのだ。そのおかげで、昨日までは知らなかったことを、まるで幼い頃から知っているかのように感じられていた。その副作用は大きく、今も尚ずきずきと頭が痛んでいるが。

 とは言え、全知の存在に至れたわけではない。直近で発生した出来事や街の噂程度の情報など、あの時点でのレマイオが知り得なかったことに関しては自力で調べるしかなかった。

 自身の目的についてもそうだ。目指すべき方向こそわかってはいるが、その先に何があるのかなどの詳しい情報はわかっていない。地元の人間なら結界外のことも多少は知っているだろうと、彼は期待していた。


「……あそこがいいかな」


 周辺で、人の入りが比較的多い店。少しでも多くの情報を得るべく、少年はそこへと向かった。

 どうやら、飲食店のようだ。店内では数組の客が机を囲んで談笑に耽っていた。

 これだけの人数がいれば、一つぐらいは有益な情報を得られるだろう。そんなことを考えつつ、彼は受付に立つ男性店員へ注文を伝えようとしたが────目の前で大きなため息を吐かれたことで、咄嗟に言葉を変える。


「……どうかなさいましたか?」


「あ、ああ、すまないね。ちょっと考え事をしていたもんで」


 男性の表情がすぐに取り繕われるが、少年は見逃さなかった。

 相手が、つい先程まで、何か悩みでも抱えているかのような渋い表情を浮かべていたことを。そして、それがただの考え事によるものではないことも、彼は見抜いていた。


「僕で良ければ、話を聞きますよ」


「……君、もしかして旅のもんかい?」


 肩に掛けた布袋。左手に握った杖。見る者が見ればわかるであろう、銀色の指輪。少年のそんな服装から、男性はそう判断したのだろう。


「申し遅れました」


 男性からの問いかけが、どういう意図によるものなのかはわからない。ただ、誠実に返さなければ悩みを打ち明けてもらえることはないと考え、少年は一礼した後に続けた。


「僕の名は、ハク」


 それは、レマイオから授かった新しい名前だ。少年の髪色にちなんだものらしい。好きに名乗ればいいと言われていたが、自分では候補を挙げることすらできず、縋りついた末に名付けてもらえることとなった。


「我が師レマイオより命を受け、試練に挑戦するべく、魔導士の国アイアよりこの地を訪れました」


 胸に手を当て、端的に自己紹介を終える。冥王の瘴気を祓うという使命も背負っているが、そこまでは明かせない。

 瘴気は確かに、人々の生活を脅かしている。だが、その状況を利用しようと企てている悪しき輩も、少なからず存在するだろう。そういった者たちにとって、ハクの行動は面白くないはずだ。妨害されぬよう、使命については秘匿しろとレマイオからきつく言いつけられていた。

 記憶喪失であることを伏せているのも、師の懸念からだ。

 万が一、別の世界から来たであろうことや、かつての英雄と同じ魔力を宿していることが露呈してしまえば、それこそ、悪しき者たちの興味を引くことに繋がりかねない。この世界には記憶の手掛かりなどないに等しいため、自身の情報を必要以上に明かさないよう努めていた。


「試練の挑戦……なら、話してもいいか……」


 男性は尚も逡巡するような素ぶりを見せていたが、恐る恐るといった様子でその重い口を開く。


「実は、知人の娘さんが、結界外にあるお屋敷の方に向かったらしくてね」


「屋敷……?」


 昨晩得た情報によれば、冥王の瘴気が蔓延したのは数百年以上前とのことだ。設けられた救済措置を除き、倒壊等せずに形を保っている建造物が存在するという事実は、ハクにとっては意外だった。

 結界外の脅威は、天災や瘴気そのものだけではないからだ。


「ああ。地元じゃなきゃ知らなくても無理ないだろうね。ここから見て、北東の方にあるんだよ。まあ、さすがにもう使われていないはずだけど」


 北東。奇しくもそれは、ハクが目指していた方角と一致していた。


(まさか、あの声は……)


 早合点しそうになるが、ハクはかぶりを振って否定する。

 夢で聞こえたのは、少年の声だった。若干高い声音ではあったものの、少女のそれとは些か異なる。実際に対面するまで断定できないが、両者は同一の存在ではないだろう。


「あの周辺は、『魔物』の出現報告が上がっていてね。本人も、日没までには戻ると言っていたけど……まだ帰っていないようで、心配なんだ」


 魔物についても、ハクは知識を得ていた。実際に目撃したことこそないが、その習性や脅威については既に理解しているつもりだ。

 故に、屋敷の方角に向かったとされる少女が危険な目に遭うかもしれないと思い至るのは、至極当然のことだった。


「なら、僕が様子を見てきますよ」


「本当かい?」


「ええ。その話を聞いて黙っていたら、お師匠様に顔向けできませんから」


 その少女が危険に晒されているか、定かではない。だが、もし本当に魔物と遭遇してしまったら。そう考えると、動かずにはいられなかった。


「ありがとう、助かるよ」


 男性の顔色が、僅かに良くなる。それを見たハクもまた頬を緩めたが、両者はすぐに表情を引き締めた。


「女の子の名前は、フラン。特徴は、緑色の髪と瞳だ。身長は、君よりも頭一つ分ぐらい低いかな。服装は確か……茶色の服に、黄色い上着を羽織っていたはずだ」


 ハクは耳にした特徴を脳裏に思い浮かべ、見たこともない少女の姿を構築し始める。

 少なくとも、年上ではなさそうだ。また、危険とわかっている結界外にわざわざ飛び出すということは、好奇心旺盛で怖いもの知らずな性格をしていると考えられる。そこから、明るい人物である可能性が高いだろうと予想した。


「それと、弓を持っていたな。なんでも、親のお下がりだとか。フランちゃんには、ちと大きすぎる気もするんだけど……まあ、ないよりはマシなのかな」


 武器を持つ少女。魔物に備えて用意したのか、あるいは普段から持ち歩いているのか。

 自衛手段は持ち合わせているようだが、楽観視はできない。武器を携帯しているからと言って、その扱いに慣れているとは限らないだろう。ハクが、比較的最近、杖を手にしたように。


「なるほど……わかりました」


 呑気に食事をしている場合ではない。ハクは注文を伝えずにその場を後にしようとしたが、背に声をかけられたことで立ち止まって再び男性の方へと視線を向けた。


「君も、気をつけるんだよ」


「ええ、ありがとうございます」


 試練に挑むつもりだと言っても、所詮は子供。男性の中に不安や懸念が残っていてもおかしくはない。

 それらを払拭するかのように、ハクは微笑みを返す。そして、屋敷があるであろう場所を目指して走り出した。

 助けを求めているかもしれない存在に、応えるために。

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