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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第四章『ハクと黒歴史──肆──』
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第49話「漢気」

「『乙女の口紅』!」


 フィーマが振るう、炎の刀身。それは、()()(せい)(りょう)ガンが展開した岩壁によって防がれてしまった。

 触れた箇所が、多少焦げつく程度。それ程までに相手の魔法は強く、頑丈だった。


「『(がん)(わん)』」


「ぬおっ!?」


 壁から伸びた、腕のような形の岩がフィーマの腹部を捉える。その一撃によって、両者の距離は瞬く間に広げられた。


「『乙女の恥じらい』!」


 フィーマは衝撃に襲われながらも岩の拳を掴み、それを巻き込むようにして正面方向へ炎を放つ。さすがにガンまでは届かなかったが、相手の魔法を焼き尽くすことには成功した。

 更に、足から炎を噴射して距離を詰め直す。進行方向に再び岩壁が展開されたが、上方へと軌道を修正して回避し、相手の頭上に到達した。


「『乙女の純情』!」


 通過する際に、右手の短剣をガンに向けて投擲する。柄の部分から炎を噴射させたことで加速しながら迫っていった一撃だが、それすらも新たに展開された岩壁によって防がれた。


「『乙女の恥じらい』!」


 ガンの後方に着地した瞬間、フィーマは更に炎を放出する。それから、僅かに時間差をつけて左手の短剣を投擲した。


「『横恋慕』」


 柄と刃先。両端から炎を噴出させたそれは、円弧のような軌道を描きながら相手の半身を狙う。直後、多方向からの攻撃が影響してか、ガンを中心にして爆発が巻き起こった。

 土煙が晴れるのを、フィーマはただ待つ。これだけで倒せるはずはないが、無闇に攻め続けるのも危険だとわかっていたからだ。


「火の国の第二王子……同行しているとの話は聞いていたが、まさか本当だとはな」


 数秒程で晴れた土煙。その中から現れたガンに、傷は一切ついていなかった。また、方向転換こそしているものの、位置は大して変わっていない。回避もせず、ただ魔法による防御だけで先の連撃を凌ぎきったということだ。


「あら。滅多に姿を見せない出不精さんの割に、情報通じゃない」


 遠慮なく仕掛け続けた攻撃。それらが通用しなかったことで少なからず焦りを感じているが、フィーマはそれを表情に出すことなく普段どおりの態度で接する。


「貴殿は有名だからな……境遇から、同行している理由を推測できる程に」


「何が言いたいのか、わからないわね」


「兄以上に王の才覚を有しておきながら、当の貴殿は人の上に立つことを拒んでいる。似合わぬ格好で道化を演じているのも、背負う必要のない使命で国を飛び出したのも、その表れ……違うか?」


「ええ。全っ然違うわ」


 フィーマは即答した。

 後者はともかく、前者はこれまで何度も繰り返されてきた問いかけだ。最早苛立ちすら覚えない。故に、決まりきった答えを、ただ淡々と返すだけだった。


「この格好は好きでしてるだけだし、旅に同行してるのも、その方が面白そうだと思ったからよ」


 第一王子である兄に遠慮しているわけでも、王族としての責務を面倒に感じているわけでもない。フィーマは、自らの興味に準じた行動を取っているだけだった。


「それと、もう一つ」


 投げたはずの二本の短剣が、再びフィーマの掌に握られる。


「……誰の格好が、似合わないですってえ!?」


 直後、彼は叫びながら駆け出した。炎の噴射は行わず、自らの足で。


「珍しい細工を施しているようだな」


 フィーマは短剣に特殊な魔法陣を刻むことで、自身の掌に呼び戻すことを可能にしていた。躊躇なく投擲することができたのも、そのためだ。


「だが、それがあったところで我には届かん」


 甲高い音が響き渡る。ガンが、自身の足下を杖で突いた音だ。


「……あら?」


 ガンの真下に魔法陣が展開されたかと思うと、両者の距離はまたしても広げられていった。一歩も動かない相手に対し、フィーマは全力で向かっているというのにもかかわらず。


「地面……いや、空間それ自体が引き伸ばされてる……?」


 恐らく、ガンの魔力は岩属性だ。珍しい部類のものであるためフィーマも全容は把握していないが、少なくとも、今の状況を作り出せるような魔法は行使できないはずだと推測できる。

 つまり、相手は属性に縛られない動きを行えるということ。下手な先入観を持っていると、その裏をかかれかねないだろう。そう判断した彼は、より柔軟な思考を心がけるようにした。


「……結局飛ばなきゃいけないってわけね」


 再び足から炎を噴射し、飛行による接近を試みる。

 走りで距離を詰めることが困難だったためだ。魔力の消耗が激しくなるとわかってはいるが、肉体強化や速度上昇といった魔法を使えない以上、他に手段がなかった。


「『乙女の破顔』!」


 短剣を納め、空いた掌から無数の火球を放出する。ガンの動きを少しでも抑えられればと思っての攻撃だったが、それらもまた、空間が引き伸ばされ続けている影響で一向に相手へと到達しない。結局、時間経過により威力が減衰して消滅してしまった。


「『(のろ)(いわ)』」


 詠唱とともに、ガンが再び杖で足下を一突きする。直後、杖の先から淡い紫色の光が空間全体に広がり、一瞬で浸透した。


「……何をしたのかしら?」


「今にわかる」


 引き伸ばされる空間にも、岩石にも、フィーマにも、特に変化は見られない。だが、ガンが何か画策していることは間違いないため、彼は警戒を強めた。


「『(がん)(るい)』」


 続けて、天井に巨大な魔法陣が展開される。そこから、フィーマの身を狙うように大小様々な岩石が降り注いだ。


「『(がん)(とつ)』」


 更に、足場に堆積している岩石が数箇所隆起し、蛇さながらの動きでフィーマに迫る。二つの魔法で発生した岩石同士が衝突することにより、思考を乱される程の轟音が彼の耳を襲った。

 とは言え、回避はそこまで難しくない。迂回を余儀なくされながらも、彼は着々と距離を縮めていく。


「当たらないわよそんな攻げ、き……!?」


 相手を煽ろうとした瞬間、フィーマの飛行速度は急激に低下した。

 いや、それだけではない。違和感を生じた左足に視線を向けたことで────そこが、灰色に染まっていると確認できた。


「これは、いったい……」


 変色した部分は硬直し、上手く動かすことができない。それだけでなく、炎を噴射することも封じられてしまっていた。飛行速度が落ちたのは、推進に利用している火力が半分になったためだ。


「考えてる場合じゃないわね」


 一瞬生まれた隙を、ガンが見逃すはずもない。包囲するようにして、数多の岩石がフィーマに襲いかかった。


「『乙女の癇癪』!」


 フィーマは左足を除く全身から炎を放出し、爆発さながらの一撃を繰り出す。その熱と衝撃により全ての岩石を破壊した後、足の代わりに掌から炎を噴射することで飛行を再開した。


「……それにしても、どうしようかしらね。これ」


 誰に伝えるわけでもなく、そう呟くフィーマ。恐らく、左足は石化させられたのだろうと推測できていた。怪しいのは、ガンの詠唱で浸透した淡い輝きだということも。

 ただ、対策までは思い浮かんでいない。

 効果が出るまでに時間がかかることと、未だ左足しか餌食になっていないことから、多少の猶予は残されているとわかるが、楽観的になるわけにはいかなかった。


「あ」


 考えを巡らせているうちに、今度は右足の感覚が消失する。それにより体勢を崩してしまい、フィーマは飛行を上手く続けられずに見る見る高度を落としていった。


「ぐっ……ぐあっ!?」


 下半身の自由を奪われた状態で満足に回避行動が取れるはずもなく、なだれ込む岩石によって次々と肉体を痛めつけられる。足場に叩きつけられてからも、それらの攻撃は続いた。


「────いったいわねえ、もう」


 幸い、フィーマの意識が残っている間に、相手の攻撃は中断される。

 ただ、彼は両足が石化しているため、力を入れるだけでは立ち上がれない。掌から炎を放出し、その勢いを利用してようやく直立することに成功した。


「やだ、ひび入ってるじゃない……」


 岩石に打たれ続けたせいか、石化した両足に亀裂が入っている。痛みこそ感じないが、この状態が更に悪化すればどうなるかは、想像に難くない。


「正直きっついけど……そろそろ一撃ぐらい、入れたいところよね」


 仕留められていないとわかったためか、先程と同じ二種類の魔法が再び発動され、フィーマへと迫る。機動力を大幅に削られたうえでのそれらの攻撃は脅威そのものでしかなかったが、彼が瞳から戦意の灯火を消すことはなかった。

 両腕を後方に伸ばし、その掌の先に魔力を集中させる。遥か遠くへと離れたことで、点のようになってしまった相手を見据えながら。


「……行くわよ」


 直後、勢い良く炎を噴射し、一直線に突き進む。進行方向上に重なった相手の岩石に衝突しようと、その速度は一切落ちない。

 前へ。ただそれだけを頭に浮かべ、フィーマは飛行を続ける。移動以外に魔法を行使していない分、防御や迎撃もできないために傷が増えていったが、その甲斐あってかついにガンのもとへと到達し、その懐に潜り込むことができた。


「『乙女の拳骨』!」


 何を纏うこともない、普通の拳。それが、防御のために展開されたであろう岩壁すら貫き、ガンの腹部にめり込む。


「が、がはっ……」


 先の魔法により威力が減衰されてしまったのか、ガンが大きく吹き飛ぶことはなかった。ただ、フィーマの攻撃は有効に働いたらしく、苦悶の表情を浮かべている。


「アタシの拳、お気に召したかしら……?」


「……悪くは、ない」


 だが、とガンは続けた。


「これで幕引きだ」


「それは、どう……」


 どういう意味か。そう尋ねようとしたが、フィーマは言葉を紡ぐことができなくなってしまった。

 口が────いや、全身が、石化してしまったからだ。未だ意識はあるというのに、指先一つ動かすことができない。


「無念だろうが、誇るといい。石化が始まってここまで善戦したのは、貴殿が初めてだ」


 悪そうな足腰を懸命に使って、ガンがフィーマに近づく。勝利を確信しているのか、空間を引き伸ばす魔法も停止したようだった。


「欠員は……で、補う……としよう……眠りのなかで……の瘴気と混じり……な、理を得るが……」


 ガンの言葉が、上手く聞き取れない。どうやら、石化したことで意識にまで影響を及ぼされているようだった。辿り着いたその思考すら、徐々に薄れていく程に。


(まだ、だ……)


 それでも、フィーマは足掻き続ける。諦めるという選択を、敗北という結末を、許容することはできなかった。五感すら奪われながらも、魔力を高め、全身に充満させていく。


(俺が……アタシが……やらなきゃ、いけないでしょうが……!)


 やがて、肉体に熱が宿り────意識が、感覚が、それに追随するようにして引き戻された。

 そして、熱は炎へと変化し、体外へと顕現する。


「何……?」


 発動者自身を焼き尽くすかのような、荒々しい炎。直撃するわけにはいかないと判断したのか、ガンは再び空間を引き伸ばして距離を取った。


「逃がさないわよ」


 その言葉の後、炎が瞬く間に広がって空間全体を支配する。紅蓮に染まった世界で、フィーマは不敵な笑みを浮かべていた。


「石化を……いや、空間延長までをも突破しただと……! いったい、どのような……」


「空間すらも焼き尽くす程の火力なら、大抵のことはどうにかなるでしょ」


「……脳筋王子め」


「失礼しちゃうわね。アタシには立派な二つ名があるんだけど……あ、もしかして知らないのかしら? 仕方ないわね、なら教えてあげるわ」


 両腕を広げてから、フィーマは再び口を開く。


「炎の恋愛乙女王子、ってね」


 直後、炎は更に勢いを増した。そう遠くない位置にいるはずのガンの姿すら、視認できなくなっている。フィーマ自身も当然その体を焦がされているが、構わず魔力を込め続けた。


「『乙女の漢気』!」


 一足遅れての詠唱。それに合わせて魔力を瞬間的に込めたことで、炎はより一層激しく燃え盛ることとなった。

 だが、それも永遠には続かない。

 体力、魔力共に限界が近かったフィーマは、ふとした気の緩みで魔法を解除してしまった。


「はあっ、はあっ……」


 一度途切れてしまった集中を、再び高めるのは難しい。そんな状態で先程のような威力の魔法を繰り出すこともまた、同様に。

 だが幸い、それが必要になることはなさそうだった。

 フィーマの前方で、ガンが仰向けになって倒れている。魔力反応は微弱で、継戦できるだけの余力が残っているようには思えない。

 念のため警戒を続けつつ、彼は相手のもとへ歩みを進める。右手で短剣を引き抜くと、炎で刀身を伸ばして相手の喉元へと近づけた。


「……我の負け、か」


「認めるのなら、死ぬ前に一つ教えなさい。どうして、クロとハクのことを気にかけているわけ?」


 クロはともかく、光属性の魔力を宿すハクは、四死生霊にとって天敵と呼べる存在のはずだ。計画の障害となり得る彼の殺害を最優先事項としてもおかしくないが、ヒョウやエンはそれをしなかった。それが可能な実力も機会もあったというのに。


「……我ら四死生霊の目的は、冥王を顕現させること。最終的に冥王たる存在が現れれば、復活でも誕生でも構わない」


 思いの外、ガンは素直に口を割った。出鱈目である可能性は否めないが、ひとまず最後まで聞いてみることにする。


「故に、我らはそれら二つの計画を同時に進行させることにした。そして、そのうちの一方……新たな冥王の誕生に、あの二人の存在が必要だった。ただそれだけのことだ」


「光属性の魔力の持ち主が、冥王の誕生にどう影響するってわけ?」


「光と闇は互いに喰らい合う関係にある。そして、どちらかがもう一方を完全に支配したとき、その力はより増大するだろう」


「……つまり、新たな冥王として据えるために、クロを。その養分とするためにハクを、それぞれ狙ってるってわけね」


 フィーマはため息を吐いた後、ガンに対して蔑むような眼差しを向けてから、続けた。


「気色悪い」


「理解、できぬだろうな。貴殿の、その、高潔な精神性では……」


 そう返したガンの体が徐々に石化していったことで、フィーマは目を見開く。まだ何か奥の手を残していたのかと警戒を強めたが、相手から仕掛けられる様子は一向に見られなかった。


「進むが、いい。王族として……この世界の、人間として……異端者たちの、もたらす結末を……その眼から、耳から、余すところなく記憶し……後世に、語り継げ……」


 石化は続き、とうとう一つの石像が出来上がる。そして、なんの衝撃も加えられていないというのに亀裂が走り、砕け散った。その欠片すらも残ることはなく、徐々に粒を細かくし、熱せられた空気に溶けていく。


「……さようなら。ゆっくり眠りなさい」


 悪を断罪することに躊躇いはないが、いたずらに死者を罵るようなことはしない。フィーマは短剣を納めてから屈み、足場の岩石を撫でた。


「さて、早いとこ追いつかなきゃね」


 立ち上がり、先を目指して走り出す。

 友として、仲間として、この戦いを共に乗り越えるために。

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