第47話「望む未来」
「────というわけなんだ」
夜も遅いが、ハクはまだ眠りに就けていなかった。二階の空き部屋に集まったのは、彼を含めて三人。別室から運び入れた椅子を向かい合わせるように置き、その上にそれぞれ座っていた。
「えっと、つまり……ハクもクロと同じ記憶喪失で……」
「二人とも、こことは別の世界から来た可能性が高い、と」
フラン、フィーマの順に話がまとめられる。外でクロに伝えた内容を、ハクはそのまま二人にも告げていたのだ。
「要点だけ押さえると、そうなるね」
「アタシたち以外に、このことを知ってるのは?」
「お師匠様と、クロだけだよ。クロにはさっき話したばかりだけど」
「……そういえば、そのクロは呼んでないの?」
言いながら、フランが扉の方に視線を向ける。既に共有した情報とは言え、四人全員で顔を合わせて話すべきだと考えたのだろう。
「寝室に戻ってもらったよ。色々と、整理する時間も必要だろうし」
驚きこそすれど、真実を知ったクロが大きく取り乱すことはなかった。だが、そう簡単に受け止められることでもないだろうと判断し、ハクは彼に一人の時間を用意することにしたのだ。
「……隠していて、ごめん」
ハクは立ち上がり、頭を下げる。
精神の安定を確認できない状態のクロに、真実を悟られるわけにはいかなかった。今日までレマイオ以外に明かさなかったのは、その可能性を少しでも抑えるためだ。
だが、どのような理由があっても、仲間に対して隠し事をするという行為そのものに、罪悪感を覚えずにはいられなかった。
「そ、そこまで気にすることないって。ねえ、フィーマ?」
「ええ。隠し続けるのも、辛かったでしょう。そして、それを明かすのも」
二人もクロも、優しすぎる。その気遣いが、余計にハクの心を締め付けていた。いっそ糾弾してくれた方が、楽だと思える程に。
「既にクロに話したことで、隠しておく必要がなくなったから、アタシたちにも話すことにした……ってところかしら」
「……それもあるけど」
顔を上げながら、ハクは口を開く。彼が二人にも真実を伝えたのには、罪悪感の解消以外に明確な理由があった。
「四死生霊から得られる情報次第では、冥王の瘴気を祓った直後にこの世界を発つことも考えられるからね。互いに、心の準備が必要だと思ったんだ」
例えば、別の世界に渡ることのできる機会が限られていて、それがちょうど明日なのだとしたら────次を待たずに旅立つことは充分考えられる。その『次』が本当に来るのか、わからないのだから。
「別の世界……そこに帰ったら、ハクとクロには、もう会えなくなっちゃうのかな」
フランの声が、尻すぼみになる。
「現時点では、難しいだろうね。世界間を自由に行き来できる術を、四死生霊が知っていれば、話は別だけど……」
相手がそれを素直に教えてくれるとは思えない。運良く知れたとして、ハクとクロが容易に行えることとも限らないだろう。そのため、過度に期待することも、させることもできなかった。
「この世界に残ることは、できないの?」
伏し目がちに尋ねるフラン。彼女自身、返ってくる答えがわかっているのだろう。声も、体も、僅かに震えているように感じられた。
彼女を安心させたい。そう思っても、無責任な言葉を口に出すことは、ハクにはできなかった。
「……僕も、フランやフィーマ、お師匠様との別れは辛いし、哀しい」
だけど、とハクは続ける。
「それでも帰らないと。待ってくれている人が、いるかもしれないから」
フランが想ってくれているように、元の居場所にも、自身の帰りを願ってくれている人がいるかもしれない。
いや、いるはずだ。その考えに至っておきながら、この世界に留まり続けることはできない。恐らくは、クロも同じことを考えているだろう。
「……そうだよね。ごめん、困らせるようなこと言って」
フランは立ち上がり、顔を上げて微笑んだ後、振り返って自身の頬を強く叩いた。それから、再びハクの方へと視線を向ける。
「うん、大丈夫。私も、覚悟できた」
フランの表情は、普段の明るいそれへと戻っていた。震えも落ち着いている。ただ、完全に整理がついたわけではないだろうとハクも理解しているため、彼の心が晴れることはなかった。
「二人が心置きなく元の世界に帰るためにも、まずは明日、やるべきことをやらなくちゃ」
「その意気よ」
フィーマもまた立ち上がり、フランの肩に手を置く。繕われた彼女の心へ寄り添うかのように、そっと。
「四死生霊なんてぶっ飛ばして、冥王の瘴気を祓う。結局のところ、アタシたちのやることに変わりはないわ」
「……そうだね」
四死生霊を倒し、冥王の復活を止めなければ。この世界から、瘴気を祓わなければ。元の世界に戻ることなど、できはしない。
「長々と話して、ごめんね。明日に備えて、そろそろ寝ようか」
「そうしましょ。これ以上の夜更かしはお肌に悪影響だし」
場を和ませる冗談か、それとも本心か。わかりづらいことを呟きながら、フィーマは我先にと部屋を出ていった。
「フランも、出発までは体を休めておくんだよ」
「わ、わかってるよ……」
フランの視線が逸れていく。恐らくは、最後の悪足掻きでもしようと考えていたのかもしれない。いよいよ明日、旅の目的が果たされるともなれば、気合いが入りすぎるのは当然か。
ただ、それを看過することはできない。使命のためにも、彼女自身のためにも。
「ここまで来たら、なるようにしかならない。気負いすぎても、空回りするだけだよ」
「……うん、そうだね」
深く頷いた後、フランが扉の方へと駆けていく。どうやら、ハクの言葉はしっかりと彼女に届いたらしい。
「明日、全部解決させようね!」
振り向いてそう告げると、フランは部屋を飛び出した。
静寂には、ハクと三つの椅子だけが取り残される。寝る前に片付けなければと思いつつ、彼も部屋を後にした。
まだ、やるべきことが残っているからだ。
廊下を進み、応接室の前へと辿り着いた彼は、その扉を三回叩いた。中から声が聞こえたことで、目に悪い色合いの空間へと足を踏み入れる。
「……ハクか。どうした?」
お馴染みの椅子に座りながら、レマイオが読書に耽っていた。夜分だからか、傍に置かれた照明の輝きは控えめだ。
まだ就寝準備に入っていなかったらしいとわかり、安堵するハク。直後、彼は深く頭を下げた。
「今まで、ありがとうございました」
それは、レマイオに返せるものなど何もないハクができる、精一杯の礼。
「拾ってくださったこと。道を示してくださったこと。知識を授けてくださったこと。修行をつけてくださったこと……全てに、感謝しています」
どのような言葉を紡いでも表せない程に、ハクがレマイオに対して抱いている感謝の念は大きかった。
「貴方に出会わなければ、今の僕はありませんでした。本当に、ありがとうございました」
これが、最後かもしれない。そう考えると、どれ程拙いものになろうとも伝えずにはいられなかったのだ。
「わしにはもったいない言葉じゃよ」
「そんなことは……」
顔を上げると、レマイオが手元の本を閉じているのが確認できた。その表情は、嬉しさを噛み締めているようにも、寂しさを覚えているようにも見受けられる。
「どう取り繕おうと、子供たちに使命を背負わせた張本人が安全圏にいる事実は変わらんしのう……この際じゃ。わしへの愚痴や不満、一つ残らず吐き出していくといい」
「そんなもの、ありませんよ」
気休めではない。即答したその言葉は、紛れもなくハクの本心だった。
「……本当に、よく出来た子じゃ」
微笑むレマイオ。子供の成長を喜ぶ、ただの老人の姿が、そこにはあった。
「ハクよ」
「はい」
「もし、全てを解決した後、再び会うことができたなら……」
朗らかな表情のまま、レマイオは続ける。
「そのときは、『お主たち』の話を聞かせてもらえんか?」
「……ええ。お茶でも飲みながら、ゆっくりと」
今抱えている、全ての問題の解決。それを果たした後に出会える可能性が低いことなど、互いに理解できているはずだ。
それでも、その未来が訪れることを願い、ハクもまた微笑み返すのだった。




