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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第九章『色彩と黒歴史──伍──』
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第114話「溺死」

「クロ、(らい)()君! (おう)()君、(はい)(もと)ちゃん!」


 いなくなった四人の名を呼ぶが、返事はない。どうやら、完全に隔離されてしまったようだ。


「……また、えらくファンシーな場所に飛ばされたなあ」


 周囲を見回しながら、(あか)()(ふう)()は一人呟く。

 桃色、水色、白色、薄紫色。パステルカラーとでも呼ぶべきか、少女が好みそうな彩りで構成された空間に、彼は立っていた。

 相手の魔法によって転移させられたのだろう。充満する闇属性の魔力から、この空間自体が作られたものであることも推測できる。

 どう脱出するべきか────思考を巡らせようとした瞬間、ある人物が彼の前方に姿を現した。


「あれ、おっかしいなあ……アタシはかわいこちゃんを呼んだはずなのに」


 そう不満を漏らすのは、つい先程、中学校の敷地内に立っていた少女。戦力を分断させた張本人であろう、(もも)(はら)メイコだった。

 ただ、狙いどおりにはいかなかったらしい。彼女の士気は明らかに下がっているようだった。


「まあまあ。ほら見てよ、僕だって同じくらい可愛いでしょ?」


「笑えない冗談だね……まあいいや。すぐに終わらせて、さっきのかわいこちゃんに会いに行くとするよ」


 その言葉の直後、メイコの姿が消える。

 だが、この場から去ったわけではないだろう。そう考えた風太は油断することなく神経を研ぎ澄ました。


「……そこだね」


 斜め後方へと振り向き、掌から風を放出する。手応えは感じられなかったが、メイコの姿を再び視認できるようになった。

 どうやら、透明化していたらしい。攻撃が命中していないのに魔法を解いたのは、通用しないと判断したためか。


「勘がいいんだね……なら、これはどう?」


 今度は、メイコの分身が大量に出現した。それらは風太を狙うことなく、子供のような無邪気さで辺りを駆け回っている。

 本体もそれに紛れているらしい。魔力反応を探ったところで、識別することは困難だろう。

 風太以外の人間であれば。


「それかな」


 再び、風を放出する。またしても命中しなかったようだが、本体らしきメイコが回避すると同時に全ての分身が消滅した。


「……なんなの、君」


「君の魔法、幻の類でしょう? 僕には効かないんだよね、そういうの」


 険しい表情のメイコに対し、風太は余裕綽々と答える。

 三種の神器、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)が有する権能である透明化は、通用しなかった。()()(あおい)が起こした一件では自力での脱出こそできなかったものの、幻の中でも自我を保つことに成功している。

 理由は一つ。彼の幻覚への耐性が、並外れて高いためだ。


「……なんでアタシが戦う相手って、こういうのばっかりなのかな」


 深いため息の後、メイコが呟く。どうやら、風太のような存在を相手取ることは初めてではないらしい。


「仕方ない。面倒だけど、最初から全力で行かせてもらうよ」


 メイコが、両手を拳銃のような形にする。右手を自身の頭に突きつけ、左手は天井へと向けた。


「我が魂を幻へ。我が夢を現世へ。愚かな生者よ。気高き亡者よ。迷え。惑え。夢幻と現の混ざりし世界で」


 発砲するような動作。

 その直後、メイコの体は向かって右側へと倒れていき、地に落ちた。


「自殺……じゃ、ないよね」


 メイコの魔力反応は健在だ。死んだようには思えない。風太は警戒を緩めることなく、彼女を注視していた。

 数秒程経過した後、横たわった彼女の肉体が闇に覆われていく。それは体積を増しながら形を変え、やがてある動物となった。


「……狐?」


 丸みを帯びた五つの尻尾が特徴的な狐。人間の体長を一回りも二回りも超えているそれが、風太を見下ろしている。


『とっとと死んでよね。この魔法、結構疲れるんだから』


(あ、喋れるのか……)


 感心している場合ではない。

 五つある尻尾の先から同数、紫色の火球が発射されていた。それらは円弧を描くような軌道で風太のもとへと飛来している。

 人一人分の径を有する攻撃など、決して受けるわけにはいかない。それらが幻覚でないとわかっていたため、彼は全力で回避行動に努めた。


『へえ、意外と動けるんだね。なら、これはどうかな』


 天井に展開された魔法陣。そこから無数の針が出現し、雨のように降り注いだ。無情にも回避先は存在しない。


「うわああっ!?」


 驚かされながらも、風太は風を纏う。その勢いで針を弾き飛ばし、串刺しになることを免れた。ただ、依然として火球も迫っているため、安心できない状況が続いている。


『大して強くない割に、時間稼ぎは上手みたいだね……じゃあ、遠慮せずどんどん行かせてもらうよ!』


 メイコの攻勢は更に激化していった。

 続いて現れたのは、数十体以上のぬいぐるみ。犬や猫、熊に兎など様々な動物を象っているようだが、風太の心が穏やかになることはなかった。

 趣味に合わないから、というわけではない。それらの手に、剣や鋏といった鋭利な武器が握られていたためだ。


「随分と可愛らしいぬいぐるみちゃんだねえっ!?」


 皮肉を漏らしながらも、風太は駆け出す。針の雨が止んだために防御を強制されることはなくなったが、このまま躱し続けるのは至難の業だ。


(反撃したいところだけど……!)


 ぬいぐるみの間を縫うようにして接近し、狐と化したメイコの本体に炎をぶつける。防がれることはなかったが、傷一つつけることすら叶わなかった。


「やっぱ駄目か……」


『よそ見してていいのかな』


「どういう意味……うあっ!?」


 突如、風太は左半身に強い衝撃を受ける。予期せぬ出来事だったために踏ん張ることができず、勢い良く吹き飛ばされてそのまま壁へと叩きつけられた。


「いっ、たいなあ……」


 状況を正確に把握することこそできていないものの、ある程度の予想はつく。大方、ぬいぐるみの一つが透明化でもしていたのだろう。意識をメイコ本体に逸らしていたことで気づけなかったが。体が切断されていないあたり、攻撃に用いられたのは鈍器の類か。


「危なっ」


 痛みで集中を乱されながらも、風太は自身に迫っていたぬいぐるみへと炎を放ち、まとめて焼却する。さすがに相手の火球を相殺できる気はしなかったため、重い体を起こして再び回避に移った。


(……さて、どうしようか)


 無意味に躱し続けたところで、体力と魔力を消耗するだけだ。自身の限界が先に訪れるであろうことは想像に難くないため、何か策を練る必要がある。


(相手がシンプルに硬いのが厳しいんだよなあ……多分だけど、熱も効かないだろうし……火力を一点に集中させたところで、傷つけられるかどうか……)


 風太の魔法は威力が低い。先程仕掛けた一撃も全力に近いものだったが、相手には全く通用しなかった。それを踏まえると、現状使える魔法で有効打を与えられるとは思えない。


『哀れだね。なまじ耐性が高い分、素敵な幻の中で死ぬことができないなんて』


 次第に、風太の傷が増えていく。魔法を惜しみなく使えば躱しきることは可能だが、反撃用の魔力を温存するために多少の攻撃は甘んじて受けていた。


「慈悲深い言葉をどうも。でも生憎、都合のいい幻想なんて二次元だけで間に合ってるからね。心配無用さ」


 軽口のように返す風太。だが、その言葉は本心だ。だからこそ、あの日、あの空間でも自我を保つことができたのだろう────そこまで考えて、彼はふと気づく。


(あの日、脱出こそできなかったけど、僕は空間を自在に変化させることができた。なら、今いるこの場所でも、同じことができるんじゃないか……?)


 ここもまた、幻を見せる場所だ。もし、あの空間と同様の性質を有しているとすれば、可能性はある。こじつけにも近い考えだったが、他に取れる行動などなかったため、風太は迷わず試すことにした。


(男子高校生の妄想力、発揮させてもらうとしようか)


 まずは、脳裏に炎を思い浮かべる。どんな強敵も一瞬で消し炭にできるような、熱く激しい地獄の業火を。そして、自身はそれを扱うことができると、そう思い込んで掌をメイコに向けた。


「燃えろ!」


 炎が出現し、進行方向上のぬいぐるみを焼き尽くしながらメイコへと到達する。消費した魔力の割に高い威力を有していたが、風太が想像したものには遠く及ばず、相手の表面を多少焦げつかせた程度だった。


『だから効かないって』


 メイコの言葉に耳を傾けることなく、風太は思考を巡らせ続ける。

 やはり、この空間は期待どおりの性質を持っているらしい。滞留している魔力を利用すれば、可能な行動が増やせるようだった。

 だが、相手を討ち取るには至っていない。漠然とした想像では、出力される現実も曖昧になってしまうということか。それを検証するべく、彼はより具体的な想像を心がけた。

 火、炎、風、翼、鳥────ある一つの存在に辿り着いたことで、再び動く。自身の魔力も高めながら、両の掌を突き出した。


「燃え尽きろ!」


 先程よりも強力な炎が、メイコの本体を包み込む。今度こそ一泡吹かせることができたかと期待したが、相手が放ったらしい闇によって炎をかき消されたことで、風太は表情を歪めた。


『いい技だね。でも、その程度じゃアタシは倒せないよ』


 お返しと言わんばかりに、メイコの攻勢が強まる。

 火球が、ぬいぐるみが、針の雨が。互いを妨害することなく風太だけに牙を剥き続けた。


「くっ……!」


 再び風を纏い、回避に徹する。だが、一つ一つの攻撃が激化していることで捌ききれず、風太は徐々に追い詰められていった。


『躱し続けたところで、助けなんて来ないよ』


「……初めから、そんなの期待してないさ」


 苦しめられながらも、風太は微笑む。

 仮に誰かからの助けが期待できる状況だとしても、この勝負は自らの力のみで制する必要があった。クロに心配される程弱くないことを、証明しなければならないからだ。


「君ぐらい一人で倒せないと、ここまで連れてきてくれた彼に、合わせる顔がないからね」


『彼……ああ、クロ君のことか』


「……そういえば、知り合いなんだっけ」


 転移前のやり取りから、そう察せられていた。恐らくは、深い因縁があるのだろうとも。自身には、想像もつかない程に。


「隣に立たなきゃならない、ってのは僕が勝手に抱いた義務感だし、クロにとってはありがた迷惑かもしれない」


 でも、それでもと、風太は続けた。


「僕らは友達なんだから……『そう在りたい』と思うのは、ごく自然なことだろう?」


 自身の実力が乏しいことなど、嫌と言う程理解している。だが、それは友の隣に立つことを諦める理由にはならないのだ。少なくとも、風太にとっては。


『友達……?』


 その単語を繰り返した後、メイコが高笑いを始める。その勢いで、狐の巨体が大きく揺れた。ひとしきり笑ってから、彼女は再び口を開く。


『格好つけるのはいいけどさ……君、その友達にどれだけ隠し事されてるか、知ってるの?』


 メイコのその言葉は、風太の心に突き刺さった。そしてそれが、彼の動きまでも鈍らせる。結果、足を止めてしまった彼に多数のぬいぐるみがまとわりつき、直後にそれらごと火球が彼の身を捉えた。


『あの中学校が本拠地だってわかった、本当の理由。魔力が普及したばかりのこの世界で、あれ程までに強い理由。そして、過去に何があったか……君は知らないよね』


 次々と押し寄せる炎に身を焦がされるなかでも、その言葉がはっきりと聞こえる。肉体以上に、心を深く傷つけられていた。

 風太は、クロのことを何も知らない。

 それなりに長い付き合いで、多少なりとも彼の人となりを知れた気になっていたが、それは思い違いだったのだとここ一年近くで痛感させられている。


『そんな相手のことを、果たしてクロ君は友達だと思ってるのかな』


 全ての炎を受けきった後、再び露わになった風太の全身は黒焦げになっていた。傍から見れば、生きているとは思えないだろう。

 それでも、彼は辛うじて息を保っていた。


「……正直、耳が痛い話だね」


 火属性への耐性を獲得しているため。この空間の性質を利用しているため。決して、そういった理由ではない。


「だから、少しずつ、教えてもらうことにするよ」


 負けられない。ただその一心で、彼は立ち続けていた。


「君を倒してから、ゆっくりとね」


『……そんな日は来ないよ!』


「来るさ。今から、それを証明してみせる」


 火球とぬいぐるみが現れたが、それらに危害を加えられるよりも早く、風太自身の炎が彼を包み込む。

 それがひとりでに弾け飛んだ後、彼の体は地に伏した。まるで、自死を選んだかのように。


『ははっ、気が触れちゃったか。まあ、あれだけぼろぼろになってたら、無理もない、よ、ね……?』


 途切れ途切れになる、メイコの言葉。

 感じ取ったのだろう。一度完全に消滅したはずの魔力が、再び湧き上がったのを。あるいは、届いたのかもしれない。空気を震わせる程に強い、彼の鼓動が。


『何が、起こってるの……?』


 またしても、炎が風太の肉体を包む。やがて、それは直立する人間の輪郭を描き出し、再び彼の姿を顕現させた。


「……赤城風太、『()()(ちょう)(たい)』ってところかな」


 その背に広がるは、紅蓮の翼。


「どうやら、勝利の女神は僕に微笑んだみたいだよ」

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