第112話「同行」
緑間雷貴が担当した区域にも、魔力消滅に利用されそうな魔法陣は見当たらなかった。その代わり、今回の騒動を企てたうちの数名が罠を張って待ち構えていたものの、それらの鎮圧にも成功している。
後始末も終え、無事に作戦を遂行することができたはずだった。だが、突如として状況が一変したことで、彼は現在も戦い続ける羽目になっている。
(なんなんだよ、これは……!)
深紅に染まる空。微動だにしない暗雲。その下では、黒い塊────藤咲クロが扱うような闇によって構成された、人型の『何か』が蠢いていた。十分程前、どこからか発生した眩い輝きによってそれらの変化が引き起こされている。
辺り一帯に影響を及ぼす程の、大規模な魔法。阻止しようとしていた『魔力消滅魔法』が頭をよぎったが、雷貴にはそれが発動されたようには思えなかった。
周辺が、禍々しい魔力で充満していたためだ。
ならばいったい誰が、どのようにして、どんな目的でこの事態を引き起こしたのか。それを考えている暇は、ない。次々に人や建物へと襲いかかる闇を駆除するので手一杯だった。
(これで終わり……じゃ、ないよな)
視界に映る最後の一匹を倒したが、安心はできない。遠くから、尚も人々の叫び声が聞こえ続けていた。
「千歳! 他の所にいる化物を倒してくるから、避難誘導を頼む!」
行動を共にしていた千歳へと指示を出すと、足裏から雷を放出し、その勢いで上空へと到達する。
やはり、謎の化物は広範囲に出没して危害を加えているようだった。他の自警団とおぼしき面々が対応しているものの、状況は芳しくない。
(こっちだな)
雷貴は建物の屋根や屋上に存在する金属へと雷を放つことで磁力を発生させ、任意の方向、片側二車線の大通りへと進んでいく。同じ要領で高度を下げながら、同時に攻撃の準備を行った。
「『万雷』!」
緑色の雷が、空気を震撼させながら辺りに降り注ぐ。それらは一つ一つが凄まじい威力だったが、いたずらに被害を拡大させることなく、器用に闇だけを貫いていった。
(数が多いな……)
闇の数は確実に減らせているが、全滅させるまでには至らない。このまま続けても魔力を過剰に消耗するだけだと考え、雷貴は着地すると同時に魔法を停止した。
「『雷神』」
緑の輝きを纏い、駆け出す。闇の隙間を縫うように動きながら、雷貴はその手足で直接相手を屠っていった。
『雷貴、ボクを使え!』
脳内に、声が響く。魔導具『紫電』に魂を憑依させた、セレスティーナによるものだ。肉体を失った今でも、彼女の魔法によって問題なく意思疎通が行えていた。
「さっき使ったばかりだから駄目だ! 俺の魔力でなんとかする!」
『でも……』
魔導具によって魔力を増幅させれば、より多くの闇を消滅させることができるだろう。だが、その手段を選ぶと自動的にセレスの魔力まで消費されてしまう。
時間経過で『紫電』から補充できるようだが、一度でも使い切ったが最後、彼女の魔力が復活することはない。そうなれば、今度こそ彼女は命を落とす。任務で既に彼女の力を行使していたため、これ以上の負担を掛けることは避けたかった。
「大丈夫だ、任せろ!」
そう伝えこそしたものの、何か打開策が思いついていたわけではない。ただ、己の力のみで一心不乱に戦うことしかできなかった。
せめて、あと一人か二人、自身と同等以上に戦える仲間がいれば────なんの偶然か、雷貴が抱いたそんな期待は即座に叶えられることとなる。
(あれは……)
唐突に接近してきた、純白の輝き。感じられる魔力反応から、雷貴はその正体が敵ではないとすぐに理解できた。
光が収まったことで、二人分の容貌が露わになる。予想どおり、それらは彼の見知った人物のものだった。
「雷貴!」
彼の名を呼んだのは、頼れる先輩こと藤咲クロ。また、彼に背負われる形で、同じ自警団員の赤城風太も姿を見せていた。
「クロさん!? なんでここに!」
「話は後だ!」
クロが風太を下ろして振り向く。直後、二人は同時に駆け出し、雷貴を取り巻く化物の大群へと向かってきた。
数こそ多いものの、一匹一匹はそれ程強くないため、現場慣れしている自警団員が三人もいれば対処は容易だ。雷と、光と、風が織りなす怒涛の連撃により、瞬く間に全ての闇が姿を散らした。
「ふっ……余裕だね」
「言ってろ」
鼻につくような風太の言葉。それを聞いたクロは辛辣なツッコミを入れつつ、共に雷貴の方へと近づいた。
「雷貴、怪我はないか?」
「おかげさまで、なんとか」
「なら良かった……でも、どうしてこんな所に? 鋭才の担当区域じゃないよね?」
風太による、当然の問いかけ。
ここは、鋭才学園の所在地からは遠く離れた場所だ。彼の言葉どおり、本来の担当区域でもない。
「魔法発動阻止の任務から戻る途中で、急に変な化物に襲われて……民間人もいる手前、逃げるわけにもいかずに戦ったんですけど……化物が次から次へと現れるせいで、一向に進めなかったんですよ」
「ここにいる鋭才自警団は、雷貴だけか?」
「いや……」
「緑間先輩!」
雷貴が二人の後方へと視線を向けると、そちらからちょうど声が聞こえてきた。振り向いたことで、三人のもとへと走ってくる一人の少女の姿をクロも確認できたらしい。
「七五三。お前がいたか」
「あら、久しぶりね。こんな所で顔を見ることになるとは思わなかったわ」
それなりの速度で走っていたというのに、千歳は息切れもせずにそう返す。魔法こそ実戦向きではないが、体力や運動神経は人並み以上にあった。
「そちらの方は確か……」
「赤城風太です。一度だけお会いしたことがありますが、二言三言交わしただけですので、忘れていても無理はないかと」
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。心配なさらずとも覚えていますよ。改めて、七五三千歳です」
そう言って、微笑む千歳。それを見て、クロは引き攣った笑みを浮かべていた。彼が知る彼女からは、想像もつかない対応だったためだろう。
ただ、雷貴からすれば珍しい光景でもない。故に、特別言及することもなく本題へ入ることにした。
「それより、クロさんたちこそどうしてここに?」
「え? ああ、えっと……」
「相手の本拠地に向かってるとこだよ」
「おい!」
風太に言葉を遮られたことで、クロが声を荒げる。その反応からして、当たり障りのないことを言って誤魔化そうと考えていたのかもしれない。
「……本当なの?」
風太の言う『相手』とは、先程の闇を出現させた勢力のことだろう。ただ、二人が何故その本拠地を把握しているのかがわからず、雷貴はクロへと視線を向けた。
「ああ。確証があるわけじゃないけどな」
急ごしらえの嘘など、最早なんの役にも立たない。そう判断したのか、クロは素直に口を開いた。
「どうして、貴方たちが?」
「闇属性の魔力が広がって、そのせいで世界中に変な化物が現れたり、人や動物が凶暴化したりしてるのは知ってるか?」
「いえ、情報収集に動く余裕がなくて……充満してる闇属性らしき魔力が、さっきの化物と関係してるんだろうと推測は立てていたけど……凶暴化については、遭遇すらしてないわ」
人間や動物の凶暴化。どうやら、雷貴たちが考えていた以上に、世界は深刻な事態へと陥っているようだった。
「そうか……今向かってるのは、その魔力が集中してる場所だ。闇に耐性がある奴じゃないと、暴走させられる可能性が高い……って俺は勝手に考えてる。けど、納得してもらえなそうだったから、無断で飛び出してきた」
「僕は勝手についてきただけ」
「……あんま勝手が過ぎると、マジで置いてくからな」
「ごめんって、そう怒んないでよ」
風太に、反省している様子は見られない。恐らくは、目的を明かしたのも意図してのことだろう。
その理由を、雷貴はなんとなく察している。彼もまた、クロに対して同じことを考えていたためだ。
「貴方たち……」
額に手を当てた千歳は、大きくため息を吐く。二人のやり取りが、男子高校生特有のおふざけにでも見えたのだろう。
「じゃあ、俺たちはそろそろ行くよ」
「待って!」
風太の首根っこを掴んで足早に去ろうとするクロを、雷貴は呼び止める。魔法で飛び去られないうちに、彼は自身の願いを伝えることにした。
「俺も、連れていってよ」
「先輩!?」
驚くような声を上げた千歳が、目を見開いて雷貴の方へ一歩近づく。この展開を予測できなかったのは彼女だけらしく、他の二人は大した反応を見せなかった。
「セレスの魔力は闇属性でさ。こいつとはそれなりに付き合いが長い方だし、何度か戦ったこともあるから、俺にも少しくらいは闇への耐性があると思うよ」
「こいつ……?」
「……後で話す」
雷貴が、その手に握りしめた魔導具へ視線を向けて話に上げた『彼女』のことを、風太は知らないのだろう。だが、それを話すと本題から逸れることになってしまうためか、クロは彼への説明を後回しにすることに決めたようだ。
「雷貴は鋭才の方に戻れよ。確か、そっちも人員は多くなかっただろ」
「セレスの一件から増員したから、問題ないよ。それに……」
雷貴はクロから視線を外す。
その先には。
「千歳がいるから」
「……私はまだ認めてませんよ」
「頼む。クロさんたちの、助けになりたいんだ」
沈黙したまま、両者の視線が数秒程ぶつかり合う。それを先に逸らしたのは、千歳の方だった。
「仕方ないですね」
「いや、俺まだいいとは言ってない……」
「勝手についてく分にはいいんでしょ、クロさん?」
にやついた顔が、二つ。そのうちの一つを担っている風太の後頭部を、クロは遠慮なく叩いた。全力の一撃だったのか、叫び声すら上がらない。
「藤咲クロ」
「なんだよ」
「その本拠地とやらは、徒歩圏内なのかしら?」
「……いや」
遠く離れた場所なのだろう。未だ正確な位置を聞けてはいないが、クロの表情からそう推測することができた。
「なら、移動手段が欲しいところよね?」
「……何が言いたいんだ?」
「緑間先輩を連れていってもらえるなら、バイクの手配をするわ。もちろん、運転手付きでね」
車ではなくバイクを提案したのは、走行可能なスペースを考慮してのことだろう。
この場には、乗り捨てられたと思われる車が散見している。もし、他の道路でも同じ状況に陥っていた場合、とてもではないが車で走ることは困難だ。その点、バイクならまだ可能性がある。
「今なら、我らが宇治先生お手製の魔法陣が描かれた紙もセットになってるわよ。それも、治癒だけじゃなくて、魔力まで回復できる優れ物」
そう言って千歳が取り出したのは、魔法陣が描かれた三枚の紙切れ。
大幅な時間短縮に、体力と魔力の温存および回復。それらが可能になるのは、クロにとっても嬉しい申し出のはずだ。だが、彼の表情は険しいままだった。
「……お前、雷貴が行くのは反対なんじゃなかったのかよ」
「危険な目に遭ってほしくないって気持ちに変わりはないけど……それでも、先輩の意志を尊重するって決めたのよ」
雷貴だけでなく、千歳までもが意志を固めている。それを受けても尚、クロは首を縦に振ろうとはしなかった。
「その運転手とやら、闇への耐性はあるんだろうな」
「さあ? でも、暴走するようなことがあったらそのときは介錯してあげてね。本人たちはそれを望んでいるらしいから」
「……簡単に言いやがって」
千歳の返答を聞いて、クロの声が僅かに低くなる。まるで、『それ』を経験したことがあるかのような反応だった。
冗談だとしても彼女の言葉は許容し難いものだったが、思考を一瞬停止させられたことで、雷貴は彼女に注意するタイミングを見失ってしまう。
「今から行くのは、死んでもおかしくない場所だ……本当に、いいんだな?」
「今更でしょ。それに、死ぬつもりはないよ」
念押しされようと、雷貴の考えが変わることはなかった。
もう、黙って見送ることなどできはしない。今動かなければ、これから先ずっと、望む未来には辿り着けないような気がしていた。
隣に立てると。共に背負えると、抱えられると。そして、戦えると。証明しなければならないのだ。
クロのためだけではなく、自分自身のために。
その覚悟が、どの程度伝わったのかはわからない。ただ、一度瞬きした後クロの顔から迷いは消え、その眼差しが力強いものへと変化した。
「わかった。来いよ、雷貴」
「さすがクロさん。話がわかる」
差し伸べられた手を、恐れず掴む。
死が怖くないわけではない。だが、命懸けで戦うクロを傍から見ているだけの現状が続くことなど、耐えられなかった。
真の意味で、彼の仲間となるために。敵の本拠地なる場所へと、雷貴も共に向かうのだった。




