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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第九章『色彩と黒歴史──伍──』
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第111話「善悪の規準」

 日本を襲った未曾有の危機。それが解決した後、(おう)()大和(やまと)の荒れようは見るに堪えないものだった。閉じ込められた幻の中でかつてない程の惨敗を喫した挙句、()()(あおい)と戦う機会を不意にしてしまったともなれば、仕方のないことかもしれない。

 先日、同自警団に所属する(ふじ)(さき)クロと授業の一環で激闘を繰り広げられたために、多少の鬱憤を晴らすことはできたが、依然として彼の苛立ちが収まることはなかった。

 故にと言うべきか。今日はそれを合法的にぶつけるべく、件の『魔力消滅魔法の発動阻止』へと乗り出していた。


(全然見つかんねえじゃねえか)


 舌打ちしつつ、暗がりを進み続ける。彼は現在、(やま)(もり)高校付近のマンホールに繋がる下水道の通路を歩いていた。

 暗く、汚く、臭いという三拍子揃った空間でも、さほど気にはならない。ただ、潜入を開始してから十分近くが経過しているというのにもかかわらず、人も魔法陣も見つけられずにいたため、大和の怒りは爆発寸前だった。


「それにしても、少し意外だったなあ」


 後方から、声が聞こえる。

 同行者の、(あか)()(ふう)()によるものだ。今回の任務は珍しく、この組み合わせで活動する運びとなっていた。


「黄田君と言えば、いつも『(あい)(れい)』の(はい)(もと)ちゃんと一緒にいるイメージだったから、今日もなんだかんだでそうなると思ってたんだけど……」


「おい」


 大和は即座に振り向き、風太へと詰め寄る。格下だと認識している相手の言葉など普段は気にも留めないが、このときばかりは違った。


「次、その名前を出したら殺す」


 灰本つかさ。彼女こそ、幻の中で大和を負かした人物だった。

 あの日以来、彼は彼女を避けている。その理由はたった一つしかないが、しかしそれを認めることができず、ただただ負の感情を渦巻かせていた。


(恐怖なんて、してたまるかよ)


 思いがけない敗北に、怒りを覚えただけだ。そう自分に言い聞かせながら、風太の返事を待つことなく再び奥へと進んでいく。


「なんなのさ、もう」


 脅したつもりだが、風太が怯えているような様子はない。近頃、やけに馴れ馴れしく接してきているように思えていたため、そろそろ身の程を弁えさせてやるべきか────そんなことを考えた瞬間、大和は空間全体に魔力が広がっていくのを感じ取った。


「赤城、転移だ!」


「え?」


「もたもたすんな!」


「は、はいっ!」


 風太が懐から一枚の紙を取り出す。直後、そこから広がった眩い輝きに二人の体は包まれた。

 切り替わる視界。どうやら、山盛高校からそう離れていない繁華街へと転移したらしい。地上に脱出できたことを確認すると、大和は急いで仲間の身を掴み、マンホールから距離を取る。

 次の瞬間、凄まじい揺れと轟音が辺り一帯を襲った。その衝撃により、マンホールの蓋は空高くへと打ち出されている。


「……こういうのを待ってたんだよっ!」


 大和は風太を乱雑に放り捨て、近くの建物の外壁を駆け上った。数秒とかけずに屋根まで辿り着くと、そこから更に跳躍し、高度を上げ続けているマンホールの蓋へと接近する。

 ついでに、全体を見回しながら。


「そこかあっ!」


 とある建物の屋上に見えた、怪しい人影。そこへ向けて、蓋を蹴り出す。大和の狙いは正確だったが、相手が発動したらしい魔法の衝撃で容易に破壊されてしまった。


「……よっと」


 大和は受け身を取ることもなく、至って普通に着地する。だが、負傷するどころか痛みを感じることすらなかった。

 肉体強化の魔法が有効に働いているということなのだろう。もっとも、それを発動している自覚は彼にはないが。


「さて、もういっぺん……お?」


 怪しい人物が立っていた場所へ向かおうとしたが、大和は動きを止めた。その方角から、爆発と共に相手が接近していたためだ。


「よう、別に待っててくれても良かったんだぜ」


 どうやら、爆発自体が魔法によるものらしい。先程の揺れと衝撃は、下水道で大規模な魔法が発動されたためなのだろう。

 爆発の風圧を利用して落下の衝撃を相殺し、一人の少年が安全に大和の前方へと着地していた。


「うるさいぞ極悪人! いきなり攻撃してきおってからに! 人違いだったらどうするんでい!」


「なんだ、違ったのか?」


「違くないけども! 人々を守る自警団ならもっと慎重に動きたまえよ!」


 口調の安定しない少年。制服と、そこまで高くない背丈から、恐らくは中学生と思われる。売られた喧嘩は買う主義の大和にとって、さほど重要な情報ではないが。


「極悪人、か……まあ善人を気取るつもりはねえが、てめえに言われたかねえなあテロリスト」


「テ、テロだと!?」


「んあ? 何か間違ったこと言ったか?」


「これは正義の執行だ! 混沌とした世界を元の状態に戻す唯一の方法……それが、『魔力消滅魔法』なのだ!」


 顔を真っ赤にしながら少年が抗議する。思春期真っ只中だからか、随分と拗れた価値観を有しているようだった。


「なんだろうと知ったこっちゃねえが……一つだけ教えてやるよ」


 大和は不敵な笑みを浮かべながら、構える。


「勝った方が、正義だ」


 直後、跳躍して一気に距離を詰めた。だが、彼の視界はすぐさま閃光によって遮られる。

 相手が放った、直線的な軌道の爆発に呑み込まれたのだ。光に続いて、音、熱、そして衝撃が大和を襲う。


「効かねえなあ!」


 ただの突進で魔法を打ち破ると、大和は自慢の剛腕を振るった。今度こそ攻撃が届くと思われたが、相手に触れる寸前で拳を押し戻される。

 どうやら、少年は体の付近で小規模な爆発を起こすことで疑似的な防御を行なっているようだった。


「なんだ、随分と消極的じゃねえか。一発どかんと、きついのをお見舞いしてくれよ」


「一般市民の多いこんな所で、できるわけないだろう!」


 戦闘が突然始まったこともあり、未だ人々の避難は完了していない。下手に爆発の魔法など使えば、甚大な被害が出ることだろう。

 それがわかる程度には、一犯罪者に過ぎない少年にも人の心が残っているらしい。ただ、そんなものは大和にとっては必要なく、むしろ邪魔とさえ思えていた。


(テロリスト風情が細けえこと気にしやがって……仕方ねえ。少し面倒だが、発破かけてやるとするか)


 本気を出せない相手と戦ったところで、得られるものなどない。自身の好奇心と闘争本能を満たすべく、大和は策を弄することにした。


「なかなか器用じゃねえか……だが」


 次々に攻撃を弾かれてこそいるものの、痛みを覚えさせられる程の威力ではない。故に、ほんの少し余計に力を込めるだけで、大和は自身の腕を相手の体に到達させることができた。


「その程度じゃ足りねえなあっ!」


 相手の頭を掴み、横方向に一周振り回してから、比較的近くの建造物へと投げつける。その衝撃で外壁に大きな亀裂が広がったが、それだけでは終わらない。


「っらあ!」


 すかさず接近して相手の腹部に追撃を叩き込む。それによって亀裂が更に広がったことで、外壁は破壊されて大きな穴が誕生した。

 損害など、知ったことではない。大和は顔色一つ変えずに相手を追い、穴の奥へと進む。

 そこは大型商業施設らしく、人々の悲鳴が至る所から聞こえてきていた。それでも尚、彼の心に罪悪感が芽生えることはない。


「……よう、そろそろやる気になったかよ」


 建物の中央部辺りまで歩を進める大和。目的の人物と目が合ったことで、挑発するような笑みを浮かべながらそう告げた。


「こ、こは、まずい……! 場所を、移すぞ……!」


 立ち上がった少年は吐血しながらも、力強い眼差しを向けている。その心から、正義の炎は消えていないようだった。

 だが、焦りを覚えているのは確かだろう。

 あと、もう少し。


「はいそうですかって従うわけねえだろ。馬鹿かてめえは」


「やめろ! 被害を大きくするな!」


 悪事に手を染めても人命を尊んでいるとは、なんとも殊勝な心掛けだ。それがある限り、罪もなき人々を少年が巻き込むことはないのだろう。

 ならば、その心を打ち砕いてやればいい。


「やめろだあ? まるで俺が悪いみたいな言い草だな」


「事実そうだろう!」


「いいや違うな、てめえのせいだ」


 悲鳴にかき消されないよう、声量を上げる。ただ、相手が言葉の意味を理解できていないようだったため、大和は懇切丁寧に教えてやることにした。


「てめえが今日、くだらねえ計画の片棒を担いだから、俺がこんな所に駆り出されることになったんだ。てめえが妙な気を起こさなけりゃ、俺が戦う必要もなくなって、人間にも物にも被害を出さずに済んだはずだ」


「そ、そんなの詭弁だ!」


「てめえの掲げた大層な正義が、傷つけて、壊して、奪った。どれだけ聞こえのいい言葉を並べたところで、それは覆らねえ」


 反論には耳を貸さず、捲し立てる。


「何度でも言ってやる。てめえのせいだ。てめえのせいで、本来出るはずのねえ被害が出た」


 大和には、より穏便に事態を収束させることが可能だった。にもかかわらずこのような暴挙に出ていたため、彼の過失は大きい。

 ただ、少年が行動を起こさなければ、この結果に至ることはなかったのもまた事実だ。ようやくそれを理解できたのか、少年の顔は青ざめていった。


「そのちんけな脳みそにしっかりと記憶しておくんだな。これがてめえの目指した正義だ」


「あ、あ……」


「絶望なんてするなよ」


 戦意を喪失させたいわけではない。今にも膝から崩れ落ちそうな相手に、大和は叱責を続ける。

 彼が言えたことではないのだが、そのことを指摘できない程に少年は追い詰められているようだった。


「てめえにできるのはただ一つ。偽善者ぶるのをやめて、悪の道を突き進むことだ。許されようなんて思うな。恨まれ続けることが、傷つけた相手に対するせめてもの償いだと思え」


 数秒程の間を開けた後、大和は続ける。


「さて、そろそろ悪党らしく派手に一発かましてみろよ。周囲に気を配ってちゃ、俺は倒せないぜ?」


 大和がそう語りかけた直後、少年の絶叫とともにその魔力は膨れ上がった。

 このまま魔法が発動されれば、建物は欠片も残らず吹き飛ばされることだろう。そう思わせる程の魔力が、広がることなく彼の掌へと集中していく。


「範囲を絞った……いや、より威力を出すために凝縮しただけか」


 大和が躱すか、あるいは受け止めきれなければ、魔法の軌道上に存在しているものは粉微塵と化すだろう。

 先程までの少年なら、絶対に取ることはなかった行動。それを、大和の謀略が手繰り寄せていた。


「せいぜい楽しませてくれよ!」


 迫る閃光に、拳を突き合わせる。

 その身一つでは到底受けきることができないはずの衝撃。だが、彼は一歩も引くことなく徐々に押し返していった。

 やがて相手の掌へと辿り着き、魔法を完全に押さえ込む。新たな動きが見られることはないと判断した大和は、その先にある顔面へと拳を振り抜いた。


「……手間かけさせた割には、大したことねえじゃねえか」


 仰向けに倒れた少年を見て、呟く。わざわざ被害を拡大させてまで拝んだ相手の本気は、取るに足らないものだった。とんだ無駄骨を折らされたと、彼は嘆息しながら相手へと近づいて腰を下ろす。


「悪かったな、ガキ。まさか、本当に年相応の弱さだとは思わなくてよ……どうしても恨みてえなら、てめえの運のなさを恨むんだな」


 気絶している少年に対して、心の込もっていない謝罪をする。大和が真に謝るべき相手は巻き込みかけた人々のはずだが、その考えには至っていない。


「黄田君!」


 壁に開いた穴の方から、自身の名を呼ぶ声が聞こえる。そちらへと視線を向けたことで、風太の接近が確認できた。


「よう、こっちは片付いたぜ」


「よう、じゃないよ……いくらなんでもやりすぎだって。もう少し被害を抑えることもできたでしょう?」


「人の被害は出してねえんだから、うだうだ言うな」


 今回の戦いに、直接巻き込まれた者はいない。もっとも、混乱の最中に避難していたことで多少の怪我を負っている可能性はあるが。


「それより、てめえの方はやることやったのか?」


 指示こそ出さなかったが、まさか棒立ちで戦闘を見ていたわけではあるまい。大和の言葉にはそんな意味が込められていた。


「……もう一度下水道に戻ったけど、それらしき魔法陣は見当たらなかった。ダミーの情報だったみたい」


「そうか」


 交戦中に『魔力消滅魔法』が発動されないとも限らない。それを理解できていたためか、風太は一人で魔法陣の捜索を続けていたらしい。結局は無駄足だったようだが。


「後始末は任せた。俺は帰────」


 突如、大和は言葉を途切れさせる。

 今までにない種類の魔力反応が発生していたためだ。遥か遠くから微かに感じられる程度だが、彼は即座に理解できた。

 それが、強者の発するものであると。


「……用事ができた。行ってくる」


「い、行くってどこに……!」


「強え奴の匂いがする方だ」


 どうやら、風太には感知できていないらしい。そんな彼の返事を待たずに建物を飛び出し、全速力で往来を駆け抜ける。戦闘を終えたばかりだが、疲労も負傷も皆無だったため問題なく体を動かすことができた。

 やはり、恐怖などない。まだ見ぬ強敵の存在を感じ取っただけで、これ程までに胸が高鳴っているのだから。

 誰にも奪わせない。最高の戦いを、今度こそ。大和は己の本能に従い、不明な目的地へと向かうのだった。

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