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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第九章『色彩と黒歴史──伍──』
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第109話「次なる任務」

 (らい)()がクロと別れた後について、特別語れるようなことは何もない。マフィアの親玉らしい男を警察に引き渡し、(ふじ)(さき)()(ふだ)から聞いた情報を共有した後、次の行動を決めかねている間に事態は収束してしまった。

 クロと絵札が、日本で生じていた問題を二人だけで解決したためだ。少しでも役に立てればと雷貴は考えていたが、それすら叶わなかった。

 それなりに月日が経って日本へと帰還した今でも、その事実は彼の胸中で燻っている。それが、表情に出ていたのだろう。


「雷貴君? 聞いとる?」


「え? ああ、えっと……なんでしたっけ」


 向かいに座る(とも)()の追及に対し、雷貴は誤魔化すようにして微笑を浮かべる。セレスを取り巻く一件もまた方が付いていたが、休んでいる暇を与えてはもらえない。

 十一月半ばの平日。その放課後に、二人は(えい)(さい)学園の家庭科準備室で次なる任務の打ち合わせを行っていた。


「いや、大した話じゃないけども……なあんか、心ここにあらずって感じやない?」


「……少し、この間のことを思い出してて」


 つい、本当のことを漏らしてしまう。どうやら、思っている以上に余裕がなかったらしい。そう気づいた雷貴は心の中で自嘲した。


「この間っていうと、マフィア絡みのこと? それとも、日本を襲った危機の方かな」


「どっちも、ですかね」


「……聞いてもええ?」


 微笑とまではいかずとも、朋世は穏やかな表情を浮かべている。そこに安心と信頼を覚えたことで、雷貴は素直に口を開いた。


「俺、大して役に立てなかったなって」


「いやいや、そんなことないやろ……なあ、セレスはん?」


『うん』


 脳内に、声が響く。

 この教室で言葉を交わせるのは、二人だけではない。魔導具『()(でん)』に魂を移したセレスも、自由な意思の疎通が可能だった。


『暴走したモルテを抑えたのも、この魔導具を持ってたのも、雷貴。雷貴がいなきゃ、ボクも今ここにはいない』


「……でも、それだけだ」


 二人の言葉を聞いても、雷貴の表情は晴れない。


「マフィアの親玉を倒したことにも、アジトの爆発から逃げられたことにも、俺は一切関係してない……できてない。魔導具だって偶然持ってただけで、モルテさんみたいな考えは思いつかなかった」


 セレスを救うなどと意気込んでいたが、彼女のためにできたことなど、ほとんどなかった。それが、雷貴には不甲斐なく感じられていたのだ。


「日本の件も、あの二人だけで解決した。俺は俺にできることをしようと動いたつもりだけど、それすら必要なかった」


 直接力になることはできずとも、他国の協力を取り付けて彼らの手助けをすることはできるはずだ。そんな期待すら、粉々に打ち砕かれてしまった。


「そのとき最善だと思える行動を、ちゃんと自分の意思で取った。だから、そのことに後悔はないけど……やっぱり、自分がもっと強ければって思わずにはいられなくて」


 机の下で、拳を握りしめる。

 頼ってばかりだ。自分の願いすら、自力で叶えることができていない。クロとの差はここまで大きいものだったのかと、雷貴は打ちのめされかけていた。


「いやー、雷貴君の向上心には敵わんなぁ、本当」


 朋世が大袈裟なまでに高い声音でそう発し、重苦しい雰囲気を破る。面白い話などではないはずだが、彼女は何故か笑みを浮かべていた。


「雷貴君さ、自分のことをもっと褒めてあげてもええんちゃう?」


「褒める……?」


「そ。なんにもできんかったわけやないんやから、そこは自信持ってもええと思うけどな」


「でも……」


「そんなこと言うたら、うちなんて文字どおり、なぁんもできとらんからね? ほんま恥ずかしいわ……魔法学指導教員の名折れやで」


「い、いやそれは……」


 確かに、朋世はイタリアでこれといった活躍ができていない。だが、彼女の引率がなければセレスの救出に向かうことすらできなかったのだから、気に病む必要はないだろう。

 雷貴はそう伝えようとしたが上手く言葉にならず、彼女より先に口を開くことができなかった。


「まあ、うちの話は置いとくとして……とりあえずは充分な結果を得られたことやし、良しとしよ? せっかくセレスはんもモルテはんもお咎めなしになったんや。辛気臭い顔してたらあかんよ」


 既に、セレスが所属していたマフィアは崩壊済みだ。日本に潜んでいたスパイも軒並み検挙されたため、今回の件に深く関与した者の命が狙われることもない。

 マフィアの撲滅という目的が達成されたためか、セレスは今更になってクロ襲撃の件を追及されたが、魔導具として雷貴を補助することと、その活動報告を続けることで不問とされる運びとなった。

 存在自体が不安定な故に、罰を与えづらかったとも取れる。あるいは、魂の定着という前例がないであろう事象を研究するべく生かされたのかもしれない。

 モルテに関しては、マフィア所属時の犯罪経歴が明るみになったものの、今回の功績を考慮されて執行猶予がついていた。今は慈善活動に勤しんでいるようだ。

 充分、いや、最良に近い結果を得られている。それは確かに、喜ぶべきことだった。


「とにかくや、気にしすぎてもしゃあないから、切り替えてこ? 雷貴君がもっと強くなれるよう、うちも頑張って指導するからさ」


()()先生……」


 朋世の言葉を受けても、やはり気分は晴れない。ただ、いつまでも引きずっていたところでどうにもならないと思い直し、雷貴は自身の両頬を勢い良く叩いた。


「わっ、びっくりした」


「すみません、変なこと言って……さっ、打ち合わせを始めましょう」


 悩みを相談するために来たわけではない。自分にできることがあるのなら、それに全力を尽くさなくては。雷貴は気を引き締め直し、朋世の顔を見つめた。


「……よし。じゃあ、そうさせてもらうとしよか」


 雷貴の表情を見て、心配は不要と判断したのだろう。朋世は横に置いた鞄から資料を取り出し、二人が挟む長机の上に置いた。


「次の週末に、世界中の自警団を一斉動員して、ある任務が行われることになったんやけど……うちらも、それへの参加を要請されてな。今日話すのは、その件について」


「世界中の自警団を……?」


「まあ、まずはこれを読んでもらえる?」


 資料の表紙。そこに記されていた文字を、雷貴は声に出した。


「『魔力消滅魔法の発動阻止』……?」


「世界の現状を良く思っとらん連中が、徒党を組んで魔力の消滅を図っとるらしいんよ。俗に言うなら、テロやね」


 魔力に満ちた世界を望む者もいれば、そうでない者もいる。彼ら彼女らの鎮圧が任務として課されたことはなかったが、水面下で動いていたということなのだろうかと雷貴は推測した。


「消滅って……そんなことできるんですか?」


「うーん、調査によれば、奴さんはその方法を確立したらしいけど……うちも半信半疑って感じやなぁ」


「……って言うと?」


 魔法学指導教員として活動するべく『神』から与えられた朋世の知識量は、自身の比ではない。そんな彼女の見解が気になっての質問だったが、返された答えはなんとも曖昧なものだった。


「方法とやらに見当はついてない。ただ、魔力の研究って大して進んでないからねぇ。急に広がったんなら、急に消えたっておかしくない、ってのがうちの考えや。まあ、割と少数派らしいけど」


「できるわけない、もしくは、なるわけないって考えが優勢……なら、どうしてそんな大きな騒ぎになってるんですか?」


「今回の騒動に関する情報が、怪しいぐらい大量に出回っとるんよ。その資料に載っとるのはそれなりに精査されたもののはずなんやけど……それでも、その多さでね」


 教科書一つ分はありそうな厚み。それだけの枚数が、びっしりと文字で埋められている。ところどころに地図や写真、表などが添付されているが、それを踏まえても異常な量の文字数だ。


「多分、お相手さんが意図的に情報をばら撒いとるんやろうね。少なくとも、面白半分で流された噂じゃなさそうや」


「捜査の撹乱、ってことですか」


 これ程の工作をする必要があるだけの何かが、今回の騒動の裏に隠れている、ということだ。確かに静観はできないかと、雷貴は一人納得した。


「『情報』によれば……世界各地で同一の魔法陣を複数展開して、大規模な魔法を発動することで魔力を消滅させるつもりらしいわ」


「ってことは、その魔法陣さえどうにかすればいいんですよね?」


「うん。ただ、展開される場所の候補があまりに多すぎてね……だから、各自警団の協力が必要不可欠なんよ」


 日本全体の次は、世界中。自警団の活動規模もここまで来たかと、雷貴は緊張を覚えさせられた。


「俺たちも、手分けする形になるんですか?」


「うん。雷貴君、セレスはん、()(とせ)はんと、それ以外の二組に分けようかなと思っとる」


「……そういえば、その千歳は?」


 他の自警団員は任務に当たっているが、千歳は非番のはずだ。そのため、打ち合わせには顔を出すものと思っていたのだが、一向に彼女の姿が見えない。


「体調悪いらしくて、先に帰ってしもたよ。作戦までには治すって言うてたなあ」


「……大丈夫ですかね」


「まあ、当日駄目そうならうちが無理にでも休ませておくから、心配せんでええよ。人員の調整も考えておくから、雷貴君は準備を進めておいて」


「わかりました。よろしくお願いします」


 千歳のことは確かに心配だが、気を取られて任務に失敗するわけにもいかない。まずは目の前のことに集中しなければと、雷貴は資料の熟読から始めることにするのだった。

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