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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第九章『色彩と黒歴史──伍──』
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第108話「暗躍」

「はい、一名様ごあんなーい!」


 モモに先導され、扉を潜る。その先に広がっていたのは、果てしない暗闇だった。見えない足場を、()()は一歩一歩踏み締めるように進んでいく。


「ここは……?」


「魔法で作った、アタシたちのアジトだよ。正確な座標までは教えられないけど……日本から遠く離れた場所、とだけ言っておこうかな。あそこは今、大変なことになってるし」


「もしかして、私以外の人も『偽りの世界』に……?」


 閉じた扉が消滅したことを確認してから、紫穂は尋ねた。

 日本で起こっているらしい大変なことと、つい先程まで自身が陥っていた状況。それらを結びつけずにはいられなかったのだ。


「うん。というか、日本全体がそれで包まれちゃったんだよね。なんでかは私もよくわかってないけど……まあ、気にする必要ないと思うよ。きっと、心優しい誰かが解決のために動いてるだろうからね」


 異常事態のはずだが、モモは変わらぬ調子でそう告げていた。自身の計画に支障はないと踏んでいるのか、あるいは『偽りの世界』すらも利用しようと目論んでいるのか。

 心優しい誰か────自身にとっての彼ら彼女らを思い浮かべたその瞬間、後方から気配が感じられたことで紫穂は振り向いた。


「おや、お早い帰還ですね」


「げ」


 そこに立っていた一人の青年。声をかけてきた彼に対して、モモは嫌悪感を露わにしていた。


「そのような反応をされるのは心外ですね。もう少し、礼節を弁えた方が良いのでは?」


「言ってろ根暗」


「それにしても、まさか本当に連れ帰ってくるとは。失敗するとばかり思っていましたが……どうやら、貴方への認識を少しばかり改める必要がありそうですね」


「さっきの言葉、そっくりそのまま返してあげるよ」


 どうやら、二人は顔見知りらしい。間に挟んだ紫穂のことなどお構いなしに、言葉の応酬を繰り広げている。


「あの」


 こんなことで時間を無駄にしたくはない。紫穂は一言呟いてから、両者へと交互に視線を送った。


「失礼しました。自己紹介がまだでしたね」


 咳払いの後、青年は自身の胸に手を当てて一礼する。それにより彼の、肩まで伸ばされた長めの髪が揺れた。


「私は『(ぶす)(じま)ガイヤ』。服毒死を司りし『(しん)()()(せい)(りょう)』が一人です。実は、()()()さんとは初対面ではないのですが……覚えているでしょうか」


「覚えてねえってよ」


「貴方には聞いていません」


 小競り合いが止まらない二人を他所に、紫穂は思考を巡らせる。

 真四死生霊という言葉に聞き覚えはないが、恐らくは肩書きのようなものだろうと推測できた。故に、考えるべきは後半部分についてだ。


「確か、『偽りの世界』で会ってますよね」


「ええ。貴方と直接言葉を交わしたことはほとんどありませんでしたが……覚えていてくださって光栄ですよ」


 紫穂が『偽りの世界』で通っていた中学校に、教育実習生として訪れた青年。その顔も名前も、今、目の前に立っている人物と一致していた。

 封じられているはずの記憶が残っているのは、自身と同様に第三者からの干渉を受けた結果なのだろうと推測できたため、彼女は大して驚かなかった。


「ねえ、戦力の補充を急ぐんじゃなかったの?」


「元々貴方の役目だったのを代わって差し上げたというのに、随分な物言いですね……まあ、急ぎの用であることは確かですし、このあたりでお暇させていただくとしましょうか」


 その言葉の後、ガイヤの後方に再び扉が出現する。彼はそれに近づき、取っ手を掴んでから紫穂の方へと振り向いた。


「では氷見谷さん。いずれ、また」


 返事を待たずに、ガイヤがこの場を後にする。続いて、役目を終えたらしい扉も闇に沈むかのように消滅した。


「やっといなくなったよ。さて、気を取り直して計画の説明に移ろうか……っと、その前に」


 乾いた音が響く。視線を戻すと、モモが何か思い出したかのように両手を合わせているのがわかった。


「せっかく仲間になってくれたんだから、いつまでも顔を隠してるわけにはいかないよね」


 モモの特徴である狐の面が、いとも容易く外される。晒された容貌は、隠す必要など全く感じられない程に整ったものだった。


「アタシも改めて自己紹介。『モモ』って名乗ってたけど、本名は『(もも)(はら)メイコ』っていうんだ。ま、名前なんてわかればいいし、好きに呼んでよ」


「……じゃあ、せっかくですし、メイコさんとお呼びしても?」


「全然オッケー! これからよろしくね、紫穂ちゃん」


「こちらこそ」


 モモ改めメイコに向かって、微笑む。自身を悪と断言できるような相手と和やかな雰囲気を形成することができる程、紫穂もまた同等の存在へと堕ちていた。


「んじゃ、今度こそ計画を説明するね。まず、アタシたちの目的だけど……それはただ一つ。この世界を滅ぼすこと。そしてそのためには、まず冥王様の力を取り戻さなきゃならない」


「冥王、様……?」


「ありゃ、クロ君から聞いてないか」


 クロから聞いたのは、あくまで自身の秘密に関係したことだけ。彼が今日までどのように生きてきたのか、紫穂はほとんど知らなかった。

 当然だ。心から知りたいと願ったことなど、一度もないのだから。いつからか覚えた違和感の払拭にばかり気を取られ、彼への興味や心配など二の次だった。終いには、真相を受け止めきれずにこんな所まで来てしまっている。

 最早、笑うしかない。自分のせいではないと。悪いのは、全て彼なのだと。彼女は心の中で責任をなすりつけた。


「大昔に、ここじゃない別の世界を滅亡一歩手前の状態にまで追い込んだ存在。それが冥王様だよ」


「一歩手前ってことは……失敗したんですか?」


「痛いところを突いてくるねえ。ま、事実そのとおりだから仕方ないんだけどさ」


 狐の面で扇ぎながら、メイコが笑う。敬称で呼んでこそいるが、忠誠心はそこまで高くないのかもしれない。


「その世界の『英雄』とやらに相打ちまで持ってかれちゃったみたいでさ。長い年月をかけて復活したけど、今度はクロ君に負かされちゃっていいとこなしなんだ……あ、でも、いんちきじみた手を使われたせいだからね! 冥王様が弱いわけじゃないから! そこは忘れないでほしいな、うん」


 慌てたように訂正がなされる。そのせいで、新たな単語に対し説明を求める機会が失われてしまった。

 計画とやらには関係しない情報なのだろう。紫穂はそう思い込んで話を進めることにした。


「力を取り戻す……つまりは、冥王様をまた復活させるってことですか?」


「うんにゃ? 冥王様はもう復活してるよ。というより、一度復活してからはまだ死んでない、って表現する方が正しいかな」


 立てた人差し指の上で狐の面を器用に回しながら、メイコは続ける。


「冥王様が最後に戦ったのは、クロ君と、『偽りの世界』で。さっきも言ったとおり負けちゃったんだけど、魔力の一部を切り離してたから、完全に消滅することはなかったんだ」


 王という割には、小狡い戦い方だ。いや、王だからこそ、目的を達成するための手段は選ばないということか。

 これから仕えることになる存在を紫穂はどうにも敬うことができなかったが、そんな思考はおくびにも出さない。


「本当は、それを隠してたアタシたちが冥王様の力を取り戻すはずだったんだけど、結局アタシたちもクロ君たちに倒されちゃってね。危うく、計画が頓挫するところだったよ。僅かな魔力があるだけじゃ、冥王様も碌に動けないし」


 紫穂の中には、既にいくつか新たな疑問が生まれている。だが、話の腰を折らないよう、メイコの口から一通り語られるまで待つことにした。


「ただ、その後、『偽りの世界』が他の世界……クロ君が元々住んでた世界と混ざったことで、計画は再び動き出した」


 二つの世界が混ざったことで生まれたのが、今の世界。経緯こそ紫穂は知らないが、間違いなくそれが真実なのだと認識させられる。


「世界が混ざった影響か、残ってた冥王様の魔力が少しだけ増えたの。そのおかげで、ある程度自由に動けるようになった。その後、活動範囲を広げるために、この世界での『桃原メイコ』……つまりアタシに接触して、『偽りの世界』での記憶を呼び覚ました。そこから少しずつ、クロ君に気取られないよう慎重に計画を進めて、今に至るってわけ」


 その言葉の後、狐の面が真上に投げられた。それは桃色の粒子のようなものに変化し、メイコの手へと戻ることなく暗闇に消えていく。


「……わかったかな?」


「なんとなく、ですかね」


「まあ、その程度の認識で大丈夫だよ。重要なのは、これからどう動くかだからね」


 いよいよ本題に入るらしい。紫穂は一言一句聞き漏らさないよう、気を引き締め直した。


「冥王様の力を取り戻すためにアタシたちがやらなきゃいけないことは、二つ。一つ目は、世界を闇属性の魔力で包むこと。今のままじゃ、何をするにも圧倒的に魔力が足りないからね。だから、今も姿を見せようとはしないわけだし」


「……特定の魔力で世界を包むなんて、そんなことができるんですか?」


「大丈夫。この世界は元々、闇属性の魔力が蔓延してたからね……他でもない、クロ君のせいで」


 元の世界に、魔力は存在しなかったはずだ。

 何故、そのような事態に発展したのか。そもそも、元凶らしいクロがどのようにして魔力を得ることになったのか。それらの疑問が解消されないまま、話は進んでいく。


「『偽りの世界』と混ざったことで消えたように見えるけど……まだ確かに存在してる。だから、それを表出させるような魔法を発動しちゃえば、こっちのもんってわけ」


 当てはあるのだろう。ならば野暮なことを言うわけにはいかないと、紫穂は黙して続きを待った。


「二つ目は、器……冥王様に肉体を明け渡すための存在を用意すること。ここで、紫穂ちゃんの出番」


 器となり得る存在を探し出して、連れてくればいいのだろうか。紫穂の頭に浮かんだ安直な考えは、続くメイコの言葉を聞いたことでどこかへ押し流されてしまうこととなる。


「紫穂ちゃんには、その器になってもらいたいの」


 思いもよらぬ申し出により、紫穂は言葉を失った。それ程までに衝撃的な内容だったのだ。


「冥王様が狙ってるのはクロ君なんだけど、精神力が強すぎて、そう簡単には乗っ取れないんだ。だから、仲間の紫穂ちゃんを経由することで動揺を誘って、その隙に本命を頂くって筋書き」


 無意識のうちに、紫穂の口角が上がる。

 見ず知らずの存在へ肉体を明け渡すことに対し、抵抗や嫌悪感がないわけではない。だがそれ以上に、得られるものは大きいだろうと考えていた。


「ここに来た時点で拒否権はないけど、一応聞いたげる。器にはなりたくない?」


「まさか。クロ君への復讐に繋がるなら、なんだってしますよ」


 その言葉に、嘘はない。方法に驚きこそしたが、紫穂は自らの命が果てることになろうとも己が目的を達成しようとしている。


「……一つ、聞いてもいいですか?」


「何?」


「話を聞く限り、世界の滅亡は冥王様が最初に掲げた目的に思えるんですけど……メイコさんは、どうしてそれに協力しようと思ったんですか?」


 冥王に付き従うということは、その方針に少なからず賛同しているということだ。メイコもまた、自身と同様に何かしらの問題を抱えているのではないかと、紫穂は純粋な疑問を覚えていた。


「うーん、むかつく奴がいるからとか、情勢が気に入らないからとか、色々と理由はあるけど……」


 直後、メイコの雰囲気が一変する。


「一番は、『偽りの世界』と混ざったことで本当の姿を失ったこの世界に、存在意義なんてないと思えたからだよ」


 柔らかな声音と、微笑み。されどその瞳には、全く異なる感情が込められているように感じられた。


「だから、滅んでもいいと?」


「うん。敵がいなくなった後、冥王様がアタシたちをどうするつもりなのかわからないけど……もし、すぐに消されるようなことになったとしても、後悔はない。そう断言できるぐらいには、この世界を滅ぼしたいと思ってる」


 この世界を滅ぼすこと自体が、メイコにとっての最終目的であるらしい。掴み所のない彼女だが、今の返答は本心からのものだと紫穂には感じられた。


「妙な質問だったけど、もしかして気が変わっちゃった?」


「いえ。興味本位で聞いただけですよ」


 紫穂は首を横に振り、穏やかな笑みを向ける。

 今の自分は、クロ以外眼中にない。故に、冥王を中心とする計画が成功しようと失敗しようと、どうでもいいのだ。心の中で、そう自らに言い聞かせた。


「それが聞けて安心したよ。じゃあ、ここからは作戦の詳細について話し合っていこうか」


 尚も、闇の交わりが続いていく。感情の境界線を曖昧にしながら、紫穂は心身共に蝕まれていくのだった。

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