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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第八章『色彩と黒歴史──肆──』
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第102話「涙」

「ふっ」


 魔導具から放出される雷を刃代わりにして、モルテの大鎌を受け止める。何度も繰り出される攻撃を捌きながら、(らい)()は相手の動きを観察した。


(雷を取り込んで、ようやく互角の速度か……)


 以前のセレスとの戦闘と、全く同じ状況と言っていいだろう。肉体が同じであるため、当然と言えば当然だが。

 つまりは、魔導具の雷を取り込んでしまえば、充分に相手の速度を上回れるということ。ただ、即座に実行へ移す気にはなれなかった。


(できれば、()(でん)は温存しておきたい)


 慣れてきたとは言え、魔導具の雷は未だ雷貴にとって毒となりかねないものだ。自分でも限界を正確に把握できていない以上、迂闊に取り込むことはできない。


「色々試してみるとするか、なっ!」


 大鎌に触れる瞬間、放出する雷の量を増やすことで攻撃を弾いて相手の姿勢を崩す。それによって生じた僅かな隙を見逃すことなく、雷貴は更に魔導具を振り抜いた。


(……効果は薄い、か)


 紫の一閃。雷を散らしながら放ったために刃としては機能せず、裂傷を負わせることはできなかった。耐性がついてしまったのか麻痺もさほど持続しないようで、モルテの動きに鈍りは見られない。


(どうしたもんかな……)


 剣戟を続けながら、思考を巡らせる。

 先程の要領で攻撃に緩急をつければ、優位に立ち回れるかもしれない。ただ、好機を活かすことができなければ意味がないだろう。小刻みに出力を変化させると限界が早く訪れてしまうという、魔導具自体の欠点もあるため、その作戦の継続には慎重にならざるを得なかった。

 ただ、雷貴が手を焼いている間にも戦況は変化を続けていく。


(……なんだ?)


 モルテの握る大鎌が、怪しく輝き始めていた。どうやら、魔力を集中させているらしい。そのためか、一撃一撃がより重く感じられ、受け止めることが難しくなっていく。


(……来る!)


 一際眩い輝き。雷に勝るとも劣らないそれを見たことで、雷貴は危機を察知した。

 受け止めきれない。後方に飛び退いて躱した後、隙を見て反撃に移るべきだ。そう考え、彼はそのとおりに動いた。だが、予想外の事態が発生したために目を丸くさせられる。


「なっ!?」


 振るわれた大鎌の刃から、斬撃が飛来したのだ。

 絶賛跳躍中の雷貴に再びの回避行動を許すことなく、光の刃がその眼前へと迫る。彼は咄嗟に雷の刀身で受け止めたが、空中では踏ん張れずそのまま後方へと運ばれた。


「ぬ、ああっ!」


 雷の出力を上げ、光の刃を断ち切る。なんとか、土壁と衝突する前に停止することができた。

 だが、まだ窮地を脱せたわけではないらしい。雷貴がそう気づけたのは、モルテにとある変化が生じていたためだった。


「フードが、外れてる……?」


 いつの間にかフードが外れ、モルテの尊顔が露わになっている。恐らくは、攻撃の余波によるものではなく自らそうしたのだろう。

 いや、気にするべきはそこではない。

 彼女の、銀にも見紛う淡い水色の長髪が、空中で優雅に揺蕩っていた。戦闘中ながら、そのあまりの美しさに雷貴は目を奪われてしまう。

 だが、彼女の髪の一部が急速に伸び、さながら一本の太い槍のように変化して自身の方へと迫ってきたことで我に返った。


「おっと」


 前方へと走って躱しつつ、髪の到達点をちらりと見る。先程まで自身が立っていた位置に髪が突き刺さっていたことで、彼は身震いさせられた。


「こりゃ受け止めたくもないな、っと!」


 続け様に飛来する別の髪を、危なげなく回避する。

 そう、できたはずだ。充分に余裕を持って、迫る攻撃から距離を取ることができている。だが、雷貴の全身からは何故か血が噴き出した。


「ぐあっ……!?」


 突然の痛みに、膝をつきそうになる。だが、なんとか足を持ち上げて疾走の再開に移ったため、串刺しになることは免れた。

 それでも、謎の傷は増えていく。浅く細い裂傷から滲む血が、彼の衣服を赤く染めていった。


(見えない攻撃……関係してるとしたら、モルテさんの髪か?)


 謎の負傷は、彼女の髪が攻撃に絡んでから始まっている。さすがに、それと無関係だとは思えなかった。

 傷の種類からして、視認することが難しい程に細い髪が武器として用いられているのだろう。規模の把握すら難しいそれを躱し続けることは、現実的ではない。

 ならば、回避以外で解決すればいいだけのこと。


「『(らい)(りん)』」


 自身の周囲を駆け巡る雷の量を、増加させる。疑似的な鎧を纏ったとも言えるこの状態ならば、微細な攻撃を無力化することができる、という算段だ。

 たった今思いつきで編み出した戦法であるため、狙いどおりに事を運べる保障はない。だが、雷貴は臆せずモルテへと向かっていった。

 そして再びの、髪の槍。

 それを躱した後、彼の体に傷は増えなかった。


「よし!」


 これなら、距離を詰め直すことに集中できる。そう思った矢先、雷貴の前に更なる困難が立ちはだかった。

 モルテから、大鎌が投擲されたのだ。それも、二つ。

 回転を加えられて不規則な軌道で空を切っているが、それらは確かに彼を狙っているようだった。


「一つだけじゃないのかよ!?」


 文句を垂れる雷貴だが、その集中は途切れていない。髪の槍を躱しつつ、死角から迫っていた大鎌を雷の刀身で弾く。三本目の大鎌を握ったらしいモルテから斬撃が飛ばされたが、それも間一髪で回避してみせた。


「『(ごう)(らい)()(でん)』!」


 奇跡的に僅かな余裕が生まれたことで、雷貴はモルテに向けて雷を放出する。だが、彼女が握る大鎌の回転によって発生させられた風圧でかき消されてしまった。


「やっぱ駄目か」


 遠距離からの攻撃は、容易に対処されてしまう。確実に命中させるには至近距離まで詰め寄る必要があるが、相手の猛攻を掻い潜って任意の方向へ進むことは難しい。


(紫電の雷を取り込むか……?)


 そうすれば、相手の反応速度を上回れるだろう。だが、雷貴はまだ踏ん切りがつかないでいる。

 決着を付けられる自信がないためだ。相手の耐性を突破することができないまま、自分、あるいは魔導具の限界を迎えてしまうのではと危惧していた。


(躱すだけなら問題ないし……危険な橋を渡らず、クロさんが発動者を見つけるまでの時間稼ぎに徹した方がいいんじゃ……)


 弱気な考えが浮かぶが、モルテの顔を見たことで霧散する。直後、雷貴は魔導具を鞘に納め、紫色の輝きをその身に宿して駆け出した。


(そうじゃないだろ!)


 雷貴の瞳に、一切の迷いはない。

 モルテが、涙を流していたためだ。

 何も壊したくない。誰も傷つけたくない。そんな想いが、肉体の奥底に押し込められた彼女の魂から漏れ出していたのだろう。

 それを理解して尚、消極的に立ち回ることなど、彼にはできなかった。


(今の自分にできることを、全力でやる……他人を頼るのは、それからだ!)


 雷貴の変化を受けてか、モルテの攻撃も更に激化する。だが、彼はそれをものともせず躱しきり、ようやく相手の眼前へと到達した。

 そして腕を伸ばし、彼女の額にそっと手を当てる。


「止まれ」


 詠唱も兼ねた呟き。

 痛みや傷では、モルテの動きを完全に止めることはできない。それは、彼女の肉体強度だけでなく、他者に操られているという点にも影響を受けているのだろう。

 ならば、脳からの停止信号を受けた場合は、どうなるか。それを試すため、雷貴は彼女の頭部へ集中的に、かつ微弱な量で雷を流し込んだ。

 神経伝達の速度上昇を高い頻度で行使していたため、脳から発される電気信号を魔力で偽装する方法は彼の中で確立できている。もっとも、簡単な指令に限られるが。

 あとは、彼女を操っている魔法に対してそれが有効に働くか。彼は祈りつつ、様子を見守った。


「う、あ、ああ……!」


 呻き声を上げるモルテ。彼女の髪が次第に短くなっていき、やがて元の長さへと戻る。大鎌も三つとも消滅したため、雷貴に迫っていた危機は全て去った。


「成功、か」


 雷貴は倒れかけたモルテを支え、彼女の容態を確認する。

 どうやら、気絶してしまったらしい。相反する指令を受けたことで、心身に不具合が生じたということか。魔法が解除できたか定かではないが、しばらくは目を覚まさないだろう。


「……俺も、行かなきゃ」


 雷貴は体の前後を反転させると、モルテの両腕を自身の首元へ回して交差させ、彼女の足を掴んで持ち上げる。

 安静にしておくべきなのだろうが、敵地で一箇所に留まり続けることは避けたかった。まして、彼女一人この場に放置することなどもってのほかだ。


「さすがに、魔法を使うわけにはいかないよな……」


 雷の循環を停止してから、クロが進んだ通路の方へと走り出す。

 自身の体内で雷の流れを完結させられたとしても、直接触れているモルテには少なからず影響を与えてしまうことになるだろう。彼女にこれ以上の負担をかけたくはなかったため、雷貴は素の走力だけで先を目指すことに決める。

 だが、直後にどこからか警告音のようなものが鳴り響いたことで、彼はその足を止めさせられた。


(今度はなんだ……?)


 周囲の様子を素早く確認する雷貴。異常は見受けられなかったが、警告音の後に続いた無機質な音声を聞き取れたことで、安堵できる状況にないと理解することとなる。


『生体反応、消失。施設の破棄と判断。十秒後、自爆装置を作動します』


 イタリア語で、そう告げられた。カウントダウンまで始まったため、聞き間違いという可能性は極めて低い。


「モルテさんごめんちょっと我慢して!」


 一息でそう叫ぶと、再び紫色の輝きを纏って駆け出した。一歩踏み込むごとに足下から雷を放出することで、移動距離を稼いでいく。

 どんな手を使ってでもこの地下空間から脱出しなければ、二人仲良くあの世行きだ。雷貴は自身への負担すら度外視で全力を尽くす。

 ただ、与えられた猶予が短すぎた。


『三、二、一』


 出口を見つけられないまま、時間だけが過ぎていく。諦めきれずも歯を食いしばった直後、雷貴の視界は────

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