第101話「信念」
「くっそ、面倒くさいなあ、もう!」
暗がりの中、輝きを纏いながら駆けていく。枝分かれする道を当てもなく進み、行き止まりや新たに現れた敵のせいで時間を奪われながらも、雷貴は懸命に足を動かしていた。
仲間には会えず、どこに辿り着くこともできていなかったが、収穫がないわけではない。
恐らくここは、地下、あるいは洞窟内部に作られた空間なのだろう。先程の部屋とは異なり、通路が土で構成されていることからそう推測できた。
(セレスの反応は、さっきの街の地下って言ってたっけ……もしかしたら、ここがそうなのか?)
なんらかの方法で阻害されているのか、魔力反応を辿ることはできない。ただ、少なくともここが、イタリアマフィアの息がかかった場所であることは確かだ。ならば、彼女についての手掛かりぐらいは得られるだろう。期待と不安を同時に抱きながら、雷貴は一人走り続ける。
「はあっ、はあっ……」
疲れる程走っていないはずだが、心なしか息苦しい。今、雷貴を苦しめているのは連戦ではなく、空気の薄い環境そのものだった。
早く合流したいところだが、一向に見つからない。もしや、自力で移動可能な範囲内に仲間たちはいないのかと悪い考えが浮かんだ、その時のこと。
(誰か、戦ってる……?)
金属音や、足音。それから、怒号のようなものが聞こえてきた。反響しているために方向の把握が困難だったが、幸い、発生源であろう場所へと迷わず辿り着くことに成功する。
そこにいたのは、倒れ伏す数人の男。そして、その中心に立って彼らを見下ろしている、一人の人物。
パーカーのフードを深く被った彼女こそ、雷貴の仲間の一人だ。
「モルテさん!」
名を呼ばれたことで、彼女は得物である大鎌を肩に担いだまま雷貴の方へと振り返る。視界が悪いなかでも、駆け寄ってくる相手が仲間だと気づいたらしく、モルテが彼に殺気を向けることはなかった。
「良かった、無事で」
「ええ。緑間さんも、大事ないようで何よりです」
「……他の二人は?」
「いえ、まだ発見できておりません。ですが、こうして私たちが出会えたということは、どこかしらにはいるのでしょう……ただ、安心はできませんね」
転移してから、十分以上は経過している。その間ひたすらに人海戦術を取られていれば、さすがのクロとて押し負けてしまうだろう。朋世に関しては、言わずもがなだ。
「話は、走りながらにしましょう。まずは二人と合流しなくては」
「はい」
迷いなく走り出したモルテ。
国外からでもセレスの魔力反応を感知できた彼女なら、なんらかの原因で阻害されているこの状況でも問題ないのかもしれない。そんなことを考えながら、彼女の背中を追うようにして雷貴も再び駆ける。
「……ここは、マフィアのアジトだったりするんですかね」
「その認識で間違いないでしょう。先程交戦した相手のなかに、見覚えのある構成員がいましたから」
かつて所属していた組織であれば、顔見知りがいるのは当然だ。ただ、その他に気がかりな点があった。
「モルテさんも、ここに来るのは初めてなんですか?」
構成員が、アジトの詳細を知らないなどということがあるのか。雷貴はその界隈に精通しているわけではないが、どうにも奇妙に思えてならなかった。
「私の所属していたマフィアは、頻繁にアジトを変えているので……ここも、私が脱退した後に新しく作られたものと思われます。恐らくは、私たちが先程までいたはずの街の、地下に」
「……そんな所に、どうしてわざわざ俺たちを招き入れたんですかね」
「詳細は不明ですが、ただの思いつきにしては用意周到に感じます。まるで、こうなることがわかっていたかのような……」
雷貴と同じ考えを抱いたらしく、モルテが呟く。その後に続いた彼女の声は、次第に小さくなっていった。
「まさか、セレスの魂が私に宿っていることにも気がついていた……? だとすれば、セレスの核たる部分を所有していたとしてもおかしくはない……でも、そこまでする狙いはどこに……」
「モルテさん?」
雷貴の呼びかけにより、モルテの肩が上下に大きく揺れる。どうやら、完全に自分の世界へと入り込んでいたらしい。
「……すみません。思考に没頭してしまいました」
走りながら振り返って謝罪を述べた後、セレスは即座に進行方向へと視線を戻す。今のところ新手は確認できないが、いつ襲撃されても問題ないように備えているのだろう。
「不明な点が多いですが、少なくとも、相手がセレスを利用しようとしているのは確かです。早急に、あの子を救い出さなくては」
「そうですね」
ちょうど会話に一区切りついたところで、二人は開けた場所へと辿り着く。と言っても、依然として陽の射さない空間ではあるのだが。
「ここは……」
雷貴が転移した場所とは異なり、ただ広いだけで部屋のようにはなっておらず、通路と同様に土が剥き出しになっていた。
内周部には、二人がたった今通過したものを含めて三つの出入り口が存在している。どちらか、あるいは両方とも行き止まりかもしれない。
「モルテさん、どうします? 二手に分かれますか?」
「いえ、その必要はありません。セレスの魂はこちらから────」
そこで、モルテの言葉が不自然に途切れる。またしても転移した、というわけではなく、彼女は今も雷貴の前方で確かに立っていた。ただ、その背中が僅かに丸まったように見受けられる。
「モルテさん?」
回り込んで彼女の様子を確認しようとした雷貴だが、嫌な予感を覚えたことで咄嗟に飛び退いて距離を取る────直後、彼の眼前を大鎌が通過した。
予感は、的中してしまったようだ。
「モルテさん、何を……!」
雷貴の言葉など気にもしていないかのように、モルテが攻撃を仕掛け続ける。その速度は凄まじく、神経伝達の速度を上昇させていなければ、最初の一撃で決着が付いていた程だ。
(裏切り……いや、操られてるのか?)
攻撃する直前、モルテは苦しんでいるかのようだった。そう演技していたと言われてしまえばそれまでだが、やはり、彼女が裏切るような人物だとは雷貴には思えない。
「モルテさん、ごめん!」
相手の攻撃が空振りに終わった瞬間、両の掌から雷を放出する。緑色のそれは無事命中し、モルテを負傷させることにも成功していたが、戦闘を中断させるまでには至らなかった。尚も、大鎌が雷貴の血を欲するかのように迫ってきている。
(戻らない……どうしたら……!)
周辺に、怪しいものは何もない。であれば、魔法による遠隔操作を受けていると考えるのが妥当だろう。そうだとして、何故モルテだけが対象になっているのかという疑問は残るが。
彼女を振り切ってその発動者を探す余裕は、ない。彼女への干渉で魔法を解除するか、彼女を戦闘不能にするか。雷貴に取れる選択はそのどちらかだ。
「くっ……」
相手が、雷貴の速度に慣れてきたらしい。次第に回避が難しくなり、雷を放出して大鎌の軌道を逸らさなければならなくなってしまった。
モルテを倒すことは実力差から言って難しい。可能だとしても、彼女程の戦力を今失うのはあまりに惜しかった。
ただ、魔法を解除する手段もそう簡単には思いつかない。執拗に迫り続ける大鎌を捌きながら雷貴が頭を悩ませていた、その時。
彼の目の前に、黒い壁のようなものが広がった。
(なんだ……?)
直前に雷貴が放った雷は、その壁に受け止められる。モルテの方にも同じものが展開されていたらしく、甲高い音が響き渡った。
「何やってんだ、お前ら!」
聞き馴染んだ声。黒い壁が消滅するとともに二人の間に現れたのは、探していたもう一人の仲間、藤咲クロだった。交互に向けたその顔は、いつになく険しいものとなっている。
当然だ。彼の目には、雷貴とモルテが仲間割れをしているようにしか見えないはずなのだから。
「クロさん、離れて!」
呼びかけを受けてか、クロは片眉を上げながら雷貴の方を向く。意図を尋ねるために口を開こうとしたようだが、直後、その背を狙って大鎌が振るわれた。
「危ねっ」
見ずとも攻撃に気づいていたのか、クロが闇の剣を形成しながら振り返り、自身に迫っていた大鎌の刃先を、右手に握ったそれで弾く。何度か同じやり取りを繰り返すと、モルテの方から距離が取られた。
「……何がどうなってるんだ?」
「合流してすぐは、なんともなかったんだ。だけど、急に様子がおかしくなって……まるで、操られたみたいに」
「操られた……?」
そこから、僅かに間が開く。クロもすぐには状況を整理できないようだった。ただ、相手がそれを待ってくれるはずもない。
「ちっ」
呼吸を整えてから、モルテが再び大鎌を振るった。
クロも先程と同様に剣を当てて弾き返しているが、反撃に出ることはできていない。下手に距離を詰めれば、即座にその刃の餌食になると理解していたためか。
「おい、本当に操られてんのかよ、モルテ!」
挑発気味な問いかけ。恐らくは、雷貴の脳内をよぎった邪推が、クロの中にも生まれていたのだろう。
答えの代わりに、モルテは呼吸の音だけを返している。そんな彼女を見て何を思ったか、彼は沈黙したまま相手の攻撃を受け止め続けていた。
そして、戦う彼の背中を見て、雷貴もまた考えを巡らせる。
(俺が、やるべきことは……)
優先すべきは、モルテにかけられているであろう魔法の解除だ。クロと合流できた今、一人が彼女を抑え、そのうちにもう一人が発動者を探して倒す、という選択が取れるようになった。
どちらをより強い方が担当すべきか、現段階では判断ができない。ただ、この作戦が思い浮かんだ時点で雷貴の心は決まっていた。
「雷貴! ここは俺に任せて、お前は魔法の発動者を────」
クロが言い終わる前に、雷貴はその後ろ襟を掴んで彼の体を自身の方へと引き寄せる。同時にもう一方の手から雷を放出し、モルテの体を緑色の閃光に包み込んだ。それにより、彼女の動きも停止する。
「お前、何して……」
「……俺に、任せてほしい」
雷貴は二人の間に立つと、クロに背を向けたまま続けた。
「もしかしたら、殺してでもモルテさんを止めなくちゃいけなくなるかもしれない。それでも、俺は諦めたくないんだ」
鞘から魔導具を引き抜き、モルテと向かい合う。
「だけど、そんな俺のエゴをクロさんに押しつけるわけにはいかない。俺の願いは、俺の手で叶えなきゃいけない……いや、叶えたいって、そう思うんだ」
刃の代わりに顕現する、紫色の雷。それこそ、モルテと全力でぶつかり合うという雷貴の覚悟そのものだ。
力不足かもしれない。考えが甘いかもしれない。
それでも、譲るわけにはいかなかった。
「俺だって、端から諦めるつもりはねえけど……なら、ここは任せた」
そのままでいい。かつてそう告げたのは、願ったのは、託したのは、他でもないクロだ。彼自身それがわかっていたためか、食い下がることなく自らが来た方とは別の通路へと駆けていった。
その行く手を、モルテによって阻まれそうになるが。
「邪魔はさせない」
雷貴は魔導具から雷を放出し、モルテの体に纏わりつかせる。彼女が痺れている間に、クロの姿は暗闇へと消えていった。
「すぐに見つける! なんとか持ち堪えてくれ!」
洞窟に反響する声を聞きながら、雷貴はモルテの動きを注視する。彼女は既に、雷から解放されているようだった。
紫電の力は確かに凄まじいが、モルテの肉体もまた異様なまでに強靭だ。それを、彼はかつての戦いで嫌という程思い知らされている。
「さあ、リベンジマッチといかせてもらいますよ」
身に覚えはないだろうが。そんなことを心の中で呟きながら、雷貴はモルテの方へと駆け出した。




