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クロと黒歴史:補完篇  作者: ムツナツキ
第八章『色彩と黒歴史──肆──』
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第100話「異国の地にて」

 三種の神器、草薙剣(くさなぎのつるぎ)を回収した翌日。(らい)()、クロ、そして、本物の『セレスティーナ』ことモルテの三人は、(えい)(さい)自警団の顧問、()()(とも)()の引率のもと、十時間以上の長旅の果てにイタリアを訪れていた。

 神器の権能により消滅してしまった、セレスの魂を捜索するためだ。()()(あおい)の計らいにより、日本の公的機関に対しては、諜報活動という名目が。マフィアに対しては、セレスの一時帰省という名目が、それぞれ掲げられていた。


「なあ、まだ着かねえの?」


 先を歩くモルテの背に、クロが問いかける。仮眠を挟んでこそいるが、ひたすらに移動し続けているため、彼が気怠げなのも仕方のないことだろう。


「どうやら、この辺り一帯の地下に、あの子の魂が存在しているようです」


「地下っつったって……どうやって行くんだよ」


 四人が歩いているのは、寂れた住宅街だ。活気のなさが異様で、首都周辺と比較するとその差は歴然だった。人通りが少ないため動きやすくはあるが、情報収集には手を焼きそうだ。


「どこかに、階段や通路があるはずです。それを探すしかありませんね」


「……見つかったとして、入って大丈夫なのか?」


 至極真っ当な疑問を、クロがぶつける。

 その場所にいることを、セレスが望んでいるとは限らない。何かしらの障害が立ち塞がったことで、身動きを封じられている可能性は充分にあるだろう。もし、それがマフィアによるものだとしたら、地下への潜入は悪手になりかねない。


「最終判断は、教員の方に任せましょう」


 モルテが立ち止まって振り返ったことで、雷貴は彼女と目が合った。

 彼がなかなか会話に混ざれないでいたのは、何も彼女との距離感を掴みかねていたためではない。この場にいるもう一人の介抱に手一杯だったためだ。


「先生、大丈夫ですか?」


「堪忍なぁ。よりにもよって、引率の教員がうちで」


 雷貴の肩を借りながら、苦笑する朋世。どうやら乗り物酔いが激しいらしく、長旅による不調が尾を引いているようだった。


「蒼君め……うちが乗り物苦手なこと、知っとるくせに……」


「火野先生と親しいんですか?」


「同じ大学出身やからなぁ。魔法学の指導教員になる前から、それなりに付き合いがあったんよ……うぷっ。また、吐き気が……!」


「先生、こっち行きましょうこっち」


 想い出と、それを紡ぐ言葉の流れで、吐き気まで込み上がってきたらしい。

 クロの質問への答えはまだ途中に思えたが、往来で見苦しいものを晒すわけにはいかないため、雷貴は朋世を側溝まで連れていった。


「……まずいですね」


「ああ。あれじゃ、碌に動けないよな」


「いえ……それも心配ではありますが、私が申し上げようとしたのは、また別のことです」


 朋世の嘔吐とともに、二人の会話が耳に入る。クロと同じことを雷貴も考えていたが、モルテが指しているのは別のことだったらしい。


「セレスの魔力反応が、妙なのですよ」


「妙?」


「地下で、分散しています。どうやら、魔法を行使しているようですね。捜索への影響はさほどありませんが……あの子の魂に何かが起こっていることは間違いないでしょう。急いだ方が────」


 不自然に途切れる、モルテの言葉。何かあったのだろうかと視線を向けた瞬間、雷貴の視界は急激に切り替わった。


「……は?」


 無機質な印象を抱かせる色合いで構成された、研究施設の一室のような空間。先程までいたはずの仲間の姿はどこにも見受けられず、代わりに、屈強な男たちが十人程、雷貴を取り囲むようにして立っていた。


(夢じゃ、なさそうだな)


 頬をつねりながら、現状の整理を試みる。

 幻覚の類でないとしたら、魔法で転移させられたと考えるのが妥当だろうか。そして、セレスがいると思われる場所でそれが引き起こされたということは。


「あんたら、もしかしてマフィアの人?」


 念のため、イタリア語で話しかける。流暢とは言い難かったが、聞き取れないことはなかったらしく、一人の男が雷貴のもとへと近づいてきた。


「話すことなんてねえよ……死ね」


 その言葉を合図に、雷貴を包囲していた男たちが一斉に彼へと襲いかかる。

 考えている暇はない。まずは相手を全員無力化せねばと、雷貴は普段の要領で雷を放出しようとした。

 だが。


「……なんだ?」


 確かに、掌からは雷が出た。ただ、それは瞬間的に床へと引き寄せられ、誰に達することもなく消滅してしまう。


「雷さえ封じれば、こっちのもんだ」


 どうやら、この空間自体に雷貴の魔法を封じる仕掛けが施されているらしい。恐らくは、避雷針のようなものが設置されているのだろう。

 わざわざ他の仲間と分断してこの場へと転移させたあたり、事前に準備していた可能性が高い。まるで、彼がセレス奪還のためにイタリアへ来ることを知っていたかのようだ。


(……封じられてるのは、あくまで放出だけ、か)


 全身に雷を流してみるが、吸収されたり、霧散したりといった様子はない。制御を奪われるのは、体外に放出した瞬間ということか。

 それならば、まだ手はある。雷貴は緑色の輝きをその身に宿し、尻込むことなく臨戦態勢に入った。


「『(らい)(じん)』」


 詠唱の直後、雷貴は姿を消す。

 正面に立っていた男との距離を一瞬で詰めると、相手がそのことに気づくよりも速く、顔面に拳を叩き込んだ。

 どこからか上がったざわめきを他所に、雷貴は駆ける。反撃を受けることなく、一人、また一人とその手足の餌食にしていった。


(意外とタフだな……)


 触れる度に雷を流し込んでいるが、誰一人として気絶することがない。どうやら、個人での電撃対策も講じているようだ。

 つまりは、物理攻撃のみで仕留める必要があるということ。


「怯むな! 所詮は一人だ!」


 触れることすらできていないが、相手は果敢に応戦を試みている。雷貴の体力、あるいは魔力の消耗を狙っているのだろう。

 ただ、そう気づいても彼が焦りを覚えることはない。


(雷を全身に流すのも、だいぶ慣れてきた)


 魔導具『()(でん)』の激しい雷を度々扱ってきたからか、自身の魔力由来のそれであれば神経伝達の高速化も問題なく行えるようになっていた。限界がないわけではないが、出力さえ間違えなければ早々にそこへと至ることもない。


(全員、倒しておくか)


 通路を塞がれているわけではないため、男たちを無視して先を急ぐことは可能だ。だが、自身と同様に転移させられたであろう他三人のもとへ、この人数を引き連れていくのは憚られた。

 魔導具なしでも、危なげなく勝利できる。それも、充分な余力を残して。ならば、ここで全員倒しておいた方が得策だ。


「何十人だろうが、俺は負けないよ」


 体内を巡る雷が激しさを増したことで、雷貴の速度が一段階上昇する。そこから繰り出される攻撃を耐えることは容易ではないらしく、しぶとく立ち上がっていた男たちは次々と伏していった。


「仲間が待ってるだろうから……こんな所で足止め食ってられないんだ」


 相手の顎目掛けて拳を振り抜き、沈黙させる。

 それが、最後の一人だった。奥の手が使われることもなく、雷貴以外の全員が四肢を投げ出している。増援もないらしく、先程までの喧騒が嘘かのような静寂が空間に漂っていた。


「あ、やべ、話聞き損ねた」


 その場に屈み、近くに転がっていた男の頬を叩いてみる。だが、返事はない。しばらくは意識を取り戻しそうになかった。

 分け隔てなく痛めつけたため、他も同様と思われる。一人ぐらいは残しておくべきだったかと、困ったように後頭部を掻きながら雷貴は立ち上がった。


「まあいいか。どうせ話さないだろ、うん」


 過ぎたことを気にしていても仕方がない。それよりも、行動あるのみだ。心の中でそう言い訳しながら、たった一つしかない通路へと向かう。


「……無事でいてくれよ、みんな」


 他三人が近辺にいる可能性は極めて高い。恐らくは、セレスも。

 今し方交戦した相手程度の実力しか持たない存在に遅れを取るとは思わないが、万が一ということもある。特に、戦闘向きの魔法ではない朋世が心配だ。

 一刻も早く仲間のもとへ駆けつけるべく、雷貴は輝きを纏ったまま先へと進むのだった。

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