7「次の国へと旅立ちながら新たな仲間を探すルドたち」(※世界地図アリ)
ルドたちがいるキングカプート王国があるこの大陸は、ラウンド大陸と呼ばれている。
南西のキングカプート王国、南東のローズベネット帝国、北東のデホティッド皇国、そして、北西には、嘗て獣人たちが暮らすチェイフォレート共和国があったが、現在は魔王領となっている(三百年前に当時の勇者(通称〝アホ毛勇者――四重の円を描いている立派なアホ毛があったので〟)が、その地下に魔王を封印したのだが、百年前に復活して、チェイフォレート共和国は滅びた)。
近年人間の国同士で争う事は無くなったが、昔は戦争ばかりだったらしい。
(大陸の名前がどことなく格ゲーっぽいしな)
心の中で一人そう呟くルド。
ラウンド大陸は、〝四芒星〟――俗に〝キラキラマーク〟と形容されるもの――の形をしている。ダイヤモンドのような菱形の各辺が、内側に曲がる曲線になったものだ。
キングカプート王国の王都クローズ――の安宿――を拠点としているルドとラリサは、正式にパーティーを組んだ後、三日間掛けて、A・B・そしてCランクダンジョンに一回ずつ潜り、冒険者ギルドのクエストをこなして路銀を貯めた。
その際――
「『感知』」
――ルドは、感知魔法で罠を感知して、事前に潰し、または回避して――
「『岩圧』」
「「「「「ギャアアアアアアア!」」」」」
――岩場では地面・天井・壁を構成する岩を動かして――
「『土圧』」
「「「「「ギャアアアアアアア!」」」」」
――岩ではなく土ならば、土砂を操作してモンスターを圧死・または窒息死させて、完全勝利を重ねて行った。
全ては、あの日、ラリサの前で、〝わざとモンスターに自身を襲わせる〟という失態を演じてしまった後悔があったため。
もう二度とあのような醜態は晒さないと心に誓った彼は、反省を活かして、全力でモンスターを屠っていったのだ。
これで、ラリサも大満足だろうと思っていたのだが――
「えっと……あのね、ルド君……」
最終日の朝。
ダンジョン入口を眼前にして、非常に言い辛そうにしながら、ラリサが切り出した。
「全力で戦ってくれてありがとうね、ルド君。でも、この間あんな事を言っておいて、本当に申し訳ないんだけど、出来たら、その……えっと……私にも戦わせて欲しいなって」
折角氷魔法を使えるようになって、これからどんどん新しい魔法も試して習得していきたいと意気込んでいたラリサだったが、全く出番が無く、この二日間、ずっと手持ち無沙汰だったらしい。
(そうだったのか……難しいな……)
「分かった。気付かないで悪かった」
「ううん、良いの! 私の方こそ、ごめんね!」
素直に謝罪するルドに、ラリサがブンブンと手を振って、応じる。
協議の結果、出現したモンスターが一体だった場合は、ラリサが戦い、ルドはあくまでサポートに徹する事、二匹だった場合は、二人がそれぞれ一匹ずつ対応する事、三体以上出没した時は、一匹はラリサが倒して、残りは全てルドに任せる、ということを決めた。
そして――
「『氷柱』! やった! 『氷牢獄』以外の魔法を使えたの、初めて!」
ぴょんぴょん跳びはねて喜ぶラリサを見て、ルドも微笑む。
前世ではずっと一人で目標達成して来た彼にとって、こうやって仲間が成長して前に進んで行く姿を見られるのは、新鮮だった。
勇者パーティーに所属していた時には、決して経験出来なかった事だ。
※―※―※
ちなみに、その勇者パーティーだが、現在は――
「何で上手くいかねぇんだ!?」
――苦境に立たされていた。
動きが遅いルドの代わりに、敏捷性が高い武闘家の青年――身長もルドより高く、筋骨隆々だ――をパーティーに入れたのだが――
「Bランクダンジョンのモンスターくらい、一発で仕留めろよ!」
――確かにスピードは速いのだが、見た目から期待する程の攻撃力を、彼の拳は宿していなかったらしく――
「仕方がないだろ! 俺はスピード特化なんだから!」
「なら、せめて敵の攻撃を受けた際に、直ぐ回復を求めるな!」
「この軽装でそんな防御力がある訳ないだろ!」
思わず、「ルドだったら、何度攻撃を食らっても平気な面して――」と口にし掛けて、勇者は言い淀んだ。
「チッ! あの野郎の方がマシだったとか、そんな訳ねぇ! そんな訳……!」
顔を歪める勇者。
あの後直ぐにAランクダンジョンに潜る予定が、Bランクダンジョンすらも攻略出来なくなっており、明らかにパーティーとしての〝強さ〟が落ちていた。
実は、ルドが所属していた当時、「どんなモンスターからどのような攻撃を食らっても全く無傷である」という規格外の能力以外に、彼は、本人も気付かない内に、勇者パーティーに多大な貢献をしていた。
それは、パーティーをクビになった直後に発露したと思っていた〝地面・天井・壁を操る能力〟を、既に当時から無意識に使っていた、という事だった。
ルドは、〝勇者パーティーに貢献する〟という目的のために、精神を極限まで集中させていたため、それが自然と〝能力〟として現れており、無意識のうちに、土魔法でダンジョン内の壁や天井、或いは地面を変形させて、モンスターの体勢を崩したり、振り翳した武器を天井からせり出た岩にぶつけさせて攻撃を防いだりしていたのだ。
武闘家の彼にそんな魔法が使えるとは思ってもいなかった勇者とメンバーたちは、全く気付いていなかった。
――否、一人だけ――僧侶の少女だけは、「もしかしたら……」という程度ではあるが、思い至ってはいた。が、何の確証も無く、ルド自身にも意識してそのような能力を使っている様子は見られなかったため、遂に彼が追放されるその時まで、言い出す事が出来なかった。
※―※―※
一方、路銀を溜めたルドとラリサは、翌日から東の隣国であるローズベネット帝国へと向かう事にした。
ルドは、〝自分の姿を映せる鏡もしくはそれに準ずるものを見付けるため〟に。
ラリサは、〝SSランク冒険者になって父と兄たちを見返すため〟に。
そして、彼らの旅の目的は、もう一つあった。
ラリサの目標達成の手助けをしようと決意したルドは、彼女以外にも、同じように不遇に苦悩する冒険者の卵がいた場合は、その能力を開花させて、あわよくば仲間になって貰おうと思っていた。
そんな二人は、今日の分の報酬を冒険者ギルドで受け取った後、今現在は、王都の中央通りを歩いている。
と、その時――
「あ……」
ラリサが、どうやら恋人同士らしい、人目を憚ることなく身体を寄せ合い見詰め合う若い男女を見て、ふと立ち止まって、呟いた。
「……ルド君」
「ん? どうした?
「今、ちょっと思い付いたんだけど……ルド君……〝私の目〟に映らないかな?」
「目に……ああ、なるほど」
自分の顔を映せる〝鏡〟もしくは〝それに準ずるもの〟を探しているルドだが、鉱石などの、何かしらの物体や、モンスターなどは候補として考えていたものの、〝人間の瞳〟は思い付かなかった。灯台下暗しだ。
「試してみる?」
「ああ、そうだな。やってみよう」
「うん、分かったわ!」
「ありがと――お!?」
気軽に頷いたルドだったが――
――黒帽子を脱ぎ、至近距離に近付いて来たラリサを見て――
(いやいやいや!)
(ちょっと待て!)
(近い! 近いってば!)
――当たり前だが、他者の瞳を覗き込もうとすると、相当近くに顔を近付けなければならない。
「…………?」
小首を傾げるラリサと対照的に、ルドの心臓は早鐘を打ち、ダラダラと汗を垂らしながら――
(落ち着け!)
(これはあくまで、俺の顔を映せる〝鏡に準ずるもの〟を探すための行動だ!)
(〝目標達成〟のための手段だ!)
(それ以上でも以下でもない!)
必死に冷静さを取り戻そうとして――
「では、失礼……」
何とか、ラリサの、長い睫毛に縁取られた大きくて綺麗な瞳を覗き込むと――
「……映らないな」
「……そっかぁ……良いアイディアだと思ったんだけどな。残念」
首を横に振って、結果を告げた。
「でも、俺が思い付かなかった考えを教えてくれて助かる。ありがとう」
「えへへ。それなら良かった!」
ラリサは、いつもの温かい笑みを浮かべ、二人は再び歩き始めた。
※―※―※
その後。
折角だからと、宿にあるものではなく、中央通りにあるレストランで食事をした後。
安宿に戻る途中で――
「よぉ、兄ちゃん。どうだい、一発〝やって〟かないか?」
髭を生やした客引きらしき男性に、ルドが話し掛けられた。
ルドたちが泊まっている宿は、その値段の低さから、路地裏に位置しており、近くには娼館など、怪しげな店が立ち並んでいるのだ。
いつもと違って、外で食事をしてから宿付近に戻って来たため、時間が遅くなり、結果的に呼び込みに捕まってしまったらしい。
「ダメよ、ルド君! いかがわしいお店なんかに行っちゃ!」
目を剥いて噛み付くラリサに、ルドは無表情で答える。
「安心しろ。明日から旅に出るというのに、そんな金は無い」
「いや、お金の問題じゃなくてね……」
複雑な表情を浮かべて、まだ何か言いたげなラリサの言葉を、客引きの男が遮った。
「そうか、悪かったな。普段なら女連れの男になんか声は掛けねぇんだが、こうも景気が悪くっちゃな」
「そんなに悪いのか? そうは見えないが」
「いや、王都全体の経済の話じゃなくてな。娼館界隈の話さ」
男が言うには、最近、〝サキュバス〟が現れて、男性たちを誘惑しているとの事だった。
「絶世の美女と噂されるサキュバスに〝一週間は足腰が立たなくなるまで精を吸って貰える〟んだ。そりゃ、みんなそっちに行くだろうさ。しかも、向こうは無料だしな。本当、商売上がったりだぜ」
肩を竦める男を残して、ルドたちは安宿へと向かった。
「〝サキュバス〟って……立派なモンスターじゃない! 何で討伐しないのよ! もう、これだから男は!」
自身も〝男〟であるルドは、プリプリと怒りながらズンズンと歩いて行くラリサに掛ける言葉が見付からず、ただ無言でその後をついていった。
そんな彼ら二人を――
「………………」
――四重の円を描いているアホ毛を持つ者が、遠くから見詰めている事に、ルドたちは気付かなかった。
※―※―※
翌日。
国と国を繋ぐ大きめの街道をルドとラリサは移動していた(念のために、王都を発つ前に「家族には知らせなくて良いのか?」とルドは訊ねたが、ラリサは「良いの!」と、頬を膨らませて顔を背けたので、「そうか」と、それ以上は聞かなかった)。
暫くすると、向こうから、積み荷を載せた馬車がやって来る。
「こんにちは!」
ラリサがまるで太陽のように明るい笑顔で挨拶すると、擦れ違った馬車の御者台にて馬を操る商人もまた、つられて笑みを浮かべて挨拶し掛けるが――
「こんにち――わぁ!?」
――武闘家と魔法使いという二人組の少年少女の〝移動方法〟が特殊過ぎて、目を剥いて驚く商人。
ルドたちは、彼が土魔法で地面の一部を隆起させた後、その上に乗って、スーッと移動させる、という方法で、移動していた。――馬車並のスピードで。
本当はもっと速く移動出来るのだが、自分だけならいざ知らず、ラリサも乗せているので、無茶は出来なかった。
だが、馬車並の速さという事は、一週間でローズベネット帝国に到着出来るので、悪くは無いだろう。
それに、馬車を借りるなり買うなり、場合によっては御者を雇うなどという、本来ならば必要であったはずの諸々の費用が全て浮くのだ。
食費にしろ宿泊代にしろ、路銀は幾らでも掛かるのだから、節約出来る手段があるならば、講じない手はなかった。
「フフッ。驚かせちゃったね」
可笑しそうに笑うラリサに、「まぁ、普通はこんな事しないだろうからな。魔力が勿体無いし」と応じるルド。
そして、〝余り速く移動しないもう一つの理由〟があった。
それは――
「『燻ぶってる冒険者感知』」
「何度聞いても、嫌な魔法ね、それ……」
――先述の〝不遇に苦悩する冒険者の卵を探すため〟だった。
思わず眉を顰めるラリサだが、ルドは気にしない。
〝目標達成のため〟ならば、彼は恐ろしい集中力を発揮するからだ。
彼は、これまで何度も、街道を移動中に感知魔法を使って来た。
全く引っ掛からなかったが、諦めず、愚直に繰り返ながら。
そして、とうとう――
「むむっ。燻ぶってる剣士を発見」
――とある村に住む、一人の少女剣士を見付けた。