58「二千年前に何が起こったか(3)」
「彼らの何人かは、偶々他国に行く用事があって、難を逃れたんだ。勿論、恐ろしく巨大な光線が空から降り注いで来たのは、目撃したみたいだけね。誇張抜きで、この世の終わりかと思ったようだよ」
一体、その心に、どんな感情が去来しているのか。
一同が想像すら出来ない中、ハルドレは話を続けた。
「少しして、彼ら彼女らは強制的に、この巨大樹の中へと空間転移させられた。それは、当時のエルフの族長の力だったんだ」
彼――族長には、〝ほんの一瞬先の未来〟が見えるという〝未来視〟の特殊能力があったらしい。
族長は、空から想像を絶する大きさの光線が降り注ぐ〝未来〟を視て、咄嗟に自分と息子のみ、魔法で遠くへと空間転移して、生き延びた。
そして、基本的に同族の集落内で過ごす事の多いエルフたちの中で、当時、偶々他国へと旅をしていたり、用事があって皇都リギトミ等を訪れていたりと、集落外にいた者たち七名を、巨大光線のせいで半分になった巨大樹の中へと、空間転移魔法で呼び寄せた。
「皆、辛いじゃろう。悲しいじゃろう。苦しいじゃろう。儂も想いは同じじゃ。じゃが、儂には、族長として、やらねばならぬ事がある。それは、もうこれ以上、同胞を失わないようにする事じゃ。もうこれ以上、同胞が傷付かないようにする事じゃ。そのために、この巨大樹に、特別な魔法を掛けた。これで、もう誰がこの巨大樹を襲っても、破壊する事など叶わぬ。たとえあの巨大光線であってもじゃ。それどころか、この巨大樹には、認識阻害魔法を掛けてあるからのう。そもそも、知覚する事も、触れる事も出来まいて。安心するのじゃ。ここが、お主らの新しい家じゃ」
家族を、恋人を、友人を、愛する人を失い傷付いたエルフたちの心に、族長の心は優しく、しかし力強く沁みた。
故に、誰も反対しなかった。
無論、その理由は族長の演説だけではなかった。
〝巨大光線に対する恐怖――トラウマ〟があった事も大きな要因だ。
※―※―※
エルフたちは、族長、そして族長の息子を含め、合わせて九名で暮らし始めた。
男女比は、男五人、女四人だった。
魔法に長けた一族であるエルフたちは、物体創造魔法を始めとする様々な魔法を扱える。
菜食主義者である彼ら彼女らは、植物さえ生み出せれば、食べる物に困らなかった事と、樹木内部とは思えない程に広大な空間であった事もあり、何不自由なく生活出来た。
「彼らは、安寧を得た。いつまたあの巨大光線が襲って来るかとビクビクしていた者たちも、何ヶ月も何も無い日々が続いていく中で、少しずつ落ち着きを取り戻していったんだ。全部、族長のおかげだ。誰もが、そう思っていた」
ふと、ハルドレが、手の中のコップへと、視線を落とす。
「……そう……思っていたんだよ……きっと……みんな……」
コップの中の水が――震え出した。
「それから、三年ほど経ったある日。何気無く、一人のエルフが、族長に言ったんだ。『そろそろ、外も安全になったんじゃないか。これからは、定期的に巨大樹の外に出掛けたい』って」
ハルドレの顔が、辛そうに歪む。
「そしたら、族長は……見た事も無いような、恐ろしい形相で、怒号を上げたんだ。『何が不満なんじゃ!? 儂に救って貰った恩も忘れて! 外の世界などと! お主たちは、一生ここで暮らすんじゃ! 外になど、出る必要は一切ない!』って」
〝エルフたちを守るため〟に、〝外敵を中に侵入させないため〟に、誰にも破壊出来ない〝結界〟を施したと、族長は言っていた。
だが、実はそれは、〝エルフたちを守るため〟ではなくて、〝エルフたちを外に出さないため〟だった。
彼は密かに、外からの侵入だけではなく、内側からも外に出られないように、魔法を掛けていた。
それも、恐ろしく高度な、エルフ族の頂点に立つ彼以外には決して解けないような魔法を。
そこまで語ったハルドレは――
「彼らは、〝安寧の地〟を得たと思っていた。でも、実際は……ただの〝牢獄〟だったんだ」
――吐き捨てるように、そう告げた。




