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3「痛みが分かるから」

 ――話し終わると、ラリサは目を伏せた。

 その出自と半生は、前世でルドが歩んだものとは全く違うものだった。


 だが、共通している事もあった。


「なるほど。俺も勇者パーティーを追放されたばかりだから、そこは同じだな」

「え? そうなの?」


 意外だったらしく、そう聞き返すラリサに、ルドは首肯すると、徐に問い掛けた。


「ラリサには、何か目標はあるか?」

「!」


 思わず目を見開くラリサ。

 自分の話を聞いた上で、まさかそんな質問をされるとは思わなかった。


 「名家の魔法使いの癖に、魔法一つまともに使えない奴がどんな目標を持とうが、無駄だ」と言われても仕方が無いと思っていたからだ。


「あのね、私の目標は……」


 言葉を紡ぎ始めてから一瞥すると、ルドは真剣な面持ちで聞いている。

 その表情に背中を押されて、ラリサは息を吸い込むと、告げた。

 

「父さんがSランク冒険者で、冒険者ギルドに、ミスリル製のプレートに名前が彫られて、壁に飾られているの。二人の兄たちは、それぞれAランクとBランクよ。いつか私は、父さんを超えて、SSランクになるわ! そして、冒険者ギルドに、プレートを飾って貰うの!」


 そこまで一息に言って胸を張ったラリサだったが――


「……まぁでも、今の私は、一番下のGランクなんだけどね……」


 と、肩を落とした。


(何か……力になれないだろうか?)


 広場の左側隅にラリサと共に座って話を聞いていたルドは、鏡亀ミラータートルの死骸を踏み越えて広場に入ろうとするモンスターを視界の隅に捉えると、その都度土魔法で両壁を動かして圧し潰して殺し、また壁を元に戻しつつ、無力感に苛まれている彼女を見て、俯き、自然とそう思考する。


「ラリサの氷魔法、見せて貰えるか?」


 顔を上げた彼が、そう告げる。

 すると、ラリサの目が泳ぎ、明らかに動揺を見せた。


「えっと……その……格好悪いから……。……笑っちゃうくらいに……」


 苦笑いを浮かべる彼女から、感じ取れるのは――


(この子は、深く傷付いている……)


 何度も失敗した経験、そして、嘲弄された苦い思い出。

 それによって形成された心的外傷トラウマ――


「大丈夫だ。絶対に馬鹿にしたりしない」

「……本当?」

「ああ、本当だ」


 力強く頷く。

 前世にて、〝容姿・学力・運動神経・貧困〟全てを馬鹿にされ、嘲笑された経験があるのだ。あの痛みを、苦しみを知っている者が、どうして他者を貶められようか。


「じゃあ……行くよ?」


 躊躇いつつも、ラリサは立ち上がり、杖を構える。

 ルドも立ち上がると、ラリサは、広場の中央付近に転がる、自身を追い詰めた鏡亀ミラータートルの亡骸に向けて、氷魔法を発動した。


「『氷牢獄アイスプリズン』!」


 すると――


「「………………」」


 氷の檻に閉じ込められたのは彼女自身で、鏡亀ミラータートルには何の変化も無い。


「……ほらね? やっぱり、駄目だったわ……」

「………………」


 自らを閉じ込める氷塊を消したラリサは、力なく笑った。


 一部始終を見ていたルドは、顎を触りつつ、思考を重ねる。


(発動は出来ていた。氷魔法が使えないわけじゃない)

(きっと、何か解決策があるはずだ)

(こんなに努力して来たんだ。絶対に報われて欲しい)

(素晴らしい目標があるんだ。目標を達成して、全身が打ち震える程の喜び――何物にも代え難いあの感覚を、彼女にも味わって欲しい)

(取り敢えずは、もう少し現状把握を――)


「『鑑定ペネトレーション』」

「え?」


 ルドがラリサに対して右手を翳す。


(ラリサは地面の上に立っている。それなら、〝鑑定魔法〟も使えるんじゃないか?)


 そう思いながら。

 すると、年齢・身長・体重などの情報と共に、〝このまま今の努力を続けた場合に、ラリサの才能が開花する時期〟が読み取れて――


「……ラリサ。お前の〝才能が開花する時期〟が分かった。知りたいか?」

「!」


 予想だにしなかった言葉だったのだろう、瞠目したラリサだったが、「ルド君って、何でも出来ちゃうのね……」と、胸に手を当て、ローブをギュッと握ると――


「教えて欲しい!」


 ――真っ直ぐに見据えて、そう告げた。


 強い意志の籠った視線を受け止めたルドが、答える。


「あと三年だ」

「!」


 それを聞いたラリサは――


「はぁ~、良かった! 私、ちゃんと魔法を使えるようになるのね!」

「!」


 ――安堵の溜息を漏らした。


 そんな彼女の笑みを見て、ルドは驚嘆する。


(凄いな……!)

(これまで十六年間必死に努力して来て、それでも達成出来ていないのに、あと三年掛かるって言われて、そんなに前向きに捉えられるだなんて……)

(もし俺が、前世で、受験勉強していた高校三年生の時に、『合格するまで、あと三年掛かるだろう』なんて予言されたら、どう思っただろうか?)

(そんなに掛かるなら、もう努力をするのを止めてしまおうと思ったかもしれない)

(少なくとも、彼女のようにポジティブには受け止められなかっただろう)


 一方、ラリサは、ルドを見詰めては視線を外し、という事を何度か繰り返した後――

 

「あのね、ルド君。もし良かったら、私と――」

 

 意を決して何かを言い掛けるが――


「おっと」


 ――丁度新たなモンスターが広場入口に現れて、無造作に手を翳しただけでそれを土魔法で圧し潰して屠るルドを見て――


「ん? 今何か言ったか?」

「……ううん、やっぱり何でもない。気にしないで」


 そう言って、ラリサは誤魔化した。

 少し寂しそうなその微笑に、ルドも気付いた。


(密室で二人きりになったらテンパりそうだったから、広場の入口は塞がなかったのが、仇になったか……)


 どうやら、ラリサは彼に対して引け目を感じているらしい。

 〝名門魔法使い一族の出の癖に、まだ一度もまともに魔法を使えたことすらない自分と比べて、土魔法を悠然と用いて、難無くモンスターを蹴散らすルドは、格段に優秀だ〟というように。


 「そうか。じゃあ、俺から一つ頼みがある」と応じたルドは――


「ラリサ。俺と一緒に、冒険者パーティーを組んでくれないか?」

「!」


 ――そう訊ねた。

 ラリサが、目を丸くする。


「え? 良いの? 私で?」

「勿論だ」

「だって、私と違ってルド君は、こんなに強いのに……」

「言っただろ? 俺もパーティーをクビになったばかりだって。『武闘家の癖に敏捷性が低い』って言われてな。俺がこんな風に土魔法を使えるようになったのは、ついさっき――クビになった直後だ」


 「でも……」と、それでも躊躇するラリサに、ルドは、何故誘ったか、その理由を話す事にした。


「俺はある時から、〝目標設定して、達成する〟という事を、繰り返して来た。で、お前の話を聞いていて、〝凄く勿体無い〟と思ったんだ。それだけ努力を重ねて来たんだったら、絶対に報われて欲しいし、目標達成して欲しい。さっき教えた〝才能が開花する時期〟だが、正確には、〝このまま今の努力を続けた場合に、才能が開花する時期〟だ。だから、もしも〝努力の仕方〟を変えたり、〝努力の質や量〟を変えたりしたら、その時期も変化する可能性がある。もっと早くなるかもしれない」

「!」

「正直に言うと、俺は今まで、自分の目標達成にしか興味が無くて、他人ひとのはどうでも良いと思っていた。でも、お前の話を聞いた今、お前にも目標達成して欲しいと、強く思っている。俺が関わる事で、きっと、お前の才能が開花する時期は変わる。だから、俺とパーティーを組んでくれないか?」


 こんなに誰かに対して熱い想いを伝えるのはいつ以来だろうか。

 そんな事を思いながらルドが語り掛けると――


「ルド君って、強いだけじゃなくて、すごく優しいね」

「!」


 温かくも柔らかいラリサの表情と言葉に、思わず胸が高鳴るルドに――


「ありがとう! じゃあ、お言葉に甘えて。喜んでパーティーを組ませて貰います!」


 ――ラリサは、満面の笑みを浮かべた。


 動揺を抑えようと、目を逸らしたルドは「じゃあ、決定だな。これから宜しく」と、わざと淡々と告げた。


「うん、こちらこそ宜しくね、ルド君!」


 ニコニコと微笑むラリサを直視出来ず、ルドは、「コホン」と咳払いして仕切り直すと、これから行おうとしている自分の旅の目的を告げた。


「ちなみに、今の俺の目標は、〝俺の顔を映せる鏡、もしくは、鏡のようなもの〟を見付ける事だ。俺は、普通の鏡だと、姿が映らないからな」

「え? そうなの? 本当に? そんな事ある?」

「ああ。見てみるか?」


 そう言って、一番手近に転がっている鏡亀ミラータートルの死体の上に飛び乗ったルドは、自分とは対照的に、「ちょ、ちょっと待ってね!」と、必死にじ登ろうとするも中々上手く行かないラリサに手を差し伸べようとして――


(あ……。手、触っちゃうな)

 

 ――身体的接触を強要してしまう事に気付いて、差し出し掛けた手を引っ込めて――


「あ、ありがとう、ルド君! 助かるわ!」


 ――代わりに、ラリサの眼前の地面の数カ所を、高さをずらしながら迫り上げて、階段を作った。

 鏡亀ミラータートルの甲羅の上まで登って来たラリサは、「ほら」とルドに促されると、半信半疑のまま、目の前の〝鏡〟を覗き込んで――


「本当だ! ルド君って、吸血鬼ヴァンパイアだったのおおおおおおおおおおおおお!?」

「あ、やっぱりこっちの世界でも、そういう認識なんだな」


 ――ダンジョン内に、ラリサの絶叫が響き渡ったのだった。

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