43「特別」
『魂を頂く前に、まずは肉体に死んで貰うくま!』
声はすれども姿は見えぬ悪魔が、ケイティに対して死を宣告する。
「ケイちゃん!」
ラリサが駆け寄るが、倒れたケイティは、近くに眼鏡が転がっており――
「……あ……ぁ……」
「!」
――口のみならず、目・鼻・耳からも出血して――
――全身に無数の裂傷が出来て、血が流れ出て――
――真っ赤な鮮血と共に、命が零れ落ちて行くような、その光景に――
「ルド君! 悪魔が近くにいるのよね? 止めなきゃ!」
――ラリサが悲痛な声を上げるが――
「いや、アイツはここにはいない」
「!?」
「アイツが宿った魔法書はケイティの家に置いて来たからな。感知魔法でこの周辺とケイティの家の両方を探ってみたが、やはり家の方に件の魔法書はあるし、悪魔の反応もそこにある」
悪魔の話し振りからすると、一方的とはいえ〝契約〟が済んでいるケイティの身体を通して、こちらの状況を把握しているのかもしれない。
「そんな……どうしたら良いの!?」
失われゆく命を前に、ラリサは唇を噛み、ただ呟く事しか出来ない。
と、その時――
「……ヒー……ル……」
「!」
震えながら声を絞り出して、ケイティが自身に回復魔法を掛けた。
――が、以前自分で言っていたように、余りにも弱々しいそれは、瀕死の肉体に対して、ほぼ何も齎さない。
「続けろ、ケイティ。俺が魔力を振り掛ける」
「そうよ! さっき私の『氷牢獄』を強くしてくれたみたいに、ルド君が強化してくれたら!」
明るい声を上げるラリサだったが――
「……ヒー……ル……」
「ハァッ」
――手を翳したルドが放出した魔力によって、ケイティの回復魔法が増幅されるも――
「そんな……」
ケイティの身体が一瞬微かに光っただけで、目立った変化は起きなかった。
「何で!? 私の時は上手く行ったのに!」
「お前の場合は、元々氷魔法の威力がある程度高かったからだ。ケイティの回復魔法はそこまでじゃない。だから、それを増幅しても、その効果は高が知れている」
冷静に指摘するルドに、横からマリリナが口を挟む。
「これならどうだ?」
「そ、そうよ! バルヴィングさんの魔力を分けて貰えば!」
魔剣を見せるマリリナに、ラリサが最後の希望とばかり縋る。
「……バルヴィング、良いか?」
「ルドの旦那。言いにくいっすが、幾ら魔力を分けた所で、このお嬢ちゃんは――」
「分かってる。だが、頼む」
「……了解っす!」
ルドにしか聞こえない声によるやり取りを経た魔剣が、マリリナの手を離れて、光を放ちながらスーッと移動して、地面に倒れているケイティの腕に柄をそっと触れさせる。
と同時に、ケイティの全身が光に包まれるが――
「……ヒー……ル……」
「何で……!?」
――やはり、回復魔法は傷を癒す事が出来ず、ケイティの身体を包む光が消えた。
「何か……何か方法は無いの……?」
目の前の少女を救うための方策を必死に探すラリサの隣で、ルドは、ポツリと訊ねる。
「俺が以前いた世界では、〝ドラゴンの血は万能薬である〟という伝承があったんだが、それはこの世界でもそうか?」
「! それ、私も聞いたことあるわ!」
ラリサの反応に、「じゃあ、試す価値はあるな」と頷いたルドは、手を翳して――
「『岩針』」
――土魔法で細長い岩針を虚空に生み出すと――
「行け」
――氷の檻に閉じ込められている二匹のウォータードラゴンの内、右側にいる方の胴体に向けて飛ばした。
分厚い氷を難無く貫通した岩針は、勢いそのままにウォータードラゴンの身体に突き刺さる。
「戻れ」
翳していた手をクルリと反転させたルドが、「こっちへ来い」と取れるジェスチャーをすると、岩針は自身が生み出した穴を通って、ウォータードラゴンの身体と氷から離脱、ルドの下へと戻って来た。
「ケイティ、飲め。ウォータードラゴンの血だ」
岩針をフワリと空中で動かしながら、その先端をケイティの口許に近付け、ポタポタと滴るウォータードラゴンの鮮血を、ルドの声に微かに頷くケイティの口内に何度も垂らす。
ごくん、と、ケイティがウォータードラゴンの血液を飲み、その身体が淡い光に包まれるが――
「ドラゴンの血でも駄目だなんて……!」
――ケイティの傷を治す事は叶わなかった。
ケイティの全身を包む光が消滅する。
(万事休す、か……)
岩針を消したルドの耳に――
――微かに聞こえて来るのは――
「……ヒー……ル……ヒー……ル……ヒー……ル……ヒー……ル……」
か細く、今にも消えてしまいそうな、しかし不思議と強い意志が感じられる声だった。
地面に横たわり、絶え間なく全身から血を流し続ける少女は、絶望的な状況にありながら、その目にはまだ光が宿っている。
「……絶対に……諦め……ないの……!」
呼吸すらも苦しそうで、喘ぎながら何とか絞り出したその声は、悪魔によって一方的に押し付けられた〝死の運命〟に対して明確に抗っていた。
「……だって……ケイティの……命は……パパと……ママが……救って……くれたの……!」
「……こんな所で……死んでる……場合じゃ……ないの……!」
「……パパと……ママみたいに……モンスターに……襲われて……怪我した……人を……助けるの……! ……ケイティの……魔法で……!」
「……だから……生きる事を……絶対に……諦めないの……!」
「!!」
「ケイちゃん……!」
「ケイティ……」
胸の底から、何か熱いものが込み上げて来るルド。
(この子を救いたい!)
死の淵にありながら、決して諦めず、藻掻き、足掻き続ける姿に――その執念に心が揺さぶられる。
(俺に、何か出来ないだろうか?)
(だが、ドラゴンの血でも、傷を治す事が出来なかった)
(恐らくこれは、ただの傷じゃない)
(〝呪い〟によるものだから、きっと通常よりも強力な回復魔法じゃなきゃいけないんだ)
(ドラゴンの血以上に、強力な回復手段、か……)
(そんなもの、ここには何も……)
と、そこまで思考したルドは――
(いや、待てよ)
(そもそも、ドラゴンの血って、何でそんな効果があるんだ?)
(最上級モンスター――の中でも最強と謳われる存在だからか?)
(それとも、〝レア〟だからか?)
(もし、そうなら――)
――何かに気付いた。
(俺にも出来るかもしれない)
(いや、下手すると、〝俺じゃないと出来ない〟可能性すらある)
(……そうだ、少しだけ思い出せた)
(あの時、女神は――)
<では、これから貴方を……として転生させます>
(確かに、そう言った)
(女神は、〝特別な才能〟を俺に与えたんじゃない)
(〝俺の存在〟が特別なんだ)
(どう特別なのか――は思い出せないが、それだけは確かだ)
俯いて思考を重ねていたルドは、ケイティに近付き、屈むと――
「……ルド君!?」
――自身の左手人差し指の先の皮膚のみ〝硬化〟を解除、右手の爪で少しだけ切って出血させて、ケイティの口の中に垂らして、「飲め」と促して、飲ませる。
すると、ケイティの全身が光り輝き――
「……すごい! ドラゴンの血でも無理だったのに!」
――腕に出来た裂傷の幾つかが治って行った。
――が。
「え? そんな……」
――ラリサが喜んだのも束の間、再び同じ場所に裂傷が出来てしまう。
(〝ただの俺の血〟じゃ足りないんだ。〝普通の血〟じゃ)
(じゃあ、〝ただの普通の血〟じゃなければ良い)
ルドは――
(また悲しませてしまうかもしれないが……)
(他に選択肢はない)
――立ち上がって、ラリサを一瞥して――
「……すまない……」
「……え?」
――視線を逸らして、ポツリとそう呟くと――
「ケイティ、待ってろ。今助けてやる」
――自身の身体の〝一部〟の硬化を解除して――
「ぐはっ!」
「きゃああああああああああ!」
――自身の胸を貫き――心臓を抉り取った。




