40「勇者」
茶髪で長身の彼は、勇者らしからぬ物言いで、勇者らしからぬ行動を取ってはいたが、今現在この世界に於いて勇者である事は確かであり、湖底にて休眠状態にあるウォータードラゴンを目覚めさせようとしてその手に持ち荒々しく掻き回して湖面に小さな波を生じさせている聖剣は、キングカプート王国国王から授かった物であり、正真正銘本物だ。
「もうアイツが来ちまったじゃねぇかよ! 早く起きろって言ってんだよ、クソドラゴン!」
ルドを勇者パーティーから追放した後、新たに入れた武闘家も〝使えない〟と、早々にクビにしてしまった彼は、その後も、〝本来なら魔王を倒すための単なる前哨戦且つ腕試し〟としか考えていなかった〝ダンジョン攻略〟が全く上手く行かず、苛立ちが最高潮に達して、元からいたパーティーメンバーたちにもキツく当たるようになってしまい――
「やってられん」
「じゃあな」
――皆、勇者パーティーを辞めてしまった。
――否、一人だけパーティーに留まってくれた者がいた。
それは――
「だから言ったじゃない。いくら〝聖剣〟でも、こんな巨大な湖の底に眠るドラゴンを起こすなんて無理だって」
「うるせぇ! 文句言う暇があったら、手伝え!」
「僧侶に向かって言う台詞じゃないわよね、それ。景気付けに回復魔法でも掛けて欲しいのかしら?」
「ぐっ! クソアマが……!」
――僧侶の少女――ジェイミーだ。
オレンジ色のロングヘアをポニーテールにした彼女だけは、勇者を見捨てずにいた(結成当初と違って、今ではかなり砕けた話し振りになっている)。
いや、正しくは、〝自分が見捨てたら、自暴自棄になって何をするか分かったものではないため〟、仕方なくパーティーに残っていただけだった。
仲間の殆どに愛想を尽かされた勇者は、「ルドめ! アイツのせいだ!」と、逆恨みして、「見ていやがれ! 吠え面を掻かせてやる!」と、ルドの邪魔をする事を決意した。
が、感知魔法を使える魔法使いは既にパーティーから脱退しており、キングカプート王国内を必死に探すも、既にローズベネット帝国へと旅立っていたルドはどこにもなく。
腐っても〝勇者〟である事を活かして、地道に聞き込みを続ける事で、やっとルドは国外――ローズベネット帝国の帝都キンティスにいる事を突き止めて、尾行して、聞き耳を立て、今日ここにルドたちがやって来る事を事前に察知する事に成功したのだった(同様にルドたちを尾行しているワンレイと勇者は、同じような行動を取り、十分に視認出来る距離にいるにも拘らず、どちらも相手の存在に気付かず、ただ一人気付いていたジェイミーは、「何なのこの状況?」と、ポツリと呟いた)。
そんな勇者だったが、やっと巡って来た〝ルドたちの計画を台無しにしてやる〟という〝ささやかな復讐(逆恨みだが)〟の機会にも拘らず、魔を滅する力を持つとされる〝聖剣〟でどれだけバシャバシャと湖水を弾いても、ウォータードラゴンはスヤスヤと安眠し続けているようで、全く反応が無い。
「あーもう! ふざけんなよ! アイツら湖に近付いて来てるじゃねぇかよ!」
怒声を上げる勇者の斜め後ろで、ジェイミーが本日何度目か分からない溜息をついた――
――次の瞬間――
「仕方が無い。少しだけ手伝ってあげよう」
勇者たちの後方に位置する森の中に佇む、四重の円を描いている立派なアホ毛を持つ女性が、無造作に人差し指を翳すと――
――指先が輝いて――
――それに呼応するように、勇者の持つ聖剣が、光り輝き始めて――
「おお! 来たんじゃねぇか、これ! 遅ぇんだよ!」
「ウソ!?」
――勇者が歓喜の声を上げ、ジェイミーが驚愕に目を瞠ると――
――地面が揺れて――
――湖面が大きくうねって――
「「「「「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」」」」」
「「!」」
――小山かと見紛う程の巨躯を誇る最上級モンスター――〝五本の首〟を持つウォータードラゴンが姿を現して――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「うげぇっ!」
――頭の一つが、その巨大な大口を開いて、〝水のドラゴン息〟を吐き、〝凝縮された水塊〟が猛スピードで襲い掛かり、人類最強装備とされる〝聖鎧〟を身に纏う勇者を吹っ飛ばした。
背後の森に吹っ飛ばされた勇者は、勢い余って大木を三本圧し折ってから漸く地面に落下して――
駆け寄って来たジェイミーに、「は、早く回復魔法を……」と、吐血しながら弱々しい声で呻く勇者を見た彼女は――
「そんだけ喋れれば大丈夫ね。さ、立って。出来るだけドラゴンから離れるわよ!」
「そ、それよりも、早く回復魔法を……」
「後で掛けてあげるから、まずは逃げるのよ! ほら、立つのよ!」
「痛ぇ! こっちはドラゴン息食らって満身創痍なんだぞ! ちっとは労われ!」
「こんな馬鹿な計画立てなければ、こんな目には遭わなかったんじゃないかしら?」
「うっ……」
「あと、あんまりグダグダ言ってたら、回復魔法掛けてあげないわよ?」
「……覚えてやがれよ……てめぇ……!」
――その場での治療を容赦なく拒否すると、無理矢理勇者を立たせて、その場を後にした。
※―※―※
時は少し遡って。
ルドたちは、湖へと近付いて行った。
「本当に綺麗ね!」
「これだけあれば、飲み放題だな」
うっとりと眺めるラリサと、〝飲食〟の対象としての感想を漏らすマリリナ。
美しくも怪しげな満月の光に照らされた水竜の湖は、無風である事も手伝い、まるで鏡のように見える。
そして、一行が辿り着くと――
「よし。早速、水面を覗いてみろ、ケイティ」
「分かったの!」
――呪いを解くために、ケイティが屈んで、湖面を覗こうとした。
(呪いを解くような力を持っているなら、もしかしたら、俺の姿も映せるかもしれないな)
――が。
「「「「「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」」」」」
「「「「!」」」」
――先日戦ったゴーレムが可愛く思える程の、圧倒的な大きさを誇る、五本の首を有するウォータードラゴンが、湖の底から出現して――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
――何故か、ルドたちとは逆側の湖の端――陸地に対して、〝水のドラゴン息〟を一発吐いた後、ルドたちの方を向くと――
「「「「「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」」」」」
「「「「!」」」」
――〝五つの頭部全て〟から、同時に〝水のドラゴン息〟を吐いた。




