38「ケイティの過去(後)」
漆黒の服を身に纏った彼は――
――褐色の肌に、三白眼、一対の黒翼、牙があり、角と尻尾もある。
ただ、身の丈が幼稚園児程しかないため、〝小さな子どもが悪魔のコスプレをしている〟ようにしか見えない。
が、突然本から現れ、翼を全く動かさずに宙に浮かんでいる彼は、ケイティにとっては、十分に脅威と映ったようで――
「あ、あんたは誰なの!?」
「さっき自己紹介したくま! 悪魔くま!」
「悪魔……モンスターじゃないの?」
「悪魔は悪魔くま! ……まぁ、モンスターとも言うくま」
(じゃあ、モンスターじゃないの!)
怖くて口には出せないが、心の中でそう突っ込むケイティ。
どうやらモンスターの一種であるらしい彼は、一般的には悪魔と呼ばれているらしい。
「悪魔は何でも願いを一つ叶えてやれるくま!」
「え!? すごいの!」
「ふふ~ん、悪魔はすごいくま!」
褒められて思わず悪魔が空中で胸を張る。
「お前の願いを一つだけ叶えてやるくま!」
「え!? 本当に!?」
「本当くま!」
突如舞い込んだ幸運に、戸惑いながらも、ケイティが、「じゃ、じゃあ、回復魔法を使えるように――」と、願いを告げようとするが――
「お前の考えなんてお見通しくま!」
「え?」
「悪魔は、本を手にした者の〝願望〟を読み取れるくま!」
ケイティの言葉を遮った悪魔は、鋭い爪を有する指でケイティを指差した。
「お前、視力が低いくま! だから、目を良くしたいと思ってるくま!」
「えっと、確かにそれは思ってたけど、でも、一番叶えて欲しい願いは、それじゃなくて――」
「悪魔に任せるくま! そんな願い、ゴブリンの耳を千切るよりも簡単に叶えられるくま!」
「だから、ちょっと待って――」
恐らく〝赤子の手を捻るよりも〟的な事を言いたかった様子の悪魔は、慌てて止めようとするケイティを無視して、両手を翳すと――
「『悪魔魔法』!」
「きゃっ!」
――黒いオーラが放たれて、ケイティの頭部を包み込んで――
――目を瞑った彼女だったが――
「!?」
――両目を瞑ったままなのに、何故か部屋の中を視認する事が出来て――
「良かったくま! これでもう視力で悩まされる事はなくなったくま!」
――ケイティの額には、巨大な第三の目が出現していた。
今までとは比べ物にならない程に、部屋の中が、隅々まで――部屋の隅に堆く積まれている本の端についたほんの小さな傷の上に乗っている微小の埃まで――鮮明に見える。
――が、慌てて本の山から手鏡を発掘して覗き込んだケイティは――
「きゃああああああああああ!」
――悲鳴を上げて、手鏡を落とした。
「戻してなの! 今直ぐに元に戻してなの!」
必死に詰め寄るケイティに、しかし悪魔は平然と言い放つ。
「却下くま」
「!?」
「だって、お前は確かに、視力を良くすることを願っていたくま」
「それは……確かにそうだけど、でも、一番叶えたかったことじゃないの! それに、こんな形なら、叶わない方がずっとマシなの!」
強く訴え掛けるケイティに、だが悪魔は冷淡に告げた。
「知ったこっちゃないくま」
「!?」
「でも、悪魔が願いを叶えたんだから、対価は支払って貰うくま」
「対価……?」
「次の満月の夜に、お前の〝魂〟を頂くくま」
「え!? ……もし〝魂〟をあげちゃったら、ケイティは……?」
「勿論、死ぬくま」
「!」
蒼褪めてガタガタと震え出すケイティは、悪魔に懇願する。
「そ、そんなの嫌なの! お願いなの! この額の目は返すの! だから、魂を取らないで欲しいの!」
が、悪魔は、その見た目に反して冷酷な双眸でケイティを見下ろすと――
「人間の分際で悪魔の力を借りたくま。それで願いが叶ったら、今度は命乞いとか、身勝手過ぎるくま。もう諦めて、これからの一ヶ月間、せいぜい良好な視界を楽しんで暮らすと良いくま」
そう告げて、「じゃあなくま」と、くるりと背中を向けてひらひらと手を振ると、ポンッという音と共に、姿を消した。
「いや! 待って! お願い!」
哀願するケイティだったが、既に悪魔の姿はどこにもなく、悪魔が現れた魔法書を手にして、全てのページを開いてみたが、悪魔が出現する事は無かった。
※―※―※
「酷い……!」
一方的に第三の目を押し付け、〝魂〟を奪う約束を強引に取り付けた、文字通り〝悪魔の所業〟に、ラリサが声を上げる。
「〝次の満月の夜〟っていうのは――」
ルドが訊ねると、ケイティは、俯きながらポツリと呟いた。
「明日なの」
「「「!」」」




