2「〝鏡〟を探す中での偶然の出会い」
少し時間は遡って。
「なかなか〝鏡〟になりそうなもんは無いな」
土魔法の応用か、眼前の地面・壁・天井を感知した上で、その範囲を広げて、〝ダンジョン全体の把握〟をする事が出来たので、入口に向かって戻って行くと同時に、遭遇するモンスターを土魔法で蹴散らしつつ、ルドは、〝鏡〟になりそうな物を探していた。
が、そんな都合よくダンジョン内に落ちている、或いは設置されている訳は無く。
「〝鏡〟になりそうなもん、〝鏡〟になりそうなもん、〝鏡〟になりそうなもん」
譫言のように繰り返す内に、ふと――
「って、〝もん〟? いや、別に〝物〟じゃなくても良いよな……?」
そう気付いた彼は――
「モンスターの中に、いないか? 〝鏡形のモンスター〟が! もしくは、〝身体の一部が、鏡みたいになってるモンスター〟が! 『感知』!」
――先刻〝ダンジョン全体に張り巡らされた道の把握〟をするために使った魔法を、今度は、〝ダンジョン内の地面・壁・天井に接しているモンスターを感知して、更にそれがどのようなモンスターかを把握する〟ために応用して使う。
すると、ルドは――
「見付けた! 〝鏡〟背負ったモンスターとか、御誂え向きじゃないか!」
――鏡亀の群れを見付けた。
そして――
「俺、走っても遅いんだよな……じゃあ、こうするか!」
――足下に手を翳して、今自分が立っている真下――地面の一部を迫り上げると――
「ひゃっほおおおおおおおお! 速い速い!!」
――まるで〝土の上で波乗りを行っているかのように、前方へと一気にスライドさせて、高速で移動していった。
※―※―※
そのような経緯で、鏡亀の軍勢に追い付いたルドは――
「ん? 何か、人間がいるな」
『感知』により、その先の広場に人間がいる事も、接している地面を通して把握しつつ――
「まぁ良いや。取り敢えず――『岩柱』!」
――天井から無数の岩柱を生み出して鏡亀たちの頭部を急襲して――
「これで良し。……よっと。さてさて、どうだ?」
叩き潰して全滅させると、最後尾の鏡亀の背に飛び乗って、鏡を覗き込むが――
「映らないか~。よし、次だ! よっと。どうだ? ……駄目か~。じゃあ、その次!」
次々と鏡亀の背から背へと飛び移って行き、試して行った。
そして、つい先程――
「あ~あ。コイツも駄目だ。やっぱり映らないか~」
――群れの先頭に転がる鏡亀の死骸の上で、ルドは残念そうに呟いた。
「まぁ、しょうがないな」
「!?」
それを目撃したラリサは、自分を死の淵にまで追い込んだモンスターたちを、どうやら一瞬で壊滅させてしまったらしい少年の姿に、唖然としていたが――
「はっ!」
〝命を救って貰った〟事実に漸く思い至り、立ち上がったラリサは、少年に向かって歩いて行き、声を掛けて――
「あ、あの! 助けて頂いて、本当にありがとうござ――」
「わひゃっ!?」
「………………え?」
――頭を下げた所で、少年から予想外の声が上がり、思わず顔を上げた。
先刻、ルドは、モンスターたちに対する『感知』を優先していたため、広場にいる人間に対しては、詳しく探ろうとしていなかった。
そのため、まさか美少女が現れるとは夢にも思っておらず、素っ頓狂な声が出てしまった。
鏡亀の甲羅の上にいる自分を見詰める美しい円らな瞳に、「コホン」と咳払いをして仕切り直したルドは、「いや、何でもない」と言うと、跳躍して、地面に着地した。
目をパチクリさせて、不思議そうな表情を浮かべる少女を、ルドは直視出来ない。
前世では、自他ともに認める〝陰キャ〟だった彼にとって、美少女とのコミュニケーションとは、最上級モンスター且つ最強と謳われるドラゴンとの戦闘以上に難易度が高い。
(こんな可愛い子と二人きりで喋るとか、無理無理無理無理無理無理無理無理!)
勇者パーティーにて唯一優しく接してくれたジェイミーも可愛かったが、いつも勇者や他のメンバーが傍にいたため、二人きりで話す場面など皆無だった。
それに、ルドは、〝勇者パーティーに貢献する〟という目標を達成する事に集中していたため、変に挙動不審になる事も無かった。
(そうだ! あの頃みたいに、〝目標達成〟に集中すれば良いんだ!)
(今の俺の〝目標〟……それは、〝自分の顔を映すような鏡、もしくは鏡っぽいものを見付けること〟だ! それ以外の事は、些細なことだ! そう、これも、些細な……些細なことか、これ……? いや、些細なことだ!)
無理矢理自分を納得させて、何とか平常心を取り戻すルド。
そんな彼の心などいざ知らず、ラリサは、再び頭を下げた。
「改めて、先程は助けて頂いて、本当にありがとうございました!」
「え? あ、ああ。別に気にしなくて良いぞ」
平静を装うも、やはり美少女との対話は想像以上に心をかき乱すらしく、一瞬何の話をしているのか分からなかったルドだったが、どうにか言わんとしている事を理解して、返事をした。
「えっと、お名前を聞いても良いですか? 私はラリサ……ラリサ・ローゼンブラットです!」
一瞬躊躇した後、フルネームで名乗るラリサに、ルドも応じる。
「ルドだ」
「ルドさん、ですね!」
「いや、さん……はつけなくて良い。多分同い年くらいだし、タメ口で良い」
「そうですか……じゃなくて、うん、分かった! ルド君、助けてくれて、本当にありがとう!」
満面の笑みを浮かべるラリサが眩しくて、思わずルドは目を細める。
と、その時。
今更ながら、ルドはこの状況の違和感に気付いた。
「こんな所に一人で、どうしたんだ?」
自分の事を棚に上げてそう問い掛けるルドに、ラリサは――
「えっと、実はね……」
――表情を曇らせると、経緯を話し始めた。