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37「ケイティの過去(中)」

 二頭の馬が逃げようとするも、その身体に繋がれたロープが近くの木に結び付けられており、藻掻きいななくく中――


「グフフッ」


 口の端を歪め、まるで暗い笑みを浮かべているように見えるミノタウロスに――

 ――娘の胴体を剣で串刺しにしたモンスターに向かって――


「あああああああああああああああああああああ!」


 ――勢い良く立ち上がった母親は、猛スピードで走って行く。


 ミノタウロスによって腹部から剣を引き抜かれたケイティが、糸の切れた操り人形のように、力なく倒れる。


「あああああああああああああああああああああ!」


 手にする剣を大上段に――先刻よりも更に高く振り翳した母親だったが――


「グフフッ」


 その大きな隙を逃すまいと、ミノタウロスが先んじて剣を振るっており――


「ぐはっ!」


 ――右肩から斜めに袈裟斬りされた母親は――

 ――大量に吐血して――


「グフフフッ」


 ――間違いなく〝致命傷〟を与えたと、ほくそ笑むミノタウロスの眼前――

 ――俯き、腰を落とした彼女は――


「あああああああああああああああああああああ!」

「!?」


 ――跳躍して――


「グオオオオオオオオ!」


 ――ミノタウロスの右目を下から剣で貫いた。

 

 激痛に剣を落とし、両手で顔を覆うミノタウロスに対して――

 ――母親は――


「目を突き刺されて、どんな気持ちかしら? さぁ、今度は左目を串刺しにしてあげるわ! さぁ、いらっしゃい! さぁ! 早く!」


 ――不敵な笑みを浮かべながら、大声で啖呵を切ると――


「グ……グオオオオオオオオ!」


 ――その勢いに気圧されたのか、ミノタウロスは背を向け、よろよろと森の方へと逃げて行った。


 挑発的な言動とは裏腹に、既に瀕死の状態だった母親は――

 ――震える手から剣が零れ落ちて――

 ――身体中から力が抜けて――

 ――そのまま、命さえも失いそうになりつつも――

 

「……ケイ……ティ……」


 ――振り返り、ふらつきながらも、愛する娘へと近寄ると――

 ――膝をつき、震えながら、愛娘に手を翳して――


「……セイ……クリッド……ヒール……」


 魔力が少ないため、一日に一回しか使えない最上級回復魔法を唱えて――


「……愛……して……い……る……わ……。……ケ……イ……ティ…………」


 ――ケイティに覆い被さる様に倒れると――

 ――微笑を浮かべたまま――

 ――死亡した。


※―※―※


 その後。

 母親の回復魔法によって救われたケイティは、偶然通り掛かった別の行商人によって発見された。


 彼によって帝都まで送って貰ったケイティは、それから、一人で暮らす事となった。


 幸い、両親を失ったことを哀れに思った親戚が、財政的な援助をしてくれる事になった。


 が、養子として引き取ったり、共に生活するのはどうやら嫌らしくて、あの事件以降、ずっとケイティは、生まれ育ったこの家で、たった一人で生活して来た。


 両親を殺されてから三年間ほどは、生きているのか死んでいるのかも分からないような、抜け殻のような状態だった。


 だが、ある日。


「このままで良いのか? 悔しくないのか?」

「……!」


 定期的に様子を見に来てくれていた、父親の仕事仲間だったという男が呟いたその言葉に――


 ――失われていた目の光が、戻った。


 悔しかった。

 だがしかし、その悔しさとは、単純にミノタウロスに対するもの、という訳ではなかった。


 命懸けで自分を守ってくれた両親。

 そんな大好きな両親に対して、ただただ足手纏いで、何の力にもなれなかった事が悔しかったのだ。


 それからケイティは、自分の命を救ってくれた母親のように、人を助けられるような者になりたいと思って、我流で回復魔法のトレーニングを始めた。


 元々本が好きだったケイティは、それから様々な魔法書を読み漁っていった。

 回復魔法の種類を記したもの。

 回復魔法の使い方を紹介したもの。

 魔法全般に関しての書物。

 魔力量を増やすトレーニングに関して書き記したもの。

 魔力の扱い方に関する訓練方法を纏めたもの、等々。


 親戚から財政的な援助をして貰っているとはいえ、高価な本を何冊も買えるだけの余裕がある訳では無かったケイティは、親戚に無理を言って頼んで、時々買って郵送して貰いつつ、自分でも生活費を節約して、一冊ずつ買い足していった。


 だが、どれだけ魔法書を読み込み、鍛練を重ねても、回復魔法は中々上達しなかった。


 そして――


※―※―※


 一年、二年、五年――

 気付けば、十年経っていた。


 本の読み過ぎで、すっかり目が悪くなっていたケイティは、眼鏡を掛けるようになっており、〝回復魔法をマスターした暁には、目も治したい〟と思うようになっていた(ちなみに、回復魔法は戦闘によって負った傷など、短時間の間に出来た傷に対して有効なものであり、〝視力低下〟はどちらかと言うと、回復魔法ではなく病気を治す〝治癒魔法〟の範疇で、しかも、長年の間に少しずつ悪くなっていったものであり、尚且つ命に別状は無い〝視力の悪化〟に対しては効き目がないのだが、我流で学んでいた当時の彼女には知る由も無かった)。


 尚、大分本も増えてはいたが、現在ほどでは無かった。

 そして、三週間ほど前――怪しげな妙齢の女性に出会った。


 大量の本を貰ったケイティは、歓喜した。

 これだけあれば、回復魔法を向上させる方法が見つかるかもしれない、と。


(どれから読むの……)


 吟味していると、一つだけ、黒いオーラを発している本があることに気付いた。


 本の山を掻き分けて発掘したそれは、黒地の表紙に古代文字らしきものが赤いインクで書かれており、他とは明らかに違っていた。


「決めたの! これなの!」


 バッと捲ると――


 ポンッ。


「!?」


 何かが弾けるような音と共に、部屋中に煙が充満して――


「何なの!?」


 ――混乱している中――

 ――煙が晴れると、そこには――


「悪魔参上! くま!」

「!」


 ――空中に浮かぶ()()がいた。

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