36「ケイティの過去(前)」
「ケイちゃん……それは、一体……!?」
予想外の物を目にして戸惑うラリサ。
「じゃあ、最初から話すの」
ケイティは、天井の向こうに広がっているであろう抜けるような青空の先――遠くを見詰めるかのように、上方を三つの目で見詰めながら、話し始めた。
※―※―※
ケイティは、優しくて明るい両親の一人娘として生まれた。
母親はそれ程腕が立つ訳ではないが、元冒険者――僧侶だった。
父親は商人で、キングカプート王国、ローズベネット帝国、そしてデホティッド皇国という人間の国を全て回って、商品を売っては、また違う商品を仕入れて、違う国へと売りに行く、という事を繰り返していた
結婚して冒険者を退職した母親は、専業主婦をしていたため、ケイティと共にいてくれたが、父親と一緒にいられる時間はかなり少なかった。
「ねぇ、パパはいつ帰って来るの?」
娘からそう聞かれる度に、母親は胸を痛めていた。
そんなある日。
「今日もパパ、帰って来ないの……」と、俯いて口を尖らす三歳のケイティが、突如、「そうなの!」と、顔を上げて大声で叫んだ。
「ケイティが一緒に行って、パパのお仕事を手伝うの! そしたら、一緒にいられるの!」
目をキラキラと輝かせながらそう告げた彼女は、恰も自分の発想が天才のそれであるかのように、小さな胸を張った。
「ケイティは賢いわね……でもね……それは出来ないの……ごめんなさい……」
ケイティの頭を優しく撫でながら、母親はその提案を受け入れられなかった。
帝都や王都の中ならいざ知らず、国と国を結ぶ街道を往く旅は、決して安全とは言えない。盗賊が現れる事があるからだ。
更に、現在は何故か人間の国への攻撃を行わなくなっているモンスターたちだが、十三年前の当時は、まだ、町や村がモンスターに襲われたという話を聞く事があった(人が大勢いる場所が狙われやすいため、街道を移動する旅人や商人が襲われる事は余りなかったが、それでも皆無では無かったのだ)。
それ故、それまで両親は、そのような事は決してしない、と決めていた。
しかし、久し振りに我が家に戻ってきた父親は――
「パパ、またお仕事行っちゃうの……?」
スカートをギュッと握って、涙を必死に堪えようとする娘の様子に――
「……そうだな、一度だけ、一緒に来てみるか?」
「本当なの!? わーい! やったの!」
「あなた!」
「まぁまぁ、良いじゃないか。一度だけだ」
――また暫くの間寂しい思いをさせるのが忍びなくて、娘の願いを叶えることにした。
〝今回限りである事〟と、〝北の隣国であるデホティッド皇国へ行って帰って来る、その往復だけ〟という約束で。
そして、その翌日。
ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、ケイティは両親と共に、荷馬車に乗り込んだ。
御者台には腰に剣を差した父親が座り、二頭の馬を操り、幌馬車の荷台には、大量の商品と共に、剣を装備した母親とケイティが乗った(冒険者時代は僧侶だった母親だが、多少は剣で戦う事も出来たらしい)。
時折御者台にいる父親の膝の上に乗せて貰い、ケイティは上機嫌だった。
そんな彼女を見て、両親も幸せを感じていた。
家族皆が幸福な時間を過ごす事が出来た。
しかし――
数日後に、その事件は起こった。
デホティッド皇国からの復路。
その日の昼下がりに、街道から少し外れた森の近くにある湖へとケイティたちは立ち寄った。
馬車の外で、家族揃って昼食を食べると同時に、馬たちを休ませ、水を飲ませ、食事を与えるためだ。
丁度食事も終わり、この日の旅も特に問題は無いかと思われたが――
「「「!」」」
――突如〝ソレ〟は現れた。
森の中から姿を見せたのは、一匹のミノタウロス――牛の頭部を持つ、半獣人のモンスターだった。
襤褸切れを身に纏っただけのその身体は、装備など不要であると言わんばかりに、人間ではあり得ない程に筋肉が隆起している。
「二人とも、馬車に乗れ!」
父親が叫ぶが――
「グオオオオオオオオ!」
「「「!」」」
――息を荒くしたミノタウロスは、勢い良く走り出しており――
間に合わない、と判断した父親は、抜剣した。
商人の彼だが、多少武芸の心得はあった。
まだ結婚する前に、冒険者ギルドに頼んで、何度か稽古をつけて貰ったことがあるのだ。
その結果、「一人で旅をする以上これくらいは無いと」という最低限のレベルだが、戦闘能力を得るに至った。
実際、ゴブリン一~二匹程度なら、問題なく戦えるだけの力は持っている。
「うおおおおおおおおおお!」
――家族を守るために、雄叫びを上げながら迎え撃つ父親が――
「おおおおおおおおおおお!」
――ミノタウロスの腹部を剣で突き刺した。
「どうだ!」
――が。
「グオオオオオオオオ!」
「がはっ!」
「あなた!」
「きゃああああああ! パパああああああ!」
――ミノタウロスが無造作に揮った拳によって、父親は吹っ飛ばされた。
地面に落下、二度三度と転がった父親の首の骨は折れており、命の灯火が消えるまで、もう幾許も無い事は明らかだった。
自身の腹に浅く突き刺さった剣の柄を持って引き抜いたミノタウロスは、剣を持ったまま、ケイティと母親に向かって来て――
「たああああああああ!」
――もう助からないであろう夫の無残な姿に唇を噛みつつも、娘を守らんとして、母親が抜剣して、上段からミノタウロスに対して振り下ろすが――
「グオオオオオオオオ!」
「ぐっ!」
ミノタウロスがその手に持った剣で軽く薙ぎ払うと、全力で打ち下ろした剣ごと母親は吹っ飛ばされた。
「くっ!」
地面に投げ出された母親が、顔を上げて見たのは――
「……マ……マ……」
「いやああああああああああああああああああ!」
――意趣返しのつもりだろうか、ミノタウロスに剣で腹部を貫かれる娘の姿だった。




