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33「獣人族序列第二位」

「何でじいがこんな所にいるのだ!?」


 目に見えて狼狽えるワンレイに、小柄な白い塊――否、〝長髪も長い髭も犬耳も尻尾もその身に纏う布の服も全てが真っ白な老人〟――モスバーグが、立派な白髭を触りながら、溜息を漏らす。


「ワンレイ様。魔法騎士団を勝手に脱退されましたのう?」

「うっ!」


 ばつが悪そうな様子のワンレイは、だがしかし、必死に弁明する。


「で、でも、もうあそこに用は無いのだ! じいがしつこく言うから入ったけど、ワンはもう十分強くなったのだ! それに、コイツがワンに喧嘩売ったのだ! ワンは売られた喧嘩は買うのだ! コイツは強いし、そうやって世界中の強い奴らを一人ずつ倒して行けば、その内、獣人の国を取り戻せるのだ!」


 ワンレイがビシッと指差す黒髪少年――ルドに対して、モスバーグが片方の眉を上げる。


「ワンレイ様に喧嘩を売った……? それは本当ですかのう?」


 登場の仕方は些か派手だったが、ワンレイに比べると理性的な印象であるモスバーグの視線を真っ直ぐに受け止めるルド。


(女の方よりかは、話が分かりそう……か?)


 〝勘違いだ〟と納得して貰った上で、戦うのは諦めて貰えれば、と、一縷の望みを掛けて、ルドが口を開く。


「いや、違うんだ。そちらの御嬢さんの事も俺は知らないし。恐らく、勘違いだと思う。俺は争い事を好まない。どうか、分かって欲しい」


 出来るだけ誠実に伝えたつもりだった。


(さぁ、どうだ?)


 すると、モスバーグは――


「一つ伝えるのを忘れておりましたですじゃ」


 そう言って頭を下げた後――


「お主が何を言おうが、実際がどうであろうが、関係無いですじゃ」


 ――顔を上げると――


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ですからのう。後は、ワンレイ様がお主をいつボコボコにするか、そのタイミングだけの問題だけですじゃ」


(ワンレイ以上に滅茶苦茶な奴だったー!)


 ――平然とそう告げた。


「さすがじいなのだ! よく分かってるのだ!」


 ――満足気に笑みを浮かべるワンレイに、ルドはげんなりとした表情を浮かべる。


(やるしかないのか……)


 仕方なく臨戦態勢に入るルド。


 「ぶっ殺してやるのだ!」と、啖呵を切るワンレイだったが――


「お待ち下され、ワンレイ様」

「!?」


 ――その眼前に、モスバーグが立ち塞がった。


「どういうつもりなのだ、じい!? どくのだ!」


 苛立って声を荒らげるワンレイだったが、モスバーグは冷静に指摘する。


「あの少年……ワンレイ様が言う通り、恐らく、かなりの強さと思われますのう。無論、ワンレイ様の実力なら大丈夫でしょうし、負ける事など万に一つもありませんですじゃ。ですが、多少攻撃を食らったり、痛い思いをする可能性はありますからのう。そこで、どうですかのう? もう少しでお誕生日ですし、〝()()〟を使えるようになった後で戦う、というのは? それを待って、完膚無きまでに叩きのめした方が良いと思いますですじゃ」

「!」


 ここで戦う気満々だったワンレイだったが、言われてみると、それが最善の策であるかのように感じられる。


 強者と戦いたい。

 そのような欲求を持っているワンレイではあるが、彼女は、ただ戦えれば良いという戦闘狂ではない。


 あくまで〝戦って勝つ〟のが楽しいのであり、負けるのは絶対に嫌なのだ。


 モスバーグは気を遣って、「多少攻撃を食らったり、痛い思いをする可能性はある」という言い方をしていたが、「強者」から攻撃をまともに食らえば、敗北する可能性は十分にある。

 それが〝自分を気絶させた相手〟であれば、尚更だ。


(獣化……噂で聞いたことがあるな。一部の類稀なる才能を持つ獣人のみが有するという、〝巨大な獣の姿に変化へんげ出来る能力〟か……)


 二人のやり取りを見つつルドが思考していると、ワンレイは、胸の前で握り締めた拳を――下ろした。


「ああ、もう! 分かったのだ!」


 髪を掻き毟るワンレイの一言に、安堵したルドだったが――


「しばらくは手を出さずに、コイツらについていくだけにするのだ!」

「はぁ?」


 ――彼女が発した次の言葉に、何も解決していない事を思い知らされた。


「まだストーカーを続ける気か? 誕生日を迎えるまで家で待機して、その後でまた俺に会いに来れば良いじゃないか」

「イヤなのだ! そんなの、面倒臭いのだ!」

「いや、どう考えてもストーキングし続ける方が面倒臭いだろうが」


 至極尤もなルドの指摘ではあったが――


「ワンレイ様がそう決められたのだから、もうこれは決定事項ですじゃ」


 白髭を弄るモスバーグもワンレイの援護射撃を行い、ルドは、圧倒的に不利な立場に置かれてしまう。


(誕生日後に戦うのも勿論良くは無いが、それよりも、ストーカーされ続ける事の方が、気になるし、気が散るし、地味にキツい)

(それに、〝誕生日後〟と言いながら、それ以前に急に仕掛けてくる可能性もゼロじゃないしな)

(俺だけならともかく、ラリサやマリリナも戦闘に巻き込まれる可能性は十分あるし)


「それじゃ困るんだ。どれだけ離れても〝匂い〟で追跡出来るんだろ? だったら、一旦ストーキングは止めてくれ」


 頼み込むルドだったが――


「くどいですじゃ」


 ――冷たい言葉で一刀両断したモスバーグは――


「それとも、今ここで、御連れの方々二人を含めたお主ら三人と儂ら二人とで、戦ってみますかのう?」

「!」


 ――挑発するかのように問い掛けると――

 ――次の瞬間――

 ――モスバーグの姿()()()()()――


「儂はどちらでも良いですがのう」

「!?」


 ――ルドの()()()()()()()()()()――


 ――慌てて振り返るも、もうそこには誰もおらず――


「どうするかは、お任せしますがのう」

「!」


 ――今度は右耳元で声が聞こえたため、反応して目を向けるが、やはりモスバーグの姿は無く――


「どちらが良いですかのう?」

「!」


 その後も、背後、真上、等々、場所を変えながら、モスバーグの声のみが至近距離で聞こえて、しかしその姿を視認する事が出来ない、という事が続いて――


(『感知ディテクション』)


 密かに感知魔法を使ったルドは、やっと何が起こっているのかを把握することが出来た。


 モスバーグは、路地裏の建物の左右の壁から壁へと音も無く跳躍して瞬時に移動、という事を繰り返していた。


 まるで魔法で瞬間移動しているのような錯覚さえ起こす程の常軌を逸する敏捷性。


(……コイツは、()()だ……)


 〝獣人族序列第二位〟と豪語するだけあって、その身体機能は人智を遥かに超えている。


「……分かった。もうついて来るなとは言わない」


 ルドの答えに、眼前で着地して漸く動きを止めたモスバーグは――


「分かって頂けて良かったですじゃ」

「………………」


 ――汗一つ掻いておらず、息も乱さず、穏やかにそう応じると――


「では、ワンレイ様。儂はこれにて、失礼いたしますですじゃ」

「うむ、ご苦労だったのだ!」


 ――恭しく一礼して――


「では、()()殿()。失礼いたしますじゃ」

「!」


 ――一度も告げていないはずの名前を呼ばれてルドが瞠目する中――


 ――恐ろしい膂力で跳躍、帝都上空に舞い上がり、一気に〝異常に高い北城壁〟の上へと到達して、そこでもう一度跳ぶと――


「ガアアアアアアアアア!」


 ――飼い慣らテイムしているのか、高空にて待機していたワイバーン――前脚部分が鳥のように翼になっている、比較的小型のドラゴン――の背に着地すると、そのまま帝都から遠ざかりつつ――


「困った雌ガキじゃ。勝手に動かれては、こっちが動き辛くなるのじゃ」


 ――先刻とは打って変わって、冷酷な声で――


「『各国の強者を一人ずつ倒して行けば、その内、獣人の国を取り戻せる』? 頭お花畑かのう? そんな事していたら、取り戻すまでに千年掛かるのじゃ」


 ――そう呟くと――


「そんなやり方よりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からのう」


 ――漆黒の闇をその瞳に宿し、邪悪な笑みを浮かべた。

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