32「もう一人の追跡者」
「『燻ぶってる冒険者感知』」
「どれだけ聞いても嫌な魔法よね、それ……」
何とかラリサの誤解を解いたルドは、仲間と共に、ローズベネット帝国の帝都キンティスの中央通りを、〝不遇に苦悩する冒険者の卵〟を探すべく、歩いていた。
マリリナを仲間に加えて以降、この帝都に着くまでの間にも感知魔法は何度も使っていたものの、見付けることは叶わなかったのだが――
「むむっ。反応あり」
「え? 本当!?」
「ああ。これは……僧侶だな」
「貴重な回復役じゃない! やったわね!」
どうやら、帝都内に、僧侶の才能を持ちながらもまだ才能が開花していない少女がいるようだ。
先程、中央通りにて擦れ違った男性二人組による「おい、見ろよ! でっけぇ鳥!」「本当だ。かなりでけぇな」という会話の影響を受けたのか、マリリナが「腹減った。鳥を食いたい」と言ったので、「じゃあ、あのお店で買いましょうか!」と、近くにあった露店で鳥の串焼きを買って頬張りながら歩いていた三人は、「僧侶は、帝都中央――の北端にいる」というルドの一言で、帝都中央に見える巨大な噴水まで進んだ後は、左折して、北上する事に決めた。
(それは良いんだが……)
ルドは、右斜め後方を一瞥すると――
(まさか帝都内までついて来るとはな……)
――相変わらずその身体を隠し切れていない、果物の露店の陰に身を潜める犬の獣人少女――ワンレイの姿に、溜息を漏らす。
(城門で門衛に身分証明書を見せて――って事は無いだろうな)
(銀鎧を装着していないし、身分証明書とか持ち歩かなそうだし、持ち歩いていても失くしてそうだし、下手したら魔法騎士団を辞めてる可能性すらある)
(それに、あの身体能力だ。やたら高い北側以外なら、どこでも城壁を乗り越えて突破出来るだろうし)
実際、ワンレイは、既に魔法騎士団を辞めていた。
――否、正確には、〝勝手に騎士団を抜けていた〟と表現した方が良いだろう。
そもそも、魔法を使えないにも拘らず、入団テストの試験官の魔法を〝常軌を逸する膂力〟で圧倒して魔法騎士団に入ったのも、幼少時代からずっと戦闘訓練の指南役だった爺――モスバーグに「是非とも! 是非とも、武者修行にいかがですかな!」と何度もしつこく勧められたからだ。
〝強くなること〟と〝強者との戦い〟のみを生き甲斐とするワンレイにとって、〝自分を打ち負かしたであろう、残り香の持ち主であるルド〟は、紛れもない強者であり、これ以上ない好敵手が現れたことで、魔法騎士団にい続ける意味が無くなってしまった。
そうして、匂いを追い続け、満を持してルドを発見したワンレイだったが、直ぐに戦いを仕掛けるようなことはしなかった。
否、本当はそうしたかったのだが、〝一度敗北した相手〟であるが故か、身体が言う事を聞かなかったのだ。
どうやら、記憶は失っていても、身体は覚えているようだ。
そんな、御世辞にも上手いとは言えない尾行をしつつ、しかし攻撃を仕掛ける事もせず、ただついて来るだけという中途半端なワンレイに対して――
「このまま放ってはおけない……か」
何故か未だに尾行に一切気付いていない仲間たちを置いて、密かに一人で処理しに行こうとするルドだったが――
「やっぱり仲間って良いわよね!」
「!」
「これからまた、素敵な仲間が増えるのよね! 楽しみだわ!」
「………………」
ラリサの何気無い一言に――
(仲間……だもんな)
――正直に話す事にした。
「ラリサ。マリリナ。大事な話がある」
「ん?」
「どうした?」
立ち止まったルドが、「実は、昨日から、以前マリリナの村で俺とラリサが戦ったあの犬の獣人少女――ワンレイが、俺たちを尾行しているんだが」と告げると――
「え!? そうだったの!?」
ラリサは、目を丸くして――
「斬るか?」
――マリリナは魔剣の柄に手を当て、腰を落とした。
「いや、下手に刺激するのは避けたい。俺が一人で話をして来る」
「え? 一人で?」
「ああ。任せろ。大丈夫だから」
「……分かったわ」
心配そうな表情を見せるラリサに、ルドは力強く頷く。
そして――
「マリリナ。何かあったら、ラリサを守ってくれ」
「承知した」
――そう言うと、ルドはワンレイが尾行の際に行う〝たまに身体全体を隠そうとする(が実は、その時でさえ、完全には隠れられていない)〟瞬間を見計らって、土魔法で地面を隆起させつつスライドさせ、素早く路地裏へと移動した。
残されたラリサは――
「ルド君ったら、失礼しちゃうわ! 私も少しは強くなったってのに!」
――頬を膨らませてむくれていたが――
「いや、ルドは、共に戦う仲間として、あんたを信頼している。だが、それとは別に、あんたを守りたいという気持ちもあるんだろう」
――露出狂かと思われても仕方ない程に肌面積の多い赤ビキニアーマー装着者の言とは思えない、マリリナによる冷静な指摘によって――
「私を守りたい……」
――ラリサの心に、不思議な感情が湧いて来る。
(もっと強くなりたい。もっと仲間として頼りにして欲しい)
(そういう想いは、勿論あるけど……)
(でも、何でだろう?)
(それと同時に、『守りたい』と言われて、嬉しい気持ちもあるわ)
(ううん、それどころか、〝守られたい〟という気持ちも……)
(何だろ、これ?)
(強くなりたいし、頼りにして欲しいのも本当なのに……)
(何か変な感じ……)
その感情が何か、この時のラリサは、まだ気付いていなかった。
※―※―※
一方、ワンレイは、一度全身を露店の陰に隠した(と本人は思っている)後に、再び顔を覗かせると――
「へ!? いないのだ! どこ行ったのだ!?」
――ルドの姿のみが消えた事に気付いて、焦ると――
「あ! いたのだ!」
――右手にある路地裏に入ろうとするルドを発見して、慌てて追い掛けた。
自身も人気の無い路地裏に入ったワンレイは――
「!? 速いのだ!」
いつの間にか、ルドは突き当りまで進んでおり、T字路を左に曲がろうとしており――
「逃さないのだ!」
――地面を陥没させる程の脚力で跳躍――一瞬で距離を詰めたワンレイがT字路を左折すると――
「俺に何か用か?」
「キャンッ!?」
――目の前にルドが待ち構えており、反射的にワンレイは、後ろに飛び退いた。
「お前が、ワンを気絶させたのだ?」
警戒しながら詰問するワンレイに、ルドが答える。
「何の話だ?」
「惚けても無駄なのだ! ワンの身体に、お前の匂いが残っていたのだ!」
「………………」
(これは誤魔化し切れそうもないな……)
(いや、だが、開き直っても、メリットは無いか……)
(何とかゴリ押しするしかないか……)
「そんな事を言われてもな。そもそも、俺はお前の事を知らないし。多分、どこかの街とかで擦れ違った時にでも、匂いがついたんだろう」
「そんなんでつく匂いの量じゃなかったのだ!」
(いや、何かそれ、俺が〝体臭が強い〟みたいな感じで、嫌なんだが……)
「でも、本当に知らないんだ」
とにかく誤魔化そうとし続けるルドだったが――
「ふざけるのもいい加減にするのだ!」
――ワンレイは、徐々にヒートアップして行き――
「もう許さないのだ! ここでぶっ倒すのだ!」
――腰を落としたワンレイが、右拳を握りながら後方に引いた――
(やれやれ。やるしかないか……)
――次の瞬間――
「「!?」」
――空から、もう一人の獣人が降って来て――
――ワンレイの直ぐ右斜め後ろに音も無く着地した小柄な彼は――
「御取込み中、失礼いたしますですじゃ、ワンレイ様」
「爺!」
――驚愕に目を瞠るワンレイに対して、恭しく一礼したかと思うと――
「申し遅れましたのう」
――ルドに向かって――
「お初にお目に掛かりますじゃ。儂は、獣人族の序列第二位のモスバーグと申しますじゃ」
――軽く会釈してみせた。




