31「戦う理由」
「ふぅ。意外と手子摺りましたわ」
そう呟いたクレアが、縦ロールの桃色ロングヘアを優雅に揺らしつつ、汗一つ掻いていない額を拭う仕草をした手を額に当てて、そのまま庇にして空を見上げると――
「本日も世界は平和で美しいですわ。やはり平和、平穏、安寧が一番ですわね」
――たった今行った残虐な行為からは想像も出来ない程に、穏やかな微笑を浮かべる。
――と、その時。
「あら?」
――物音がして、目を向けると。
――消し炭となった〝ルドだったもの〟が、音を立てて崩れ去り――
「結局、思ったほどの脅威ではありませんでしたわね。でも、少しでも危険があるならば、排除すべきである事には変わりありませんわ」
――その〝胴体内部にあったもの〟が、ドスン、という音と共に地面に落ちると――
「……え?」
――その〝小さな岩〟に書いてある言葉に、クレアは思わず目を瞠った――
「は……外れ……?」
――直後――
「やっと隙を見せてくれたな」
「!」
――突如背後から出現したルドが、クレアを羽交い締めにしていた。
「一体、どうやって――」
愕然とし、そう呟くクレアは、自分よりも背の高いルドの身体からパラパラと〝土〟が落ちて来るのを見て、何かに気付く。
「まさか――土の中を?」
「ああ、そうだ」
どうやら、ルドは、土を用いて〝自分そっくりな人形〟を創り、操りつつ、密かに土中を移動して背後へと移動したらしい。
「くっ! 放しなさい!」
藻掻こうとするクレアだが、強力な魔法を行使する彼女も、身体能力は平均的な少女と変わりなく、ルドの拘束から逃れる事が出来ない。
ただ、不思議なことに、先刻まで防戦一方だったルドは、やっと訪れたこの好機にも拘らず、クレアを攻撃しようとはせず、ただ動きを封じようとするばかりで――
「何故ですの!? 何故攻撃して来ませんの!? 私を舐めていますの!?」
それが腹立たしく、クレアが声を荒らげる。
そんな彼女とは対照的に、ルドは静かに呟く。
「俺は出来るだけ人間は殺したくない」
「!?」
「お前は別に敵じゃないしな」
あれ程の猛攻を受けながらも、〝敵〟として認識していなかったらしいルドに、クレアは――
「これでもまだ、そんな事を言えまして?」
「!」
――その全身に〝雷撃〟を纏った。
バチバチという激しい放電と共に――
「くっ」
――ルドが弾かれて、後方へと吹っ飛ばされる。
空中で一回転しながら、何とか着地したルドに、振り返ったクレアが高笑いする。
「お~ほっほっほ~! これでもまだ〝敵ではない〟等と寝惚けた事を言えまして? 私特製の〝最上級雷魔法〟を用いた攻防一体の〝雷鎧〟ですわ! 痛いでしょう! 悔しいでしょう! さぁ、本性を現すのですわ! やられたらやり返したくなる! 痛い思いをさせられたら、相手にもその痛みを与えたくなる! それが人間ですわ! 何人たりとも、その性からは逃れられませんわ! さぁ、貴方の汚らしい本性を見せなさい!」
大仰に両手を広げるクレアに、だがルドは――
「俺がお前と戦う理由は無い」
「!」
――それでも、彼女との殺し合いを是とはせず――
「そう……分かりましたわ。そこまで言うなら、私にも考えがありましてよ」
苛立ちから、瞼をピクピクとひくつかせたクレアの――
「ラリサさんと、マリリナさん、でしたわよね? あの二人を――殺して差し上げますわ」
「!」
――予想外の一言に――
「やっと〝良い顔〟になりましたわね!」
――ルドがクレアに対して、初めて〝殺意〟を込めた目で睨み付ける。
「そうですわ! 如何なる人間であろうと、本能には抗えませんわ!」
〝自分が正しかった事が証明された〟とばかりに、嬉々としてルドの変化を指摘するクレアだったが――
「……お前、自分が何を言ってるのか、分かってるのか?」
――ルドが冷静に言葉を紡ぐと――
「〝争いを未然に防ぐ事〟を使命とするお前が、〝復讐という争いを自ら引き起こそうとしている〟んだぞ?」
「ぐっ!」
――まるで攻撃を受けてダメージを負ったかのように、胸を押さえて、数歩後ろによろめき――
「お前、もしかして……〝争いを防ぎたい〟んじゃなくて、〝争いが好き〟なんじゃないか?」
「なっ!?」
「それがバレるとマズいから、〝争いを防ぐ〟という大義名分を使って、危険分子と戦うという〝争い〟を堪能したいだけなんじゃないか?」
「!」
「そ、そんな事ないですわ!」と、必死に否定するクレアだが――
「本当か?」
「……ほ、本当ですわ……」
――その目は泳いでおり――
「……ああ、もう! 分かりましたわ!」
髪を掻き毟った後、大きな溜息を吐いたクレアは――
「仕方が無いので、今回だけは見逃して差し上げますわ」
――〝雷鎧〟を消すと――
「『空間転移』」
――空間転移魔法を発動した。
※―※―※
「どうしよう!? 全然戻って来ないわ!」
「狼狽えるな。ルドなら大丈夫だ」
帝都キンティスでは、中央通りにて、ラリサとマリリナが気を揉んでいた。
突然主人が姿を消したにも拘らずその場でじっとしている白馬の方が、その周りを意味もなく延々と歩き続けている二人よりも余程落ち着いている(発言の割に、マリリナも動揺は隠せていない)。
――と、その時。
「皆さま、御機嫌よう」
「「!」」
――ルドとクレアが空間転移魔法で戻って来た。
器用なことに、後者は白馬の上に。
「ルド君!」
「ルド!」
心配して駆け寄って来るラリサだったが、「大丈夫だった?」という問いにルドが答える前に――
「死ねええええええええええええ!」
――マリリナが抜剣して跳躍、ルドは慌てて――
「ちょっと待て」
「!」
――土魔法で地面を隆起させた上で、馬上にいるクレアの更に頭上へと高速で移動、空中のマリリナの正面で両手を広げて止めた。
「何故止める!?」
着地したマリリナに対して、ルドは、「俺は大丈夫だから。ほら」と、自分も地面へと降り立ち、傷一つ無いことをアピールしてみせる。
「お前のことは頼りにしているが、今回は判断が早過ぎだ」
「だけど、コイツがあんたを誘拐したんだろ?」
「誘拐て。いやまぁ、誘拐と言えなくもないか……」
ルドが使うのは土魔法であり、空間転移魔法など使える訳が無い。
そう考えると、ルドを連れ去った犯人は明白だった。
「どう説明したもんか……」
腕を組んで考え込むルドの代わりに、馬上のクレアが、地面に降り立って、マリリナに語り掛けた。
「仰る通り、ルドさんを空間転移魔法で連れ去ったのは私ですわ。申し訳ありませんでしたわ」
頭を下げるクレアに、周囲がざわつく。
「何てこと!? クレア様が!」
「信じられないわ!」
「あのクレア様が、庶民に対して頭を下げるなんて!」
しかしマリリナは、まだ納得していないらしく、詰問を続ける。
「何のためにそんな事したんだ!? 答えろ!」
クレアは、「こうなったら仕方がありませんわ。正直にお話いたしますわ」と言うと、胸に手を置きつつ、言葉を継いだ。
「ルドさんとお話したかったのですわ。私、以前からルドさんに個人的に興味があって……。城門前でお声掛けさせて頂いたのも、それが理由ですわ」
その答えに食い付いたのは、マリリナではなく、ラリサの方だった。
「話がしたかった……? 個人的に興味があって……?」
それを横目でチラリと一瞥したクレアは、この場を丸く収めるために〝使える〟と判断して、話の流れを意図して変える。
「そうですわ。是非ともお話がしたかったのですわ。……〝二人っきり〟で」
「二人っきりで……!?」
オウム返しするラリサの声が一際大きくなり、クレアは密かにほくそ笑みつつ、さり気無くラリサの背後へと歩いて行くと、黒い三角帽子を脱がせて――
「ええ。ルドさんは、こんな感じで、私の背後から身体を密着させて来ましたわ」
「なっ!?」
――耳元で艶めかしく囁くクレアの甘い香りがラリサの鼻腔をくすぐり、胸の弾力がローブ越しに伝わって来て、〝密着〟という言葉が生々しい感触と共に否応無しに実感させられる。
「私たち、この状態でお話しておりましたの」
「ちょっと、ルド君! どういう事!?」
クレアの腕を振り解き、帽子をバッと奪い返して目くじらを立てながら詰め寄るラリサに、ルドが慌てて弁明する。
「いや、確かに〝密着〟もしたし、〝会話〟も交わしたが、誤解だ」
「〝密着〟もして〝会話〟もしておきながら、何が〝誤解〟よ!?」
噛み付くラリサに、必死に弁解し続けるルド。
先刻まで怒りに任せて斬り掛かろうとしていたマリリナは、話が全く違う方向に進んだことと、自分とは全然違う理由で怒声を上げるラリサに、すっかり毒気を抜かれた。
「あ~、腹減った。ラリサ、あんたが作った飯が食いたい」
取り敢えずはこの場に〝平和〟が齎された事に満足しつつ、クレアは白馬に跨る。
「では、私はこれにて失礼いたしますわ。御機嫌よう。皆さまに、四柱の神の御加護があらんことを」
白馬を操り、来た道を戻って行くクレアは――
「私の雷撃――〝雷鎧〟を食らっておきながら、無傷でしたわね、あの男……。そんな人間、この世に存在しませんわ。一体どんな仕掛けが? ……いえ、もしかしたら、本当に人間ですらないのかしら……?」
――背後から聞こえるラリサの大声とルドの声に耳を傾けながら――
「ルドさん。貴方、これで完全にブラックリスト入り、確定ですわ」
――その美しい瞳を鈍く光らせた。




